音楽は、ときに数字に惑わされる。週間ランキング第1位。アルバムセールス200万枚。再生回数1000万回。最近では、アーティストのSNSフォロワー数や投稿のライク数でさえ、オーディエンスにとっての“売れる”音楽かどうかの判断要素だ。
数字至上主義な面を持ちあわせている音楽の世界で。半世紀前から、アーティストに好きなように作らせヒットを飛ばしつつ、数十年も人々の頭に残るような音楽を作ることで有名なプロデューサーがいる。
ジャンルはこだわらず、音に主体性を。“カメレオン・プロデューサー”、トッド・ラングレン
音楽業界においての“カメレオン・アーティスト”という称号は、トッド・ラングレンにあたえたい。業界に身を置いて50年以上、ニックネームは“音の魔術師”、“ポップ職人”。ソングライター、ミュージシャン、プロデューサーをこなすマルチプレーヤーだ。
ざっと経歴を見てみよう。1967年にバンド「ナッズ」でデビュー後、ソロになり、70年代前半からいち早く、すべての楽器とボーカルを一人でやってしまう宅録を実践。『ハロー・イッツ・ミー』や『瞳の中の愛』『友達でいさせて』など切ない旋律のバラードでヒットを連発した後、バンド「ユートピア」を結成、『魔法使いは真実のスター』で実験的に暴れ、『誓いの明日』ではビートルズやボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックスのすばらしいコピーをする。ハードロックやプログレッシブロックも演りつつ、80年代には打ち込み系に入れ込む…と、レストランですべてのメニューを試したい子どものように純粋に音楽をたのしむ男である。
デジタルテクノロジーにも長けていて、ミュージックビデオも自作する。そして、リンゴ・スターのオールスター・バンドでワールド・ツアーに参加したり、唐突に米バンド・カーズの再結成にリーダーとして加入したり、米アニメ番組にノイズ系の楽曲提供をしたりと業界の人気者。2015年のフジロックのステージでは、女性ダンサー二人に挟まれ、なぜかEDMの曲に合わせて華麗なステップを踏んでダンスを披露し、観客の心を掴んだ。
マルチプレーヤーのトッド・ラングレン。
そしてトッド・ラングレンは、“カメレオン・プロデューサー”でもある。数々の幅広いジャンルのアーティストのプロデュースを半世紀かけて手がけてきた。ボブ・ディランやジャニス・ジョプリンのマネージャーとして著名なアルバート・グロスマンにその腕を買われ、レコーディングエンジニアとしてスタート。泥臭いハードロックバンド、グランド・ファンク・レイルロードから、バッドフィンガーやザ・バンド、英ポップロックバンドのXTC、NYパンクのパティ・スミスにニューヨーク・ドールズ、ブルー・アイド・ソウルのホール&オーツ、そして邦アーティストの高野寛やレピッシュまで。ジャニス・ジョプリンの遺作のプロデューサーに抜擢されたもののジャニスと喧嘩し解雇、という逸話さえある。
トッドのプロデュースの特徴は、ジャンルや音楽性への懐の広さだ。「売れる音楽を作らねば」ではなく、アーティストのやりたい音楽をやらせ、自身の順応性の高いプロデュース力でヒット曲へと導く。たとえば、誰からも見放された米ロックシンガー・ミートローフのオペラ風ロック『地獄のロック・ライダー』のプロデュースを「いいよ」と引き受け、これまでに4,300万枚を売り上げる歴代アルバム売上枚数5位のメガトン級ヒットまでに仕上げてしまうのだ。
ソーシャルメディアの台頭もあいまって、数字がますます物を言う音楽界で、息のながく売れる音楽、アーティストの意思が込められた主体性のある音楽をプロデュースしてきたトッド・ラングレン。過去50年の音楽キャリアの集大成となるワールドツアーを敢行中、東京から大阪へと現在日本で公演中だ。多忙な彼を、1ヶ月前にアメリカでキャッチ。20分間の電話取材に応じてくれた。
HEAPS(以下、H):ハロー。ヒープスマガジンです。
トッド・ラングレン(以下、T):ハロウ! 聞こえるかな? 君の声がスピーカーフォンから遠いようだ。
H:いま最大限まで近づきました。
T:いやぁ、なにも変わらないなぁ(笑)。君がトンネルの中にいるみたいだ。まあ、最善を尽くす。
H:響く部屋でごめんなさい…。トッドさんは日本公演も控えていますので、この記事がオーディエンスの心を刺激できたらうれしいです。
T:うん。
H:トッドさんは、元祖宅録アーティストで一人多重録音したり、幅広い音楽ジャンルに挑戦したりとマルチプレイヤーだった一方で、早い段階からプロデューサーとしても頭角を表し才能を発揮しました。自分の性格や特性がどうプロデューサー業に役立っていると思いますか。
T:いくつか特性はあると思うが、まずは僕の音楽制作へのアプローチを知ってもらいたい。一つには、「自身の音楽やプロデュースを手がける音楽のジャンルを気にしない」ということだ。どんなスタイルであっても、あまり気にしない。アーティストがやろうとしていることに合わせようとするんだ。彼らの目指すところを見極めて、僕のレコードではなく“彼らのレコード”にしていく。
H:アーティストの意思を尊重して、どんなジャンルであっても手がけると。
T:二つには「音源自体に重きをおく」。スタジオでアルバム制作がスタートする前に、すべての曲を聞いている状態にしたい。そうすることで、スタジオで音楽の録音作業に集中することができる。曲の根本的にダメな部分を直すことなどに、時間をかけなくてもよくなるから。
H:アーティストにはスタジオ入り前にある程度、曲を形にしておいてほしいということですね。
T:アーティストがスタジオに足を踏み入れたときに、制作の妨げとなるようなことをしないのが原則だ。少しでも彼らにとって居心地の良いスタジオにしたいし、すべての制作プロセスに対して自意識過剰になってほしくないんだ。だから、可能な限り手早く制作を進める。細かいサウンドの部分はあとで心配すればいいから、いじくりまわすことにあまり時間をかけない。これらが、レコード制作をする際に一番重要となっていくところだ。
H:トッド流プロデュース術。これまでその術で、パティ・スミス、ニューヨーク・ドールズ、グランド・ファンク・レイルロード、XTCなどA級アーティストの作品を手がけてきましたが、思い出深い話、たとえば、この制作は難しかったな、なんてものはありますか?
T:XTCはかなり困難だった。僕自身がバンドのファンだったから、制作に入る前から彼らの曲作りについてはいくらか知っていたんだ。彼らの作品を分析して、なにをしたいのか、どんな改善点が必要なのかを模索していた。それに、バンドも、僕みたいな粘り強くて諦めないプロデューサーと制作をしたことがなかったみたい。バンドメンバーの一人が舵を取ろうとしたりして、バンド自身が最終的にどんなレコードを作っているのかわからなくなるという。制作体験の細かい部分に気を取られてばかりいて、アルバムの全体像にきちんと耳を傾けていなかったんだ。ははは。そうして作り上げたアルバム(『スカイラーキング』)を、ボーカルのアンディ・パートリッジ*は、“バンド史上最悪の出来だ”って思ってね。でも、結果的にこれが一番成功したアルバムになったってわけだ。だから、まあ難しいよね。
*アルバム制作中、XTCのアンディとトッドさんのバトルが勃発したことは有名な話で、あまりにも険悪ムードだったため、メンバーが途中で逃げ出すという波乱万丈。結果、バンド史上傑作アルバムとなった。
H:ジャンルや音楽性を気にせず、アーティストをスタジオに迎え入れるトッドさん。いい例が、ロックシンガー、ミートローフのアルバム『地獄のロック・ライダー』だと思います。ミュージカルの劇中曲などを手掛けていたジム・スタインマンの作詞・作曲で、ワーグナー風のロックオペラという異色作。誰もが難色を示し、プロデューサー探しに難航するなか、トッドさんが「やってみよう」と引き受けた。結果、無名時代のミートローフの同曲は、全世界で4300万枚と、全世界で史上最も売れたアルバム・ランキング5位になりました。このときのアルバム制作、難しかったですか。
T:制作は難しかったけど、制作中によくあるようなトゲトゲしい雰囲気になることはなかった(笑)。ミートローフは風変わりなアーティストで、『地獄のロック・ライダー』は風変わりなレコードだった。ヒットするのに時間がかかったのは確か。その裏では、レコードレーベルの社長が諦めず、最初に出したシングルがヒットしなくてもシングルをリリースしまくったんだ。で、この時期にちょうどMTVが放映されはじめていて、アルバムの曲を1時間ごとに流していた。というわけで、このアルバムがトップにのし上がったのも、レコードレーベルの粘り強さと、プロモーション用のプラットフォームを提供していたMTVのおかげだね。
H:それにしても、トッドさんがプロデュースを買って出なかったら、MTVにも流れなかったわけだ。ロックオペラ風という、曲ができている時点ですでに世界観が強かったアルバムをプロデュースするにあたり、どのようにミュージシャンの感情や音楽的な方向性をアルバム作りに組み込んだのですか?
T:まず、スタジオ入りする前、リハーサルに時間をかけた。1週間くらい、バンドと一緒にしっかりとね。結果、スタジオ入りしてから個々の楽器パートのテイクを同時に録音することができたんだ。録音したテイクを重ね録りしたり、切り貼りするがほどんどなく、もはやライブ演奏に近い感じだった。そのおかげで、ミキシング・コンソールの奥からディレクションを入れなくても大丈夫だったし、僕自身もバンドと一緒にギターを弾く余裕さえあったんだ。だからプロジェクトはスムーズに進んだ。問題は、レコード制作でなく、レコードをリリースしてくれる誰かを見つけることだったな。
H:売れる見込みがあまりないレコードを売るには、どうしますか?
T:僕の仕事はレコード制作であって、売るわけではない。レコードレーベルのマーケティングや販売担当に任せる。僕はレーベルに対して、こういうふうにレコードを売れと命令しないし、ランキングに入らなかったから文句を言うなんてことはしない。ただ、自分がきちんと自分の仕事、つまり売る価値のある音楽を作ったかどうか、を気にすればいいのだよ。
H:売る価値のある音楽は、必ずしも“売れる見込みのある音楽”ではない。以前、トッドさんを敬愛する日本のミュージシャン/プロデューサー高野寛氏との対談で「自分もプロデュースするアーティストに勧めているのは、オーディエンスが聴きたいと思うものは何かって考えすぎるんじゃなくて、自分が楽しめる音楽を作ること、自分が好きだと思えるアルバムを作ること」と言っていました。
T:曲に対してオーディエンスがどのような反応をするんだろう、と予測することが僕自身嫌いでね。みんなが完璧だと思うレコードがあったとしても、運悪く苦境に陥る場合もある。たとえば、マイケル・ジャクソンがシングルをリリースした同じ週にシングルを出すとかね。どちらがラジオでかかるかは目に見えているだろう?
そういう意味では、オーディエンスにどんな曲が好かれるのかを考えながらレコード制作をする、なんて妥協をしてはいけない。長い目で見たらオーディエンスは、アーティストが何を感じているのか、そしてアーティストのやりたいやり方で作られた音楽が聴きたいんだ。商業的には成功しないかもしれない。でもそれは時間の問題でもある。アーティストがやっている音楽に耳を傾けてくれるオーディエンスが現れるまでやり続けるんだ。
H:アーティスト自身がたのしめる音楽を作るのが大事だと。トッドさんは、以前バークリー音楽院の卒業式スピーチで「音楽の世界で活かせるもっとも重要なことは、自分自身を知ること。何においても、自身の探求が一番なのです」と言いました。また、前述の対談では「音楽から自発性を奪ったら、予測可能で退屈なものになってしまう」とも。音楽の自発性とはどんなことを表し、なぜアーティストの主体性がある音楽が必要なのでしょう。
T:うぅん、そうだね、僕自身(ミュージシャンとして)最初のころは、ただたんにギターを弾くことはそれ以上のなにものでもなく、純粋な感情表現だった。でも、作曲することを覚えるにつれ、曲の歌詞やアイデアが湧き出てくる泉は、自分の内側にあると気づいたんだよね。だから音楽はオーディエンスのためのエンターテイメントだけど、僕にとってはセラピーでもある。そしてオーディエンスのなかには、僕が伝えたいことをわかってくれる人もいて、その曲は彼らにとってのセラピーにもなる。だから、僕はみんながなにを聴きたいのか推測するのをやめることにしたんだ(笑)。
たとえば、ビートルズも、最初の頃はカバーソングなんかを出していた。オーディエンスが聴きたい曲をね。そして、オーディエンスが気に入りそうな曲を書くようになり、次第に自分たちが好きな曲を書くようになる。そこにルールなんてないから、オーディエンスが気にいるかどうかなんて推測できない。それでもみんなが気にいったのは、作り手がビートルズだったから。彼らがマッシュルームカットだったということもみんなが好きな理由であったし、ビートルズが身につけていたファッション、吸っていたドラッグ、ビートルズに関するあらゆるものにみんな惹かれていったんだ。次にリリースされるシングルがどんなものかをたのしみに待っていたり。
H:トッドさんも、初期はビートルズの曲を完コピしていましたよね。個人的には『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』のカバーがとても好きです。
T:あぁ(うれしそうな笑い)。
H:そして、だんだんと自分自身を反映した音楽を作っていった。
T:そういう意味では、僕にはプロのソングライターのスキルがなかったんだよね。ピアノの前に座ってコードや歌詞を紡いで、自分でじゅうぶん演奏せずに曲を納品するようなスキル。僕はあくまでもパフォーマーで、好きな曲を書いて(笑)、自分の想いを歌詞にする(笑)。だから、それはオーディエンスが必ずしも気に入るものではないかもしれない。でも、少なくとも僕の音楽を聴いてくれるオーディエンスが一定数いたから、キャリアを続けられてきたんだ。
H:アーティスト自身がたのしめる音楽を作るのは大切ということか。
T:僕自身、音楽業界に入ったのも単純に音楽を愛していたからだ。プロデューサーとしても、人気を得ることはとてもいいことだと思ったけど、レコードプロデューサーは人気者にはなれないよね。多くの人々は彼らが誰かは知らないし、通りで見かけても認識されることはない。プロデューサーは、ほかのミュージシャンと共同で音楽作りをする人たちだから。
H:アーティストが作りたい音楽を作るのが大事ということですが、いまはアルゴリズムやマーケティング、ソーシャルメディアのデータなど、何かにつけマーケティング至上主義にどうしてもなってしまう時代でもあると思います。数字で物事の良し悪しが判断されることの多い現代において、“売れる音楽”ってなんなんでしょうね。
T:そうだね、多くの音楽やその制作方法というのは、いつも「リスナーがどうやって消費したいか」によっていると思うんだ。僕の時代は、アルバム全盛期。僕自身はアルバムベースのアーティストだったから、どのようにアルバムがチャートにランクインするかをつねに考えていたが、いまはもうそんな時代ではない。オーディエンスは、座ってアルバム一枚を通しで聴く時間を作ることはしなくなってしまった。1曲聞いては、次に違う曲を再生する。もう集中力もなくなってしまったようだね(笑)。だからアルバムごとに考えるのは、もう時代遅れなのかもしれない。いまはCDをもらったとしても、再生する機器が手元にないね。リスナーの聴き方が変わったことで、音楽を視聴するフォーマットが時代遅れになった。テクノロジーによって音楽の聴き方がレコード盤からウォークマン、MP3、CD、ストリーミングと変遷している。レコードコレクターでなければ、もう音楽を手で掴むこともなくなったよ。すべてが儚いものになった。音楽が使い捨てになっていることもあるしね。
それに最近、音楽はちょっと変な方向へ向かっていると思う。商業的になっているというかね。音楽作りのプロセスを知らない人々が、作曲・プロデュースを依頼することもある。そうすると、音楽そのものとは関係ない、たとえば(アーティストの)スニーカーブランドをプロモートするような音楽ができてしまうんだ(笑)。
H:音楽が、ほかのプロダクトを売るためのツールになっていることもあると。
T:もちろん、音楽を愛したりいろんなジャンルの音楽をたのしんだりするのに、ミュージシャンである必要はない。ただ多くの音楽はマーケティング的視点から、どのようにリスナーのライフスタイルに結びつくのかに基づいて作られているともいえる。どんな服を着るのか、他にどんなアーティストをフォローしているのか。それはいつも若者たちの会話の話題で、これからもそう。そして、いつもオーディエンスの中に音楽をもう少し深く理解する人、探ろうとする層が一定数いる。アーティストの髪型など見た目だけではなく、音楽的になにが起こっているのかに興味を持つというね。
〜マネジメントから「もうそろそろ終わりにしてください」とキャッチホンが。それでも引き続きインタビューを続行してくれるトッドさん。いい人だ。〜
H:最後の質問ですが、プロデューサー業のなにが好きなのですか?
T:え? ごめん、なんて言ったのかい?(笑)
H:トッドさんは、なぜ音楽プロデューサーであり続けるのでしょう。
T:新しい音楽を発見して、音楽が無限の可能性を持っていることを目撃するのがたのしいんだ。演奏するのもたのしいよ。ステージに立って、歌うのが好き。とてもいい気持ちになる。オーディエンスと繋がっているのもね。ぶっ倒れるまでやめられないよ。あぁ、もう時間だ。行かないと。
H:トッドさん、貴重な機会をありがとうございました。
Interview with Todd Rundgren
All Photos by Kohei Kawashima
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine