#004「夜の事件で、カウンセリングに急展開」—「超悪いヤツしかいない」。米国・極悪人刑務所の精神科医は日本人、大山せんせい。

【連載】重犯罪者やマフィアにギャングが日々送られてくる、“荒廃した精神の墓場”で働く大山せんせいの日記、4ページ目
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「搬送されたギャングが目の前で撃たれた、なんてこともありますよ。
それで、病院のスタッフには『先生あぶないです!』なんて言われちゃったりして。でも、僕、好きなんですよ、この仕事」

大山えいさく。「日本では鍼灸師めざしてました!」と朗らかに笑う顔からその真意は見抜けない。
極悪人刑務所で、極悪人たちをカウンセリングしてのけるんだから…。
普段は街の精神科に勤務しているという。平日の月〜金だ。
大山せんせいは、わざわざ土日に好き好んで極悪人刑務所に当直し、
重犯罪者やマフィア・ギャング、治る見込みのない患者が日々送られてくる
“荒廃した精神の墓場”と呼ばれる精神病棟で働いている。

そんな謎だらけの大山せんせいに、長年書き溜めてきた日記をもとにいろいろとお話ししてもらおうと思う。

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1話目から読む▶︎#001「自尊心より下半身で選択した、精神科医という道」

#004「夜の事件で、カウンセリングに急展開」

 セッションを重ねていくうちに彼女の監禁されていた当時の生活ぶりがだんだんと分かってきた。母親は彼女に読み書きと簡単な数学を教えたり、水絵具をかって絵を描かせたりして家の中で遊ばせていた。母親が外出するときは作文や算数の宿題を与えていて帰ってきた後は採点をしたという。よく二人でボードゲームやトランプをして遊んだし、小さいときは本当に母親になついていていい時間も過ごしたという。
 しかし、母親は自分の予想しないところで急に怒りだして、怒り出すと話が通じなくなる。外で起こっている事件や災害のことを急に持ち出してきて、親に反抗すると天罰が下ってそういうものに巻き込まれるんだと血相を変えてまくしたてる、ということだった。
 母親は明らかに気が違っていたように見える。母親自体がレイプの被害者だったことも十分考えられるが今となっては知るすべがない。ただベッティは極めて従順な子どもであったから母親の言うことはすべて真に受けたし、反抗期がなかった。

 ベッティには腹違いの弟がいた。三歳違いで知恵が遅れていた。父親のところに預けられたり、ベッティと暮らしたりしたが、ベッティと違い学校に行きずっと特殊学級に通った。ベッティは私とセッションをするうちに弟との生活を思い出してきたのだが、それまでは抑圧されていて記憶が鮮明でなかった。
 それというのも、ベティは彼に犯された上、妊娠したからだ。結局子どもは生まれた。母親の立会いのもと夜中に分娩をした。自分の母親の娘、つまり自分の妹として出生証明を母親が出したのだった。ベッティ18歳、弟15歳のとき。

 その弟だが、思春期になった頃のベッティに、世界の事情が母親が語るほど悪くないと知らせた人物でもある。
 弟が毎朝母親に連れ出されて学校に行くことを不可思議に感じてはいたが、弟からの話を聞いた限り外界はそれほど危険があるとは思えない。そこである日彼女は思い切って彼女のアパートの部屋から出ていくことにしたという。

 部屋から出て最初は自分の家の四方を一周りしてみたらしい。誰も彼女のことを意に介するものがいなかったが、警官だけが彼女を執拗に見ていたことが気になってそれ以来外に出るのはやめてしまった。まだ、彼女が弟にレイプされる前である。

 セッションが進むにつれて彼女は色々なことを思い出した。これは治療が部分的に成功しているように思えた。
 しかし、彼女から話すことを望んだのだったが一向に私との距離は縮まらず、親密さは感じられず、表情は乏しく泣くことも笑うこともなく淡々としていた。事件のことを聞いても何か表情の変化はなく、事実を本を読むように淡々と述べた。

 記録によると事件直後、彼女は母親を殺したのは自分ではないと感じていた。なぜなら「母親を撃った自分を外から見ていた」と言ったのだ。これはdissociation(ディソシエーション、解離)と言って心理上の防御規制の一種である。レイプされた自分を俯瞰して上から見ていたとか、事故が起こったときにスローモーションのように見えたとかいう話は教科書上この心理規制の例としてよく取り上げられる。受け入れがたい心理上の負荷がかかると自身が解離したように感じられ、自身のほかにそれをまるで傍観するようなもう一人の自分がそこにいる、ということが起こる。

 カウンセリングをはじめて二ヶ月ほどたった頃だったと思う。その日は夜勤の数が少なく普段は3人体制なのだが、彼女がいる病棟に限って二人体制になった。その隙を見計らってある男性患者が彼女の部屋に押し入って来た。この男は知恵遅れがあり、独り言を絶えず言っているような患者だったのだが、前からベッティを慕っていた。彼女は声を上げようとしたが、恐怖に飲まれてしまって声が出ない。男が上に乗ったときに、見回りをしていた中国人の看護婦がその男が自分の部屋にいないことに気づき、もしやと思い彼女の部屋に入って来たのだった。寸前で事なきを得たわけだが、彼女はそれから朝まで泣き通していた。

 そして、翌日のセッションはいつもと違っていた。それまで淡々と語っていた彼女が、感情をあらわにして来たのだ。

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Text by Eisaku Ooyama
Editor: Sako Hirano

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