Rもtもすべての文字は溶けていく。2050年までの海氷データをデザインした“気候変動フォント”、今日の生活に共鳴する文字の形

スローガンは「Type to Act.(文字をタイプし、アクションを起こす)」。
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読みやすさ、デザイン、差別化。思想を体現するロゴと同じように、フォントもまた時代や社会という「その時」によって備えるものや役割を変えていく。

「フォントをデザインするうえで、もっともおもしろく、もっとも大切なことは、いまを生きている人々や現代社会の状況に共鳴する文字の形を考えること」

社会課題に関する活動、報道が盛んになっているいま、新たに作られたのは「問いを投げかける」に最も重点をおいて作られたフォントだ。読みやすさは度外視。気候変動に関する71年間の科学データを”フォント化”した。
マンネリ化する環境問題の報道に対し、フォントによって新たな対話を生むことを目的にしているというその制作を探ってみよう。

気候変動に関するデータをビジュアル化

 今年2月、フィンランドの大手新聞社『ヘルシンギン・サノマット(ヘルシンキ新聞)』がリリースしたフリーフォント「Climate Crisis Font(クライメイト・クライシス・フォント)」。その名の通り、気候変動による危機(climate crisis)をテーマとしたフォントだ。

 通常、フォントのウェイト(書体の太さ)は「Light(細い)」「Regular(通常)」「Bold(太い)」のように表されるが、Climate Crisis Fontのウェイトは「1990」「2000」「2010」。これらの数字は「西暦」だ。どういうことだろう?

 カラクリはこうだ。ここに、1979年から2050年までの8種類のウェイトが並んでいる。1979年から2050年に向かうにつれて、文字が細く、さらには小さくなっていくのがわかる。まるで、氷が溶けていくように。そう、このフォントは、北極にある海氷の質量のデータをもとに作られている。1979年から2019年の過去のデータは、国立雪氷データセンター(NSIDC、地球の雪氷圏に関する研究をする組織)のアーカイブデータから。現在から2050年までの未来のデータは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC、気候変動に関する科学的評価をおこなう国連機関)の推測データから取得。これらのデータを使って、北極の海氷の質量が年々小さくなっている事実を、フォントを縮小させることで表現している。信頼性のある調査データに裏づけされた科学的なフォントであり、それらを最大限に視覚的にアピールするようデザインし、インパクトをもって体現する。

 制作者は、二人のフリーランスのフォントデザイナー。南アフリカ・ケープタウンを拠点に活動するフォントデザイナーのダニエル・クールとフィンランドのヘルシンキを拠点に活動するエイノ・コルカラだ。気候変動や環境問題の取り上げられ方が、いつも同じようなグラフや表で説明されていてマンネリ化しているなか、フォントという斬新なアプローチで、気候危機に関する対話が生まれることを期待している。

 これまでフォントは、さまざまな文脈で社会に影響をあたえてきた。1960年代から1970年代に、広告や雑誌、映画ポスター、アルバムジャケットに使用された「Cooper Black(クーパーブラックは)」はポップカルチャーの成長に少なからず貢献し、ナチス・ドイツは「Fraktur(フラクトゥール)」を公式書体として使用したこともある。社会の動きや流れと切っても切れない関係にあるフォントだが、今回は、気候変動問題への新たな糸口のために作られたフォントについて、作った張本人たちに話を聞いた。

HEAPS(以下、H):このフォントをリリースしたのは、北欧を代表する新聞社です。どのように二人に依頼があったんですか。

Eino Korkala(以下、E):依頼自体は新聞社ではなく、クリエイティブ・エージェンシー(TBWA\Helsinki)からあったんだ。当初の依頼内容は「フォントの観点から気候変動をビジュアル化できないか」。この時点では、内容が抽象的で具体的になにをしたらいいのかわからなかった。

H:確かに、抽象的。

E:そもそも、正直に言ってしまうと、僕たちはこの種の気候変動に関するキャンペーンが嫌いだった。これまでにも企業のマーケティングの仕事をしたことがあるのだけど、企業が環境に配慮しているかのように見せるグリーンウォッシュ*そのものだから。気候変動問題の解決に貢献している実感がなかったんだ。

*企業やその商品・サービスなどが、消費者らへの訴求効果を狙い、あたかも環境に配慮しているかのように見せかけること。

H:プロジェクトを引き受けたのはなぜでしょう。

E:プロジェクトの話があったときに、デザイナーとしてどうすれば気候変動をうまく伝えられるのか、もう一度考えてみたんだ。そして、フォントは社会的なメッセージを伝えるポテンシャルがあるという結論に至った。

