数年前から、絵文字の世界にくわわった「多様性」や「多文化」「人種のアイデンティティ」。手や顔の絵文字には、白から黄色、肌色、薄茶、こげ茶、黒の6つの肌のトーン。スシやおにぎりにラーメンなどのアジアの食、それからメキシカンのタコスやブリトー。西洋の民族性や文化だけでないさまざまな選択肢がプラスされ、多文化のアイデンティティを尊重する絵文字がだいぶ増えた。絵文字というユニバーサルな言語は、さまざまな文化圏の人が、より自然により感覚的に伝えられるコミュニケーションツールに育っている。
だが、一方でこんな気づきが西アフリカに真逆の絵文字クリエイターを生んでいる。それは「地元のみんなと使える超ローカルな絵文字って、ない!」。
〈街の売店の飲み物〉や〈地元のみんなのお馴染みジェスチャー〉など、“ユニバーサル”とは逆行する「ハイパーローカル絵文字」を一日一つ絵文字を作り、365個からなる地元の絵文字ラインナップを完成させた。
地元民しかわからない。現代のアフリカのローカル生活・文化を絵文字に
ゼブラ柄のヤカンや、女性用と思われるつけ毛。ペットボトルに入った謎の赤い飲み物もあれば、卵のような形の白い物体を乗せた皿、二段重ねになった鍋、マラカスのような道具、手のひらを返して上を仰ぐ青年の姿もある。これらの絵文字はなにを表しているのだろう? ヒントは「現代のアフリカの生活や伝統、文化」。
そうそう答えは出ないと思うので、正解を言ってしまう。ゼブラ柄のヤカンは「セネガルの市場でよく売られているプラスチック製のヤカン」で、ペットボトルに入った謎の赤い飲み物は「コートジボワールの地元店で買い求められるパーム油」(飲み物ではなかった」。二段重ねになった鍋は、「北アフリカ地方で使われるクスクスを作るための伝統的な鍋」で、マラカスは「西アフリカの伝統楽器シェケレ」。青年は「ズーグルーという1990年代半ばにコートジボワールで生まれたダンス」を踊っているところだった。けっこうな難題。それもそのはず、これらは、西アフリカの国コートジボワール出身の若きデジタルアーティスト、オプレロウ・グレベット(22)が作った、“地元民しかわからない”絵文字だからだ。
全部で365個ある絵文字の名前は「ゾウゾウクワァ」(1年かけて、1日1つずつ作ったという根気)。コートジボワールの言語・ベテ語で「画像」を意味する。昨年のリリースから、iPhone/アンドロイド用あわせて19万以上ダウンロードされているほどの人気。ユーザーの多くは、コートジボワールや西アフリカの人々だという。
一口にアフリカといっても、西アフリカと北アフリカでは文化がまったく違うし、日常で使用するもの、食文化も違う。それは、日本と一口にいっても、東京と大阪では食べ物や売っているものだって多少なりとも違うのと一緒。都市から離れれば「地元民にしかわからない」衣食住文化があったりするものだ。
グーグルやアップルなど西洋のテック大企業が作った「ユニバーサルな絵文字の多様性」に対し、「もっとローカルな多様性があるんです」と斬りこんだデザイナー、オプレロウくんと、これまでの絵文字が見落としていたハイパーローカル絵文字を考えてみる。
HEAPS(以下、H):まずはじめに、アフリカ諸国での絵文字使用について知りたいです。アフリカではスマホの普及率が伸びていますが、みんな絵文字、好きなんでしょうか? 西洋にあるテック企業が作った絵文字に、違和感を感じることは?
O’Plérou(以下、O):僕の国では、絵文字は若者や一部の大人たちによって日常的に使われています。西洋が作った絵文字に対して、特に意見はないかと。他の国の人々が作ったテクノロジーを使用することは慣れてますからね。目の前に差し出されたら、それを使うといった感じです。
H:オプレロウくんが、個人的に好きな絵文字は?
O:一番よく使うのは、よろこびの涙を流しているこの顔文字。😂
H:アフリカのハイパーローカル絵文字を作るこのプロジェクトは2017年にはじめましたが、その頃、肌の色のトーンが違うなど、多様性を意識した絵文字はありましたか?
O:その頃すでにさまざまな色の肌の色や髪の色などの絵文字がありましたが、多様な“文化”を表す絵文字はありませんでした。アフリカを表す絵文字は、国旗以外なにもない。だからといって、アフリカの国の人たちは自分たちの存在が無視されている、拒否されているとは感じていなかったと思うけど、僕の絵文字で「もっと自分たちの文化が表現されている」と感じてくれたはずです。
H:アフリカの人々が既存の絵文字を使う際に、「ああ、このこと言いたいのに、それを表す絵文字がない!」とか「この言葉を絵文字にしたいんだけど、ぴったりな絵文字がないから代わりにこれを使うしかないか」みたいな妥協って、ありましたか。
O:たとえば、ビサップ(スイバという草からできた、ソレル・ジュース)。赤いソフトドリンクなんだけど、もちろんソレル・ジュースの絵文字なんてないから、ワインの絵文字🍷で代用していました。
僕の地元の人たちが日常的に使う表情やジェスチャーも、もちろん既存の絵文字にはありません。(あっかんべーのような目を指している)「ほれ見たことか」とか。これは僕の国で使われるジェスチャーで、たとえば友だちになにか忠告したのにも関わらず、聞く耳をもたなくて思った通りの結果になってしまったときに「そら言わんこっちゃない」って感じで使うんだけど。言いたかったこと、表現したかったことをどんぴしゃりで絵文字として友だちに送れるのっていいですよね。
H:この絵文字🤷♂️でも、ほれ見たことか、を意味しそうですが、毎日見慣れている自分たちのジェスチャーがあると、うれしいですね。
O:このプロジェクトの目的は、アフリカの文化を紹介すること。そして、アフリカのもっとリアルなイメージを伝えること。メディアは、いつもアフリカ諸国のネガティブなイメージを伝えてばかりいますから。絵文字はカラフルだし、すでに世界の多くの人に親しまれているものだから、絵文字を通してアフリカの文化やリアルを伝えるのが一番効率的だと思って。ユニバーサルな言語に、新しい言葉を追加していくみたいに。
H:そうして、1日1つの“ハイパーローカル絵文字”を作っていきました。絵文字の作り方はユーチューブで独学したそうですが、記念すべき最初の絵文字は?
O:ザオウリ(コートジボワール中央部のグロ族の伝統的な踊り)です。仲のいい友だちに見せたら、みんな気に入ってくれたので、どんどん作ろうと。
H:一発目にしては、かなり細部にも凝った絵文字ですね。次の絵文字のアイデアはどうやって? 絶対に必要な絵文字から作っていったんですか? それとも作ってみたいものから?
O:家族や友だち、そしてインスタのフォロワーからアイデアやアドバイスをもらいました。毎週テーマを決めて、フォロワーからどんな絵文字が欲しいかも聞いたりして。まずは自分が一番興味のあった「コートジボワールのフード」をテーマに。そのあとは、場所やヘアスタイル、などのテーマを設けて、それに沿って7つのアイテムを作っていったんです。はじめた当初からすでに108か111くらいのアイデアはあったから、携帯にメモしておいて。
H:作ったなかで一番簡単だったのは? 逆に難しくて、諦めかけた(あるいは諦めた)のは?
O:一番簡単だったのは、ボイス・デ・プラカリ(発酵したタピオカの原料、キャッサバの生地を作る際に使用する調理器具)。形もとてもシンプルだったので、30分から45分くらいで完成しました。
一番難しかったのは、サアネというアフリカ東部のサンダル。より靴をリアルに見せるために1足作るのに2時間かかりました。たんなるコピペと思われないように、片方ずつ微妙な差異を出して。諦めた絵文字もありましたね。アチェケというコートジボワールの郷土料理。米より小さな穀物なんですが、どうがんばっても見栄えがおかしくなってしまって、断念しました。
ボイス・デ・プラカリ。
サアネ。
H:オプレロウくんは、以前他誌のインタビューで「お気に入りの絵文字」として、学校帰りに路上で買って飲んだ思い出があるビサップをあげていました。ほかにも、個人的な思い出と直結しているノスタルジックな絵文字はありますか?
O:「ロングロング」という髪型や、学校の近くでよく買い食いした「クレクレ」というスナック菓子、「タ・メイン・コレ」という名前のキャンディ、「ポイントポイント」という名のゲームとかですかね。幼少期や学校のことを思い出します。これらの絵文字は、ほかのアフリカのユーザーの個人的な思い出や懐かしいという感情も、引き起こすんじゃないでしょうか。
ロングロング。
クレクレ。
タ・メイン・コレ
ポイントポイント
H:ほかにも好きな絵文字は? ユーザーからの人気の高い絵文字も教えてください。
O:僕のお気に入りは、ヨーグルトのアイスキャンディー「グロト」や、「ほれ見たことか」という顔文字、地元の遊び「キャローチノイス」、セネガルの公共バス「カー・ラピデ」。ユーザーからは、各種顔文字や「ガルバ」(路上の屋台で売られる魚と穀物の人気料理)が好まれますね。
グロト。
キャローチノイス。
カー・ラピデ。
ガルバ。
H:逆に、この絵文字はローカル民でもあまり使わない、あるいは、なにを表しているのかわからないというものはありますかね?
O:伝統的な文化を表す絵文字は、あまり使用されないと思います。だって、日常生活で伝統について話すことって、あまりないですからね。
H:確かに、ゴリ(コートジボワールに伝わる伝統舞踊)やワンベレ(伝統舞踊で使われるマスク)などの伝統アイテムは、普段会話に上がってこなそう。反対に、最近の若者たちのカルチャーを表している絵文字はありますか? 年配の人が見ても、なにこれわからん、となってしまうようなもの。
O:僕の絵文字は、若い世代、年配の世代どちらもわかるものになっています。若者にしかわからない絵文字…。強いていうなら、「ショキ」と「シャクシャク」という、いま風のダンスですかね。
ショキ。
シャクシャク。
H:ダンスやジェスチャーなど、人が出てくる絵文字で気づいたんですが、肌の色や性別は、どうやって選んだのでしょう? あるダンスでは女性が、ほかのダンスでは男性が踊っていたり、肌の色も絵文字によって若干違いますね。
O:肌の色は、思いつきです。北アフリカのカビール族の衣装を着ている女性は、アラブ系で肌の色が白いですが。性別も、特にこだわりはなく。もちろん、西アフリカのアカン族の女性用衣装など、女性の習慣や文化は別です。
カビール族の衣装を着ている女性。
H:オプレロウくんも好きだと言っていたフードシリーズは、見ているだけで、どんな味・食感なのかを想像してしまうくらいリアルでおいしそうです🤤。クラクロス(プランテンのフリッター)に、ンドレ(ほうれん草のシチュー)、リズ・ソース・アラチデ(ピーナッツソースとライス)など。これらのビジュアルは、お母さんの料理を参考にしたんですか、それとも近所の食堂のものを?
O:自分が撮った写真やグーグル検索やソーシャルメディアで見つけたフードの写真を参考に。なんの料理かをわかりやすくするために、色や材料、盛りつけ方も工夫しました。
クラクロス。
ンドレ。
H:あと、おもしろいのは、インスタントココアの「ミロ」や炭酸飲料水の「ファンタ」、ヨーグルトメーカーの「ヨープレイ」など、世界共通のプロダクトも、ハイパーローカル絵文字の仲間です(商品名やブランド名は、著作権の問題で改名されている)。
O:伝統的な文化だけでなく、現代のアフリカにあるすべての文化を含めたかったんです。いま僕たちの生活や文化の一部としてあるものには、アフリカ原産のものでなく、西洋のものもありますからね。もちろん、西洋の製品や文化の絵文字よりローカル絵文字の方を意識的に多く作りました。
H:ハイパーローカルな絵文字を作るときに一番大切にしたことはなんでしょう?
O:みんなが知っているもの、そこらへんにあるようなアイテムを作ることでした。個人的な思い出やストーリーが紐づいているような日常的なものです。
H:これも日常的なものなんですかね? 全然わかりません。
O:これは、「ドジャビ」あるいは「ヘナ」と呼ばれるもので、女性たちが爪を強くするために塗る液体です。
H:1日に1絵文字作るプロジェクトはいったん終了しましたが、いまでも少しずつ作っているそうですね。ユーザーから「これがない」「あれも作って」と要望があったり?
O:ユーザーからは、顔文字やフードに関する絵文字のリクエストが多いですね。最近では、復活祭の期間におこなう地元の祭り「パキヌー」の絵文字を11つ作りました。将来は、アフリカ諸国を回って、各国で見つけた文化を絵文字にしていきたいです。あとはアフリカ以外の人向けにウェブサイトを作って、各絵文字の説明を、本物の写真やビデオつきでも紹介したい。さまざまな言語を用意して。
H:365個の絵文字のなかで、アフリカ大陸で認識されるもの、西アフリカで認識されるもの、コートジボワールでしか認識されないもの、どれくらいの比率であるんですか。
O:僕の絵文字の70パーセントは西アフリカ諸国の文化についてです。そのなかでも10〜15パーセントは、コートジボワールの人たちしかはわからないでしょう。
H:ハイパーローカルであるがゆえ、アフリカ大陸内でも地域によってユーザーの絵文字の認知度にギャップが出そうですね。たとえば、日本でも、名古屋のあんかけスパや秋田県のババヘラアイスは他県の人がわからない人が多いかも。
O:アフリカ大陸でも他の国のアイテムの絵文字となると、わからない人も多いと思います。しかしアフリカ大陸の他の国のユーザーからのコメントを見て発見したんですが、コートジボワールにしか通じないと思っていた文化が、他のアフリカの国にも認知されていたり。逆に他のアフリカの国の文化がコートジボワールの文化とも共通点があったりすることもあるんです。
H:絵文字を使って、たのしく文化の勉強ができそうです。オプレロウくんの絵文字は、ユニコードコンソーシアム(絵文字も含めた文字コードの国際規格を管理する米国の非営利団体)には認められていないそうですが、今後、認可に期待しますか?
O:彼らの認可はいりません。彼らの目的はグローバルな絵文字を作ることですが、僕の目的はローカルな絵文字を作ること。まったく違うミッションなので。でも、もちろんグローバルな絵文字にも、3つ5つくらいアフリカの文化を象徴する絵文字を入れてくれたらうれしいです。
Interview with O’Plérou Grebet
Eyecatch Graphic by Midori Hongo
Eyecatch Portrait via O’Plérou Grebet
All zouzoukwa images via @creativorian
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine