社会現象ワン・フォー・ワン(1つ買って1つ寄付)は本当にソーシャルグッドだったのか?キャッチーな言葉裏の落とし穴

近年、注目を浴び続けてきたこのビジネスモデルに、疑問の声があがりはじめている。
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商品を一つ購入したら、同じ(もしくは類似)商品を一つ寄付する「One for One(ワン・フォー・ワン)」「Buy One, Give One (バイ・ワン、ギブ・ワン )」。米国ではあるシューズブランドの試みを引き金に、2012年頃から多くの社会起業家がこの社会貢献型のビジネスモデルに注目し、後発が続々と続いていた。

が、近年、疑問の声が上がりはじめている。果たして本当にそのビジネスモデルは、発展途上国に住む人々の生活改善、ひいては「世界をより良くすること」に繋がっていたのだろうか? と。

One for One(ワン・フォー・ワン)は「バンドエイド」

「環境問題や貧困を解決するには、いままでのようにノンプロフィットや政府だけの力では間に合わない。ビジネスという大きな力で、より多くの人を巻き込んで世界を変えていきたい」。 

 以前、取材した新興アウトドアブランド「コトパクシ(▶︎実店舗もない彼らがいかにして「パタゴニアやザ・ノースフェイスに対抗しうる唯一のアウトドアブランド」になったのか)」はそう話していたが、社会貢献型のビジネスモデルの草わけといえば、やはり創業2006年のトムズ(TOMS)シューズではないだろうか。創業者のブレイク・マイコスキーは、休暇で訪れたアルゼンチンのある村で、靴を買うことができない子どもたちと出会ったことをきっかけに貧困改善を目的とした社会貢献型のビジネスモデル、靴を1ペア買えば1ペアが寄付される「One for One(ワン・フォー・ワン)」を立ち上げた。
 のちに、この「利益」と「ソーシャル・インパクト」の両方を生み出す「コーズ・ブランド」は、8割以上が「似たようなブランドならば社会貢献につながる方を選ぶ」というミレニアル世代の消費傾向に合わせて一般化され、石鹸や文房具、下着、洋服、メガネなど、さまざまなブランドが次々と参入していった。


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 消費と慈善活動を結びつけたそのアイデアはビジネスとしては評価されていた。ただ、数年前から、その「ソーシャル・インパクト」に疑問の声が上がっている。いままでよりずっとカジュアルに社会貢献に興味を持つ消費者が増えたことは良い。だが、果たしてそれは本当に発展途上国に住む人々の生活改善に繋がっているのだろうか、と。
 
 最も多いのは「貧困の根本的な解決に繋がっていない」という指摘だ。無償で靴をあたえるだけでは、「あたえる者」と「施しを受ける者」の間の溝、つまり「貧富の差が埋まることはない」。また、地元に根ざしたビジネスをつぶすのでは、経済的な自立の妨げになるのでは、といった声も。

 実際、この分野で大きな注目を集めたトムズを対象に、そのソーシャルインパクトを調査した経済学者のブルース・ワイディック氏は、同社のエルサルバドルに向けた寄付プログラムの調査結果を、こう発表している。
 
 子どもたちの学校への出席率が多少上がったりはしていたものの、トムズが掲げる「Improving lives (生活改善)」の「具体的な証拠はない」と。彼が特に懸念しているのは、より多くの子どもたちが「物資を必要としている者にもっと施しをすべきだ」という、経済的な自立よりも他者からの施しに頼る考えが芽生えている点だ。

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出典:TOMS Official Website

 これらの結果から、ワン・フォー・ワンは、人にモノを買わすための新手の「宣伝にすぎない」といった声や、バンドエイドのような“応急処置”としては機能しても、ソリューションにはなり得ない、という指摘は増加した。

