ナイトライフシーンに支えられた街、ベルリンの現在。音楽密輸人マーク・リーダーが見ているシーン、考えるこれから|CORONA-XVoices

コロナウイルスの感染拡大の状況下で、さまざま場所、一人ひとりのリアルな日々を記録していきます。
Share
Tweet

2020年早春から、世界の社会、経済、文化、そして一人ひとりの日常生活や行動を一変する出来事が起こっている。現在160ヶ国以上に蔓延する、新型コロナウイルスの世界的大流行だ。いまも刻々と、今日そのものを、そしてこれからの日々を揺るがしている。
先の見えない不安や混乱、コロナに関連するさまざまな数字、そして悲しい出来事。耳にし、目にするニュースに敏感になる毎日。

この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。

今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。

※※※

一人は、現在ベルリンで活動する英国人音楽プロデューサー/DJのマーク・リーダーだ。冷戦時代の1970年代からベルリンの壁崩壊を経て、現在もベルリンにて活動を続ける。

HEAPSで1年かけて、マークがベルリンデイズを回想する連載を公開してからというものの、編集部にちょくちょく近況を教えてくれている。先日も、マークがこんなメッセージをくれた。「(編集部の拠点地)ニューヨークは、映画『ニューヨーク1997*』の世界のようになっていると聞いた。元気にしている? ベルリンの街はいつもと変わらぬところもあるし、完全なロックダウン(都市封鎖)はされていない。通りにも人は歩いている。でも僕は数週間くらいずっと自宅にこもっているよ」
ベルリンというアーティストが集まる街、ナイトクラブシーンが重要な産業になっている街は、いまどうなっているのか。ミュージシャンなどのクリエイターたちはどんな思いでどんな活動をしているのか。ベルリン音楽シーンのパイプ役として数十年もナイトライフに出入りしているマークにメールを入れてみた。

*スラムと化したニューヨークを描いた、ジョン・カーペンター監督の伝説的SF映画。


マーク・リーダー。

HEAPS(以下、H):マークのメッセージでは、ベルリンの街はいつもと変わらないところもあるとありました。この状況下において、ここ数週間での街の人たちの反応はどんな感じですか?

Mark(以下、M):コロナウイルスに関する不確かな情報が飛び交っていたり、WHO(世界保健機関)や世界のリーダーたちがコロナウイルスの深刻さを軽視し「たんなるインフルエンザだ」と言ったことで、多くの人がコロナウイルスのことを「中国で流行っているインフルエンザのような病気」と思ってしまった節があってね。だから、いつものようにカフェや公園で遊んだりと、なにごともなかったかのように日常生活を送っていた人もいる。

でも、感染の兆候が現れる人が出てきて、ライブやイベントのキャンセルが相次ぎ、バーやクラブ、レストランが強制的に閉鎖されてから、やっと市民たちは「この病気がどう自分たちの経済や社会に関わってくるのか」に気づきはじめた。そして、突然の買い占めが起こった。トイレットペーパーや除菌ジェル、パスタなんかをね。店は略奪の被害を受けたかのようになって、空っぽになったスーパーの棚が日常光景になったんだ。

H:どこも同じですね。いまも同じような混乱が?

M:“買い占め第一波”が終わったころ、みんな「スーパーは閉鎖されないんだ」ということに気づいて、正気を取り戻した。でも、バーやレストラン、クラブなど人が集まる場所は閉鎖されたまま。それでも、通りには歩いている人もいるし、車だって走っている。前ほどではないけどね。それにお年寄りは感染を恐れてほとんど外には出ない。ロックダウンというよりかは、国民の休日のような雰囲気だと思う。

H:街の通りを見ていて、なにか変わったなということはありますか?

M:僕の住処は、交通量の多い大通り沿いにあるんだけど、交通量が劇的に減ったね。通りもとても静かになった。毎日、元旦といった感じだよ。僕の睡眠にも影響していて、寝つけないことが多くなった。外からの雑音が僕の眠りには必要だったんだ、なんてことに気づいたり。

H:人の生活習慣を変えている。

M:毎日のルーティーンができなくなっているよね。通勤の途中で立ち寄って買う早朝のコーヒーとか。親たちは、子どもたちを自分たちで送り迎えしなくてはならないし。オンラインでの授業になっている学校もあるけど。長い目で見れば、親たちが子どもたちと過ごす時間が増えて、いかに学校の先生たちががんばっているのかを知る機会なのかもしれない。今回の出来事で、社会において当たり前だと思われていた医療関係者や医師、教師、スーパーの従業員、エンタメ産業にいる人たちへの感謝の念がもっと生まれるようになったと思うんだ。

H:同感です。あとは、フードデリバリーの配達員も。レストランが閉鎖されているいま、マークはどんなご飯を食べているんですか?

M:愛する台湾人の妻がいつもおいしいアジア料理を作ってくれているから、僕はラッキーだよ。もちろん自分でも作る。レパートリーが少ないけどね。
その昔、ベルリンに初めて引っ越してきたとき、仕事をとっかえひっかえで、いつもお金が底をつきそうになりながら暮らしていた。友だちと一緒に限られた食材から“貧乏飯”を作ってね。カレーのスパイスと小さな玉ねぎ1つ、じゃがいも2つ、ニンジン1つ、ひよこ豆の大きな缶で作るひよこ豆のカレーとか。これで4人分の食事が作れる。変な話、その時の経験があるから、お金がなくてもまあまあ生活することには慣れているのかもしれない。

H:ベルリン市民はこのパンデミックについて、どう思っていますか。

M:わからないな。みんな不安だと思う。特に、ナイトライフ産業の景気が悪くなってきたころからね。ベルリンの主要産業は、観光業とエンターテインメント産業。それなのに突如として、これらのスポットが閉鎖されてしまった。エンタメ産業が、激変してしまったよね。この状況にどれくらいのあいだ、どのように耐え続けなければいけないのか、みんな心配している。恐怖さえも感じていると思う。「ウイルス自体に感染してしまう」という恐れもあるけど、自分の日々の生活やビジネス、仕事、収入などへの悪影響に対しての恐れというか。

H:みんなコロナについてはどんな話を?

M:どうしてこんな状況になってしまったのか。政府はどのような対応をしていて、どのように国民を助けてくれるのか。死者は何人出ているのか。自分たちの身を守るのにはどうしたらいいのか。新聞やテレビ、ネットから情報を得て。でも不運なことに、ネットで流れてくる情報には信頼できないものも多いけど。あとはみんな、SNSで、自分たちの考えや“古き良き時代”の思い出や写真を共有しているよ。

H:マークの“古き良き思い出”は?

M:(レコーディング)スタジオに行くことだね。

H:スタジオに行かれていないのですね。とすると、音楽にまつわる仕事にも変化が?

M:DJのギグにも行けないし、トークショーや講義もできない。『B-Movie』(1980年代のベルリン狂乱カルチャーシーンをマークの視点から描いた映画)の上映会もできない。クラブにもライブにも行けない。最近は、ずっと家で過ごしている。何週間も外に出ていないね。いままで費やしたことないくらいの時間をSNSで費やしている。次に制作する作品のアイデア考案、執筆もしているけど。

H:ミュージシャンと制作中のものなどもあったんででしょうか。

M:幸い、締め切りなしの個人プロジェクトをしていて、この混乱が起こる前に終わっていたから、劇的な影響があったわけではない。ただ唯一の問題は、在宅で音楽制作の仕事をできないことなんだ。僕の楽器や機材がすべてスタジオにあるから、仕事ができない。仕事ができないから、収入もない。収入もないから、制作に関する諸経費を払うのがとても難しくなってきている。みんな、プロデューサーを雇って音楽制作したり、曲をリミックスする金銭的な余裕なんてないから、(仕事も入ってこなくて)けっこう苦しい立場だ。

H:マークの周りにいるミュージシャンやアーティストたちは大丈夫ですか?

M:アートやエンタメなどクリエイティブシーンにいる人たちは、みんな打撃を受けている。パフォーマーからスタッフ、施設のメンテナンスをしている人たち、ケータリングからホテル産業、イベントのポスターを手がける印刷所までも。スポットライトが当たっているアーティストばかりに目が行きがちで、アーティストを支えている人たちを忘れてしまっているけど。自宅に機材が揃っている成功しているDJなら、ベッドルームライブを開催できるかもしれないけど、ドアマンやバーテンダー、コートチェック係はどうなってしまう?
 
H:この状況にはドイツ政府も助け舟を出したようで。フリーランスや個人事業主たちに助成金を配布する制度を実施しているようですね。

M:政府の対応はすばらしいと思うよ。街のクリエイティブ産業がどれだけ重要なのかを理解している。ベルリンにはこの産業しかないといっても過言ではない。ベルリンのクラブシーンだけで、2018年に14億ユーロ(約1,660億円)の収益をあげているから。

で、この制度では、納税をしているドイツ在住のフリーランスたちが申請できるんだけど、返済の必要がない5000ユーロ(約60万円)があたえられているんだ。これで、2、3ヶ月分の当面の生活費はまかなえるよね。しかも申請してから3日以内にお金が振り込まれているという。

H:スピーディーだ。政府からの助けをもらいながら、フリーランスのミュージシャンはどんな活動をしていますか。音楽制作やディストリビューションをすべてオンラインや遠隔に切り替えたり?

M:自宅にスタジオがある幸運なミュージシャンはいままで通り音楽制作を続けられるし、デジタル配信をするなら場所関係なくできる。一方、どこもかしこもロックダウンで一番煽りを受けているのは、レコードプレス工場なんだ。レコード盤の生産が中止されているから、もちろんレコードの流通もストップしてしまっている。郵送販売サービスをおこなっているレコードショップもあるけど、レコード自体の生産がストップしていたら在庫もだんだんなくなってくる。

H:レコード盤生産のことは盲点でした。またマークが知っているミュージシャンたちで、このような状況下でも活動を続けている人たちはどんなことを?

M:多くのDJたちは、オンライン上でギグをしているよ。みんなに存在を忘れられないよう、自分たちのイメージを世に出し続けるためにね。お金はあまり入ってこないかもしれない。でも、この状況下でほかになにができるっていうんだい? 世の人々をたのしませて希望をあたえているのはいいことだと思う。

H:マークは音楽プロデューサー/DJとして、これらのミュージシャンたちをどうやって助けたいですか?

M:悲しいことに、僕の収入も少なくなってしまったからミュージシャンを助けるリソースがないんだ。若いミュージシャンたちには、ぜひこのコロナが生んだ状況について考えてほしいと思っている。この状況をなにを意味しているのか、どのようにしたらお互いがお互いを助けることができるのか。ミュージシャン同士のサポートが必要なんだ。この状況が、音楽消費の方法や僕たちにとって音楽がどんな意味を持っているのか、再評価する機会になってくれればと思う。

H:音楽がどんな意味を持っているのか、ですか。

M:いつどんなときも、多くの人々にとって音楽は“慰し”の存在だよね。その日1日を乗り切る手助けをしてくれたり、ロックダウン前の日々を思い出させてもくれる。いい思い出も嫌な思い出も思い起こさせてくれる一方で、人々がいまなにを感じているのかをも反映してくれる。

それに、音楽の創造性。ミュージシャンたちは、どうやって自分たちの存在を世に示し続けるかを再考するだろうし、その方法を考案するためにクリエイティブになれる。いまこの状況において、どうやって自分たちのクリエイティブなエネルギーを注ぎ込んでこの状況にも順応できるかを考えなければいけない。この先数ヶ月で、たくさんの曲や映像、アート作品が生まれてくると思うよ。

