「10年前、スーパーで売られていたキムチは、とにかくまずくって」。
おいしいキムチを頬張るために。ある韓国系アメリカ人青年は、母直伝のレシピを習い、自宅でせっせとこしらえはじめた。するとその“本物の味”は、瞬く間に評判を呼び、レストランや全国展開するスーパーで取り扱い決定。国外の食卓にも上がるように。自分用にと漬けはじめたお袋の味は、10年経ったいま世のキムチをおいしくし、全米から世界中にじわじわと染みわたっている。
「市販のがまずかったから」ニューヨークのキムチをおいしくした〈こだわりキムチブランド〉
質素に白米にのせるだけでいい。酒のつまみに、納豆や冷奴に添えるも良し。熱々の豚肉と一緒に葉っぱで巻いて一口で頬張るのも極上。韓国の伝統料理、キムチ。うま味と酸味を効かせた辛い奴は、米国でもその存在感をピリリと放つ。韓国レストランはもちろんのこと、アジア系スーパーに限らず、街角の一般的な食料品店でもズラリと鎮座。数年前、ミシェル・オバマ前大統領夫人が自身で漬けたキムチの写真とレシピをツイッターに投稿しバズる、なんてこともあった。
近年の健康フードブームやスローライフ志向から、素材や健康にこだわり、大量生産ではなく手作りにフォーカスした「クラフト、アーチザナルブランド」がフード界を席巻するいま、キムチも同じ路線にのる。材料や製造手法、パッケージなどにこだわるブランドが生まれているが、先駆者の登場は2009年。母直伝のレシピに倣って、自宅アパートからはじまった「ママ・オーズ・プレミアム・キムチ(以下、ママ・オーズ)」。ニューヨーク初のクラフト・キムチブランドだ。
「10年前、市販のキムチがまずくって。こんなの食えない、ってチャイナタウンから出ている激安バスに乗って、ワシントンD.C.に住む母の元へ行ったんだ。母流キムチのレシピを習いにね」と話すのは、当時DJで生計を立てていたママ・オーズの創立者、キーディム・オー。彼が自宅で作るキムチが、ひょんなことからニューヨーク中の韓国レストランのテーブルや米国中のスーパーマーケットの棚に登場し、さらにカナダや南アフリカなど世界の食卓に並ぶなど、あれよあれよと予想外のキムチビジネスに発展。「起業は完全なるアクシデントからだった」にも関わらず、本物のおいしいお袋の味を世界に浸透させている。お世辞にもうまいと言えないキムチが並んでいたマーケットに、唸るほどのキムチを出回らせたキムチ・ストーリーを味わうべく。ブルックリンの巨大な業務用厨房ビルの一室にある、小さな生産工場を訪ねた。
HEAPS(以下、H):(おお、室内に漂うキムチの酸っぱい香り…。白米がほしくなる)
Kheedim Oh(以下、K):苺スムージー、飲む?
H:あ、おかまいなく(白米…)。
K:はい、どうぞ。
H:ありがとうございます、うん、おいしい。では、もう一つの“おいしい話”、キムチの話へ。10年前にマンハッタンの自宅アパートにて、一人ではじめたキムチ作りですが、いまではこんな立派な工場を構えるまでに…。そもそもキーディム・オッパ(兄さん)がキムチを漬けはじめたのは、当時出回っていたキムチが口にあわなかったから。
K:そうそう、もう、最悪。発酵しきってなくて、全然おいしくない。これ、ただの白菜じゃん?ってレベルのものさえあった。おまけに化学調味料やコーンシロップ*といった、本来だったら不要な成分もたっぷり。じゅうぶん発酵し、しっかりソースにからみ、野菜特有のシャキッとした食感のある僕の理想のキムチには、ほど遠かった。
*トウモロコシのデンプンを酵素で分解し、工業的に作る異性化糖。近年、米国では規制が進んでいる。
ママ・オーズの創立者、キーディム・オー。これはキムチではなく、特製・苺スムージーを注いでいるところ。
H:10年前のニューヨークでは、キムチはもとい、韓国料理ってどれくらい親しまれていたのでしょう。
K:当時から親しまれていた。というのも、10年前のロサンゼルスでは、韓国系アメリカ人のセレブシェフが仕掛けた、プルコギやキムチをトルティーヤで包む「韓国料理×メキシコ料理」のフードトラック「Kogi」が爆発的に人気だったから。最近ではK-POPブームも相まって、さらに韓国料理が人気になったという印象だね。
H:旅行でロサンゼルスに行ったときに食べました! おいしかったんですが、買うまでの行列がとにかく長かった。キーディム・オッパ(キーディム兄さん)は、どのくらいの頻度でキムチを嗜むんです?
