バケットハットに三本線ジャージが斬新だったザ・オールドスクールな「B-Boyスタイル」。中折れ帽にダブルスーツでこれでもかと高級感を漂わせた「ゲットー・ファビュラス・スタイル」。スナップバックにオーバーサイズなジーンズを腰履きした「バギースタイル」。時代の流れやシーンごとに変わってきたヒップホップファッション、ラッパーの着こなしだが。どのスタイルにも欠かせないのが「宝石」だ。
その宝石を、31年ラッパーに売る名物店主がニューヨークのチャイナタウンにいると耳にした。金(ゴールド)をばんばん売り、客と金(カネ)をじゃんじゃん掻っ込み、買った者を幸せにする招き猫のような宝石商。彼女は、箔のついた格の違いで、客の期待を裏切らない。
ラッパーに宝石売って31年。チャイナタウンのバッドアス母ちゃん(58)
1970年代、ニューヨークのサウスブロンクスにて産声を上げたヒップホップ(詳細はこちらをポチッと)。以来、それを取り巻くファッションはさまざまな変化を遂げてきた。そんななかで、約50年の時を経てもなお廃れ知らず、説明不要でラッパーたらしめるド定番アイテムが、宝石。首からぶら下がる金ぴかブリンブリンのゴールドチェーン、ゴツく煌めく指輪、口内で悪そうにギラつくグリルズ。ラッパーはそれらを装飾品としてだけでなく、富や名声を誇示する象徴として身につける。
そんな“ラッパーの成功の証”を売りさばく宝石店が、ヒップホップ出生地からだいぶ南下したマンハッタンのチャイナタウンに軒を連ねる。なかでも、有名ラッパーたちとの記念写真をこれでもかと貼り、素通りを許さないド派手な外観で他店と一線を画す店が、ラッパーに絶大な人気を博す「Popular Jewelry(ポピュラー・ジュエリー)」。ど直球な店名だなあ。創業31年。ダイヤモンドやプラチナ、シルバーなど人気ジュエリーはもちろん、アンティーク、エスニック、80年代から90年代のヴィンテージも取り扱い、カスタムオーダーメイドも充実させる。
豊富な品揃えもしかり、人気の理由は店主にあり。誰が呼びはじめたのか、“A$AP Eva(エイサップ・エヴァ)”の愛称で親しまれるチョク・ヴァ・サム(58)。豪快に笑い、すべてのお客にやさしく接する肝っ玉かあさんぶりに、思わず「母ちゃん!」と呼びたくなってしまう。「3世代にわたって宝石商。従兄弟も兄弟も姉妹も宝石店を経営している」という生粋のジュエラーで、同店オープン当時から31年間、午前9時半から午後7時半まで毎日休まず10時間勤務。忙しいときには1日300人(暇なときでも100人)のお客さんを対応するという。そんなパワフル宝石母さんに「ラッパーに愛される宝石売りの最高のサービス、ライバルを寄せつけないイルな店まわし」についてディグってきた。
宝石商の、エヴァ母ちゃん。
HEAPS(以下、H):わぁ、エヴァ母ちゃん、宝石ブリンブリンでヴァイブス高めだ。そしてそのセックス・ピストルズのTシャツ、ドープです。
A$AP Eva(以下、E):去年の誕生日にエイサップ・ロッキーが、テディベアと一緒にプレゼントしてくれたんだよ。31年店をやってきて、プレゼントをくれた唯一のラッパーさ。ロッキーとはもう10年の付きあいで、来店するたびに1,000万円分の宝石を買っていく。
H:有名ラッパーはカネの使い方が違うね! ロッキーとは仲良しな母ちゃん。彼の『Fukk Sleep』のミュージックビデオもここで撮影していましたもんね。ショーケースの上でパフォーマンスしているシーンがあって、割れないかと勝手に心配してました。でもそんなロッキーはいま、スウェーデンにて暴行の容疑で逮捕されている…(取材当時)。
E:不当な逮捕だよ。前にロッキーが来店したとき、お客が兄妹喧嘩をしだしたことがあってね。たまたま隣にいたロッキーは、「おいお前たち。世界に二人といない唯一の兄妹同士なんだから仲良くしな」とその喧嘩を一瞬で止めたんだ。そんなやさしい子が、理由もなく暴行するわけがない。彼はジェントルマンなんだから。
H:彼の人柄が伺えるエピソードだ。しかもポピュラージュエリーが開店したのはロッキーの誕生日でもある1988年10月3日。これは偶然か、必然か。
E:あたしが5歳のときに、14歳上の兄がドミニカ共和国で宝石店を開店してね。その後、兄は新店舗を持つためにニューヨークに渡米した。そんときあたしは21歳。ちょうど宝石商の家族と一緒にマカオからニューヨークに移住してきたんだ。すぐにその兄の店舗で働きはじめた。6年のあいだ、1から10まで宝石のノウハウを学んで、ここを開店したってわけさ。
H:当時、チャイナタウンにはすでにたくさんの宝石店がありました?
E:うん。約30グラムで300ドル(約3万円)、いまの4分の1の値段で金が買えた時代だ。家賃だって、いまよりだいぶ安かったから、当時はここ一帯、宝石店で溢れかえってた。
H:じゃあ、宝石商の家族からのサポートもあって、難なく開店させたわけだ。
E:家族からの当たりは強かったさ。弟からは「お前は賢くないし、英語もスペイン語も話せないから成功しないだろう」と言われていた。義理の妹はあたしが宝石店を営むのが気に食わなかったらしく、「もっと給料払うから、私の店で働きなさい」と、あたしの従業員を横取り。
H:え、義理妹、性格わるっ。弟だって、そんなディスらなくたっていいのに。
E:そんなこんなで不安しかなかったんだ。開店当初。しかも、あたしは妊娠8ヶ月だったんさ。店のことが不安で不安で、出産後もその翌日からカウンターに立っていた。
H:出産翌日から! サグい。そしてその翌年、初のラッパー客、ウータン・クランのカパドンナ(当時はまだ正式メンバーではなかったが)が来店たそうな。で、この頃からラッパー客が増えはじめる。
E:そう。当時、カパドンナがなぜ来てくれたのかは知らないけど、それから彼の友だちもたくさん来るようになった。
H:以来、プレイボーイ・カルティのピアスをカスタマイズしたり、マックルモアーにゴールドチェーンを販売したり、トラビス・スコットにキリスト像をあしらったオーダーメイド作品を作ったり。なんでこんなにラッパーに人気になったんでしょう?
(話が入りくんできたので、ここで通訳をこなす息子のウィリアムズくん登場)
左が、息子のウィリアムズくん。
Williams(以下、W):凝ったカスタムオーダーにもちゃんと対応する、うち特有のスタイルにあると思うんだ。普通とは違った素材や違った色、違った形を取り入れたいという無理難題にもNOと言わない。それぞれのラッパーが自分たちのスタイルで富や名声を誇示できる、唯一無二のスペシャルオーダーを手がける。そういったヒップホップのカルチャーをしっかり理解しているところかな。
H:ラッパーのこだわりに応えてあげるスキルと心意気。ちなみに、これまでどんな変わったオーダーがあった?
E:引退した刑務官が持っていた牢屋の鍵を、14Kの金に変えたことさ。
H:ラッパーじゃないのか(笑)。でも、どんなオーダーも受け付ける心の広さがわかります。こうした他店との格の違いで、客の期待を裏切らない。
W:うちの強みは、100ドル(約1万円)から20万ドル(約2,000万円)までの豊富な品揃えとジュエリーのカスタムがきくところ。あと、ダイヤモンドを取り扱っている店舗は少ないと思う。
E:それと他の店は、“◯◯人が好きそうなもの”と、ある特定の人種が好みそうな宝石しか扱ってないところが多い。あたしの店は、すべての人種の好みにあった宝石を扱うんだ。
H:たとえば?
E:メキシコ人には明るい色のチェーン、タイ人やインド人には22K、24Kのゴールド、日本人にはダイヤのついた小さなチャーム、黒人にはブリンブリンのゴールドかダイヤモンドを。うちはそのすべてを取り扱う。
H:だからか。さっきからひっきりなしに、いろんな人種のお客が来るのは。えっと、ウィリアムズくん、どれくらいの頻度でここで働いているの?
W:父と母の両方の店舗を交代で手伝っているんだ。宝石やグリルズ作りにカスタムデザイン、ウェブサイト運営にSNSも担当。コラボ企画もしたりと、ほぼすべてのことをやっているよ。
H:ヒップホップはお好き?
W:もちろん! 小さい頃は教育によくないって、母にヒップホップを聞かせてもらえなかったんだけどね(笑)。前に、ウータンが来店時にミックステープを持ってきてくれたのにはアガったよ。
H:エヴァ母ちゃん、一番思い出に残っているセレブ客を3人を教えてください。
E:エイサップロッキー、ビヨンセ(本人は来店せず。世界ツアー用のネックレスを特注)、マドンナ(こちらも本人は来店せず。マネージャーが代わりにオーダー)。最初、聞き取れなくて「マクドナルド用に宝石をオーダーしたい」って聞こえたよ(英語の発音ではマドンナが「マダーナ」、マクドナルドは「マクダーナルズ」となる。確かに同じに聞こえなくもない?)。アッハッハ〜。
W:セレブのみんながみんな「ポピュラージュエリーに行った」と公にするわけでもない。お忍びで来店する人だっているんだ。
H:誰? 誰?
