DJ界に定年ナシ
ゆとり世代から、欲のない“さとり世代”へシフトしてきた現代。冷めきってしまった若者たちは、かつて持ち合わせていた好奇心と行動力を失ってしまった。対照的に、第二の人生を謳歌するため、活発な“行動力”を発揮する現代の高齢者たち。その中に、若者たちの憧れ、「DJ界」に足を踏み入れたファンキーなばあちゃんがいた。
昼は女将、夜はDJプレイヤー
高田馬場にある老舗餃子店に、噂のDJばあちゃんはいる。店の扉を開けると、「いらっしゃいませー」と響き渡る声。中華鍋を握り、手際よく調理するこのおばあちゃんこそが、御年79歳にして「DJ界」に足を踏み入れたDJ SUMIROCKこと、岩室純子さん。2011年から麹町にあるDJスクールに週1で通い、東京のみならず、パリやノルマンディーなど海外のイベントでのプレイ経験を持つ。
自分のセレクトするメロディでフロアがノって沸くことの快感を覚え、すっかり「DJ」の醍醐味の虜となった彼女。もともと音楽業界で働いていた経験があるわけではなく、いわば、音楽ド素人であった彼女が「DJ」を始めたのは、ワーキングホリデーで日本にやってきたフランス人男性がキッカケだった。イベントを主催する彼に誘われ、何度かイベントへ出向くうちに、クラブの楽しさ、踊ることの楽しさを知った。そして、「DJやってみたら?」と勧めてくれた彼の一言にのっかり、スクールに通うことに。通い始めて、約3年。彼女は「いまは自主留年中なの」と未だ上を目指し、日々特訓中だ。
困難なんてなんのその!ばあちゃんを奮い立たせる原動力
「79歳のおばあちゃんがDJに挑戦」。想像するだけで、大変だったに違いないと踏んでいたが、会って話を聞いていると、そんな勘ぐりは一気に吹き飛んでしまった。「若者の中に入っていって苦労したこと? 1回もないわよ。周りの人がどう思っているか分からないけど、自分ではとけ込んでいるつもり」と彼女は吹っ切れたトーンで話す。
彼女が生まれたのは1935年。まもなく第二次世界大戦というころ産声を上げ、小学校に上がる年齢にはちょうど太平洋戦争が始まった。厳しい時代だった。いつ空襲がやってくるかも分からない、緊迫した日々。Jazzをやっていた父親の影響で音楽に興味を持ち始めたが、ピアノなんかを弾いてみた日には、周りから白い目で見られた。そんな環境では、その密かな思いは胸の奥に閉まっておくしかなかった。「母親は身体の弱い人でね。手伝いをよくさせられたから、小さいころ好きなことができなかったの。だからその反動でいま、好きなことをやり始めたのかもしれない」
欲しいと思ったものは、簡単に手に入る。やりたいと思ったことは、すぐに挑戦できる環境がある。そんな現代の若者たちとは正反対な幼少時代を経験してきた彼女。幼いころに押さえ込んできた感情と思いが、79歳になったいまの彼女のたくましさと行動力の源となっているのだ。
料理コンロとターンテーブルは似ている?SUMIROCK流・上達術
困難を困難とも思わず突き進む彼女には、持ち前の「肝っ玉のでかさ」がある。それでも、中華料理屋の女将として忙しい毎日を送りながら、DJプレイの練習をしなければならないことの両立には、少なからず大変さを感じていたという。しかし彼女は「、中華料理屋の女将」と「DJプレイヤー」という、どう考えても似ても似つかない二つの中に共通項を見つけ出し、彼女流の上達方法を身につけていった。
「ほら、私は厨房で三つくらいコンロを同時に使うでしょ。揚げるもの、茹でるもの、炒めるもの。全部のタイミングを見計らわなきゃいけないじゃない。そういった面では、料理とDJは一緒よね」。一つでも仕上げるタイミングがずれてしまえば、お客様に提供する質が下がってしまう料理。そして、曲を切り替えるタイミングがずれてしまえば、お客様が盛り下がってしまうDJプレイ。交わることのないと思っていたこの二つは、基礎中の基礎の部分で実は繋がっていたのだ。彼女がDJとしてイベントに登場するまでになったのは、79歳という話題性だけでなく、彼女の身体にしみ込んでいた、料理を作るときの“リズム感”があったからなのかもしれない。
行動力を失ってしまった若者達へ…
「60歳になってから車の運転免許を取ったの。旅行したり、一人でドライブを楽しんだり」と第二の人生を謳歌する彼女。そんな彼女に、“行動力を失ってしまった現代の若者”について、どう思いますか?と聞くと、こう話してくれた。「いまの若い子はダメだ、とかよく聞くけど、私は若い人の皆が皆そうなわけではないと思う。むしろ若い人より中年の人の方が心配だったりするわ」
若者の世界に恐れずに入っていた彼女。DJプレイをした後には、若者から「おばちゃん、めちゃくちゃ良かったよ!」と話しかけられ、コミュニケーションを取ることもしばしば。きっとどの79歳よりも若者に近いところにいて、近い感覚を持っている彼女には、“自分の姿を見て、若者にパワーを感じてもらいたい”という思いはなく、“若者たちと一緒に人生を楽しみたい”という強い思いがあるように見えた。「私はね、いつだって『帰れ、くそばばあ!』って言われることを期待してるのよ、そのときは中指を立ててやろうって」。79歳のDJばあちゃんは誰よりも無邪気な顔で笑った。
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Photos by Kohichi Ogasahara
Text by Yo Sato