「みんなセイサンしたいのさ、前の日の間違いをね」19世紀末から営業するNYCのロシア式サウナ—世界のフロとサウナからのぞく人間模様

【連載】世界のいろんなフロとサウナ。まっしろな湯気と蒸気のおくの、いろんな人間模様。1汗目。
Share
Tweet

“体があったくなりゃあ、心もぬくもる。お湯の中には花が咲く”。(♪『いい湯だな』)
そうそう、その土地の人間模様の花が咲く。今回は、“湯気の中”には花が咲く、にしておこう。

世界のいろんなところに、千差万別のフロとサウナ。営む人らの人間模様、そこに集まる人らの人間模様。蒸した室(へや)で隣りあう一期一会、いつもの曜日に見る顔なじみとの汗流れるつき合い、自分一人との裸のやり取り。まっしろな湯気と蒸気のおくの、いろんな人間模様をのぞくシリーズ。

“フロといえば”、“サウナといえば”に、一番には引っかからなそうな場所も、このシリーズでは探ってみたい。たとえば、イスラム文化圏の公共浴場、モロッコの女たちの社交場となるフロ、内戦あとの旧市街地に復活するバスハウス、それからフロ文化に欠かせない、いい匂いの四角いのを1000年も前から作ってきた石鹸メーカー、などなど。それでは、のれんをくぐりまして。

※※※
コロナウイルスの感染拡大につき、公共の浴場やサウナには行けない日々が続いていることと思います。
時が来るまでは汗を溜め、その日が来たら思い切り晴れ晴れしようではありませんか。
(もちろんですが、自宅のシャワーや風呂は浴びてください)


Illustration by Kana Motojima

***

1箇所目のフロは、ヒープスが編集部をおくニューヨーク。ニューヨークと“フロ”文化。ニューヨークにて入〜浴(にゅ〜よ〜く)なんてダジャレがあったなあ。家庭に深いバスタブは滅多なものじゃなく接点のゆるそうな両者だが、実はニューヨークには19世紀から続く〈フロの歴史〉がある。そしてその歴史はこの風呂屋なくして語れまい。19世紀末から現在にいたるまで営業を続ける、“とあるロシア式フロ屋”。

都会の真ん中にたたずむ、130年モノのロシア式バスハウス

 創業1892年。ロシア式サウナの店「Russian and Turkish Bath(ロシアン・アンド・ターキッシュ・バス)」。またの名を「10th Street Bath(10丁目のフロ屋)」。文字通り、ニューヨーク・マンハッタンの10丁目にたたずむバスハウス(以降、あえて“フロ屋”と呼ぼう”)だ。

 トレンドの店が立ちならぶ若者でにぎやかなエリア、イーストビレッジにしては少し落ち着いた静かめのストリート。このフロ屋、通りすがりでは、まさかこの奥にサウナやら水風呂やらがあるとは予想だにしない、ごくごくフツーの建物にある。通りを行きかう人がフロ屋の存在を認識できるのは「1892年より営業中、ロシア・トルコ式バス」の看板。それから、建物の前を漂う、水っぽいというかフロっぽいというか、なんとも形容しがたい匂い(日本の銭湯の匂いに似てるかも)。


※現在、コロナウイルスの感染拡大とロックダウンにともない一時的にクローズ中。

 そんじょそこらの店よりずっと昔から営業中。ニューヨークでほぼ唯一、19世期後半から存在するバスハウスとなれば、立ち入る前にまずはその歴史を少し。労働者の汗を流し、ゲイコミュニティの溜り場となり、他が軒並み潰れていくなかで130年にわたって今日までつけてきた足跡は、そりゃあ真っ直ぐなんてことはない。

80年代のバスハウス摘発まっただ中、なんとか封鎖を免れる

 いまでこそオシャレスポットの近隣エリアだが、19世期後半から20世期初頭は、東欧やロシア、ユダヤ系の移民や労働者たちが多く住んでいた地区。彼らが住むアパートには、シャワーやバスタブはついていない。日々の労働の汗を流し、疲れを癒す場所として、フロやサウナが至るところに存在した。

 第二次世界大戦後、シャワーが一般家庭に普及するとこれらフロ屋の役割も変わっていく。たんに汗を流して体をキレイにする場所としてでなく、男たちの社交場や健康クラブのような場所へ。1980年代にさしかかると、多くのフロ屋はゲイコミュニティによって使われるようになる。が、その最中、エイズの拡大を助長するという理由で、80年代中盤までには、ほぼすべてのフロ屋が警察・当局によって封鎖された。この「ロシアン・アンド・ターキッシュ・バス」は、ロシア系ユダヤ人のための“メンズ・ヘルス・クラブ”的な立ち位置を保持しながらしのぐ(もう1軒、19世紀後半から生き残ったところがあったらしいが、そこも閉店したらしい)。


 その80年代中盤には、現オーナーの登場だ。旧ソ連からの移民ボリス・テューバーマン氏とデイビッド・シャピロ氏がこのフロ屋を買収。ビジネスパートナーとして共同運営していたものの、経営スタイルの違い(噂によると実際は性格のズレが理由)によって、のちに二人は決別。

 それからは運営を「今週はデイビッド、次週はボリス」と週ごとにわけ(デイビッド週、ボリス週)、別々のマネジメントチームを構えている。なんでも、週ごとにサウナの温度も違うらしい? いまは二人ともご隠居状態で、実際にまわしているのは彼らの家族や孫たちだ。

 経営側の濃そうな人間模様も含め、130年モノのフロ場に立ちこめる独自のカルチャーやフロコミュニティにどっぷり浸かるべく、デイビッド週をまわすデイビッドの息子ディミトリさんと、ボリス週をまわすボリスの孫娘ダーシャさんにそれぞれ話を聞いてみた。

「ポッケの最後の5ドルを絞りだして来る人から、毎日来るウォール街の高給取りまで」

「その昔は客の9割が男性だったらしいんだけど、いまは男女比5:5くらい。たぶん、このフロ屋史上初めて」。かつては、1週間のうち5日は男性、残り2日のみが女性の日。裸でサウナに入ることが許されていた。現オーナーに変わってからは、日ごとではなく、基本的には男女が一緒に利用する。週に数時間ずつ割りあてられている男性オンリー、女性オンリーの時間を除いては、トランクスやビキニを着用して、サウナも水風呂も男女がっさい。水風呂なんて、サイズ感や見た目からちょっとしたプールの印象だ。ディミトリさんいわく、この「co-ed(男女共同の)」サウナをやり出したのは、ここがニューヨークで初めてだったとのこと(もしかしたら米国でも)。男女共用スパ・サウナがちょっとした流行りになっているニューヨークで、このフロ屋、時代の先をいっていたのかもしれない。


ディミトリさん。奥は兄弟。

「いまじゃ若い世代がどんどん来るようになって、ミレニアル世代が顧客層のコアを占めるまでになった」とディミトリさん。ここの客層がいかにバラバラかは、地下にあるサウナエリアに足を一歩踏みいれればすぐにわかる。

「ポケットに入ってる最後の5ドルを絞りだして来るような人もいれば、ウォール街でめちゃくちゃ稼いでて、毎日来る人とかもいるよね」。歩きを覚えるより先にサウナに入り、いままでの誕生日パーティーはすべてフロ屋で開催してきたという、生粋のサウナっ子・ボリスの孫娘ダーシャさんがそうポツリ。金持ち、その日暮らし、旅行者、あらゆる肌の色の人たち、老人から若者(いちおう利用は18歳以上らしいけど、それより絶対若いだろうみたいな人も見る)。彫刻かっ!とツッコミたくなるようなムキムキバディを惜しげなく見せつけてくる人から、立派な太鼓腹を堂々と披露している人まで、ここにくる人たちの外見もお財布事情も本当にバラバラだ。


一流セレブリティもお忍びでやって来る。食堂の壁には歴代来店セレブの写真が一面にズラり。
シナトラ、ジョン・べルーシ(ブルースブラザース)、マシュー・マコノヒー。俳優からスポーツ選手まで、そうそうたる面々だ。


