「アフリカ大陸出身のアーティストは、欧米のメジャーでブレイクスルーできない」。ストリーミングサービスが成長し続けたこの数年でも、この状況は変わっていない。
「アフリカ大陸から次の国際的スターを出したい」。いま、アフリカ次世代のアーティストの音楽活動を後押しするインキュベータープログラムのキーとなっているのは「YouTube(ユーチューブ)」だ。さまざまな音楽配信サービスがあるなか、アフリカ大陸の新しい音楽とYouTubeの地道で力強いタッグを見てみよう。
配信サービスへの壁
確かに世界的なブレイクを果たしたのは、ナイジェリア出身のアフロビートの創始者フェラ・クティくらいか。ラッパー、ドレイクのヒットソングにゲスト参加しナイジェリア人として初めて全米チャートにくい込んだWizkid(ウィズキッド)もいる。が、それは、かなり稀なことだ。
なぜアフリカ大陸のアーティストが、大陸を超えてブレイクすることが難しいのか。老舗音楽/カルチャー雑誌『Rolling Stone』誌が数年前に出していた記事では、「それは、ストリーミングサービスは、デジタルに接続している人口が多い方が有利という特性をもっているから」と説明されている。
日本や欧米に住んでいれば、Apple MusicやSpotifyなどの音楽配信サービスをアーティストとしてもリスナーとしてもなにも考えずに日常的に使用していると思うが、国や地域によっては、これらのサービスがないためアクセスができない、もしくは、サービスが存在していたとしてもまだ普及していない、データ通信費が高くてあまり利用できない、という障壁がある。
事実、アフリカ諸国では、配信データのサイズが小さいためスマホに直接ダウンロードしオフラインでも使用できるBoomplay、無料でアクセスできるAudiomackなどのサービス、ナイジェリアで生まれたuduXが一般的に使用されているという。これらは、欧米ではほとんど使用されていない。
欧米のマーケットに入りこめない国々、YouTubeは不可欠な存在
ここ数年で、メジャー音楽配信サービスのアフリカ大陸への展開は広がっている。Spotifyはナイジェリアやガーナ、南アフリカなどの40ヶ国以上、Apple Musicも25ヶ国以上へ。しかし、大陸には54の国があると考えると、完全なアクセスがあるとはいえない。よって、アーティスト側にもリスナー側にも、グローバルオーディエンスがいるメジャーな音楽配信サービスを使用できていないという現状がある。2020年代、世界的なヒットが生まれる場こそ、このグローバルオーディエンスがいるメジャーな音楽配信サービスであることを考えれば、アフリカ大陸の音楽がグローバルヒットになるチャンスさえないのは理解できる。
これを打破するために、ビヨンセやディプロなど欧米のメジャーアーティストたちとコラボレーションをおこなってきたナイジェリアのアーティスト、Mr. Eaziが2018年に「emPawa Africa(エンパワ・アフリカ)」を創立。アフリカ大陸のインディーズアーティストたちにツールとインフラを提供しているレーベルサービス、タレントインキュベーターだ。
今回話を聞いたemPawa共同創立者のイケナ・ンワグボソは、こう話す。「アフリカ大陸のアーティストたちの多くは、自分たちの音楽をディストリビューターを通して配信サービスにアップロードするということを知りません。アーティストたちに曲の配信方法を教え、プラットホームを通して配信するのを手助けしています」。
アーティストの曲の配信をサポートしたり、Spotifyなどのメジャーなサービスとも繋がってアフリカのアーティストの存在をより見えるようにするなどの活動をはじめ、ソーシャルメディアを通してオーディションを通過した選出者へDiploなど有名アーティストによる音楽制作指導やプロフェッショナルなミュージックビデオの制作費を提供するなど、タレント育成プログラムもおこなっている。
一番右がンワグボソ氏。
emPawaがサポートするナイジェリア出身のシンガー、FAVEはSpotifyがホストするキャンペーンEQUAL Africaのアンバサダーに今年選出され、
ニューヨーク・タイムズスクエアのビルボードを飾った。
そして、emPawaが音楽プラットフォームとして積極的に利用するのがYouTubeだ。その利用用途は多岐に渡るが、グローバルなオーディエンス層とユーザー数*として考えれば、SpotifyやApple Music以上。
emPawaは、かねてからMr.Eaziのプロモーションなどで繋がりをもっていたYouTubeと2019年に提携し、ナイジェリアの10人のアーティストに助成金を送るというキャンペーンを実施。その後も、サポートしているアーティストの曲やアーティストの紹介動画をコンスタントにアップロードし、チャンネル登録者数98.3万人(2022年3月16日時点)を抱えるアカウントにまで成長させた。「YouTube側の目標の一つが『アフリカのクリエイターをスターにさせる』でした。YouTubeチャンネルは、私たちのビジネスの不可欠です」
たとえば、ナイジェリア出身の24歳のシンガーソングライター、JoeBoy。2017年にemPawaが発掘した。「彼の楽曲『Baby』は、アフリカ全体でスマッシュヒットになりました。そのきっかけとなったのが、Youtubeです」。公式ミュージックビデオが間に合わず、急遽ガーナのアニメーターに依頼して制作したアニメーション動画は、リリース30日後には100万再生回数にまで上昇。3年経ったいまも数値は伸び、5748万再生回数(2022年3月16日時点)。ツイッターやワッツアップ(トークアプリ)でもバイラルになったそうだ。多くの国と違わず「YouTubeはアフリカ大陸でもっとも使用されているウェブサイトのトップ5に入っています」。
「1つの曲で、いろいろなアセットを作ることができます」
もちろん、YouTubeにただ動画をアップロードしていたからといってヒットを促せるわけでも、多くのチャンネル登録者数を増やせるわけでもない。emPawaでは、アフリカ大陸のリスナーが音楽アウトレットとして耳を傾けているYouTubeの利点と機能を最大限に、そして地道に活用している。
利点という面では「1つの曲で、いろいろなアセットを作ることができます」。ミュージックビデオ、歌詞を流してくれるリリックビデオ、アーティスト紹介動画、ダンス動画、それからアーティストのバックグランドに迫った短編ドキュメンタリー。
チャネル内には、Mr.Eaziとナイジェリアの著名な音楽アーティストマネージャーがアフリカの音楽ビジネスについて対談するインタビュー動画や、アコースティックライブセットをフィーチャーしたオリジナルライブパフォーマンス動画emPawa Roomなどももうけ、しっかりと深く楽しめる作りにしてある。
「YouTubeは無料ですし、長きにわたって存在しているため、あらゆる人がさまざまなタイプのコンテンツを観にきます。そのことから、アーティストたちはYouTubeで発見される確率が高いといえます」。近年であれば、特に若い世代のアーティストならTikTokで発掘されることも増えている。Youtubeに軍配があがるのは、ユーザーの年齢の幅広さだ。
機能という面では、エンドスクリーン(動画の最後にチャンネル登録ボタンや関連動画などに誘導することができる機能)、YouTubeカード(誘導したいURLや動画などをポップアップ表示してくれる機能)、タグなど、emPawaチャンネル内を回遊させるような機能はすべて使う。昨年から話題になっている、最大60秒までの縦型動画を投稿・閲覧できる新しい機能、YouTube ショートももちろん使う。YouTube上でできる最大限のコンテンツ作りとアプローチで、アフリカのアーティストたちをプッシュしている。
グローバルな発掘に熱心
動画投稿、分析、収益の確認などができるツールYouTubeスタジオで分析も細かにおこない、地域ごとのオーディエンスの好みや傾向をつかみ、狙いを定めて特定の動画をプロモートしている。emPawaのチャンネル登録者の地域は、多い順にケニア、米国、フランス、ナイジェリア、英国、ガーナ。アフリカ諸国と欧米の国にバランスよくリスナーがいる模様だ。
またYouTubeは、世界中の注目アーティストを支援するプログラム「ファウンダリー」を2016年から続けている。「たとえば、ナイジェリアのアーティストがこのプログラムに選出されたら、ニューヨークやロサンゼルス、ロンドンなど世界各国の都市にビルボードが掲げられるでしょう。YouTubeチームは、世界中のクリエイターたちが、いくぶんか公平に平等に競える場を提供しようと、たゆまなく熱心に取り組んでいます」。
ナイジェリアのラゴス出身のイケナは、最後にこう話した。「幼いころ、僕はジェイZの大ファンでした。音楽番組で彼の新しいミュージックビデオが流れるまで待っていたことを覚えています」。その頃に比べれば、動画の共有や拡散がインスタントになり、新曲が流れてくるのをテレビの前で待つという音楽体験はなくなったが、音楽配信へのアクセスが限られているアフリカ大陸では、YouTubeでの楽曲の公開が、まさにこの“テレビ前”に値するだろう。世界で二番目に大きい大陸、アフリカの音楽には、“国境のないテレビ”のようなYouTubeが、見る側にも配信する側にも、アンプの役割を果たそうとしている。
Interview with Ikenna Nwagboso of emPawa Africa
Ikenna Nwagboso
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All Images via emPawa Africa
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine