「プラント(植物)を散歩に連れて行くっていうのはどうかな。いつも家のなかでじっとしているプラントたちは、外の植物がさんさんと太陽を浴びている姿を見て、たまに嫉妬しているんじゃないかって思うんだ」
これは自宅で200以上ものプラントを育成し、プラントまみれになりながら幸せに生活する男の話。朝、目を覚ますとベッドサイドにあるプラントの緑が目に映る。幸せな気分になって思わずニヤけてしまう。この6年間、それは毎日のお決まりのはじまり。
フランク、ボブ、フィル。200の個性豊かなプラントたちとの同居生活
コロナでロックダウン中の街、ここだけはあちこちで行列ができていた。植物屋だ。自主隔離で自宅で過ごすことが多くなった今年、プラントの売れ行きは飛ぶようであったらしい(ある店舗によると、今年3月は通常の2、3倍の売れ行きだったとのこと)。インテリアとしての役割だけでなく、部屋の空気をきれいにしてくれたり、メンタルヘルスを向上させる効果もある。へえ、ところで植物好きの人の家ってどんなものなんだろう、とインターネットで見ていると、別格の家を見かけた。部屋に緑が飾られているというよりは、植物園に椅子が置いてあるといった方が近い。
200以上のプラントを集めて自宅で栽培する植物家(そんな言葉はないが)、ヒルトン・カーターさんの家だ。6年前まではいたって普通の暮らしをしていたらしいが、最初の一つを手に入れてから、いまではその数、200以上。手のひらサイズの小ぶりなサボテンから、大人しく生える水草、天井を突きやぶってしまいそうなほどに高く大きくそびえる樹形のプラント。小学生くらいの背丈ほどに育つカシワバゴムノキに、南アフリカ原産の色鮮やかなプラント「ゴクラクチョウカ(極楽鳥花)」、亜熱帯に生息するつる状のプラント「フィロデンドロン」。
「植物って、癒される。好き」ではなく「植物を愛でる」のがヒルトン。暮らしの基準、暮らしの真ん中に、植物。「僕が最初に手に入れたプラント、名前は“フランク”。もう、かれこれ6年の付き合いになる。フランクは少し気難しいやつなんだ」。ヒルトンさんは、植物の気難しさを知る。ちなみに2つのゴクラクチョウカの名前は「ボブ1」「ボブ2」、2つのフィロデンドロンは「フィル」「リル・フィル」。我が子のように名前をつける。
毎日、一つひとつのプラントと向き合って世話をする。水やり、葉っぱの手入れは、一枚いちまいの葉っぱをふきふきする。光の調節はもちろん、話しかけることも欠かさない。「みんな仕事をしていると『休暇で旅行するのが待ちきれない』と口にする。でも、僕の場合は『自宅に帰ってプラントに会うのが待ちきれない』」。数え切れない大切なプラントとの暮らしを覗かせてもらう。
HEAPS(以下、H):プラントとの初めての出会いは2014年。当時住んでいた家には大きな窓があって、外からの視線をブロックするために室内用のプラントを購入したそうですね。
Hilton Carter(以下、C):そう。初めのプラントは「ハロルドズ・プラント」という園芸店で買ったのを覚えている。愛着を込めて「フランク」と名付けたんだ。彼は“初子”みたいな存在。プラントのケアの仕方だったり、プラントに関するたくさんのことを教わったよ。
H:遮断にカーテンを選ばなかったことに感謝ですね。フランクは、カシワバゴムノキという種類のプラント。薄く広がった葉っぱを持つ樹形で独特のフォルムがなんともかわいらしい。フランクとの生活から、プラントにのめり込んだ?
C:フランクを育てはじめてからわりとすぐに。自分の手でプラントを“生き延びさせる”ということにロマンを感じはじめたんだ。名前までつけるようになって、あらためてプラントを“生き物”として認識をするようになって…。気づけば、「自分はプラントたちの“親”なんだ」という責任を感じるようになってね。
ヒルトン・カーター。
H:ちなみに、当初は植物の育成についての知識をどうやって身につけたのですか。結構難しいですよね、元気に育てるの。
C:園芸店の店員や専門家に話を聞いたり、インターネットで調べたり。一番苦労したのは、光量の調節。その植物が必要な光量を見極めるのって本当に難しくって。理解を深めるため、光の量によってプラントの反応を携帯にメモしていったんだ。光のことって、直射日光、暗闇だけじゃないってことを痛感した。
H:観葉植物は光の調節が難しいってよく耳にします。ヒルトンさんの場合は、育てているプラントの数が尋常じゃないから、観察するのも調節するのも大変そう。いまは200以上のプラントを育てているそうですが、いつごろからプラントの量が増えていったんでしょう?
C:2015年の夏に現在の家に引っ越してきたんだけど、すでに60くらいのプラントがあった。プラントの育成のコツを掴みはじめてきて、たのしさを覚えはじめたときだったから次から次へとプラントを購入したよ。
H:私の狭い家なら足の踏み場がなくなる(笑)。いまでも増え続けている?