筆者も、オーウェン・ウィルソン(ナイトミュージアムのちっちゃなカーボーイ役の人ね)と一緒になったことがある。
「彼らもただサウナが好きで。それと、ここじゃセレブリティがいたところで誰も騒ぎ立てないからね。彼らもこういう場所にきてただリラックスしたいんだ」

まるでメッツvsヤンキース? 客も巻き込みチームのようにわかれる“週制”のナゾ

 先ほど「経営スタイルのズレ」を理由に二人のオーナーが割れた話をした。この対立が、このフロ屋ならではのおもしろくて、ちょっとくだらない状況を作りつづけている。
  デイビッドの週とボリスの週で、なにが違うのか。一つには「支払い方法」。それぞれが独自の回数券を売っている。デイビッドの運営陣から買った回数券は、ボリスがまわす週には使えない。
 ボリス陣営は昔ながらのパンチカード、デイビッド陣営はちょっと進んでてPOSシステム*を使ったスワイプカード。平日はグルーポン(クーポンサイト)の格安クーポンも売っている。これを理由にボリス派には「デイビッドの週は、グルーポン片手にやって来る一見さんや旅行客、ヒップスターが多くてイヤだ」みたいなことを言うやつもいる。

*小売店で用いられる、商品の販売情報の管理システム。


 二つには、ちょっと触れたが「サウナの温度の違い」。こっちの週の方がいい、という意見をはっきり持つ客がわりといる。「ボリスはいつも『俺の週の方がサウナは熱い!』って言うんだけどね。でも市の規定があるから温度は一緒のはず。ってか一緒じゃないと」と、冷静なデイビッド陣営。さてボリス陣営、これに関しては、「えーっとね…ハハハハ。言っていいのかわからないけど…。私たちはそんなに規定とかをね、その、気にしないかもしれないねー…ハハハハ」とコメント。これ以上立ちいるのはやめておこう(笑)

 とまぁこれらの違いが理由で「オレはデイビッドの週しか来ねぇ!」「私はボリスの週に来ることにしてる」みたいな、各陣営のハードコアなファンさえも生みだしてしまったのだ(ほとんどの人は気にしてないみたいだけど)。ちなみに筆者、両方の週に行ったことがある。違いはというと、全然わからなかった。サウナの熱ねぇ…。なんせいつも暑いから、よくわからんというのが正直なところ。

 ちなみに、どちらの週に行ってもたのしめるのが、施設内にある食堂の料理。「昔はいわゆる“ロシアンジュー(ロシア系ユダヤ人)”って人たちが、ガッツリ平らげるウォッカとステーキ」だったものの、いまはいろんなメニューが仲間入りしている。

 定番のロシア郷土料理ボルシチ(サワークリームをどっぷり入れてね!)もいいが、イチオシはかわいらしい陶器に入って出てくるロシアン餃子(水餃子なのか蒸しなのか、聞くのを忘れてしまった)。中国の水餃子よりも皮が薄めで、ワンタンと王将の餃子を足して2で割った感じ。食べ方が独特で、サワークリームとロシアのからし(ちょっと山椒っぽい?)をこれまたどっぷり入れて食べる。めっちゃうまい。ちなみにこのロシアン餃子は、家庭料理。ロシアの母ちゃんなら誰でも作れるぞ、とこの日のキッチンスタッフが言っていた。 


ボルシチ。

ロシアン餃子。

これはスタッフの今日のまかない。うまそう。

 それから、スープやスムージーなど世代の健康志向にあわせてか、健康的なメニューもしっかり並ぶ。ちなみに筆者が好きなのは、サウナに長時間入って汗をダラッダラかいた後にボリボリ食べる巨大なピクルス! 汗をかいて失った塩分を補給できるし、キュウリの90パーセントは水だっていうからお腹にたまる感じもないし、またサウナに入ってもお腹が痛くならない。最高だ。

秘密の会合、デートスポット。熱されたフロ場のアツイ人間模様

 クソ暑い室内で、裸同然にただ座る(汚い言葉使ってすみません。でも本当にクッソ暑い)。ただボケーと座るのもあり、瞑想してみるのもOK、体のストレッチをするのなんかも良し。入り口付近の比較的すずしいところでは本を読んでいるツワモノも。室内にいるときは暑いしめちゃくちゃ気持ちいいしそんなことに思いを馳せないが、客観的に考えれば少し異様な空間である。そのため当然におもしろいストーリーが流れる汗のごとく、無限にある。

 昨年公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『The Irishman(アイリッシュマン)』で、ギャングたちがロシアンサウナで会合を開くシーンがある。ボリスとデイビッドのフロ屋も、ニューヨークのマフィアたちがブイブイいわせてた時代には、会合やミーティング、秘密の会話をするのに使われていたそう。「サウナでタオル一枚の状態じゃ、銃や盗聴器が隠せないからだったみたいよ」

 最近はというと、このフロ屋を初デートで使う人も多いとか。「バレンタインデーは一年で一番忙しい日のひとつだよ」。「相手がどんなボディをしてるのかチェックできるのは良いかもしれない。けど、うちは決してロマンチックじゃないし、シャレたスパでもないからね。相手が汗ダラッダラになってるのを見て、それでも良いと思えるならグッドサインかもしれない。拒絶されることもあるだろうし」。まあ、一つの極限状態だもんなあ。「ここで出会って結婚したカップルもたくさんいるし、逆に、昔は一緒に来てたんだけど別れちゃって、いまは来る週をわけないといけなくなっちゃったカップルとかもいるよ」



 このフロ屋に来る人たちはみんなフレンドリーで、親切な人が多いような気がする。背中をマッサージしてくれた人、髪に良いからとハチミツをわてくれたオバサン、日本へのリスペクトと愛情を熱弁してきたオヤジとか、いろいろいる。「小さな空間(フロ場)で、みんなで裸になってリラックスしてるんだからね。自然とフレンドリーなコミュニケーションが生まれるんだと思う」とディミトリさん。正論。「まわりの人たちへの配慮さえあれば、この場所にルールなんて存在しない。だから自分自身になれるし、良い意味でみんなのタガが外れるんだな」。

サウナはドラッグ!?「“セイサン”したいのさ、前の日の間違いをね」

 来る人たちがてんでバラバラなだけに、彼らが「なぜサウナに来たいのか」そして「なぜ戻ってきてしまうのか」もバラバラだ。健康に大きな関心を寄せて体のケアを目的にくる人、サウナに入る快感がクセになっちゃってる人(筆者がこれ)、酒もドラッグもやらない代わりにサウナに来ることがドラッグみたいになっちゃてる人。
 現在、出産を近く控えているダーシャさんはというと、いまなにより恋しいのは、ワインなんかより、サウナ。「お腹の赤ちゃんを煮えさせるわけにはいかないから、いまはサウナには入れないんだけど。本当にサウナに入りたい! マジで“ドラッグ”みたいなものよね!」。ディミトリさんもこう言う。「“セイサン”したいのさ、前の日の間違いをね。飲みすぎたなぁとか、ドラッグやっちゃったなーとか、人間関係でちょっと変なことしちまったな…とか」。

 このフロ屋、宣伝には1セントも使っていないらしい。それなのに、いろんな人がいろんなところから話を聞きつけ、“ひとっサウナ”浴びにやってくる。「昔と比べて来る人たちは変わったけど、実際のフロ場の雰囲気は、まったく変わっていないと思うよ」ディミトリさん。なんでこれだけバラバラな人たちがこのサウナに訪れ続けるかというと、「フツーにキモチいいからでしょ」とダーシャさん。

 じーっっっっっっっとクソ暑い部屋のなかに座って、汗をだらだらかくこと。そしてそこには「フロ場を一歩出れば赤の他人」な一期一会の裸のふれあいがある。これらフロのカルチャーは、このフロ屋ができた1890年代も、130年という年月が経った2020年もまったく変わらない。ビバ、おフロ。愛してるぜ。

Russian & Turkish Baths since 1892







Photos by Kohei Kawashima & Tetora Poe
Text by Kaz Hamaguchi Edited by HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load