昨年度の国内総生産(GDP)があの中国を上回った国がある。約12億人を抱える超大国、インドだ。
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Image via McKay Savage
経済が急成長すればその裏で、搾取の対象となる人々がいるのも事実なわけで。
インドでは、劣悪な環境で陶器や衣料品を作り細々と生活する「スラムの職人」たちが経済発展の標的になっている。自分たちの生産物を売ろうにも中間業者から搾取され、労働に見合わない稼ぎしかもらえない。
そんな踏んだり蹴ったりなスラム職人たちなのだが、最近、強い味方をつけ、売り上げも上々らしい。
稼ぐスラム職人を生み出したもの。それは「eコマース」ビジネスだ。
インド最大級スラムでeコマース。搾取される労働者たちに救いの手
インドで今年末までに、およそ380億ドル(3.8兆円)を生み出すとされる一大マーケット、eコマース。ネットを通じてモノやサービスを売買するいわゆるオンラインショッピングのことである。
市場はぐんぐん成長しており、3.8兆円という額は昨年と比べると67パーセント増しで、7年前と比べると10倍。国内にいる約2億人のネットユーザーの半分がショッピングサイトを利用している、というから頷けてしまう。
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景気づいたeコマースの恩恵を受けているスラムは、インド最大の都市ムンバイにある。金融センターや高層ビルがそびえる中心部からさほど離れていない場所にあるのが、映画『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台ともなったスラム、Dharavi(ダラヴィ)地区だ。
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Image via neville mars
いまだに清潔な水道水がない家、下水もなく汚染された通り、鉄くず集めで稼ぐ子どもたち、リサイクル業で生計を立てる人。アジアでも最大級といわれるスラム街にはトタン屋根の掘っ建て小屋が隙間なく立ち並び、およそ100万人が住むといわれている。
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Image via Ishan Khosla
ダラヴィは、1920年代にインド各地の下層カーストたちがやってきて形成したスラム。
西部グジャラート州からは壺作りカースト「クムハール」の人々が陶器職人の村をつくったり、南部出身のタミル人が皮なめしの作業場を開いたり、北部ウッタルプラデシュ州からの移住者が繊維産業で働き始めたりした。
その名残か、いまでもダラヴィの主要産業は、陶器、革、プラスチック製品生産や縫製。地元民たちと農村からやってきた出稼ぎ労働者たちが一緒に小さな建物の中で肩を並べながら、リビングルームサイズの小さな“工場”で、国内外で販売される製品を作っている。
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スラム全体の年間収益は約6億5000ドル(666億円)と大きい額。職人たちもそれなりに儲けはあるんじゃないか、と思ってはいけない。ダラヴィで問題となっているのは、輸出に関わる中間業者や仲介エージェントの存在なのだ。
自分たちで商品を輸出しようにもできないスラム職人を相手に仲介料をごそっと取っていく彼ら。搾取されるスラムの職人たちの生活に経済的余裕ができることは一向になかった。
スラム職人を救ったのは、ミレニアル起業家が立ち上げたウェブサイト
仕事をしてもしても貧窮にあえぐスラム職人たちを救ったのが、eコマースということだが。そのパイオニア的存在が、2年前に登場した「Dharavimarket.com(ダラヴィマーケット・ドットコム)」。ダラヴィの職人たちのみの出品で成り立つeコマースウェブサイトだ。
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Image via Adam Cohn
販売されているのは、シャツやジャケット、靴などの衣服に、バッグ、スーツケース、財布、アクセサリー、陶器や革製品など1000以上のアイテム。これらはすべてダラヴィ職人たちの手によるもので、いまでは300人ほどが出品者として参加している。
誰でも新規登録できクレジットカードやPaypalでオンラインショッピングできる仕組み。顧客はアメリカやフランス、ポーランドなどのヨーロッパ諸国や、中東、オーストラリア、南アフリカなど、世界中にかなり広く散らばっているという。売り上げは職人たちに直接入ってくる。
仲介業者に搾取されていたスラム住民を救う賢く画期的な発想。生み出したのは、とあるインドの女性ミレニアル起業家だ。きっかけは都市開発プロジェクトに関わっていた数年前に目の当たりにしたスラムの状況だったらしい。
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Image via oui-ennui
朝から晩まで働きづめの職人たちが作る製品は世界に通用する一流品。
なのに地元の市場で売られる値段は低すぎるし、当然のように仲介業者に売り上げの一部を取り上げられていた。
このような状況を打破しようと彼女が目に付けたのは、「スマホ普及率」だった。
中国に次ぐスマホ大国と呼ばれるインドでは、パソコンを持っていないスラム職人でもスマホなら持っている。スマホアプリからウェブサイトに接続でき、職人たちが自ら製品の写真を撮影、値段を決定できるようなeコマースサイトを立ち上げたのだ。
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法人相手を主にカスタムメイドのオーダーも受け付けており、彼女が注文を管理し、職人たちに発注する。ある陶器職人はドイツの会社からの注文で1万5000個のお香立てと3000個の鉢を作ったらしい。
また女性起業家、ファッションデザインスクールのインターンの力も得て、来年流行する色やスタイルを服作りに従事する人たちにアドバイスするのだそうだ。
革職人は月収200万、元メイドも稼ぎ頭
「Dharavimarket.com」のようなスラム職人専門のeコマースサイトに限らず、インド大手のオンラインショッピングサイトSnapdeal(スナップディール)やFlipkart(フリップカート)、数年前から参入してきたアマゾンなど、ネットさえあれば誰でも売り手になれるプラットフォームが浸透してきたインドのスラム街。eコマースで成功したスラム住人の例をいくつか紹介しよう。
【28歳・革職人の場合】
ダラヴィ住人の彼の家は、水道・電気なし。レザージャケット作りをし、月およそ250ドル(2万5000円)の収入で生活していた。
だがeコマースブームに乗った彼、1年前からアメリカ、イギリス、カナダなどの国にジャケットを売り始め、なんと今では月収2万2000ドル(220万円)稼ぐように。ブラックフライデー(米国の年末商戦スタート日)だけで1万ドル(102万円)の売り上げというから驚きだ。彼が現在住むのは、ムンバイ近郊の2ベッドルームの家。もちろん水道・電気もある。
【23歳・革職人の場合】
Dharavimarket.comユーザーの若職人。彼のレザージャケットは、1日平均15から20着売れ、彼を贔屓にする客も世界にいるのだとか。前までは自作を直接地元の服屋に売り込みするだけで週末が終わってしまっていたが、今ではオンラインでポチッと出品。休みもきちんと取れるようになった。
【22歳・元ハウスメイドの女性】
コルカタのスラムに住む元ハウスメイドの女性。最近、元メイド仲間5人とeコマースビジネスに着手した。インド伝統刺繍を施したベッドシーツをマレーシアの顧客に売り、入ってくる月約372ドル(3万8000円)を子どもの教育費のために積み立てている。
鬱屈したスラム街で、食べるため子どもを養うために安賃金でも身を粉にして働いていた職人たち。一見テクノロジーとは無縁な彼らの生活を、いまインターネットが救っている。
それ以上にこれから重要になってくるは、テクノロジーの力を現実的な発想に変え実行に移すことができる若き起業家の存在なのだろう。
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Eye Catch image by Adam Cohn
Text by Risa Akita