K:毎日。だからこそ「自分が食べたい」と思える、おいしくて体にいいものが食べたかった。小さい頃から母に「食べ物は薬」と教えられてきたからね。本物のおいしいキムチを作るため、レシピを習いに母の元へ駆けこんだんだ。レシピを習得したあとは、自分用に週に1回のペースで漬けていた。キムチを作るたびに、アパート中がキムチの匂いで充満(笑)
H:チャイナタウンの中国系アパートに住む友人を訪ねた際、渡り廊下一帯がワンタンの匂いだったことを思い出しました。さて、母直伝の伝統的なキムチ作りを身につけたオッパ。母の秘伝の味つけや、こだわりの作り方などはありましたか?
K:母から教わった作り方は、韓国家庭ではごく一般的なもので、特別なことはなにもない。強いていうなら「サイダーはご法度」。キムチ作りの隠し味に、(発酵を促進するため)サイダーを入れる人もいるらしいからね。こだわりの食材だけを使って、100パーセント手作りする。野菜を洗うのも、味つけも、漬けるのもすべて手作業。ちなみに漬けるときは床にしゃがんで作業してたんだけど、それを子どもの頃から「キムチスクワット」と呼んでいる。
H:長時間のキムチスクワット、だいぶふくらはぎ大きくなりそう…。自分用に漬けたキムチがビジネスへと拡大したターニングポイントは、なんだったんでしょう?
K:ある日、サムギョプサルが食べたくなって近所の肉屋へ行ったんだ。そしたら店主に「バーベキュー(焼肉のこと)にはキムチがよく合うぜ」とアドバイスされた。ポニーテールの白人親父(そこの店主)が、誰に向かってキムチを語ってんだって(笑)。後日、彼に本場のキムチの味を食べさせるため、自家製キムチを持参したんだ。そしたら、ひどく気に入ってくれて。とっさに「このキムチを売ってビジネスをしてるんだ。あなたの肉屋でも取り扱うかい?」と、嘘をついてしまった。
H:っっっ(笑)とっさの大嘘!
K:すると、まさかの交渉成立。最初の顧客がその肉屋さ。ブランド名を聞かれ、キムチ作りを伝授してくれた母にちなんで「ママ・オーズ・プレミアム・キムチ」と命名した。
H:ノリで最初の顧客をゲット。で、自宅アパートで細々と作っていると追いつかないから、このビルに引っ越してきたわけだ。
K:いや、最初は別の厨房ビルを転々としてたんだ。だけど、どこも家賃が高くて。当時はキムチを売るだけじゃ家賃すら払えなかった状況だった。そこで隣の州に住む友人が、営んでいるレストランの厨房を無料で貸してくれることになって。
H:なんとラッキーな。
K:だよね。でも、家から遠いのが難点だった。電車、3本乗り継いでたし。しばらくして、もっと近い所に売りに出ていたデリ(食料品店)を発見したんだ。韓国人カップルが買い手を探していたんだよね。手頃な価格だったから思い切って購入しちゃった。それからデリを経営しつつ、店奥にある狭いスペースで細々とキムチを漬けつづけた。
H:デリでキムチを漬ける。ベーグルやペイストリーが並ぶニューヨークのデリで、シュールですね。
K:サンドイッチを作るおっさんの隣で、キムチ漬けてた。クラブのDJ時代は朝5時に寝てたのに、キムチ駆けだし時代はその時間に起きてキムチ作り。最初の半年は、週7日、朝6時半から夜10時までデリにいた。大変だったけど、デリの売り上げをキムチ作りにまわしていたから、がんばらないといけなかった。
H:そうやってお金をまわしていたんですね。
K:そんなこんなしていたら、“ホールフーズ”での販売が決まったんだ。
H:そこんとこ詳しく教えてください! ホールフーズ・マーケットは、オーガニック食品などを取りそろえる高級スーパーで、全米に450店舗以上もある大型チェーン店。そこで取りあつかってもらえるようになった経緯を。
K:もともと、友だちがホールフーズで働いてたから、上部に取りついでもらって。だけど結局、音沙汰なし。返事を待てなくて、自分でメールを送った。日曜に送ったんだけど、月曜の朝8時にはすでに返信があったんだ。少しやりとりして、その3時間後には、キムチのサンプルを持って店頭にいた。で、気に入ってもらえてね。販売決定。いまから8年前のことだね。
キーディム・オッパと、お母さん。
H:スムーズすぎる。
K:それから急激に忙しくなったよ。デリでの生産も追いつかなくなちゃったから、「コンブチャ(米国で人気の健康飲料ブランド)」のオーナーをしている友人に紹介してもらい、このビルに落ち着いたってわけ。で、せっかく広くなったんだし、もうちょっと顧客を拡大したいなと思って、レストランやデリなど、いろんなビジネスに持ちこんだ。
H:自分のキムチを持ちこむ際のアプローチ方法が知りたい。売りこみ文句やアピール方法に戦略があったり?
K:なんにもない。
H:へっ?
K:サンプルのキムチを抱えてスケボー乗って、アポなしでドアをノック。僕、DJだったし、ビジネスマンでもなんでもなかったから。マーケティングとかよくわからなかったし…。僕は僕の知っているやり方だけでハスリング(商売)してきた。じっくり練った戦略や作りこんだ企画書なんてなかった。
H:味でモノを言わせたんですね。自分用に漬けたキムチを大衆市場に売り出すタイミングで、味を調整したりしました?
K:特に味は変えていないよ。母の助言や顧客のフィードバックを踏まえ、少しずつ味も質も向上しているとは思うけど。でもキムチは開封と同時に発酵しつづけるから、開封後はどうしても酸味が増していく。
H:ママ・オーズのキムチには、いろんな種類がありますよね。オリジナルや激辛、大根、ビーガン。キムチだけではなく、キムチペーストやキムチソースもある。これらの商品は全米や国外にも輸出されているそうですが、国や地域によって売れるプロダクトは違います?
K:南アフリカではキムチよりキムチペーストが人気だし、テキサスでは激辛キムチが売れるよ。
H:バーベキューの本場テキサスでは、激辛キムチが肉を彩るんですね。南アフリカにも、本物おふくろのキムチの味が染みわたっている。市場が世界にあるということですが、従業員は何人いるんですか?
K:今日働いているメキシコ人のアナを含め2人。
H:少人数体制! しかも2人ともキムチに慣れ親しんでいる韓国系ではない。
K:そうなんだ。だから、誰でも簡単に作れるよう、かつ味を均一に保てるよう、キムチを漬ける“特製キムチペースト”を開発したんだ。これさえあれば、毎回毎回、唐辛子やニンニクを量ってペーストを作る必要はないからね。
H:それならド素人の私にも作れそうだ。あと気になったんですが、スーパーで市販されているキムチは、平均7ドル(約760円)くらい。でもママ・オーズのキムチは、ひと瓶9ドル(約980円)と、ややお高め。
K:それは味と質と材料にこだわっているから。野菜は地元の有機農家から仕入れている。「ノー・ファーマーズ・ノーフード(農家なしでは、食にありつけない)」。人間、着るものは安くても体に害はないけど、食べ物は体を作る資本だから、いいものを使いたい。
といっても、手頃な価格であるに越したことはないよね。だからいま、販売用の袋を試作中。いま起用しているプラスチック瓶より送料が削減できるし、発酵もさらに促してくれる。
H:パッケージのロゴは、お袋の味の張本人、キーディム・オッパのお母さん。
K:そう。僕の友人がシュプリーム(人気ストリートブランド)のヘッドデザイナーをやっててね。彼の推しの韓国人若手デザイナーにデザインを依頼したんだ。
H:激辛版キムチのロゴは、お母さんの頭からツノが生えている(可愛い)。ママ・オーズは、味にもこだわっていますが、ユーモアにもこだわりありますよね。ツノだったり、ニュースレター登録勧誘の誘い文句「キムチの“ゴシップ”が知りたかったら、登録してね」 だったり。こうしたキャッチーなブランディングが、特に若い世代へのいいアピールかと。