ミッションが壮大すぎた件

 では、どういったものがソリューションに繋がるのか? 貧困に関していえば、現地の人にただモノをあたえるのではなく協働すること、たとえば、そのモノを作る施設と技術を提供することが重要で、雇用を創出し、現地の人の経済的自立を促すことが最も効果的だといわれている。
 ただ、それは言うは易く行うは難しなのも事実。「貧困問題の解決は非常に難しく、さまざまな方法を試さないと何が効果的なのかがわからない」。貧困生活を具体的に改善し「世界をよくする」ほどのソーシャルインパクトを引きおこすには、それなりのコストと時間と労力も要される。よって、原価数百円程度の靴を届けることが「そもそも貧困の解決に繋がるはずがない」ともブルース氏は指摘している。また、「トムズはソーシャルグッドなことを何もしていない」と安易に叩くメディアに対しても「安価な靴に子どもを笑顔にする以上のことができると本気で期待していたのだとすれば、それはどうかと思う」と苦言を呈している。

 言い方を変えれば、トムズの掲げるミッションが仮に「貧困にあえぐ子どもたちを靴で笑顔にする」であったとすれば、ミッションコンプリートだった。たとえば、同じ靴でも、ニューバランスとニューヨークのランニング協会がおこなっている「1 for You 1 for Youth(ワン・フォー・ユー、ワン・フォー・ユース)」プログラムは、ミッションが「より多くの子どもにランニングの機会を提供し、ヘルシーライフをサポートする」。なので、彼らが掲げるミッションと期待できる効果は一致しているだろうし、子どもたちに無償で靴をあたえるそのソーシャルインパクトは大きい。

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 つまり、靴のワン・フォー・ワンは、「貧困の解決」といった壮大なテーマには向かなくても、もう少し小規模な問題の解決には有効なモデルだといえる。これは他のワン・フォー・ワンキャンペーンにもいえることだ。

 先駆者かつ最も成功した企業のひとつゆえに、槍玉にあげられたトムズだが、決してソーシャルグッドなことをしていないわけではない。消費者に「自らの購買行為で社会を変えることが可能」だと知らせ、社会貢献の意識を身近にした功績は大きい。

 現在、トムズは上述のような指摘を受け、靴だけでなく、サングラスやバッグ、コーヒー事業にも参入し「貧困の解決」の実現に向けて動き続けている。現地のオーガニゼーションと連携し、ひとつ買うと眼の病気に苦しむ一人の治療代、妊婦の安全な出産のサポート、清潔な水を得られずに苦しむ人ひとりに一週間分の水が寄付されるなど、現地が急務としていることを洗い出しながら、次々と慈善事業を拡大(ビヨンド・ワン・フォー・ワンを掲げている)。過去の結果を改善し、次に生かし続けている点は「すばらしい」と評価されている。
 また、メガネブランドのワービー・パーカーも、メガネを無料で配るのではなく、現地の人たちに知識と技術を提供し、安定的な収入源を得ることができるような支援を行なっている。

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出典:TOMS Official Website ビヨンド・ワン・フォー・ワンへ。

何にお金を使うか、は「どんな世界をつくるか」

 日本の企業やブランドによる寄付は、いまも売上に対するパーセンテージで寄付するのが一般的だ。寄付金を出したらそれでおしまい、といったような企業も多く、その使われ方にまで責任を持たないケースも少なくない。とはいえ、それは企業だけの問題ではない。消費者も、だ。

 貧困の解決策としては弱かったワン・フォー・ワンだが、営利事業と社会貢献が一体化したビジネスモデルがさまざまな分野に広がったことで、消費者の意識は確実に変わった。自分の買い物をしながら社会貢献に参加できる手軽さや、良いことをしたと気持ち良くなれる体験が、社会貢献の「トレンド化」を後押ししたのだと思う。そもそもトレンドにならなければ、「本当に効果があるのか」といったことが議論されることもなく、仮に議論されていても、興味を持つ人は少なかったはずだ。

 ただ、「みんなでモノを買うこと(=トレンド)」と「ビジョンを共有し協働すること(=ムーブメント)」は似て非なり。今後、この「より良い世界」を目指すトレンドを、もう一段階先の「ムーブメント(社会運動)」に繋げるには、コーズ・マーケティングによる言葉のキャッチーさやイメージだけに踊らされぬよう、消費者が試される。そして、消費は無限ではない。どこにお金を落とすのか。今日においてその判断は、結構、大きな責任をともなう。

Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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