「デニムは汚いビジネスだから」。これは2015年にパタゴニアが打ち出したキャンペーンのキャッチコピーだ。特に排水過程において、合成着色料デニムの生産がもたらす環境負荷は大きい。そのことを消費者が知ったいま、様々なデニムブランドが染色工程で使用する水の量を制限するなど「環境へ配慮」路線に切り替えている。
そんな中で注目を集めているのが「天然インディゴ産業」。デニムを着色する、天然の藍の染料だ。合成インディゴに比べて抽出に手間がかかり、なかなか大量生産できないその染料産業、踏み込んだのは「元・タバコ農家」。若手が牽引するスタートアップと組み、地元で代々続いていたタバコ畑を「インディゴ畑」に変換。広大な土地を持つ農家のポテンシャルを最大限に生かしながら、地方産業の創生とサステナビリティを両立させようと試みる。
タバコの次は「天然インディゴ育てませんか?」
農業大国アメリカでも、農家・農場の数は減少の一途をたどっている。労働力の確保が困難であることもあるが、時代の流れとともに、その「農作物」自体が消費者から望まれなくなることもある。
米国南部にあるテネシー州の代々続いてきたタバコ農家もそう。中部にあるナシュビル盆地を囲む高原付近の肥沃な土地では古くから農業が盛んで、特にタバコの生産量が多いことで知られていた。だが、喫煙者の減少とともにタバコ産業も縮小。そのため、農家は長らく代替え作物を模索していた。そこに「天然インディゴ栽培」への転換を提案したのが、ミレニアルズが牽引するスタートアップ「ストーニー・クリーク・カラーズ(Stony Creek Colors)」だ。
「ある日突然、一方的にインディゴ栽培を押しつけたわけではありません。様々な農作物を試した結果、インディゴこそがサステイナブルな地域資源の活性化に繋がるのではないかという、未来への希望がみえたからです」。話すのはサラ・ベロス、ミレニアル世代の起業家だ。大学で農業と自然資源の持続可能な利用方法を学び、卒業後はその知識を活かしてファッションデザイナー向けに天然染料で手染めを行う会社を運営。さらに、コミュニティファームで天然染料を作るための植物を自ら栽培、また、地元農家を活性化させるためのボランティア活動を行なってきた。
「地元農家は、できるだけマーケットに需要があり、労働者への健康被害の少ない作物を育てることを望んでいました」。というもの、タバコ栽培は、グリーン・タバコ病(GTS)*と農薬への暴露時間が長いことなど、労働者への健康被害が問題視されていた。一方「インディゴは農薬を使わずに育てることができるので、農業の従事者含めての安全性や持続可能性の観点からみて、とても優れた作物です」と話す。
*タバコを吸わずとも、湿ったタバコの葉を扱う際に皮膚から体内に大量のニコチンが入り込み、体を蝕まれる。
サステイナビリティに詳しい若者と広大な土地を所有する農家のタッグ
テネシー中部の農夫たちは、農業のプロであり、サステイナビリティ事業のプロではない。一方、サラは、サステイナビリティ事業の専門家であり、農業のプロではない。これは、お互いの得意分野を活かしたコラボレーションだ。
@clolorwithlife
テネシーの肥沃な土地は、地域の貴重な資源だ。そして、その土地で家族代々で農業を営んできた人々にとって「農業は彼らの伝統であり誇り」。いわば、農業はテネシーのお家芸なのだ。「その地元をサステイナブルに活性化するには、もともとある資源、つまり農家を活かしての鞍替えが最も理想的です」。労働者や環境への弊害を引き起こすタバコ栽培から、人体や環境に優しいインディゴ栽培へ。米国南部からサステイナブルなイノベーションを起こそうと試みる。イノベーションというのも、これは農家の力があってこそ成り立つ、“ゼロからのエコシステム見直し”だからである。
“土に蒔くタネからクローゼットまで”
天然染料は、抽出に手間と時間がかかるため、合成染料より高価。かつ、天然の成分ゆえ色素の含有量が一定せず、また単一の色素のみを持つことも少ないので、均一にムラなく染めるのが難しい。そのため、大量生産には向かず、現代社会では「合成インディゴが主流」。私たちが日々履いているデニムのほとんどは、合成インディゴで染められたものだ。
しかし、天然インディゴへの需要の高まりは、天然染料での手染め会社を運営時(7、8年前)から感じていたとサラはいう。当時、「いくつかのファッションブランドから、もう少し量産したいので、機械で染める天然染料を使いたいという要望があり、その希少性が価値を持ちはじめているのを感じました。中でもデニムにも使われるインディゴの需要は、合成インディゴに匹敵はしないにしても、確実に伸びていくだろうと」。
インディゴ栽培の安全性だけでなく、需要が見込めたことからインディゴ栽培を推進するスタートアップ「ストーニー・クリーク・カラーズ(Storny Creek Colors)」を創設。
描くビジョンは、「土に蒔く種からクローゼットまで、米国ファッション産業をゼロからクリーンに変えていくこと」だ。土に蒔くところから、つまりはそれを育ててくれる農家の協力なしではなし得ない。テネシーの気候に合うように様々なインディゴ品種を試し改良を重ねた。そうしてできた種を、農家に売りつけることはせず、あくまでも「タネはこちらから(無料で)提供し、それを農業のプロの手で育ててもらうという仕組みです」。
完売。老舗デニムメーカーも求める
昨年収穫されたインディゴは完売。買い手は、老舗デニムメーカーのコーンミルズ社である。17年現在、地元テネシーの16の農家と提携し、インディゴ畑の総面積は約160エーカーに及ぶまでに。口コミで広がり、タバコ栽培からインディゴ栽培へのコンバートを希望する農家は続々と増えているそうだ。「これを2021年までに、全米で20,000エーカーを目指したい」。それが実現すれば、全世界の合成インディゴの約3パーセントを天然インディゴに置き換えることができるそうだ。
最後に、必ずしもすべての合成インディゴが有害で環境破壊につながっているとはいい切れない、ということを記しておきたい。中にはより安全な合成化学染料の開発を行ったり、染色に使った汚水を飲めるレベルまで綺麗にしてから排水することで環境負荷を減らしている企業もあるからだ。
「有害物質を含んだ汚水を流さないというのはとても大切なこと。お金をかけてそういった環境への取り組みをしている企業はすばらしいと思う」とサラ。そのうえでこう続ける。
「合成インディゴか天然インディゴかの最も大きな違いは、そのインディゴが何を資源に生まれたかです。わたしたちの天然インディゴは、太陽と雨の恵を受けて大地で育ったもの。つまり、空気中の炭素と窒素を使って成長しながら、次に育つ作物のために土に栄養素を還元しています。一方、石油化学製品である合成インディゴは、貴重は地下資源を汲み取って作ったもの。つまり、これを使用・消費するということは、多かれ少なかれ、気候変動を引き起こす石油化学産業を支援することにつながります」。根本的な問題を見つめ、農家とともに成し得る大きなエコシステム。そんな大きなビジョンを、彼女は見据えている。
Interview with Sarah Bellos
All images via Stony Creek Colors
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine