世界最大スパイ機関のイメージチェンジ。お役所CIAから若者へ、多様性・人間性・感性のビジュアルコミュニーション

スパイ機関の「若者に届ける“視覚的な”コミュニケーション」、新戦略。
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近未来的でアブストラクトな視覚モチーフに、すっきりとしたデザインにビビッドなUI、人種の多様性を意識した人物イメージ。若者へのアピール要素を網羅してリニューアルしたウェブサイトが、話題になった。“いまのスタンダード”をつめこんだだけのサイトが、なぜいまさら注目されたのか。それは「CIA」の公式サイトだったから。

あの、海外ドラマや映画に出てくるCIAである。世界最大の諜報(スパイ)機関で、アメリカ合衆国の情報機関。つまり、バリバリのお役所。

ウェブサイトのみならず、ソーシャルメディアチャンネルでも“人間性”を前面に押し出したコンテンツへと工夫している。思い切ったリデザインで視覚と感性に訴える、米国お役所の対若者世代へのビジュアルコミュニケーションをみてみよう。

お役所、若者に対してコミュニケーションを計る

 今年1月に生まれ変わったCIAのウェブサイトは、思い切ったリデザインだった。ロゴにあしらわれた米国のシンボルである白頭ワシでさえ、モノクロ+フラットにイメチェン。このリデザインに対して「まるでテック系スタートアップかデザイン会社、D2Cブランド、レコードレーベルのサイト」という声や「テクノクラブのフライヤーみたい」「ベルリンで開催される“モジュラーシンセサイザー”のフェス」という感想が寄せられたという(英国の有名なグラフィックデザイナー、ピーター・サヴィルが手掛けた、ジョイ・ディビジョンのアルバムジャケットという的確な喩えも)。

「かっこいい」「安っぽい」など賛否両論だが、それだけ世間での意見交換を引き起こしたということは、リデザイン、PRとして大成功だといえる。





 大胆なリデザインの理由について、CIAのスポークスパーソンはこう話している。「CIA特有のモノクロのカラーテーマや写真、グラフィックでもって才能ある“応募者”の興味を刺激する。そして、モダンで親しみのある雰囲気を提供するため」。

CIAって?
1947年、アメリカ合衆国第33代大統領ハリー・トルーマンによって、第二次世界大戦直後の冷戦状況のなか、各機関によっておこなわれていた情報収集・諜報活動を統合すべく創立された。正式名称は「中央情報局(Central Intelligence Agency)」。目的は、合衆国の安全保障政策の決定に必要な諜報で、米国の安全を脅かす世界のテロ組織の撲滅や、諸外国の政治・軍事・経済情報の収集、社会主義・共産主義化する地域での工作活動などをおこなっている。スタッフは2万人ほどいるといわれており(公には発表されていない)、活動範囲は世界各地だ。

 これまでCIA職員には、多様性が欠けていたという。2019年の報告書では、職員の人種のうちBIPOC(黒人、先住民、有色人種)は26.5パーセントのみで、これは他の米国連邦機関と比べても多様性に乏しい。そんななかCIA初の女性長官、ジーナ・ハスペル長官(2018-2021)のもと、積極的に組織内の人種の多様化を進める方針に。さまざまなバックグラウンドの若者にもCIAの仕事に興味を持ってもらうため、近年、SNSの強化も強めてきた。そして今回のウェブサイトのリニューアルを通しても、若者にも響くような視覚的要素や体験を盛り込むビジュアルコミュニケーションを図っているのだ。

 ちなみに以前のCIAのサイトは、なかばテンプレートのような、はっきりといってしまえば味気なく、野暮ったい、垢抜けないデザインだった。それはCIAに限ったことではなく、いまだザ・お役所レイアウトのFBI(連邦捜査局)国務省など、米国の国家機関(お役所系)のウェブサイト全般にいえること(米国だけでなく、世界の政府、行政機関のお役所サイトにも共通していえることだろう)。最近では、コロナ禍の失業保険の取得などで政府や州・市などお役所のウェブサイトを使用する機会が増え、そのユーザー“アン”フレンドリーな見づらさと使いづらさを指摘する声も多く上がっていたところだった。


上が、1997年の初代サイトデザイン。下が、2007年のリニューアルの際のデザイン。

世界観を伝える? 雰囲気のあるCIAアーカイブ写真など

 新ウェブサイトの他、ソーシャルメディアチャンネルのビジュアルコミュニケーションの工夫も見てみよう。インスタグラムなど、CIAの“ムードボード”のような雰囲気だ。

 2019年の開設からすでにフォロワーが39.6万人いる(8/26時点)CIAのインスタグラムアカウント、ところどころに古いモノクロ写真が並んでいる。過去に開発した発明品や、数少ない女性工作員だったエリザベス・“ベティ”・マッキントシュの姿など、CIAが保管しているアーカイブ写真。それぞれのキャプション部分に写真にまつわるトリビアが記載されていることから、CIAの歴史を伝える目的があることがわかる。と同時に、活動内容のポストとは異なるビジュアル要素をこれらのアーカイブ写真に持たせ、イメージで世界観を伝える役割も果たしているともいえる。


 また、325.2万という膨大な数のフォロワーを抱えるツイッターにも、同様のビジュアルアプローチが見られた。「#MondayMotivation」というエンパワメントなハッシュタグとともに「CIAはあなたの運命になるかもしれない」「理系のスキルで、想像以上にできることを実現しよう」と文言が書かれたインスピレーショナルな画像や、米国での黒人の歴史を振り返るブラック・ヒストリー・マンス(2月)を祝うイメージなど。インターン採用の募集イメージも「#FindYourCalling(天職を見つけよう)」とともに、エンパワ系のビジュアルとなっている。

 動画でも刷新したイメージはブレない。昨年公開された求人広告動画は、スパイドラマか映画のワンシーンのようなエージェントたちの任務遂行シーンで構成されている。もちろん、そこには女性も有色人種も登場(上司は、黒人男性)。しかもこの広告動画、流した場所がネットフリックスやフールーなどの動画ストリーミングだったことが国家機関として斬新だ、と注目を浴びた。これまでのCIAのリクルートは、イェール大学などの名門アイビーリーグで勧誘するのが常套手段だった。広報担当によると「最も優れた才能を獲得するには、旧来型の求人方法だけに頼っているわけにはいかない」そうだ。

CIAの中の人たちが出てきてしまう(いいのか)ストーリーテリング

 くわえて若者へのアピールとして共通しているのが「ストーリーテリング」と「ユーモア」だ。もっとも顕著なのが、近ごろ更新頻度も高く力を入れている様子の公式ユーチューブシリーズ「Humans of CIA(ヒューマンズ・オブ・CIA)」。

一人のCIA職員を取り上げ、CIAに就職するきっかけや仕事観などを彼ら自らのナレーションとともに動画に収めている。ヒューマンズ・オブ・CIA、どこかで聞いたことのあるような響き…そう、数年前に世界で流行った「ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク」というフォトプロジェクトだ。ストリートで出会った“街の人”のポートレート写真を、その人々のストーリーとともに伝えるプロジェクトであり、現在のストーリーテリングの流行の先駆けだったといえる。ヒューマンズ・オブ・CIAでは、黒人の若い女性や、移民系の中年男性弱視で介助犬を連れている女性など、さまざまなバックグラウンドの職員の人間らしさをストーリーテリングの手法で強調している(CIA職員にとって個人情報は極秘のはずなので、おそらく諜報活動には関わっていない事務職員たちだと予想する)。

 ラブストーリーだって、ある。バレンタインデーには、当日にかけてインスタグラムに投稿された「#LoveatLangley」。Langley(ラングレー)とは、CIA本部のあるバージニア州のラングレーのことで、そのことからCIA本部の別名にもなっている。この投稿では、CIAに所属する3組のカップルの馴れ初めやCIA職員としての結婚生活などのラブストーリーを、夫、妻、両サイドからの視点で綴ったショートエッセイが掲載されている。


「いまの夫とCIAで出会ったとき、彼が私と同じ使命や義務感をもっていることにすぐに気づいた」



「私は2月に勤務を開始して、彼は3月に開始しました。同じプロジェクトに取り掛かっていたけれど、遠隔でやりとりしていたので、実際に会ったのはそのあとのこと。ある講習のあとカメラを買いにいく用事があって、彼も一緒に来たんです。家電屋に行って、その後夕食に行きました。これが初デートだったかと思います」



「僕たちは、本当にたのしくておもしろい人生を共にしてきました。使命感をもって世界を飛び回って来た。息子が初めて口にした言葉には、外国のアクセントがあったんですよ。これってすごくクールなことでしょう?」

ウェブサイトのストーリーコンテンツも豊富だ。CIAが教える「犬のトレーニングのコツ10選」」サメよけについての逸話「ジュリア・チャイルドとサメよけレシピ」、勤務外で少年の命を救った職員の実話「CIAのスパイダーマン」などなど。ウェブサイトのメニューには、CIAについて学べるページ「Spy Kids(スパイキッズ)」があった。さらに、CIAに関するさまざまな疑問を投げかけるコーナー「Ask Molly(モリーに聞いてみて)」という味気ない「よくある質問」とは一線を画すものも。ここでどんなやり取りがされているかというと…。

「拝啓モリー:オンラインデートサイトでCIAエージェントだという男性に会いました。本当なのかわかりません。話せば話すほど、話がかみ合わなくなります。CIAで働いているからという理由で、私の個人情報を渡さないとこれ以上会話できないと言ってきました。彼が本当にCIAで働いているのか、どうしたらわかるんですか。個人情報を渡すのは安全でしょうか」

 CIAの“中の人(?)”モリーの回答は「個人情報は、絶対に渡さないでください」と、予想通り。人間の温度が感じられるユーモラスなコミュニケーションの場を用意するのも、彼らのコミュニケーションとして新しい。

 個人的には、ツイッターでときどきあがる「間違い探しクイズ」や「暗号解読クイズ」など肩の力が抜けた遊び心も、若者の心を掴むだろうと思う。

CIAのビジュアル戦略はいまに始まったことではない

 最後に、CIAは過去にも「ビジュアル」や「多様性」を押し出すことで世間に対しコミュニケートしたことがあることを言及したい。

 CIAは「ビジュアル」で、その時代の世間に対してコミュニケートしたことが過去にもある。他国に向けて「アメリカという国」を効果的に伝えるため、裏からイメージ作りをしていた。それについて最後に言及しよう。

 冷戦時代、共産・社会主義のソ連に対し米国の持つ文化的なパワーを誇示しようと、CIAはジャクソン・ポロックやマーク・ロスコなど現代アートの芸術家たちの活動をサポートしていた。また、当時米国にあった人種差別のイメージを払拭しようと、デューク・エリントンやニーナ・シモンといった黒人のジャズアーティスト、ベニー・グッドマンといった白人のジャズアーティストを世界各地に送り、人種豊かな米国のジャズ文化を広めようとした。現代アートのアメリカ、人種が入り混じったジャズのアメリカとは「自由な文化の国アメリカ」「多様性の国アメリカ」を世界にみせるコミュニケーションだったわけだ。

 CIAに続いて、最近、ホワイトハウスのロゴも刷新された。テクスチャーやディテールが多めの、流行のフラットデザインとは真逆をいく装いに仕上がったという。これはなにを伝えたいのか、については、また次の機会に詮索することにしよう。

All Images via CIA.gov
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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