H:現在ベルリンでは、フリーランスのアーティストやレコードストア、クラブを支援するようなプロジェクトはありますか。

M:ウェブサイトのなかには、DJたちに曲をかけるフォーラムを提供するものもある。多くのレコードストアも、郵送販売サービスをおこなって、みんなを巻き込もうとしている。これはクールなことだけど、現実問題として、DJやレコード/CDマニア、ミュージシャンなど主たるレコードの買い手たちの優先事項は、家賃に光熱費、食費をまかなうこと。どんなにレコードが魅力的でも、買えない。

個人的には、著作権管理団体がアーティストを助けるために一役買ってくれないか願っている。ドイツだとGEMAという音楽著作権管理団体が、毎年何十億ユーロもの収益を上げている。彼らが自分たちの団体のアーティストのため、資金援助をしてくれたらいいんだけど。

H:マークはフェイスブックにもこう投稿していましたよね。「ミュージシャンとアーティストは、“音楽産業”というものから、ないがしろにされている」と。

M:うん。スポティファイのような音楽ストリーミング配信プラットフォームから、大手レーベル3社(ソニー、ユニバーサル、ワーナー)は、一日にあわせて約1900万ドル(20億円)ほども稼いでいるんだってよ! でもこのお金がアーティストたちに分配されているようには思えないんだ。これらのプラットフォームは大手のエンタメ会社によって一部所有されてもいるから、これらの会社所属のアーティストたちの曲が優先して配信されている。自分たちで配信しているようなアーティストたちはこれらのプラットフォームからの稼ぎはそんなにないんだ。だから、若手のアーティストにとってお金を稼いでファン層を拡大する一番の方法はライブなんだけど、いまはライブも軒並み中止だから、新しいアーティストたちが活動できない状態だよね。

H:この大混乱が終息したら、音楽やアートシーンにはどんなことが起きると思いますか。

M:誰が、そしてなにが生き延びるのかはわからない。でも、このことがあったからって音楽やアートは滅びないし、これからも音楽やアートはあり続けていく。多くの自宅で“ロックダウンされた”人たちが、自分たちには音楽やアートの才能があると気づくかもしれない。

それにこんなことも考えるようになるだろう。エンタメ、アート、音楽産業が未来にはどうなってほしいか? 必要不可欠なサービスとしてカテゴライズされるべきではないのか? 音楽や映像、写真、インターネットなしのロックダウンを考えてみてほしい。これらのものがどれだけ僕たちにとって意味があるものなのか。僕たちの日常生活のなかで、もっと重要な位置に置くべきじゃないか。ドイツ政府は、クリエイティブ産業がどれだけ大切なものなのかを認めた。これはとてもポジティブなこと。終息後には、きっとたくさんのパーティーが開催されると信じている。何日も続くようなね。アフターパーティーでDJできることをたのしみにしているよ。

マーク・リーダー/Mark Reeder


Foto: Doris Spiekermann-Klaas

1958年、英・マンチェスター生まれ。78年から独・ベルリン在住。ミュージシャン、プロデューサー、サウンドエンジニア、レコードレーベルの創設者として英独、世界のミュージシャンを育てあげる。

過去にはニュー・オーダーやデペッシュ・モード、電気グルーヴの石野卓球など世界的アーティストのリミックスも手がけてきたほか、近年では、当時の西ベルリンを記録したドキュメンタリー映画『B Movie: Lust& Sound in Berlin (1979-1989)』(2015年)でナレーションを担当。自身のニューアルバム『mauerstadt』も発表。またイギリスや中国などの若手バンド「ストールン」プロデュースやリミックス、マネジメント、執筆・講演活動なども精力的に行っている。


マーク・リーダーの連載をいっき読み▼
【連載】「ベルリンの壁をすり抜けた“音楽密輸人”」 鋼鉄の東にブツ(パンク)を運んだ男、マーク・リーダーの回想録(完結)

2018年、東京にて、石野卓球との対談▼
「彼がいなかったらいまの僕も電気グルーヴもなかった」石野卓球と“あの音楽密輸人”、20年越しの特別対談

All Images via Mark Reeder
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load