「ポップアップ」。ひょっこり現れる、とでも訳そうか。
空きスペースを有効活用し、期間限定で出店する「ポップアップ・ダイニング」。SNSで素早く告知、店舗を構えないからローリスク、ネットワークを広げやすいといった利点から、若いシェフや高級有名店のシェフまで、不定期に自慢の料理を振る舞う。
「単なるトレンドでしょ」と思うなかれ。
187ヵ国で利用されている世界最大のイベントチケットサービス「Eventbrite」の調べによれば、2014年には前年比から82%増、「食品・飲料業界で最も急成長している分野」なんていう結果が。
さらに大手のレストランには属さず自身のブランドを構築するため、ポップアップシェフが起業家となるケースも増えているのだという。
ここニューヨークにも「ポップアップ・ダイニング」で生計を立てるシェフがいる。しかも副業はせずにこれ一本で、だ。
23歳、本職は“ポップアップ”シェフ、副業なし。
アートギャラリーがずらりと軒を連ねる、チェルシー地区のとあるビル。5人も乗ればぎゅうぎゅうの年季の入ったエレベーターのドアが開くと、すぐに現れるのはキッチンスタジオ。
「やぁ、いらっしゃい」。笑顔で出迎えてくれたのはTheo Friedman(セオ・フリードマン)。ポップアップ・ダイニング「Theory Kitchen(セオリー・キッチン)」の創設者で、23歳を迎えたばかりの新進気鋭のシェフだ。
写真家である父の元フォトスタジオを受け継ぎ、当時の名残からアトリエ感が漂うキッチンスタジオは、「レストランじゃない。僕のポップアップ・ダイニング開催場所のひとつさ」。
どうやらここ、お客を招いて食事会をしたり料理のアイデアを出したりする、セオの“アジト”らしい。
“同じメニューはサーブしない”をモットーに、お客が心地良く食事ができるロケーションと十分な参加者を招集可能なマーケットさえ揃えば、好きなときに好きな場所で開催できるのがセオのポップアップ・ダイニング。
「会場は僕のキッチンスタジオの日もあれば、裏庭やカクテル・ラウンジの日もある。参加者だってお1人様からカップルまで十人十色だよ」。
レストランでのキッチン経験はあったものの、レシピはYouTubeと料理本から学んだ程度で、料理学校に通ったわけでもない。店を開業する知識や資金なんてこれっぽっちもなく「単純に自分の手料理を楽しんでもらいたかった」セオが思い付いたもの、それがこのポップアップ・ダイニングだった。
あくまでもサーブするのは「自分の作りたい料理」
セオリー・キッチンのサイトにビジネス開始日の記載はない。「ポップアップ・ダイニングをスタートするまでのプロセスはすごく自然だった。初めて手料理をサーブしたのは4年前。大学寮のキッチンで友達にね。当時は材料費が賄えれば良かったから、10ドル程度で。本格的にビジネスとして始動したのは…うーん、1年前くらいかな?」。
日程からロケーション、コース内容から値段まで全てセオが設定。詳細が決まればネットで告知し、それを見たSNSフォロワーやメルマガ登録者がチケットを購入、あとは当日参加者は指定の場所と時間に現れるのみと、システムはいたってシンプルだ。
気になるお値段は70〜90ドルで、アペタイザーからデザートまで10〜15品のフルコース。参加者からのリクエストは一切受け付けず、あくまで「自分の作りたい料理」を提供する少々強気な姿勢。
が、「せっかく席に着いてサーブされたものが『アレルギーで食べれない…』なんてガッカリさせたくないからね」と、参加者への事前ヒアリングは欠かさず、最低限の配慮は怠らない。
ニューヨークに限らずボストン、サンフランシスコ、これまで数えきれない程開催しチケットは毎回ソールドアウトというんだから、味は確かだ。来月は初の海外、メキシコでの開催を予定している。
ポップアップだからこそ実現できる、100%の自由
「自分が作りたい料理を作りたいときに作れる。ロケーションだって自分で決められるし、土日に開店する必要もない」。こういった100%の自由に加え、レストラン特有の1日10時間以上を拘束され、キビしい師弟関係のもと何年もの修業を積み重ねてやっと一人前!のプロセスがないからいい。ポップアップならではのフレキシブルさがあるから「好きな料理を好きなまま続けられるんだ」という。
が、そんなの「too good to be true(うま過ぎる話)」なわけで。自由にはいつもリスクが伴うもの。「理想のスペースは確保できるか、十分な参加者を集められるか。不安は常にあるんだけどね」というのが正直なところだ。
成功のカギは、ブランドコンセプトにあり
「頭の中でのアイデアと、実際お皿に盛りつけられた料理は全然違う!なんてことも多々あるんだ」。どこか嬉しそうに話すセオの小洒落たフルコース内容は、当日まで一切告知しない。
Image viaTheo Friedman
Image viaTheo Friedman
Image viaTheo Friedman
Image viaTheo Friedman
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イベントの核は間違いなく料理だ。「じゃあ何で内容は秘密?お客のリクエストだって、聞いたらもっと繁盛すると思うけど….」。答えは彼の持つコンセプト「レストランでは料理をサーブするけど、セオリー・キッチンは“経験”をサーブする」にある。
お客は隣に誰が座るのかというワクワク感と、サーブされる料理さえも分からないというドキドキ感を味わえる。
そしてセオは毎回ロケーションやシチュエーションが違うからこそ、幅広い人脈とファンを増やし、目の前で料理を食べるお客からのフィードバックをモチベーションへと繋げる。
アメリカ全土、ましてや食文化も言語さえも違う海外の台所に立つことで、自分の料理で未知の客層を喜ばせるスキルや、シェフとしてのインスピレーションを豊富に身につけることができるのだ。
つまるところ、お客が感じる「非日常感」とセオが感じる「食を通しての人との繋がり」、そしてセオがシェフとして「成長できる場」であることが、セオリー・キッチンの主催するポップアップ・ダイニングの醍醐味である。
「仕事のプロセスで一番好きなのは、次のイベントを企画してるとき。どこでどんな料理をどんな人に味わってもらえるか考えると、もうワクワクしっぱなしさ」
自分の手料理を楽しんでもらいたい、に始まり、ローリスクかつストレスフリーでビジネスとしてあっさりと成功したセオ。
なるほど、このご時世もう「シェフは毎度同じレストランの台所に立つ」の概念に縛られるんじゃなくて、「自分の作りたい料理を作りたいときに作りたい場所で」のシェフの新しいスタイルもあっていいのかもしれない。無論、ロケーションにマーケット、大前提の味が揃っての話だが。
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Interview Photos by Saori Ichikawa
Text by Yu Takamichi