NYC名物バーテンはボウリング場にいる。老若男女の遊び場、酒をサーブする濃い流儀「酔わせるよりも、客はたのしませにゃな!」

バーには、ボウリングピンの形をしたビールサーバーのハンドルが。この“ピン”をなんども倒して、ボウリング客の無数の喉に、冷たいビールを流し込んできたんだな。
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赤い蝶ネクタイ、白いタキシードシャツ、黒いサスペンダー。白髪オールバックに牛乳瓶の底より分厚い眼鏡。二本だけの前歯をのぞかせ豪快に笑い、得意の喋りでどんな客をも歓迎。ショットグラスに乱暴にテキーラを注ぐ。正装貫き34年、頑固にバーテンダーひと筋の彼は、ピーター・ナポリターノ(67)。

勤務先はもちろん、バー。ただし、そんじょそこらのバーじゃない。ボウリング場のバー。酒を注ぐ相手は“酔いに来ている”のではなく、“ボウリングをしに来ている”お客だ。「ここは家族が集まる娯楽の場だ。普通のバーみたいに、泥酔はさせん」。“ボウリング場のバーテンダー”としての仕事と、誇りと譲れない持論を聞きにいく。

ボウラーに酒注いで34年。熱心なファンをもつボウリング場のバーテンダー

 日曜日の夕方、ニューヨーク・ブルックリンの南にあるボウリング場「メロディー・レーンズ」は活気づいていた。誕生日会を兼ねているのか、どでかいケーキ持参の家族連れに、接戦を繰りひろげ盛りあがる中年ボウラーチーム、初心者なのかボールの投げ方がぎこちない若者たち。ただでさえボールとピンのぶつかる「ポッコオーン」音で忙しない場内は、お客のテンションもあいまって、一段とにぎやかだ。

 今年で創業61年の老舗ボウリング場には、常連から新規まで、老若男女を問わずひっきりなしに人がやって来る。週末ともなれば、レーンが満杯で数時間待ちもザラ。素朴な看板が踊る軒先からは一変、場内では26本のレーンが元気にフル稼働、まだ子どもたちも帰らない夕方4時だというのにディスコライトがド派手に輝く。だいぶ現代化が進んでいる様子だが、それでもマンハッタンの洗練されたボウリング場と比べると、まだまだ垢抜けない(そこがいい味)。


 朴訥とした老舗ボウリング場にて圧倒的な存在感を放っているのが、レーン隣にあるバーにてバーテンダーを務めるピーターだ。口コミ情報サイトでは、ボウリング場の評価を差しおいて「バーテンダーが最高! 行くたびに、たのしませてくれる」「昔がたきのバーテンダー(ピーター)のおかげで、1時間待ちも余裕だった」「嵐のなか、噂のピーターに会いに行ったのに、いなくてガッカリ。またリベンジする」と、ピーターを賞賛する声が多いこと。
 生まれも育ちもブルックリン。一度見たらそう簡単には忘れさせてくれないアイコニックな風貌のおかげもあってか、ニューヨーク・タイムズ紙には二度取材され、自身が主人公の短編ドキュメンタリー映画も制作。しかし「キャラ勝ちか」と思うなかれ。2006年には全米バーテンダー賞を受賞。バーテンダーとしての実力もしっかり持ちあわせている。

まずい。このバーテン、全然質問に答えてくれない

 その日のシフトは午後5時まで。4時半ごろから眉間にシワを寄せ、締め作業に取りかかる。自慢のもみ上げをふわふわと揺らしながら床にこぼれた酒をモップで拭き、袖をまくって空き缶あふれるゴミ袋を縛りあげる。レジ内の現金を数える姿を撮影していると、サービス精神旺盛なピーターは手を止めポーズをとりだす。するとその瞬間、ボウリング場マネージャーから「ピーター! 仕事をしてください!」とお叱り放送が場内に鳴りひびいた(笑)。そんな調子のピーターを待つことしばし、締め作業を終えて次のバーテンダーにバトンタッチ。「あそこでやるとするか」と、バーの隅の席に腰かけ、早速取材を開始…。



締め作業中もずっと真剣。

 と思いきや。「わしに〈バーテンダーに関する質問〉をしたいのなら、それはお門違いだ。バーテンダーなどブルックリンには腐るほどいるから、そいつらに聞くこったな」と、一問目に入る前から一刀両断。「これじゃ取材にならない(焦)」と取材陣、とりあえず「ピーターが答えてくれそうな質問からはじめ、徐々にバーテンダーに関することについて聞く」ことにした。元ミュージシャンで、バーテンダー業も“エンターテイナー”としてこなすと言い張るピーターに、「バーのエンターテイナーとしての話を聞きたい」と言うと、ピーターもそれには「うむ、いいじゃろう」。ホッ。

 ホッとひと安心、では気を取りなおし…と質問を投げる。が、質問に対する答えがまったく返ってこない。聞いても聞いても、ひたすら彼の興味のある小難しい話(物理や哲学、数学、古い映画について)があっちの方からこっちの方から返ってくる。これでもか自分のしたい話を好き放題しゃべりたおす(悪意はまったくもってなし)。
 ここまできておいて、取材をガターで終わらせるわけにはいかない…。やっと質問に対する答えが返ってきはじめたのは、取材陣の「とりあえず」から1時間半後のことだった。

HEAPS(以下、H):(げっそり)

Pete Napolitano(以下、P):テープレコーダーはちゃんと動いてるか? わしを取材しにくる連中はな、いつもテープ2本ぶん録音していくんだ。ワッハッハ。

H:(納得だ…)えぇと、キャリア34年ベテランバーテンダーのピーターは、元トランペット奏者でドラマーでもあるとお聞きしました。

P:そうじゃ。ウン十年のあいだ、エンタメ業に従事していたんだが、思い通りの成果を出せなくなってな。

H:で、バーテンダーに転身。ピーターは、いつも赤い蝶ネクタイ、白いタキシードシャツ、黒いサスペンダー。てっきりここで働くバーテンダーは正装しなきゃいけないものだと思っていたんですが。いま勤務中のバーテンダー、思いっきりネルシャツにチノパンですね。

P:このバーには女のバーテン2人と男のバーテン1人、そしてわしの4人が働いているんじゃが、 正装でキメているのは、わしだけだ。おんなじデザインのシャツを12枚、ネクタイとサスペンダーを3本ずつ持っている。これ以外の服は持っていないんだ。

(ここで44年連れそっているという奥さん登場、美人だ。)

奥さん:この人、仕事のときは絶対に正装だけど、家にいる時はTシャツよ(笑)。

H:ははは。Tシャツ姿、想像しがたい。カジュアルなボウリング場のバーであるにもかかわらず、正装を貫く、その信念とは?

P:正装はな、わしのトレードマークだ。身につける“服”や手に取る“小道具”が、そいつのトレードマークを作り、トレードマークはそいつのキャラを永遠のものにする。

H:ピーターのような正装をする昔がたきのバーテンダーって、いまどき珍しいと思うんです。しかもここ、会員制のラウンジやシガーバーでもないですよね。なんでまた、ボーリング場のバーテンダーになったんですか?

P:親父が地元で有名なバーテンダーだったんだが、わし自身、バーテンダーに憧れたことなんか一度もなかった。

H:えっ。

P:そもそも、バーテンダーとしてここに来たわけじゃあない。料理をするのが好きだったから、このバーの裏にある飲食コーナーで、料理人として働いていたんだ。そしたらある日、出勤するはずだったバーテンダーがブッチしやがった。だもんで、ボスが「ピーター、いますぐエプロン外してバーに行って酒を作ってくれ」って。「なに言ってやがんだ?」と思ったが、これ(バーテンダーの仕事)も一種のエンタメ業。「やってやるか」と、はじめた。そして34年経ったいまも、まだここにいるってわけさ。


ここがその飲食コーナー。

H:ブッチしたバーテンには感謝ですね(笑)。いま、週にどれくらい勤務されてます?

P:週に5回だ。そのうちの4回は夜シフトで、1回が昼シフト。平日は、夕方5時から深夜12時まで。週末は、夕方5時半から明け方の3時半まで。週末は忙しいからな。ボウリングは室内でやるスポーツだから、夏は比較的落ち着いてるんだが、寒さが増す時期は長い行列ができる。ボウリングレーンが忙しくなれば、つられてバーも忙しくなる。

H:67歳で朝方3時半までのシフトを勤めあげるとは、元気ですね。栄養剤は、やっぱりお酒?

P: テキーラが好きだ。ビールもたまに嗜む。最近は飲みすぎないように心がけているが、酒を飲まずしてバーテンダーは務まらん。だから、お客にショットで乾杯を求められるときは、グラスに3分の1だけ注いで飲む。そうすれば3回乾杯したとしても、やっと1杯分だからな。お客をがっかりさせないためのマジックさ。

H:ナイス・マジック。ボウリングレーンの真横にあるバーゆえ、プレーの合間にささっと喉に流しこんでプレーに戻るお客が多いのかと。酒を出すときはスピード感ありで、すばやくちゃちゃっと?

P:ゲームの合間に急いで買いにくるお客もいれば、レーンが空くのを待つため、バーのテレビでスポーツ観戦しながら、カウンターでゆっくりしていくお客もいる。いろんなお客がいるから、そのつど対応は変えるよ。

H:さっきまでカウンターで飲んでたお客は、ウン十年選手の常連って言ってましたね。ピーターがバーテンダーとして働いてから34年経ちましたが、お客の層って変わりましたか?

P:昔っから老若男女問わず、いろんなお客が来る。まぁ週末の深夜12時以降は、たいてい大人だけになるがな。子どもは夜遊びしちゃあいけない。

H:ごもっともです。このバーでは、13種類のビールに赤と白1種ずつのワイン、12種のカクテル、他にもショットを常備。なかでも一番人気のお酒、教えてください。グループでプレーに来るボウラーが多いだろうから、やっぱり豪快にビールのピッチャーですかね?

P: どれもおんなじくらい人気だな。その昔、わしがよく作っていた“オリジナルカクテル”があったんだが、法律上、もうお客に出すことが許されない。

H:ここだけの話にするので、教えてくれますか。

P:その名も「ムーンシャイン」。アルコール度数95パーセントの、禁酒法時代の密造酒さ。

H:95パーセント! もはや味どころではなさそう。ちなみに、1日どれくらいのお酒を作るんで…

P:馬鹿げた質問じゃな!


馬鹿げた質問じゃな!

H:えっ。

P:いちいち数えてられるかってんだ。バーテンダーって仕事は、バーテンダーそれぞれに自由なスタイルがあると思ってる。

H:ほう?

P:たとえばバーに飲みに行くとする。バーテンダーが自分の名前やいつも飲むお決まりの酒を覚えてくれていたら、うれしいだろう? お客の名前や注文する酒を覚えておくことは、バーテンダーの義務ではない。だが、わしは覚えるよう努める。なぜなら、こういったお客の情報を集積することで、アルゴリズムになり、新しいお客の好みを知るヒントになるからな。

(ここで奥さん「私もう行かなきゃ」。「俺をおいて行くのかい?」。「おいていきたくないんだけど…」。ウンヌンカンヌン…とのことで、ここから取材は猛スピードで展開)

H:ボウリング場のバーにて、アルゴリズムを構築し、お客に酒出し30年以上。そこらのバーにはない、ボウリング場のバーならではの特徴ってなんでしょう。

P:家族連れのお客が圧倒的に多いことだな。このボウリング場は、家族が集まる娯楽の場なんじゃ。入り口にセキュリティが立っていて、IDで年齢確認をしてから入るバーやナイトクラブと違って、ここはドアを開ければ誰もが入れる。すなわち普通のバーと違って子どもも遊びに来るわけだから、酔っ払って悪態なんぞ絶対に許さん。泥酔なんぞもってのほかだ。「ボウリング(ボウリングで遊ぶ)・イーティング(食べる)・ドリンキング(飲む)」が揃うエンターテインメントの場で、他のお客への迷惑行為なんぞはさせん。

H:自身を「バーテンダーではなく、エンターテイナーだ」と称するピーターの譲れない持論だ。たのしみを求めてやってくるボウリング場のお客を、もっとたのしませたいと。

P:わしの仕事はみんながたのしめるよう酒を提供すること。34年間、お客とイザコザになったことは一度もない。

H:子どもも含めたお客みんながたのしめる場をつくって保つため、バーカウンターからエンターテインする。

P:いつ家族連れが遊びに来ても大丈夫なよう、安全な場所でありたい。それに厄介に巻き込まれるのはごめんだから、お酒を出す前の年齢確認は絶対に怠らないね。明らかに21歳以上であろうお客にもな。おかげで「俺が21歳以下に見えるか!」って怒鳴られたこともあったさ。いまはもう誰もなにも言わずにIDを差し出してくるがな。どういうバーテンダーで、なぜ年齢確認を怠らないかっていう、わしのキャラが、お客のあいだに定着したからだ。

H:このボウリング場で生まれ、育ち、定着したピーターのトレードマークは、赤い蝶ネクタイと黒いサスペンダーだけではなかったと。

P:常連のお客が子どもを産んで、その子どもがまた子どもを産む。34年もやっているから、2、3世代またいでお客が遊びに来てくれるの。ありがたいわな。わしには子どもがいないから、家族の一員になったような気分になる。「They made me a better person(お客がわしをより良い人間にしてくれる)」。接客中に相手が笑顔を見せてくれると、こちらも自然と笑顔になる。だからやめられないんだ。

H:ピーターの「ムーンシャインより濃いキャラ」と「ボウリング場で、エンターテイナーとして酒を出す誇り」がバーカウンターを転がり、お客のハートにストライク! 取材無事終えられてよかった…(祝)。最後まで質問に答えてくれて、ありがとう。

Interview with Peter Napolitano



Photos by @hashimotophotography
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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