セックスの挿入時に女性が痛みを感じるのは「濡れにくいから」や「彼のが大きいから」ばかりが理由ではない。ペニスのサイズが原因で「セックスができない」ということはほとんどないらしく、また、潤滑剤をつければ、一件落着するものでもないという。
セックスの痛みに悩んでいた一人の女性が、挿入時の痛みを軽減するツールを自宅のキッチンでDIY。商品化に漕ぎ着けたことで、セックスの痛みに関する「間違った認識」に、やっと風穴が開こうとしている。女性だけでなく、男性からの支持も大きいこの「オーナット」というプロダクト。近年注目を集めるセックストイと同じくくりで紹介されがちだが、プロダクトの持つ意味合いや、その存在意義は、他のものとは一線を画している。
払われるべき注目が、払われてこなかった「セックスの痛み」問題
「挿入時に痛みを感じたことがある女性は75パーセント。4人中3人もいるというのに、いまだに、その原因については正しく理解されていません」。これは、痛みを抱える女性だけの問題ではなく、それらの女性をパートナーにもつ男性も知るべきこと。「たくさんの人に関わる問題なのに、払われるべき注目が、払われていなかったのです」
そう話すのは、セックスの痛みから女性を解放する画期的なプロダクト「オーナット(Ohnut)」を発明したエミリー・ザウアー。もともとは、撮影のために世界中を飛びまわるフォトグラファーだった彼女は、プロダクトデザインの経験も、3Dプリンターを使ったこともなかったという。そんな彼女を動かしたのは、「私の耐えがたい痛みを誰も解決してくれない」というフラストレーション。そして、「もしも、効果を実感できるものが作れたら、他の女性を救うことができるかもしれない」という希望だった。
専門家に相談しても「潤滑剤を使ってみましたか」や、「リラックスするために、性行為の前にワインを飲むのもいいでしょう」といったアドバイスばかりだったと振り返る。こういったアドバイスは、患者を救うどころか「さらに落ち込ませてしまうことも多い」。
というのも、「潤滑剤を使う → 十分に濡れていない」「リラックスしましょう → 精神状態が不安定」と、間接的にではあるが、性行為をするにおいて「自分に問題がある」、ひいては「女性として欠陥がある」と、患者に思いわせることになりかねないから、とエミリー。
これが、オーナット(Ohnut)。ドーナツ型で “Donut” とかけている。
実際、セックスの痛みは「性交疼痛症(dyspareunia)」、いわゆる性交痛という医学的な症状で、その原因は、前戯が足りなかったり、授乳中や更年期で女性ホルモンが減っていたり、神経痛や皮膚の状態、膣口周辺の筋肉の「骨盤底筋群」がけいれんする症状や、子宮内膜症や膀胱炎などの病気によるもの、など。実にさまざまだ。
“ドーナツ型”は、ニッチなニーズに寄り添う嗜好品ではなく「必需品」
さて、彼女が発明したドーナツのような輪型の「オーナット」というプロダクト。いきなり見せられても、どう使えばいいのか謎だらけだと思うので、使い方から説明しよう。
まず、このドーナツ型の輪っかは、ペニスにつけるもの。輪っかは一つずつ解体できるので、根元に1個、もしくは2、3個重ねたりと、どれだけ深く挿入するかによって、数を増減できる。素材は、メディカルグレードの柔らかいシリコン。ストレッチ性に優れているので、ペニスが大きくても、よほどでなければ大抵の人にフィットするという。要は、挿入時に車のバンパー(衝撃緩衝)のような役割を果たすもので、セックスの体位によって、挿入の深さを、パートナーと話し合いながらカスタマイズできるのが特徴だ。
装着の順は、以下。
1、 コンドーム
2、 オーナット(コンドームのズレを防ぐ機能も)
3、 必要であれば、潤滑剤
一つひとつ簡単に分割することができる。
この時点で「ニッチ商品だ」と思っている方には、いまいちど、コックリング(主に快感と刺激、勃起時間を長くするのに用いられる性具)とはまったくの別ものであることを理解してほしい。上述の数字を改めて見ると、オーナットは、「75パーセントの女性(うち20パーセントは慢性的な性交痛を抱える)」、およびその(性的)パートナーが抱えている問題を改善するための道具。ニッチなニーズに寄り添う嗜好品では決してない。
とはいえ、セックストイほど共感を得られなかった理由は?
2018年に行われたキックスターターでは、6万ドル以上を集め目標額を達成。しかし、意外にも彼女はこう話す。「もう少し、伸びると思っていたんです」。
以前、ヒープスで取り上げた、同じくブルックリン発の二人で使うセックス・トイのブランド「デイム・プロダクツ(Dame Products)」は、14年の時点で、インディゴーゴーで57万5,000ドル以上(約6,300万円)をも集めていた。それに比べると、確かに盛り上がりはイマイチ。
オーナットも、セックスの挿入時に女性が抱える痛みをやわらげて、プレジャーを得るという意味では、快楽目的の側面を持つが、述べてきた通り「痛み」という大きな問題を解決するために開発された商品。「あるとより良くなるね」な玩具的なものではなく、悩みを抱える人やそういったパートナーを持つ人にとっては「ないと困る」必需品である。そういう意味では、セックス・トイとは一線を画すものだといえるのではないだろうか。
とはいえ、結果は結果。「男性に比べて女性はイキにくい、だから、そのギャップを埋めよう。女性の性欲に対するタブー意識を払拭しよう」というアイデアほど、「75パーセントもの女性が挿入時に痛みを感じている、だから、その痛みを軽減しよう」というアイデアが広まらなかったのはなぜか。
セックス・トイにあって、オーナットになかったもの、「それは、教育だと思います」とエミリー。
挿入時に女性が感じる痛みに関しては、上述のように「いまだに間違った認識がはびこっている」。「多少の痛みはしょうがないもの」「我慢するもの」だとして黙っている女性が少なくなく、また、エミリー自身も「痛みのことは、パートナーや医師には伝えられても、他の人にはなかなか話せないトピックでした」と話す。つまり、正しい認識が広まらなかったのは、「個々のベッドルームから外へ出てこないトピックだったから」であり、それゆえに、医療業界でも改善方法について、十分な話し合いが行われずにきたという。
男性も支援。そして、医療品ではないが、医療業界も太鼓判
もう一つ意外なことと言えば、オーナットのキックスターター支援者の多くが、男性だったこと。それは、男性の方がキックスターターに積極的に参加しているという土壌によるところの理由も大きいが、「悩んでいるのは、痛みを抱える女性だけでなく、パートナーである男性も」であったからだ。
「自分のテクニック不足のせいで痛がっているのではないか」と、男性の中にも性生活の不具合を理由に自信を失いかけている人がいた。こういった人たちからも「オーナットのおかけで、パートナーといままで以上に強いつながりを感じられるようになった」というメールが、エミリーのもとに連日のように届いている。
また、オーナットを使ってみたが「あまり改善はされなかった」という人たちからも、「私たちには合わなかったけれど、挿入の痛みのためのプロダクトが生まれたことに感謝。いつかは悩みが解消される日がくるという希望が持てるようになったたので」と、前向きなメッセージが届いているという。
以前、多様化する性具の記事についてを取り上げたときにも書いたが、市場が成熟する前の“啓蒙の段階”では、ニーズ(今回の場合、セックスの痛みからの解放)が存在することを可視化するために「そのニーズを満たす道具を世に送り出すのは、極めて重要なこと」。なぜなら、その道具があることで、人はそのニーズを「少なくとも、なかったことにはしないから」。
ニーズを満たそうとする道具があれば、それを必要とする人からのフィードバックがあり、フィードバックがあるから、道具を改善する動きが生まれる。その改善過程の中では、「そもそも何が原因でニーズが発生しているのか」という根源的な問いが生まれる。
幸い、オーナットは「試作の段階から医療業界からのサポートを得ることができた」。いまでは、性交痛の治療中の患者に、医学的な治療と並行して、オーナットの使用を勧める医師も複数いるそうだ。セックスは本能的な行為である一方で、相手との関係性や自信、自己肯定力、つまり日常生活にも影響するものゆえ「治療中だからできない」で済ませられるものでもない。治療中でも日常生活は続くわけで、「その生活をできるだけスムースにしてあげることも大切」。そう同調してくれた医療関係者は予想以上に多かったと話す。
もちろん、オーナットは医学的に性交痛を治すものではない。あくまでも、セクシュアル・ウェルネス商品であるが、現時点では、女性をセックスの痛みから解放する「ホルモン剤を含まず、メスを使わない、唯一のオプション」。それでいて、75ドル(約7500円)と手頃な価格。痛み止めを飲み続けるよりも安価かつ身体的なリスクが少ないことも評価されている。
ひとりの女性が、自宅のキッチンではじめたDIY。それが、硬直していた医療業界にも風穴をあけ、セックスの痛みに関する間違った認識を少しずつ変えていくストーリーも、映画のようでワクワクする。オーナットには、いろんな意味で「希望」がつまっている。
Interview with Emily Sauer, founder of Ohnut
今回、取材に応じてくれたエミリー・ザウアー(Emily Sauer)。
Eyecatch illustration by Kana Motojima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine