カフェからレストランへ、ノマドワーカー大移動。なぜレストランは選ばれたのか?“色”を強めて線引きするコワーキングたち

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久しぶりに「あのレストランでランチしようよ!」。行ってみると人はいるのに、何か様子が違う…。「お客様、うちは今年からランチの時間はコワーキングスペースとして営業することになりました」

ランチ営業やめて昼はコワーキングスペースに? もう「コワーキングスペースとは呼ばないで」? 個性強めのスペースを掛け持ち利用? ノマドワーカーたちの働く場所は今年も休むことなく進展しているようだ。

なぜレストランが“働く場所”に選ばれたのか?

 平日の午後4時、ニューヨークのセントラルパークに隣接する自然史博物館の裏側にあるレストラン「The Milling Room(マイリングルーム)」を訪ねると、ダイニングで食事ではなく、デスクワークに励んでいる人々の姿が。その数50人程。みな、真剣な顔つきでパソコンと向きあっている。その傍では、レストランの従業員たちが5時半からのディナー営業に向けて、テーブルの上にナイフとフォークを並べる、というなんとも不思議な光景が広がっていた。

「平日の朝から午後5時までの時間は、このメインダイニングエリアはコワーキングスペースなんです」。そう話すのは、コワーキングビジネスのスタートアップ「Spacious(スペーシャス)」の共同創始者プレストン氏。90席程ある広々としたメインダイニング。そのスペースには、毎日70人程の「会員」が集っているという。

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 ノマドワーカーという言葉が使われるようになって久しい。起業家やフリーランス、また、テレワークを導入する企業が増え、オフィス外でのモバイルな働き方が行きわたる社会の動きとともに、さまざまな形態のコワーキングスペースが登場し続けている。WeWork(ウィーワーク)のような世界20ヶ国にスペースを持つグローバル企業になったものもあれば、「ウェルネス」や「心身を整えること」を軸に置き、館内に瞑想ルームやヨガスペースを完備する「The Assemblage(アッサンブラ-ジュ)」など独自色のだいぶ強いスペース、また、営業前のバーやレストランを、コワーキングスペースとして有効活用するスタートアップまでが出揃う。価格帯もスタイルも実に幅広い。まずは、冒頭で述べたディナー営業前の時間をコワーキングスペースとして貸し出すスタートアップの“いま”についてからみてみよう。

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 ディナー営業のみの飲食店が、日中は「遊休不動産」として眠っていることに着目したコワーキングビジネスがニューヨークで現れだしたのは、2016年頃。日本でも話題になった「Spacious(スペーシャス)」をはじめ、「kettle space(ケトルスペース)」や「workeatplay(ワークイートプレイ)」などがある。
 
 飲食店には、ノマドワーカーが必要とする「机」「椅子」「電源」がすでに揃っているため、あとは安定したWiFiとコーヒーやお茶を用意すれば、立派な“オフィス環境”ができあがる。空間を一から新しく作る必要がないためコストを大幅に削減でき、会員費も月100ドル以下と良心的。ニューヨークシティ内のウィーワークの、最も安価なプランと比べても3分の1以下。
 類似スタートアップの中でひときわ勢いをみせているのが先述のスペーシャスだ。ニューヨークシティ内の約15店舗、サンフランシスコに約5店舗のレストランと提携しており、会員はGPSで「いまの場所」から近隣の利用可能なレストランを検索、ワンクリックで予約して利用することができる。

 提携店にハイエンドな店を厳選しているところも人気の理由だ。おしゃれな内装もさることながら、座り心地の良い椅子はデスクワーカーにとって非常にありがたい。今後、ロサンゼルスやシカゴ、また隣国カナダなどにも進出予定で、規模の拡大とともにサービスの価値が高まると見込まれている。

 同サービスが惹きつけているのは、シェアオフィスを借りずにカフェなどを仕事場にしていたノマドワーカーたちだ。彼らの中には、カフェはせっかく足を運んでも座れる席がなかったり、また、コーヒーを買って「さぁ仕事をしよう」と思うと、WiFiが遅かったり、繋がらなかったり…。そういったことに煩わしさを覚えている人たちも多かった。

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大きい棚があるとワークスペース感がでる。レストランにあっても違和感はなし。
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タコ足配線も常備。

そもそも、多くのカフェは長居しやすいようにはデザインされていません。薄利多売のビジネスだけに、商品を買ったらなるべくはやく出て行ってもらう『循環』を意識して作られているもの。長居しにくいのは当然です」。スペーシャスの共同創始者はそう話し、同社の成長の要因はこの「会員が心地よく仕事に集中できる環境を整えたこと」だという。
 スペーシャスのようなスタートアップの存在は飲食業界でも知られるようになり、レストラン側からの問い合わせが増えている。中には、レストランとして存続するために「ランチ営業を辞めて、コワーキングスペースとして貸し出したい」というところも。それは、本業で勝負するよりも、後者の方が利益になるからに他ならない。飲食業界に限った話ではないが、家賃高騰に歯止めがきかないニューヨークのような都市では、競争も生き残りも熾烈だ。

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Spacious 共同創始者のピーター・ペセック(Peter Pesek)

 テーブルの上にあるのが料理ではなくラップトップ、というのは、レストランとしては、決して理想的な状態とはいえないかもしれない。しかし、よっぽどの人気店にならない限り「この街で生き残るためには背に腹は変えられない」。そんな切羽詰まったレストランオーナーたちの状況も垣間見える。

 このランチ営業を縮小、もしくは辞めて、コワーキングスペースにするという動きは、スペーシャス側が意図していたことではない。しかし、レストラン側の状況を知れば知るほど協働することは「お互いにとってWin-Winであることがわかりました」。まさに創業時のAirbnbのような「貸したい人」と「借りたい人」のニーズがピッタリ、そんな印象だ。

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もう「コワーキングスペース」と呼ばないで?

 近年、ウィーワークをはじめどの企業も「コワーキングスペース」と呼ばれることをあまり歓迎していない印象がある。たとえば、ウィーワークは起業家を中心としたコミュニティの効果的な醸成が目的であって、シェアオフィスの貸し出しはあくまでその手段の一つにすぎないとし、いまをときめく女性専用の「The Wing(ザ・ウィング)」も、女性の活躍を促進するための社交クラブとして機能を強調。これは、コワーキングの中で差別化をさらに重要視しているということで、「こんな人が働いています・こんな人が合います・こんな働き方ができます」を、それぞれが明確に打ち出している。

 先ほどのスペーシャスは、「ドロップ・イン・ワーク・スペース(drop-in work space)」という言葉を使用。その理由について尋ねると、従来の「決まった場所だけを使えるサービスではないから」。必要なとき、必要な場所に「ドロップ・イン」して働く。ある意味、最もノマドらしい働き方ではないか。この明確な差別化が、「カフェで不安定なドロップイン」をしている人たちに響いたわけだ。

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「働いたあとにそのままそこでディナーを食べていく」など、新規顧客を獲得することに繋がっているそうだ。

「ウェルネス・コミュニティスペース」としてブランディングを進めているのが、「The Assemblage(アッサンブラ-ジュ)」だ。もともと不動産業に関わっていた創業者は、ペルーでシャーマンのもとアヤワスカを体験。「人は人だけでなく自然や宇宙と繋がっている」と才覚したことから、新コンセプトのワーキングスペースを思いついたそう。なんとも濃ゆい思想が前面に出ている。

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Photo via The Assemblage 内装もクリーンなイメージを保つも個性的。

 実際、見学に行ってみると、館内は「バイオフィリアの理論に基づいてデザインされている」とのことで、緑が多く、インテリアも天然素材で作られたものばかり。また、無料で提供される朝食と昼食は、インドの伝統医学“アーユルヴェーダ式”のヘルシー食だったり、ヨガや瞑想のクラスがあったり、ノンアルコール専門のバーが併設されているなど、とにかくビジネスパーソンの「心身のケア」に余念がない。会員たちも「ペルーで買いつけた」というラグに寝転がったり、素足であぐらをかきながらふかふかのクッションにパソコンを乗せて仕事をする、ミーティングをするなど、巷で広がる「自由な働き方」をユニークに体現している。

 ただし、この種のボヘミアン的「自由な働き方」は高くつくのがニューヨーク。会員費は月450ドル〜(約5万円)、固定デスクを持つとなると月1200ドル〜(約13万円)と、気軽に手が出せる価格ではない。にもかかわらず、かつてラグジュアリークラブと仰がれた「Soho House(ソーホーハウス)」や、上述のザ・ウィングの20代後半〜40代の会員たちが、このアッサンブラージュを「掛け持ちしてるケースが少なくない」のだそう。

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Photos via The Assemblage

 決してお手頃ではないコワーキングスペースのメンバーシップを複数持つ、という感覚は、私のような凡人には理解し難いが「それだけ、どのスペースも集まっている会員の思想や価値観が大きく異なっているのでしょう」とのこと。掛け持ちは「違うタイプの人との繋がりを築くための必要経費」。そう感じている人が少なくないことに驚く。

 ほんの数年前まで、コワーキングスペースといえば「クリエイティブ」という言葉に引っかかれば誰でもどうぞ、と間口が広かった印象だった。しかし、黒と白のベーシックカラーを貴重としたウィーワーク以降に現れた企業は、女性専用を掲げ、コーポレートカラーがピンクのザ・ウィングしかり、ウェルネス縛りのアッサンブラージュしかり、いちいち個性が強い。もちろん「インクルーシブ」「繋がり、ネットワーク」といった言葉でオープンな印象を打ち出してはいるのだが、「ただし、同じマインド・価値観を持った人に限る」という暗黙の線引きで他との差別化はきっちり。若干ではあるが排他的な一面を売りにした雰囲気すらある。だが、それらは個性を強調することで、人に掛け持ちさせるほどの「付加価値」を生み出しているようだ。この場合の最大の付加価値は、“厳選された”人との繋がりだろう。  
    
 コワーキングスペースも、ただオフィス空間を貸し出す業態から、いつしかコミュニティ醸成に力を入れた「コミュニティ色」の強いものに。単純に価格ではなく「付加価値」で勝負する動きは興味深い。働き方や価値観の多様化に合わせて、コワーキングスペースのあり方は、これからますます細分化されていくことは間違いなさそうだ。

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提携するレストラン前に置かれるスペーシャスのウェルカムボード。

Interview with Peter Pesek, Spacious

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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