C:もっと増やしたいんだけど、正直言うと200がリミットかな。これ以上世話する時間もスペースもない…。それから、これぐらいに押さえておかないと、一つひとつのプラントと丁寧に向きあえない。プラントのためにも、自分のキャパ以内で可能な限りの育成を心がけることが重要なんだ。
H:時間があるときはプラントに話しかけたりする、と聞きました。プラントにも感情はある?
C:そうだとは言えない。でも、彼らには間違いなくそれぞれ異なる性格、個性があるんだ。
H:同じ種類のプラントでも、葉っぱの色や数、大きさも千差万別ですね。どれ一つとして同じプラントは存在しない。
C:僕にとってプラントは、ペットみたいなものなんだ。プラントも犬や猫と同様に息をしているでしょ? プラントをうまく育てるコツは、子犬や子猫を育てるように、愛をもって丁寧に接すること。そうすれば、おのずとプラントはよく育つ。
H:いいアドバイス、ありがとうございます。普段はプラント/インテリアスタイリストとして活動しているそうで。またあるユーチューブの企画では、“プラントドクター”としても出演していましたね。プラントドクターというのは、その名の通り、プラントのケアや枯れたりダメージを受けてしまったプラントの、治療方法についてアドバイスする仕事?
C:そう、“プラント専門医”みたいなものだね。まあチャンネルが命名したんだけどさ。なにか問題や病気を抱えているみんなのプラントを診察して、元気を取り戻してあげる仕事がしたくて。
H:どんな診察か拝見。
「私のゴクラクチョウカ、買ったときは元気な緑で生き生きしていたのに、いまは窓に寄りかかってぐったりしてるんです。どうしましょう?」
ヒルトン先生の診断:
「窓に寄りかかっているということは日光がまんべんなく当たっていないということです。プラントは日光をたくさん吸収するために、体を日光へ寄せる性質がある。だから、鉢を回転させてまんべんなく日光が当たるようにしてあげたら、きっと真っ直ぐになりますよ!」
的確な“処方”ですね。筆者ももっと早く先生に出会っていれば、あのとき枯らしたサボテンはいまも元気に過ごしていたかも…。先生自身は普段どのように自宅のプラントたちをケアしているのでしょうか。
C:僕が基本的にやっているのは、
・水やり
・葉っぱの手入れ(葉っぱにホコリがたまらないようにタオルなどで、やさしく拭きとる)。
・プラントの鉢を回転させる(プラントに日光がまんべんなく行きわたるように)。
・プラントに話しかける。
だいたいこの作業に1週間で4〜5時間は必要かな。
H:200以上ものプラントがあると、特に水やりが大変そう。「今日忙しくって水やり忘れちゃった」みたいなことってある?
C:携帯に水やりのリマインダーが来るように設定してる。でもね、そもそもあんなにたくさんのプラントに囲まれてたら忘れたくても忘れられないよ! それに「二日に一度は水をやらないといけない」みたいな決まりは特にないんだ。僕はいつもプラントの土の湿り具合で水を必要としてるかどうかをチェックするんだ。
H:それぞれの土に触ってプラントの喉の渇き具合がわかると…。ちなみに、これまで犯してしまったプラントがらみの失敗ってありますか?
C:もちろん。幾度となくプラントを殺してしまったことがある。本当に最低な気分になるよ。昔、窓際に置いてあるサボテンに水をやろうとしたとき、誤ってサボテンにジョウロをぶつけて窓から落としてしまった。あっけない死は本当にかわいそうだった。いま思い返しただけでも心が痛むよ。
H:プラントを愛しているがゆえに、それはつらい。悲しい話はここまでにして。プラントと向き合うとき、普段のケア以外にしてあげている特別なことはありますか?
C:プラントを散歩に連れて行くのはどうかなって考えてる。時々、僕のプラントたちは、外で太陽の光をさんさんと浴びてのびのびと過ごす植物を見て嫉妬してるんじゃないかな、って思うんだ。だから、散歩させてちょっとでも外の世界を味わわせてあげたら、きっとよろこぶだろうな。
H:お散歩とはまた斬新な!ぜひ実現してください。最近、自宅で過ごすことが多くなった私たちですが、室内だからこその植物の魅力ってどこにあると思います?
C:家の中に植物があることで、そこに温もりと幸せが生まれる。創造性をふくらませて、自分の生活空間にうまくプラントを招き入れることができるよ。
H:プラントとには十“葉”十色ありますが、特に好きなプラントは?
C:南国のプラントが好きだな。なんだか南国にバケーションに来たみたいな気分になれるから。それに、インテリア性にもすぐれている。家の中をジャングルみたいにしたい人にはぴったりなプラントだよ。
H:最後にこれだけ聞いてもいいですか。やっぱり、ヒルトンさんは、プレゼントをあげるときはお花じゃなくて断然プラント派?
C:え、逆にプラントをプレゼントしたことないの!?って感じ。僕にはそれが普通だよ。僕のお気に入りの贈り方は、自分のプラントを切っておすそ分けすること。そうしたら、もらった人はそのプラントを土に埋めて育てて、命をどんどん増やしていくことができるんだ。
H:それ、無茶苦茶すてきなプレゼントだ。
Interview with Hilton Carter
—————
All Photos by Hilton Carter
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine