「わたしたちのクールなフィリピン」遠く離れた国で発信する〈ルーツと文化〉。″—系″でいることの迷いと尊さと、大好きなスパム

住んだこともないし、行ってみれば毎回“旅行者”で。だけどやっぱり、わたしたちのルーツを知りたいし、自分たちの感覚で発信したい。
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韓国系ファッションブランドの『サンデー・スクール』や、一冊まるっとアジア文化の雑誌『バナナマガジン』もしかり。ここ数年、米国のクリエイティブ界隈にて、自分のルーツである国の文化を象徴する若者の動きが、特にアジアをルーツに持つ若者のあいだで活発だ。生真面目なものではなく、「他と違ってかっこいい」「自分たちの横の繋がり」と、あくまで気張らないスタンス。自然体でいい具合にゆるくありつつ、ルーツに直結するリアルやルーツに根ざした表現など、いわゆるオーセンティックを前面にいまっぽく表現する。そして、昨年2018年から目立って出てきた国がもう一つ。「わたしたちはバナナじゃなくて、“ココナッツ”」という二人組、ルーツは「フィリピン」だ。

二人がはじめたのは、フィリピン文化を広めるクリエイティブ集団「サリサリ・ジェネラル・ストア(Sari-Sari General Store、以下、サリサリ)」。米国でで生まれ育ったフィリピン系が自分たちのルーツを探り、その文化を彼女たちの感覚で発信する。そこに、同じルーツを持つ同世代が賛同中だ。

「もう恥ずかしくない」。“ココナッツ女子”、NYでフィリピン文化拡散中

 外見はアジア系(黄)なのに、考え方や生活習慣など中身が白人文化(白)に染まっているアジア系アメリカ人のことを“バナナ”と呼ぶ。「わたしちは、バナナではなくココナッツ」と、からっと笑いながら話すのが、サリサリ・ジェネラル・ストア(以下、サリサリ)をはじめた二人。ニューヨーク在住のマリエラ・セールスガブリエラ・モゾ。ココナッツとは、彼女たちのようにダークなトーンの肌を持つフィリピン系アメリカ人のことを指すらしい。

「自分がフィリピン系だって自信を持って言えるようになったのは2年前とかかな。最近のこと。それまでは恥ずかしくって、あんまり言いたくなかった」。

 フィリピン系であることを、いまいち自分の誇りとしてとらえることができなかったことを正直に明かす。ココナッツ女子2人が「サリサリ」を発足したのは昨年2018年のこと、いま二人が言う「フィリピーノでいることが大好き」は、この活動によるところが大きい。サリサリをはじめた理由は、「ニューヨークのクリエイティブの界隈で、フィリピン系アメリカ人が集結しているところがなかったから」。そして、「団結して、わたしたちが捉えるフィリピン文化を広めたかったから」。いわく、ニューヨークにおいて、フィリピン文化の認知度はまだまだ低い印象を受けているとのこと。

 サリサリから発信されるのは、当然だが「わたしたちの住んでいるフィリピン」ではなく、「違う土地に住む、フィリピンのルーツを持つわたしたち」目線のもの。急速なシティ化と若者文化の成長が著しいフィリピンでは、たとえば若者から大きな支持を集めるメディア「PURVEYR」などがあるが、その発信を見てみると、サリサリの方がより「(我々の知っている)フィリピンっぽい」。そのあたりも興味深い。旅行雑誌で見たことのある、フィリピンのスナック菓子やロゴなど、キッチュなポストが彼女らの感覚を通していまっぽく発信されている。
住んだことはないけど、自分という存在から切り離せないルーツ。では、そろそろいってみましょう、サリサリの「わたしたちの、クールなフィリピン」。「今度の週末、郷土料理を持ち寄ってピクニックするけど来る?」って誘ってくれたので、日曜の昼下がり、お腹を空かしてお邪魔した。



ピクニックにお呼ばれ。手料理やフィリピンのファストフード「ジョリビー(Jollibee)」のテイクアウトも。
Photo by Won Kim

HEAPS(以下、H):あっ、どうもどうも。場所取りありがとうございます。風通しの良い木陰、気持ちいい。

Gabriella Mozo(以下、G):でしょう? ここなら後から来るみんなも見つけやすいかなって。

H:よっこいしょっと、ではさっそく。サリサリが発足されたのは昨年のこと。

G:そう。フォトグラファーのマリエラと、ファッションデザイナーのわたし(ガブリエラ)のサイドプロジェクトとして。

H:本業ありきなんですね。2人とも、アメリカで生まれ育ったフィリピン系です。知り合ったきっかけは?

G:数年前、ルームメートになったこと。わたしたち2人とも、フィリピン系住民が多い地域出身(ニュー・ジャージー州のセントラル・ジャージー)で、一緒に暮らすまでは「パーティーに行けばいつも居る、顔は知ってる程度」の仲だったんだよね。

M:そうそう、いまは別々で住んでるんだけど。ガブリエラはブルックリン。わたしが住むクイーンズにもフィリピン系の住民は多いかな。


ガブリエラ。

マリエラ。
Photo by Won Kim

H:地元が一緒だったんですね。幼少期から触れてきたフィリピンの文化ってありました?

M:わたしの両親は伝統的なフィリピン一家。保守的で厳しくて、少しでも人と違うことをしたら「アメリカ人みたいなことをして」なんて皮肉を言われたこともあった。祖父母と一緒に移住してきたから、尚更だったのかもしれない。

G:わたしの両親は、すごくアメリカナイズされてるかな。彼らは20代で米国に来たから。ちょうどディスコ最盛期の70年代、世界的に有名だったクラブ「スタジオ・フィフティー・フォー」で毎晩踊ってたらしく、父は当時の自分をヒッピーだったと言い張るの(笑)。母は教育熱心なタイガーママ(スパルタな母親)だったから16年間ずっとカトリック学校に通っていたけど、基本的には自由な環境だったかな。

M:そっかー。わたしの両親は30代で移住してきてるからなあ。若くして来るのと、ある程度の歳を重ねてから来るのとでは、やっぱりものの捉え方や変化への対応も違うね。

H:お二人、フィリピンの言語は話します?

M:第一言語は英語とタガログ語の両方。子どもの頃は、両親とはタガログ語で会話する方が心地良かった。アメリカ生まれなのに、英語は第二言語として学校で学んだ程度。タガログ語中心の生活だったなあ。いまは両言語交えて。入り組んだ話は英語の方がいいけど。

G:わたしはもっぱら英語かなー。




Photo by Won Kim

H:フィリピン系アメリカ人だからこその洗礼って、受けました?

M:学校にフィリピン料理が詰まったお弁当を持ってくことが、すごく嫌だった。

H:(そういやバナナマガジンの共同編集長、台湾系のキャスリーンと中国系のヴィッキーも同じこと言ってたな)

G:小学生のころ「それぞれの国の料理を持ちよりましょう!」って授業があって。母に持たされのはフィリピン産の紅山芋。

H:ブルーシールアイスクリームの定番フレーバーだ。あの鮮やかな紫色、映えスイーツとしてインスタでよく見ますよ。

G:最初はクラスメートみんな興味津々で食べていたんだけど、その後「まずいからトイレで吐いた」って言われて。以来それがトラウマで、もう二度と自分の文化を共有しないって心に決めた。ほら、小さい頃の嫌な思い出って、トラウマになりやすいじゃない?

H:あちゃー、それは辛いっす…。では、フィリピン系アメリカ人としてのアイデンティティが確立しはじめたのはいつ頃?

M:小学校3年生のとき、1年間だけフィリピンに住んでたの。そこで現地の友人との考え方の違いや、まわりが自分を見る目が違うことに気づいて。その時になんか、実感したかな。

G:わたしはフィリピンには数回行ったことがあるくらいだから、行く度に旅行者気分。「◯◯系アメリカ人あるある」だと思うんだけど、自分のルーツの国に行くと自分がアメリカ人だと再確認する。考え方や行動、ファッションも、何もかもが違うと感じるから。わたし、自分がフィリピン系だって自信を持って言えるようになったのは、2年前。ごく最近のことなんだよね。それまで恥ずかしくて、なるべく言いたくなかった。

H:どうして恥ずかしかったの?

G:アメリカで生まれ育ったのに、よそ者扱いされるのが嫌だったから。最近では、サリサリのおかげでフィリピン系アメリカ人との交流が増えて、国や文化について話すことが多くなったし、自分のルーツを誇りに思えるようになった。郷土料理や国の風景の写真も、自然にポストできるようになったし。わたしたち、「フィリピンにいる時はアメリカ人」だけど、「アメリカではフィリピン人」。この事実を共有し理解してくれる人がまわりに増えたのは、サリサリのおかげ。でも、フィリピン系以外に「わたしはフィリピン系です」と言ったところで、反応は「へー」くらい。フィリピン文化が浸透していないから、ピンとこないんだよね。まだ多くのフィリピン系アメリカ人が自分のルーツについて話すことを恥ずかしいと思ってる。もちろん全員ではないと思うけど、少なくともわたしたちのまわりには多い。

M:それから、アーティストとしてクリエイティブ界隈で仕事をしていて思うのが、フィリピン系アメリカ人が圧倒的に少ないってこと。


サリサリのジン『kapwa』。





Photo by Marielle Sales

H:アメリカに住むフィリピン系の人口は、アジア系の中で中国系に次いで多いですよね。パイが大きくても、クリエイティブ業界に就く人は少ないのかあ。

M:他州から移住する人も含めて、ニューヨークにはフィリピン系アメリカ人がたくさんいる。さっきも言ったように、大きなコミュニティだって存在するし。でもクリエイティブ界隈での他の人種に比べると、少ないねえ。

G:クリエイティブ界隈で活動するフィリピン系アメリカ人は、もちろんいるにはいる。だけど、その活動が個々なんだよね。どうせ同じフィリピン系アメリカ人なら、一緒に何かできたらおもしろいじゃないかなって。だからみんなで協力してルーツである国の文化を発信したいなって。

H:そもそもなんですが、フィリピンの文化、好きですか?

M:まず、フィリピン料理、だーい好き。ターメリック入りの酸っぱいスープ「セネガン」なんてもう最高。あとはね、70年代のグルービーでファンキーなフィリピン歌謡曲も好き。フィリピン人って、たのしむことが大好きで、音楽も歌もダンスも超得意。個人的には歌うのは苦手だけど(笑)。あと、フィリピン系って、米国では「スニーカー好き」って思われてる。




Photo by Won Kim

H:フィリピン系アメリカ人のコメディアンが、「フィリピン人がスニーカーに夢中になる理由」を話す動画なんかもありましたね。フィリピンの文化については、どうやって情報収集を?ネットサーフィンや家族に聞いたり、読書や映画鑑賞だったり?

M:そのぜ〜んぶを駆使。最近ではフィリピン人作家の自叙伝を読んだり、生粋のフィリピン人と会うことがあれば直接聞いたり。

G:歳を重ねるようになってからは、母に聞くことが増えたかなあ、特に料理のレシピとか。今日のピクニックの持ち寄りも母に何がいいか聞いたんだけど「レストランで注文して持ち帰りすれば」って(笑)

あと、インスタではフィリピンがスペインに植民地化される前の歴史が見れるアカウントや、昔から現代までのフィリピンの国民服アーカイブアカウントもチェックしてる。

H:そんな知識も踏まえ、これまでアート系から食系まで幅広いポップアップショップ開催、ジン制作、世界中のストリートカルチャーを発信する女子向けオンラインメディア「HYPEBAE」にてフィリピン発のファッションブランド紹介などを通して、フィリピン文化を拡散。

M:活動は基本的にポップアップがベース。店を構える費用が不要だし、コンセプトごとにやりたいことに挑戦できる。プレッシャーを感じることなく楽しんで取り組めて、ネットワークを拡大しやすいしね。

H:じゃあ、ポップアップごとにメンバー編成が違ったり?

G:そう、プロジェクトによって参加メンバーは違う。アート関連のポップアップだとアーティスト活動するメンバーと、食関連のポップアップだとレストラン業界で働くメンバーと。みんなのやりたいことや強みを活かしてフィリピンを発信するのがわたしたちのやり方。

M:最近、ありがたいことにメンバーが増えていて、正確な人数はわからないくらい(笑)。彼らのほとんどが私生活でも仲良くしている友だちだから、毎回たのしんで取り組んでる。

〜(家で仕込んでいたピクニック用の料理を仕上げるため、ガブリエラはここで一旦帰宅)〜


@sarisarinyc

H:ポップアップ開催ごとに必ず登場するのが、スパム。推してますよね。

M:第二次世界大戦中に、アメリカから渡ってきたと言われているスパムは大人気で、スパムはフィリピン文化の一部というか。私もスパムを食べて育ったし。焼いてご飯と食べたり、サンドウィッチにマヨネーズと一緒に挟んだり。調理が簡単なのにすごくおいしいよね〜。

H:ちなみに、現地の同世代のことを調べたりもする?

M:するよ。「HYPEBAE」で紹介したブランドは、インスタで知ったんだ。他にも、フィリピンの伝統衣装にインスパイアされたマニラ拠点のファッションブランド「カール・ジャン・クルーズ」や、フィリピン系発のリップスティックの発色が最高なビューティーブランド「サニーズ・フェイス」なんかがお気に入り。


フィリピンのブランドでスタイリングした、ファッション撮影。





Photo by Marielle Sales

H:聞くところによると、フィリピンでは近年、インフルエンサーの登場なんかで美容への関心が高まっているみたいですね。

M:そうそう。でも、その流れの中でも白人っぽい見た目になることが美しいっていう、歪んだ美の定義が根強く残っている印象。フィリピンでは、肌が黒いと階級や所得が低い者として扱われてしまうのね。だから肌を白くするための石鹸や化粧品が人気で、広告なんかもみんな色白。わたしたちが生まれ持った肌を隠すんじゃなくて、賞賛するようなメイクアップブランドが普及してほしい。

H:そういった文化の違いもあるのか、フィリピンに住む同世代と、サリサリのフィリピン文化の表現の仕方には違いもあるよね。たとえば、インスタ。サリサリはフィリピンの郷土料理や市場、人々が行き交う何気ないストリートといったオーセンティックな写真をポスト。フィリピンで生まれ育った若者はあまりしない印象です。

M:自分たちにない文化がよく見えるのは、当然のことだと思う。東洋人は西洋人に憧れるし、逆にわたしたち西洋人の東洋人に憧れる。だからわたしたちは、自分のルーツである、オーセンティックなフィリピンを発信したい。かく言うわたしたちもフィリピンで産まれ育ったわけではないから、本物を追求するのは正直難しい。結局、肌で感じているものではなく、第三者からの情報からでしかわからないことだから。フィリピンに住んでいないとわからないことも多い。

H:サリサリが発信するのは、「いまの自分たちはどんな人間か」よりも、やっぱり「自分たちという人間には、どんなルーツがあるのか」なんですね。だからこそ、いかにもなフィリピンもポストする。

M:そう。それから、フィリピンに住んでいない、外から見ているわたしたちだから発信できることもある。そう思うこともあるかな。

H:『サンデー・スクール』に『バナナマガジン』。ここ数年、アジア系アメリカ人コミュニティにて、クリエイティブを持って、自分のルーツである国の文化を象徴する動きが活発です。

M:自分のルーツである国の文化を探ることは、わたしにとっても一生涯のミッション。フォトグラファーとして、アートを通してどう自分を表現するかを考えたときに、ルーツを知ることってすごく大切なことで。だから知りたい、それを発信したいと思うのは自然なことなんだと思う。


@sarisarinyc

H:ニューヨークには、サリサリ以外にもフィリピン文化を発信するプラットホームはある?

M:もちろんあると思うよ。でも、サリサリのように真面目過ぎず程よいゆるさがあって、自然とまわりを巻き込んで何かを生み出せるような、クリエイティブに焦点を当てたものは珍しいんじゃないかな?

H:確かになあ。文化の発信だけで見れば、昔から伝統的な催しもありますもんね。やっぱり「フィリピン文化」を、外の自分たちが捉えた感覚で、自然体を発信しているところが珍しいですね。そんなサリサリが目指す、理想のプラットホームは?

M:最近では「コラボしよう」という声も増えてきたし、ベトナム人の友だちには「ベトナム系コミュニティを作りたい」って相談されたり。少しずつ成長を感じている。まだまだ模索中だけど、わたしたちがそうだたったように、恥ずかしがらずに自信を持って「自分はフィリピン系アメリカ人」だと言ってもらえるように、フィリピン文化を発信していきたいかな。将来的にはフィリピン文化を発信・共有できて、みんながふらっと立ち寄れるコミュニティスペースを作りたい。イベントを開催したり、ブランドの作品を展示したり、わたしたちが大好きなフィリピンの料理を食べたり。

H:アートにファッション、それに食、大好きなスパムもね。フィリピンのいろんなことが知れる、コンビニのサリサリみたいにコミュニティに根差すことが目標なんだね。

M:フィリピンのサリサリは、家のガレージを使って家族で経営するのが一般的なの。フィリピンに住んでいたとき、叔母が経営していたから毎日のように遊びに行ってたなあ。わたしたちも、用がなくても立ち寄りたくなるような、自然と人が集まるコンビニのサリサリみたいなプラットフォームになれたらいいな。

H:なるほど。ではピクニックの参加者もぞろぞろ集まってきたことだし、取材はこの辺にして、ご飯食べましょうか。本日はサラマットゥ(タガログ語で、ありがとうの意)。

Interview with Marielle Sales and Gabriella Mozo


Photo by Won Kim

Eyecatch Photo by Won Kim
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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