W:最近来たのは俳優のジェイク・ギレンホールとか。写真は撮ってくれなかったけど、何人か友だちを店に紹介してくれた。
H:ラッパーだけでなく、俳優も御用達。ぶっちゃけ、誰が誰だか毎回わかります?
W:僕がここに立っているときは、たいていの米国人セレブはわかる。中国人の若手ラッパーやKポップアイドルはわからないこともあるけど、彼らの場合は自分から名乗り出てくれるんだ。
店内には来店セレブリティとの記念撮影ショットがずらり。
インスタでも、ずらり。親友エイサップ・ロッキーと。
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女優ユマ・サーマンと。
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ラッパーのマックルモアと。
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H:エヴァ母ちゃん、お気に入りの宝石は?
E:ダイヤモンドだね。
H:母ちゃんの笑顔みたいに輝く宝石の王様だ。いままでで最高の売り上げ金額は?
E:ディオール・オムのクリエイティブディレクターのキム・ジョーンズが1千万円使っていった。彼のことを知らず不信感を持った従業員が、「ID見せろ」なんて聞いちゃってね。アッハッハ〜。
H:キムにIDチェック入れるとは(笑)こうしてヒップホップやセレブのお客が増えるようになってから、お客への対応やサービス内容など、なにか変えたことはある?
W:店に人気に火がつく前もついた後も、いつも最高のサービスを心がけている。お客が宝石を購入して幸せになってもらえるよう、お客の予算に合わせて商品説明やカスタム内容をじっくり話し合う。変わったことといえば、ビジネスが軌道に乗りはじめたのを機に、店舗を拡大したことかな。もともと半分の広さだったんだけど、人気になってからは壁をぶち抜き、奥に拡大。実はいま、隣の空きスペースを使ってさらに拡大予定なんだ。
H:(だから店内は縦長なのかぁ)
W:あとは従業員を増やして、接客や販売などのトレーニングも強化している。リーマンショックがおきた2009年、宝石の値段が一気に高騰して多くの宝石店がシャッターを閉めたけど、ポピュラー・ジュエリーは生き残った。テクノロジーの進化にあわせて、ウェブサイトやSNSなどにも力を入れているからね。店のことを知った海外からのお客も多く足を運んでくれるようになったんだ。
金は、専用の機械を使って磨く。
H:インスタフォロワーは93.8K。そこらの若手ラッパーを軽々と上回る数字だ。では宝石商のつらいところって?
E:クレイジーなお客への対応だね。
H:宝石店というだけで、よからぬことを企む連中はいますからね。お察しします。さっきも半裸の怪しげな男が、ずっとドアベル鳴らしてましたもんね(店の外にはドアベルがあり、押した客をチェックしてからロックを解除して入れてあげる仕組み)。
E:前に酔っぱらいの連中がやって来て、店を荒らそうとしたことがあった。その時「さあ、そろそろ閉店だよ。隣の店の方がいいもん売ってんだから」と、うまいこと追い出した。ここでは、こうやってその場の状況に応じて、瞬時に問題を解決する能力が必要なんだよ。
H:自分の身(店)は自分で守れ、と。
E:10年前までは隣も宝石店だったんだ。壁がなくてお互いの店が丸見え状態。当時、怒り狂ったお客が、うちの宝石を掴んで隣の店にぶん投げた。その瞬間、自分にも投げてくると思った。どうやって止めるか考えた。そこでウータンのカパドンナの写真を指差して「この男知ってるかい? 私たちはもう20年の付きあいでね」と言った瞬間に、そいつは暴れるのをやめた。あたしは喧嘩のし方はわからん。けれど、店を守るための頭の使い方ならわかるのさ。
H:賢いっ!
E:あとはね、脅しにかかってきた185センチの大男もいたね。購入した宝石が気に入らなかったらしく、無料で新しいものに交換しろと椅子をぶん投げようとしてきた。そんなことしなくたって交換したのに。お客の要求にはなるべく答えるのがうちのポリシーだからね。宝石を買って幸せになるのが一番なんだよ。だから、椅子をぶん投げようとしてきたときは悲しかったねぇ。
H:なんてこった。警備員は雇わないの?
E:警備員を雇う必要はない。だってここにいるお客たちが、警備員みたいなもんだからね。
H:なるほど、いつも足を運んでくれるお客が、エヴァ母ちゃんに何かあれば助けてくれると。なぜ母ちゃんは、こんなにもお客から愛されるんだろう?
E:グッドハートさ。肌の色や社会的地位でひいきするのではなく、誰をも公平に家族のように手厚く接すること。それだけさ。あとは、お客の個人的な相談にも乗ることかね。たとえば、ビザ問題で悩んでいる移民がいたら、どうやって弁護士を雇うか、どうやってその費用を工面するか、とかね。タバコを吸うお客には健康の話。前に16歳の男の子がお金がないからと金(ゴールド)を売りにきた。そんときは話が発展して、どうやって健康保険に入るのか、なんてアドバイスもあげたんさ。宝石を買ってもらえなくても、お客がハッピーなのが一番。
W:その証拠に、立ち話をするためだけに寄ってくれるお客もたくさんいるしね。
H:みんなの母親のように包み込んであげるんだ。31年も宝石を売っていると、お客が来店した瞬間に彼らがどんなジュエリーが欲しいのか、なんて心が読めたり。
E:たまにわかるし、たまにわからない。服装スタイルが明らかだったらわかりやすいけど、みんな一人ひとり違うからね。
H:お客を呼ぶために、努力していることとかってある?
E:努力したと言うよりは、自然とお客が増えていった。強いていうなら、売るときに“正直”になることだね。
H:正直?
E:宝石って脆いから壊れやすいんだけど、そういう短所までを説明する宝石店は少ないんだ。売ったものが壊れて修理に持ってこさせたり、新しいものを買わせればもっとお金を稼げるからね。でもうちはお客が購入する前に「このジュエリーのスタイルは壊れやすいから、正直お薦めしない」と包み隠さず話んだ。15人いる従業員にも、宝石の短所についてはきちんとお客に伝えるように、うるさいほど教育する。その上でお客の予算内で、それぞれのスタイルにあった宝石を見繕ってあげる。
H:なんと誠実! だからずっと愛されているんでしょうね。店じまいをした宝石店もいっぱいあるなか…。
E:いま、チャイナタウンにはそこらじゅうに土産物屋があるだろう? 昔はみんな宝石店だったんだ。競争率が高く、この31年で家賃も金の価格も高騰したでしょ。商売にならないと、ほとんどの店がシャッターを閉めた。うちも時代の流れでオンラインでも売るけど、売り上げの95パーセントを占めるのは、根強く店頭販売。外国からもわざわざ足を運んでくれる。
H:いまの時代、宝石はオンラインで購入できるしカスタムだって可能。それでもわざわざ店に足を運んでくれるのは、やっぱりエヴァ母ちゃんの人柄だと思う。
E:やっぱり、グッドハートが大事なのさ。
H:では最後に。エヴァ母ちゃんにとって、宝石とは?
E:宝石はね、財産を守る手段でもあり、人生を守ってくれるんだ。
H:と、いいますと?
E:金(ゴールド)は時間が経てば経つほど価値が上がる。70年代たった20ドル(20万円)だったのが、いまじゃ4万ドル(40万円)。買ってポケットに入れて温めておくだけでいい。
H:ゴールドは、貯蓄額ゼロ世代がこれから持つべき資産って言いますもんね。
E:中国5000年の歴史のなかで、これまで多くの戦争があった。お金を持っていても、政府が変わればただの紙切れになっちまうことだってある。でも金(ゴールド)はそうはならない。いつまでたってもその価値は薄れないし、どこにいっても死に絶えない。金(ゴールド)には期限切れがなく、どんなときでも裏切らないんだよ。色も褪せないしね。
年々高騰するマンハッタンの家賃と物価。(宝石商に限らず)多くの店が立ち退きを余儀なくされるなかで、エヴァ母ちゃんの店がドンと構えていられるのは、ビジネスが成功している何よりの証拠。31年間店に立ちっぱなし、まともに休んだといえばこれまでたったの6日間(お休みの理由は、9.11テロや台風など)。「お陰で体にガタがではじめてるよ」なんてぼやいていた母ちゃんだが、お気に入りのダイヤモンドのようにお客とカタい絆を結び、キラキラ輝く笑顔で来る人拒まずもてなす。ラッパーは成功を誇示するため宝石を身につける。エヴァはビジネス成功の証として宝石を売り続ける。韻を踏んでみた。
Interview with A$AP Eva a.k.a. Chiok Va Sam
南米系の家族連れ「おーい、一緒に写真撮っておくれ」エヴァ母ちゃん「どうせならカウンターの中に入るかい?カムカム!」。
お客には積極的に話しかける。「前に来たことある?誰が担当だったか覚えてるかい?」。
接客中の若者2人組、いきなりコーチのバッグから蛇を取り出した(なぜ)。エヴァ母ちゃん「ギャーーー!」。
店内にある、金のなる木。あんたたちの商売にも福来たれ」と、各取材陣に金一封をくれた。ポチ袋は、金と赤のド派手なチャイニーズ画だった。
All photos by Ni Ouyang
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine