20歳の青年は、約150万円の帽子工場を買うことにした。しかし契約時には購入資金はなし、支払い猶予はたった2ヶ月。一体何がその若者に、この無謀な決断をさせたのか?
買収後、帽子の生産場として創業させて3年。いまではジャケットやパンツなどのオリジナルブランドを展開するまでに成長。潔い決断と実現を見せつけた、若き工場長を尋ねる。
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工場は、The Knickerbocker Manufacturing Company(ニッカボッカー・マニュファクチャー・カンパニー)。
プライベートブランドの帽子からオリジナルブランドのジャケットやパンツなどを生産するこの工場は、ブルックリンの端にある工業地帯のとあるビルの2階だ。
心地よい作業音が響き、スケートボードランプにジュークボックス、ヴィンテージ風のソファやコーヒーテーブルが覗き、工場とは表現しがたい空間が広がっていた。
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やりたいことは決まった。大学なんて時間の無駄
20歳にして工場の主人となった若者は、Andrew Livingston(アンドリュー・リビングストン)、現在24歳。
ビジネスをはじめたのは18歳のとき。大学でビジネスを勉強しすぐさま実践しはじめたそうだ。初めて売ったのは、ハンドプリントTシャツ。
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時を離れずして、帽子を製作する場所を探していたアンドリューがその時たまたま見つけたのが、創業60年以上になる工場。そこで帽子を作り続けた約半年後、当時のオーナーから話を持ちかけられた。
「『子どもたちが継ぎたくないから、この工場買わないか?』って。その時、19歳だよ(笑)。最初はどうしたらいいのか分からなかったってのが正直な気持ち。でも、自分がこれからやっていきたいことだし、良い取引だと思ったんだ」
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明確なビジョンを持つ彼にとって大学は次第に遠い存在に。「授業で時間を無駄にしたくない」という思いがあった。1年間通った名門大学をあっさり辞め、ビジネスに専念することに決めた。
「僕のことをよく知る人たちは、理解してくれたよ。家族は驚くことなく『わかったよ』って。ただ母親は僕が学校をやめて何もせずフラフラしないか、もしくはドラッグをやらないか心配だったみたいだけど」
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猶予は2ヶ月。150万円集まらなければ解散
友人二人を含む3人で工場の購入に踏み切ったものの、その額は約150万円。当然ながら二十歳そこらの若者3人組にはそんな資金もなく。猶予は2ヶ月しか残されていなかった。
アンドリューはこう振り返る。「当時の工場はゴミが多くて荒れ放題。まずは最初の1ヶ月で掃除して内装を整えるところからだった。そのときも、工場を買える資金をつくれるか常に不安がつきまとう中での作業。それでも楽しかったね」。その後、改装した工場でプローモーション用のビデオ撮影をし、クラウドファンディングで工場の購入資金を調達するこに成功した。
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友人3人で起業と聞くと、楽しそうな反面、ビジネスとなれば関係がギクシャクしそうな気もする。だが、「友達と働くって楽しいよ」。お互いを理解し、信じあえる人とビジネスをはじめることは自然じゃない?と。だが、少し考えた後「たまに公私混同しちゃうことはあるかな。でもメリットの方が大きいから大丈夫さ」。時折見せる照れ笑いは、年相応だ。
クリエイティビティを育む工場には無駄なモノを置け?
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DIYスケートボードランプに、奥のお手製の卓球台と、工場には不必要なものが多い空間。「ブランドにとってクリエイティビティを生み出すような環境はとても大切。だからスケボーできるスペースや卓球台を作ったんだ。職場が良い環境だと感じることは、人を生産的でクリエイティブ、そして幸せにすると思う」
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彼らの生み出すプロダクトを見れば、確かに、と頷かざるをえまい。この空間から生まれる服は、伝統的なシルエットやスタイルを現代風に再構築したクラシックスタイルが特徴だ。産業革命時の作業服や世界大戦時のミリタリーウエアなど、昔のアメリカにインスパイアされたブランドは、決してトレンドを追うようなことはしない。一貫したスタイルに、顧客からの信頼は厚い。
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「服を通して、工芸や職人の技術を伝えたい。難しいことだけど、これらを理解してもらうことは価値のあることだと思う。ニッカボッカーで作るプロダクトに“人”の存在があることを感じてほしいんだ」
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ファストファッションなんてフェイクだ
ファッション業界の大きな流れに逆らう彼ら。現在の業界についてどう思っているのだろうか?
「最近のファッション業界は不幸なことにすべての動きが早くて、クリエイティビティがなくなってきてるんじゃないかな。クリエイティビティは自分を強制したりプレッシャーを与えたりしてもダメなんだよ。そして、みんな『次は何? その次は?』って先のことばかりに目を向けている。そうすると結局、業界の表面的なことしか理解できないんだよ。ほとんどの人は原料の供給や生産まで意識がいっていないと思う」
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しかし、業界は転換期を迎えている、と続けた。
「いまは面白い時期にきてる。ニッチなブランドが登場してきて、ファション業界の状況が変わりつつあると感じてるよ。でも、そこには正解も不正解もない。ただ自分が信じる価値に従って、良いコミュニティや消費者とのネットワークを作っていくことが大切なんだ。そしてそれは、とっても大変で時間がかかること」
メイドインUSAに誇りと自信を持つ。だから、大変だろうと錯誤だろうと、時代に流されることはない。量ではなく質を追求し、自分が正しいと信じるファッションを作り続ける。小規模だからこそできる服作りが、若き工場長の空間に広がっていた。
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Akihiko Hirata