K:ははは。だって真面目すぎると、おもしろくないじゃん。味と同じくらい、笑いも大事。それにキムチを知らない人だって、世の中にはまだまだいると思うんだ。そんなとき、こういうデザインやメッセージだったら、キムチにとっつきやすいかなって。
H:確かに。ずばりターゲット層は…。
K:ミレニアルズ。彼らは少々値が張っても、健康な食にお金をかける傾向があるからね。まさにキムチは、世界5大健康食として選定されているほどヘルシーだからね。
H:キムチに含まれる乳酸菌は便秘予防になるし、唐辛子に含まれるカプサイシンは脂肪燃焼してくれますもんね。個人的に、ウェブサイトで紹介されているバラエティ豊かなキムチを使ったレシピに目が行ってしまう。
K:キムチポップコーンやキムチバーガーのことだね。キムチ単体でも、もちろんおいしいんだけど、こうしたバラエティがあることで、もっとキムチが身近な存在になるでしょ? 前にジョーズ・ピザ(ベストピザ屋と称されるニューヨークの人気店)で働いている友人が、試しにキムチピザを作ってくれたんだ。それがとんでもなくおいしくって。
一晩じっくり漬け込んだキムチにはコクとうま味があって、白米との相性◎。辛さの中にほんのりある甘味も絶妙なバランス。
数日置くと酸化するので、筆者はキムチ炒飯にしていただいた。
H:商品化希望。ピザ以外で、オッパの推しの一品は?
K:カンジャンケジャン(新鮮なワタリガニをしょうゆ漬けにした韓国料理)とキムチを挟んだホットドック。あとキムチペーストは、マヨネーズに混ぜてフライドポテトをディップすると最高。
H:あぁ、反射でよだれが。
K:僕はスケボーとDJざんまいだったから、マーケティングのことはよくわからない。だから、SNSを駆使してこういったレシピの写真や動画を投稿。いまって、テレビじゃなくてユーチューブを見る時代だしね。
H:そして、“キムチコンテスト”なるイベントも定期的に開催。
K:10年間支えてくれている顧客や仲間に感謝の気持ちをこめて、イベントを開催しているんだ。キムチ作りワークショップや激辛キムチ早食いコンテストなどをやってるよ。ちなみにイベント中はキムチ食べ放題。前回からお絵かきコンテストもはじめて、白菜を上手に描けた優勝者に、トロフィーとキムチ1年分を贈呈。
H:キムチ1年分! 白米の消費量が増えそうですね。本場の母の味でもって、市場に出回るキムチをおいしくしたママ・オーズ。おいしいキムチの普及に勤しむ。
K:僕のミッションは、人々にキムチのすばらしさを伝えること。おいしくて、栄養価が高くて、どんな食事にもあう。こんな食べ物、なかなかないよ。
H:ごもっともだ。クラフトフードやヘルシーブームもあいまって、10年前に比べてキムチの人気は右肩上がりだと思います。「マザー・イン・ローズ」や「マッツ・キムチ」など、こだわりのクラフト・キムチブランドが続々と増えているなか、ママ・オーズの変わらぬ強みとは?
K:10年間変わらないお袋の味と、こだわりぬいた材料。
H:その2つの“スパイス”が、世のキムチをおいしくする。最後にちょっと変化球の質問で終わりたいと思います。キムチ作りとDJって、なにか共通点ありますか?
K:もちろん! 両方に大事なのは、バランス、リズム、ハーモニー。昔は曲をカット、ミックスしてフロアに届けていたけど、いまは白菜を切って混ぜて国内外の食卓に届けている。どちらも、受けとった人がハッピーになるようにね。
Interview with Kheedim Oh
—————
Photo by Jhen-Ying Lin
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine