元ヒッピーが書いた物理学書が“100万部突破のベストセラー”に「物理学とヒッピーカルチャーは変わらない」

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落ち着いた青地にタイトルのみの装丁。その無愛想な本こそ、2015年、イタリアから飛び火し世界の出版業界を騒がせたベストセラー書籍である。小説か、自叙伝か、ビジネス本か? そのいずれでもなく—「物理学書」。とっつきにくい物理学を説いた専門書が大売れというだけで話題騒然だが、さらに驚くべきは、筆をとったのが“元ヒッピー”だった、ということだろう。そう、元ヒッピーが書いた一冊の物理学書が、世界を騒がすベストセラーとなったのだ。

最先端の物理学の第一人者にして、ベストセラー作家でもある彼、カルロ・ロヴェッリ(Carlo Rovelli)。チョーがつくほど多忙であることは間違いないが、駄目もとでコンタクトをしてみると「Why not(ワイ・ノット)? いま旅に出てるから、電話をつなぐことはできないけど、メールインタビューなら喜んで」と、思いがけない返答が。元ヒッピーの物理学者による専門書は、なぜ大衆を惹きつけたのか?

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若かりし頃のカルロ・ロヴェッリ

100万部を超えた物理学書「物理をセクシーにした男」

「地球は丸い」。事実として当たり前のように認識されている常識だが、「地球は平面だ」とされていた遠い遠い昔では、誰も信じることのない“非常識”だった。アインシュタインやニュートンをはじめとする世紀の物理学者たちは、世の中の常識に対し異議を唱え非常識を信じる異分子、アウトサイダーであったといえよう。
 現代において注目の異分子は、イタリアの物理学者カルロ・ロヴェッリ(61)。“時空の分子”を追究する「ループ量子重力理論」の第一人者で、先述のベストセラー本、世界20ヶ国で翻訳された物理学書『Sette brevi lezioni di fisica(邦題:世の中ががらりと変わって見える物理の本)』の著者だ。同書は累計売上部数100万部を越え、その快挙は彼の名にちなんで“ロヴェッリ・ミラクル”と称される

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著書『Sette brevi lezioni di fisica(邦題:世の中ががらりと変わって見える物理の本)』

 ここでいう“ミラクル(奇跡)”は、ベストセラーを叩き出したことだけでなく、掴みどころのない難解な学問・物理学を素人でもわかりやすいようにまとめあげ、「物理学書を物理学ならぬ読了感」を持つものに仕上げたことへの祝いの言葉でもある。多くのコメントから、そして実際に読んでみればわかるが、専門用語で埋めつくされたガチガチの解説的文章よりも、文章表現に富みながら綴られていて、硬くとっつきにくい物理に表情を与え詩的な印象さえ受ける。なのでカルロがたびたび「物理学を“セクシー(魅力的)”にした男」と賞賛されるのも頷ける。「僕の物理学書がなぜベストセラーになったかって? それは僕にもわからないな。でも、僕がいわゆる“物理学者”ではないから、だろうね。僕にとっての物理とは、すべてのことにおいての意義を見つけ理解する“奮闘のプロセス”なんだ」。

15歳ですでに共感したヒッピーマインド

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 いわゆる物理学者ではない、という彼だから「小さな頃からサイエンスキッズだった、なんて話はないよ。人並みに、アポロ11号の人類初月面着陸には驚愕したけど」という返答は、ある意味期待どおりだった。ただし、少年時代から「僕は社会からズレていた。小さいながらに、自分はアウトサイダーだと認識した」。人知れず疎外感を抱き、アレン・ギンズバーグなどビートニク*作家たちの作品に没頭。強く惹かれたのは、アポロの月面着陸よりも、ベトナム戦争真っ只中で人間性の回復を求め、愛と自由とセックスを愛した海の向こう側にいる社会的アウトサイダー、ヒッピーたちだった。“同胞”が社会に対してとる「rebellious (反抗的)」で「independet(独立精神あふれる)」な態度は、カルロを鼓舞した。未知なる世界を「見たい・知りたい」という好奇心が、若干15歳の彼を放浪の一人旅に連れだした

*1950年代のアメリカの文学界で異彩を放ったグループ、並びに、カウンターカルチャーの潮流。文明社会や制度を否定、コミューンや放浪生活を見直し、個人の自由を求めた。のちのヒッピーカルチャーにも大いに影響を与えた。

 ヨーロッパ各地やカナダ、アメリカを巡っては故郷イタリアに戻り、また旅に出かけるの繰り返し。放浪のヒッピー生活で出会ったのは、社会の常識から逸脱した人々の暮らしだった。「金、偏った権力、人種・宗教の隔たりを取り払い、争わない、私有財産も一切持たない。そういった新たな世界をつくれると信じて、愛と平和に僕たちは生きていた。そして、これこそが新たな世界のはじまりで、世界をより良い方向に変えるに違いないと思っていたよ

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ヒッピー時代の叶わぬ夢を「物理学」で果たす

だが、それは間違っていた」。ヒッピーらが唱えた“新たな世界”に社会はどこ吹く風、何ひとつ変わることはなかった。カルロが同胞と信じた世界の変革は「一人のヒッピー青年が夢みた非現実的な世界」に過ぎなかった、と。この社会に対する絶望こそが、今度はカルロを物理学へと導く。ある時パラパラとめくった一冊の本に没頭した。物理学の本だ。「物理学の持つ『従来の常識にとらわれない自由な発想で常識を覆す』という過激な革新性は、まさにヒッピーカルチャーと変わらなかった」。だが、世界で認識される“公的な学問”である物理学は、いわずもがなヒッピーカルチャーよりも社会に対しての説得力があった。ヒッピー時代に身を以て知った「極端な理想だけでは社会は変わりたがらない」。では、逸脱するにはどうするか? 「社会を変えるよりも、個人の世界の見方を変える。それしか新たな世界を知る方法はない」。

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「地球は平らに見えるけど、実は丸い。太陽は地球の周りをまわっているようでいて、まわっているのは地球。金属は切れ目がないようにみえるが、それは間違い。
長い間、人間は王様に支配されないと共存できないと思いこんでいたが、そうではない。人は当たり前のように戦争をするが、単なる愚かな行為である。科学はそうやって、伝統や人の思いこみ、言い伝えが間違っていることを証明してくれるんだ

 難解な物理学を素人でもわかりやすく、しかも詩的にうたいあげ、ベストセラーを叩き出した「奇跡」。その奥にある、本当の“ロヴェッリ・ミラクル”とは、カルロがヒッピー経験を通し得た「常識からの脱却」、当時隔絶したヒッピーたちが社会に届けられなかったメッセージを、今度は物理学を通し、現代の多くに伝えたという「奇跡」だ。

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著書『Reality Is Not What It Seems(邦題:すごい物理学講義)』

 熱がなければ時間の経過はない(過去はない)、空間は波うっている、というような新しい発見(筆者、まったくの物理学ビギナー)から、「君の見えている世界(常識)は、真実なのか?奥には何があるのか?」と呼びかける。つまり、彼の著書は物理学の専門知識を撒くのではなく、物理学という学問から「常識にとらわれない生き方」を説く。口コミで拡散されたこの本は、物理学書として、というよりも、社会を新たな目で捉えるために多くの人に読まれた。そして、物理学書はベストセラーになった。最初に言い忘れたが、口火を切ったイタリアでは、科学書部門で、ではなく「総合部門」での一位。カルロの物理学を通してのメッセージはこうだ。「空想家でいる勇気をもて。未来像を追え。しかし、その空想すら疑い、変革する柔軟性をもて

 かつて、偉大なる仏作家マルセル・プルーストはこう言った。「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」。一般の物理学書を読めばそこに残るのは知識だけかもしれない。だが、ヒッピー時代からの信念が染みこんだカルロの一冊を完読したら、日常に広がる「当たり前」も“がらりと変わって見える”に違いない。

Interview with Carlo Rovelli

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Carlo Rovelli
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All images via Carlo Rovelli
Text by HEAPS, Editorial Assistant: Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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