Daniel Coull(以下、D):まず第一に、安っぽくて嘘くさいデザインにはしないと決めた。また「気候変動の影響によってリアルに起こっていることを伝える」というコンセプトを重視して制作することにした。

E:そうじゃないと、自分たちの評判を上げることだけが目的で、気候変動のことなんて本当は考えていない、みたいになってしまうから。

H:以前、別のインタビューで「気候変動は長期的で抽象的な現象であり、人間には理解しにくい」と話していました。実際「気候変動ってわかりにくい」と実感したエピソードはありますか。

D:気候変動については、世界中で報道されてきた。けれど、その報道の仕方に大きな変化はなかったように感じる。たとえば、データを示すためにいつも同じようなグラフや表が使われているよね。

E: 気候変動の深刻さが理解しにくい要因の一つは、人間の心理にあると思う。気候変動はとても長期的で、ゆっくり進んでいく現象だよね。それに比べて、人間の寿命はあまりにも短い。だから、人間は自分が生きている一部の期間でしか気候変動を見ることができず、全体像を把握しにくい。人間は、まさにいま起こっている問題の深刻さに気づかないんだ。

H:たしかに、数十年単位での変化をいわれてもピンとこないし、実際の生活のなかでも実感する瞬間は多くはない。

E:オゾン層について注目されてから、10年間くらいオゾン層に関する報道があった。そしてその後、より大きなテーマである温室効果ガスや気候変動の話題が取りあげられた。でも、メディアの報道の仕方はずっと同じだったと思う。僕たちの世代は、これらの問題を意識すると同時に、飽き飽きしてる側面もある。だからこそ、同じ問題を取りあげるとしても、「デザインによって視覚化する」という新しいアプローチが必要だと考えたんだ。

H:それにしても、データをフォントにするという考えは斬新ですね。

D:最初、フォントによって僕たちのメッセージを伝えるために、さまざまな方法を試していた。データは使ってなかったけど、海氷の質量が小さくなるように、文字を縮小させるフォントを制作していたんだ。制作プロセスの後半になって、実際のデータを使用して、それをもとにフォントを変化させるというアイデアがクライアントから出てきた。

E:それで、初めからフォントを作り直し。

H:大変そうです。制作期間はどのくらいでしたか?

D:1年くらいだったよね、エイノ?

E:1回目の制作に6ヶ月、2回目の制作に6ヶ月かけて、合計1年におよぶプロジェクトになったよ。

H:データは、実際に専門の研究センターが出した数字を使用したとのこと。これをどうやってフォントのデザインに落とし込んだのか、教えてください。

E:海氷の質量をベースにした。データの測定が開始された1979年の海氷の質量を100パーセントとして、それに対して各年の海氷の質量が何パーセントなのかを計算する。2050年の(海氷の質量の)予測データは30パーセント。その間(1979年から2050年)については、バリアブルフォント*技術を使ってマッピングをして、計算した割合と同じになるように文字を調整した。

*別名、可変フォント。Adobe・Apple・Google・Microsoftが共同で開発したフォントの規格。太さや字幅などを自由に調整できる。

H:実際のデータを使用することで、フォントのデザインにどんな変化がありましたか?

E:フォントをより科学的に正確なものにできた。 抽象化された気候変動の様子をデザインに落としこむのではなく、氷が溶けている現実の様子を具体的にイメージしてもらえるデザインに仕上がった。

H:科学的なデータを使うことで、より現実的で説得力のあるデザインになったわけですね。

E:それに、フォントの見た目が直線的に変化していない。

H:直線的に変化していないって?

E: 1979年から文字が細くなっていくけど、1990年から2000年にかけて文字が太くなっていく。そして、2000年からまた細くなっていくでしょ。

H:本当だ!

E:実際、1979年から海氷の質量は小さくなっていくけど、1990年から2000年までの間は質量が回復する。そして、2000年から再び質量が小さくなっていくんだ。データによると、質量の変化は直線的に減少していないことがわかる。

H:科学の変化を忠実に反映させている。ところで、2050年に向かうにつれて、海氷が溶けるように、フォントが細く読みづらくなっていきます。ここで気をつけたポイントはありますか?

D:当初のアイデアでは、文字はもっと小さく細くするつもりだったんだ。どうすれば文字が自然に消えていくように見えるのか、試行錯誤の繰り返し。コンピューターで操っているように見せたくなかったから。

E: 気をつけたポイントは、文字を“ある時点”までは読みやすくしておくこと。気候変動の影響が表面化するには時間がかかる。しかし、ある時点で、さまざまな要素が重なり合い、状況は急激に悪化する。それを表現するために、最初はゆっくりと文字を縮小させて、ある時点で急速に縮小しはじめ、最後にはほとんど消えてしまうように調整したんだ。

H:なるほど、ここも意図的なデザインが凝らされているのですね。制作するうえで、一番こだわった部分はどこですか?

E:「フォントにおいて、最も重要なことは?」という問いに対する答えは、フォントデザイナーによっ​​て変わってくる。もっとも一般的な答えは「可読性」、つまり「読みやすさ」。読者が文字を容易に理解できる必要があるから。でも、僕たちはフォント制作において、読みやすさを一番重要なことだとは考えていないんだ。フォントをデザインするうえで、もっともおもしろく、もっとも大切なことは、「いまを生きている人々や現代社会の状況に共鳴する文字の形を考える」こと。 可読性や読みやすさだけでなく、問いを投げかけることも重要なんじゃないかな。

H: ちなみに、好きな文字はどれですか?  個人的には、小文字の「v」が好きです。まさに氷が溶けるように変化していって、2050年のウェイトはウイスキーグラスみたいな形になっていくように見えます。

E:ダニエルは、ウイスキー飲みだよ(笑)

D:そうだな(笑)

H:それは奇遇ですね(笑)

D:僕のお気に入りの一つは、大文字の 「R」。最初はとても重厚感があって、それがだんだん溶けて形を変えていく様子がいいよね。

E:僕は、小文字の 「t」の一番太いウェイトが好き。あまり見たことのない形をしてるよね。輪っかのような形で、横棒がなんとか繋がっている感じ。「t」だけ単体で見ると、なにかわからないけど、他の文字と並べて、文章や単語として読もうとすると、やっと「t」だと認識できるんだ。一番奇妙な文字だよ。

D:「t」のデザインに関しては、できる限り太く見えるように、いろいろ試してみたんだ。そしたら、とんでもない形に仕上がった。通常、フォントにおいては読みやすさが優先されているから、このような形にはならないんだ。

H:Climate Crisis Fontは、2021年に英国の団体を母体とするデザインと広告のための国際賞Design & Art Directionの賞を受賞、最近ではハングル版も作られるなど、認知度が高まっています。今後、どのようなユーザーに、どのようなシチュエーションで、このフォントを使ってもらいたいですか?

D:ハングル版のフォントができたように、もっと多くの言語で利用できるようにしたいと思ってる。気候変動は世界的な問題だから。英語圏の人だけでなく、多言語対応にすることで世界中の人々に使ってもらいたい。

H:気候変動に関する話題を伝えるために、さまざまな手段がとられてきたけど、フォントで気候変動を伝える試みは初めてだと思います。気候変動とフォントというツールの相性についてはどう考えていますか?

D:相性はとても良いと思う。よく考えてみると、人間は言葉や文字によって、物事を理解し、議論してる。僕たちの生活や身の回りは、文字によって成り立っていることが多いから、環境保護キャンペーンなどを表現するのにも最適な方法だと思うよ。

E:かつて、フォントデザイナーのジェームズ・エドモンドソンが言ったように、フォントデザインの凄さは「常に二つのメッセージを同時に伝えることができる」こと。
一つは言葉や文脈、伝えたい想い。二つは形や構造、デザイン。つまり、一つのフォントに二つの伝えたいことをもたせることができるんだ。フォントは、コミュニケーションにおいて非常に興味深いツール。

H:科学的なデータや可変できるフォントデザインテクノロジーなど、サイエンスの力を織り交ぜた今回のフォント制作でしたが、このようなフォント作りをこれからもしていきたいですか?

E:難しい質問だな。僕たちはあまりテクノロジーには興味がないからなあ。でも、フォントを描く“純粋なたのしみ”があれば、このような機会はウェルカムだよ。

D:バランスが必要。このような(データやテクノロジーを使った)フォント作りを受け入れる、と同時に、それに限らない自由な発想でフォントを探求し思いつく余白を残しておくことも大切だから。

Interview with Daniel Coull and Eino Korkala

All Images via Daniel Coull and Eino Korkala
Text by Shunya Kanda
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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