ピザにはタバスコ、タコスにはサルサ、それからフォーにはシラチャ。特に冬は(一年中だが)ホットなスパイシーソースは病みつきだ。
辛いもの好きなら世界の激辛ソースを試しているだろうが、このソースはさすがにないはず。可愛らしい修道士のおじさんがラベルのこのホットソース。生まれは修道院、作り手は、なんと神父さん。
アンドリュー修道士、Image via Subiaco Abbey
神父さん、ソース作りへの献身
アメリカ南部・アーカンソー州の緑豊かな土地に、1878年創立の歴史あるカトリック修道院「Subiaco Abbey(スビアコ・アビー)」は悠然と佇む。
修道服に身を包んだ神父たちが慎ましく暮らす修道院のキッチンでひとり、赤や緑のペッパー片手に鍋と向かい合うのが、Richard Walz(リチャード・ワルツ)神父。10年以上にわたって愛される激辛ハバネロソース「Monk Sauce(モンクソース)」の生みの親だ。
Photo by Br. Reginald Udouj
リチャード神父
「私たちのソースは、兎にも角にも辛いんですよ」。神に仕えて55年、ソース作って30年のリチャード神父は豪語する。
「Monk(修道僧)」が作るから、モンクソース。世界中でも例にない唯一無二の神父さんソースは町の観光ショップやオンラインストアで販売され、年間でおよそ4000本の売り上げを誇る。
Images via Subiaco Abbey
秘伝レシピは、本場仕込み
神父さんとホットソースという意外な組み合わせが出会ったのは30年前だ。リチャードが中米カリブ海の国、ベリーズの修道院にいたころ。
それまで「別段ホットソースが好きなわけではなかった」神父だが、スパイシー料理が本場の国で暮らしはじめてからは、“ライスやビーン、コーントルティーヤにサルサが定番”のホットソース三昧の毎日に。
「いつの間にか激辛ソースが舌に合ってきましてね」。畑仕事が好きだったことから、自分や修道院のみんな、コミュニティのために作ってしまおうと仲間の修道士のお母さんからレシピを習得。修道院の菜園でハバネロペッパーを育てはじめた。
Image via Subiaco Abbey
外国人神父が手作りしたハバネロソースの辛さに、激辛本場の民も絶賛。修道院の資金作りのため地元のお店で販売することになったのが、モンクソースの原点だ。
28年間の中米生活を終え、2003年にアメリカに帰国した神父は、“お土産”を携えていた。旅行鞄につめこんだ、自ら収穫したハバネロペッパーの種だ。
辛さ、タバスコの数十倍!モンクソースができるまで
モンクソース作りは雪のちらつく二月にはじまる。日の当たる窓の多い部屋で、前年の種から苗木を育てて6週間。
春になる頃には苗木を畑に移動、夏にかけてたっぷりと日にさらし、秋に収穫する。寒波が来る前には、神父たちが力を合わせペッパーをもぎもぎ。収穫したペッパーはしっかりと洗い、ソース作りの準備ができるまで冷凍保存しておく。
Image via Subiaco Abbey
日中と夜中の寒暖で立派に育ったハバネロは、完熟な赤いものと未熟な緑のものの2種を使用。ブレンダーにかけ、中米で伝授されたレシピ通りに玉ねぎ、ガーリック、お酢、塩を混ぜ合わせる。
Photo by Br. Reginald Udouj
「ペッパーを調理する際は、必ず手袋をします。辛味の元であるカプサイシンが発されるため、咳き込んだり涙目になることもありますよ」
Photo by Br. Reginald Udouj
Photo by Br. Reginald Udouj
Photo by Br. Reginald Udouj
こうして完成されるソース、神父さんたちのように穏やかな心優しいものじゃない。スコヴィル値(唐辛子の辛さを量る単位)でいうと、25万のスーパー激辛!タバスコが5000〜7000というから大変な辛さだ。
理由は、「ふんだんにペッパーを使っているから」。ハバネロの持つ旨味は、量に比例し深くなっていく、といっても相当な辛味だろう。
Photo by Br. Reginald Udouj
モンクソースを試した人からは「(涙が出てしまうほど辛いことから)洗眼剤のようだ」や「辛すぎて無理」、「マイルドバージョンも作ったら」との声もあるが、リチャード神父は「“マイルドな”ハバネロソースなんてありませんよ!」とひと蹴り。
ちなみに、市販されるモンクソースは衛生面での規定から修道院のキッチンでは作れない。そのため、神父たちの手によって収穫されたペッパーを使い、同じレシピで下請け会社がパッケージングまで行う。リチャード神父が趣味で作ったソースはというと、修道院の食卓に並び、朝食のスクランブルエッグや豆料理、メキシカンフードにスパイスを添えているのだ。
Photo by Br. Reginald Udouj
Image via Subiaco Abbey
レジナルド修道士
「しっかり祈り、働く」。ソース作りで修道生活をスパイスアップ
「ベネディクト派(スビアコ・アビーの宗派)のモットーは、『Ora et Labora(しっかり祈り、しっかり労働せよ)』です。祈ることで労働に、労働することで祈りに励むことができます」
修道着を纏うのは、特別な儀式やミサのときのみ。普段はジーンズにTシャツで畑を耕し、トラクターに乗り込んでいるという。修道着を脱げば、私たちとそれほど変わりないのかもしれない。
Image via Subiaco Abbey
ブルーノ神父
Image via Subiaco Abbey
リチャード神父
「モンクソースは結果的にビジネスになったかもしれませんが、一番の報酬はモンクソースが人々に楽しまれ愛されていること。神父たち自身が体を動かし、修道院をそして自分たちの生活をサポートすることは教えにつながります」
農業が大好きというリチャード神父は、ハバネロペッパー以外にもバナナやパパイヤ、オレンジ、ライムなどのトロピカルフルーツやコーヒーも栽培。世界一辛いとされるゴーストペッパーやトリニダード・スコーピオン・ペッパーも育て、オリジナルソースの考案にも勤む。
「修道院でのシンプルな暮らしには、ピリリとした面白みがいささか必要なのかもしれませんね」
神に仕え、人々に奉仕し、自然の恵みを大切にする。神父さんたちの質素な生活の中でモンクソースは、神父たちの舌と毎日を目の覚めるような刺激で風味豊かにしているのだ。
Photo by Br. Reginald Udouj
Monk Sauce
Photo by Br. Reginald Udouj
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Text by Risa Akita