話題のダンサーは音楽が聴こえない。クリストファー・フォンセカ、音楽なしの踊りのプロセス

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音楽とダンスは数世紀にわたって、それこそ人類が言語を用いない頃から助長し合ってきた。文化間の相性は抜群。さて、互いの性質においての相性という点からいえば—Christopher Fonseca(クリストファー・フォンセカ、以下クリス)という近年話題のダンサーは、ダンスとの相性は最悪だった

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そのCM動画のダンサー、音楽が聴こえない

 ふと聞こえてきた、ぶっといビートにしゃがれ声のラップ。スミノフのキャンペーン動画『We’re Open』に抜擢された、テレビの中で踊るクリスを見たのは去年のいまごろだったか。ゲットー臭漂うダンススタジオでリズムにのって踊り、自信に溢れた表情が格好良かった。「CHRISTOPHER FONSECA, DEAF DANCER(クリストファー・フォンセカ、ろう者ダンサー)」字幕を見て知ったのは、この豪快に踊るダンサーの耳が聞こえないこと。フェスでのバックダンサーにミュージックビデオ出演、それに劇場講演。生まれ育ったロンドンを拠点に多忙を極めるクリス。あちこちから、出演のラブコールは止まらない。

"Deaf Dance Instructor Christopher Fonseca, 27, Teaches Class To Local Deaf Community Members As Part Of His Global Tour As Part Of The New Smirnoff ICE Electric Flavors "Keep It Moving" Campaign On Tuesday May 3, 2016 In New York, NY."
Christopher Fonseca。クリス。

 髄膜炎を患い2歳で完全に聴覚を失った。以来、片耳に人工内耳を装着し、手話でコミュニケーションをとる。クリスとダンスの出会いは12歳のとき。当時、ダンスブームを巻き起こした青春映画『Breakin’(ブレイクダンス)』に衝撃を受けた。
「毎晩、寝室で見よう見まねで何時間も踊ったよ。お気に入りのシーンを何度スロー再生したかわからないよ」。
 ここからダンスまっしぐらか?と思うも、「長くは続かなかった」。現実世界で自分と同じ立場、すなわち聴覚障害を患うダンサーのロールモデルがいなかったからだという。それでも、大学では“やっぱり”ダンスを再開した。「いつも心のどこかで、夢を追うのはいつからでもいいじゃん?って思ってた。それに、好きなことをして、それから自分のしていることを好きになりたい」。さまざまなクラスを受けてスキルを磨き、さらに指導のクラスも受講。現在、振付師兼講師を務めるクリスの生徒は健常者と聴覚障害者の両方だ。

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音楽聴いて即興の振り付けは「できない」

 

「音もリリックもまったく聞こえない」クリスのダンスは、まずはビートを感じることからはじまる。感じる、とは重低音を体感することと、音響により空気の振動を掴むこと。ビートはスピーカーから伝わるベースの振動を壁から、床板の振動を足の裏から。SubPac(サブパック、着用することで振動を感じられるベスト。“着るウーファー”といわれる)も使い、すべてのビートを感じ取り体で覚えていく。感じ取ったビートからカウントをつくり、リズムを取る。そこから歌詞も読み込み、曲の構造を理解する。そこで初めて振り付けがはじまる。聴きながらの即興、というわけにはいかない。ビートをキャッチした瞬間は、鳥肌が立つ。指導する聴覚障害者クラスでも同様、ストレッチではなくどう音を聴くか、どうリズムを取るかからはじめるという。

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「Don’t focus on your disability, focus on your abilities(できないことに集中しないで、できることに集中するんだ)」

 リズムに乗り、それを体現するダンサーにとって音が聞こえないことは致命的だ。踊りだしが遅れてしまうこともある。健常者であればすぐに習得できる技でも、その何倍もの時間を費やさなくてはならない。

「こう言うのもあれなんだけど、きっと人が思う以上に耳の聞こえない人間がダンサーになるのは本当に本当に難しい」。さらに、今度はそれを人に教えはじめた。「耳の聞こえない私たちに、どうやって音楽を聴くか、どうやって踊るか、知識やスキルを情熱的に共有してくれるクリスみたいな先生って、なかなかいないんです」。生徒たちは口を揃えてそういう。

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 クリスが今回の取材と、他の多くの取材で口にしていた言葉は、「やらないのにできないって、なんでわかる? ゴールにどこまで近づいているのかわかるのは、到達して振り返ってはじめて自分がどこまできていたか気づくとき」。努力し続ければいつか叶う—あらゆる成功者から自然と出る言葉だが、「いつか叶う」の起点は一体なんなのか。才能をフックアップしてくれる人との出会いか? 幸運か、神頼みか。
 もっとも、クリスが信じているのは自分だ。いつか叶う幸運ではなく、叶うまでやり続けられるという自分自身。その自身への信頼は、一曲一曲、果てしないプロセスを忍耐強くやり続けてきたこれまでの日々に他ならない。そんなストーリーも相まって、クリストファー・フォンセカというダンサーは、オーディエンスを大いに魅了する。

※※※2018年より、「障がい」から「障害」に表記統一をしました。
表記ではなく社会そのものをアップデートする必要があるという認識のもと、障害という表記を文中で使用しています。
また、障害とは一定の個人に由来するのではなく、あらゆる個人が存在し共存しようとする”社会”にあり、それをあらゆる個人らが歩み寄り変えていく必要がある、という考えを弊誌は持ちます。

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CHRISTOPHER FONSECA
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All images via Christopher Fonseca
Text by Yu Takamichi, edited by HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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