「炊飯器をキッチンに置かせてくれない恋人へのジレンマ」「芸者の刺青を入れたがる白人」「いつの間にか廃れたKARATE(空手)人気」。他のアメリカ人は気にも留めないであろう ねえおかしくない? なんか変じゃない? なんでよ! な、アジア系の人なら首がもげそうなほど頷けるネタをおもしろおかしく喋り倒すポッドキャスト『アジアン・ノット・アジアン』。米国に生きるアジア系コンビが目ざとく見つける〈アジア系あるある〉から、米国の隙間と可笑し味が見えてくる。
小一時間、ずっと〈アジア系あるある〉。ニッチなネタで笑いを誘うポッドキャスト
アジア系コメディアンの飛躍が目覚ましい。ネットフリックスのオリジナル映画『Ronny Chieng: American Comedian Destroys America!(ロニー・チェンのアメリカをぶっ壊す!)』「米国にはアジア人大統領が必要。僕らがホワイトハウスに入れば1週間で問題が解決できる」「妻に、口調に問題があると言われる。全部皮肉か怒っているように聞こえるって」など、多くがアジア人に抱く特徴(ステレオタイプ)を引き合いに観客を沸かせるマレーシア出身の中華系コメディアン、ロニー・チェン。アジア人の視点の独特なジョークで米国コメディへ食い込む。
「アジア系のコメディアンがスポットライトを浴びる機会なんて全然なかった!」頃からスタンダップコメディを続け、2年前から「アジア系に特化したネタ」のポッドキャストを配信してきたアジア系のコメディアンコンビがいる。日系アメリカ人のフミ・アベ(30)とベトナム系アメリカ人のマイク・グエン(39)だ。
冒頭のような、米国生活においてアジア系ゆえに気づく「ちょっとしたこと」に目ざとく言及してひたすら喋り倒す。アジア系の2人がアジア系を中心にリスナーを沸かせる人気番組に成長した『アジアン・ノット・アジアン』。
フミとマイクは毎週、アメリカ人は気にも留めないであろうアジア系だけが頷くネタをお題に、米国に住む〈アジア系あるある〉を配信中。とある日の配信コンテンツは、「タイガーママ(教育熱心でしつけに厳しいアジア系移民の母)」「日本発の学習塾KUMONの魅力」「スタンダップコメディでのアジア人観客の反応」「韓国人じゃなくてもK-POPアイドルになれる謎」。
米国のポッドキャスト番組にKUMONという字。それだけで正直、沸く。アジア系の人たちが米国の生活で感じる疑問、文化や政治の違い、一般的な誤解などなど、広く扱う。どれも日常で気づいた些細なことですべて実体験に基づく。アジア系の視点で斬り込む冗談を織り交ぜ、不名誉なイメージすらも豪快に笑い飛ばすのが彼らのスタイルだ。
パンデミック以来、従来のスタジオ音源収録から自宅ズーム収録に切り替えたというコンビ。約束した取材の時間にズームを開くと、2人は見慣れた部屋で見慣れたマイクを準備して待っていてくれた。
左がマイク、右がフミ。
HEAPS(以下、H):まずは自己紹介をお願いします。そもそも2人はなぜコメディアンになろうと?
Fumi Abe(以下、F):僕はオハイオ州出身。元々広告代理店で働いていたんだけど、長く続けたいと思える仕事ではなくて…
(ガタッ、ガタガタッ、ガタタタッ)
F:待って、うるさい。何事?
Mic Nguyen(以下、M):…奥さんがパイを焼いてる音。
F:勘弁してよ〜。
H:気を取り直して(笑)
F:6年前のある日、仕事終わりに友人とコメディクラブのハッピーアワーで一杯やってたんだ。その時オープンマイク(飛び入り参加できるステージ開放型イベント)で見たコメディアンが、まぁつまんないこと。自分の方がよっぽどおもしろいと酔った勢いでステージに上がったら、見事に大ひんしゅく!を買っちゃって。…それが聞く側からコメディに踏み入ったきっかけ。
M:僕はテキサス出身。フミ同様、広告業界で働いていたんだけど解雇された。それを機にずっと興味があったオープンマイクに挑戦してみたんだよね。はじめたのが30代とだいぶ遅めで、最初は怖かったなあ。それでもやり続けて。6年経ったいま、こうしてポッドキャストを運営しているんだ。
H:映画『クレイジー・リッチ!』で金持ちのドラ息子役を務めた香港出身の人気コメディアン、ジミー・ヤンはその昔、「子どもが医者や弁護士になること熱望する典型的アジア人である両親に、コメディアンになることを猛反対された」と言っていました。2人の両親もおんなじ反応だった? 代理店勤務から、コメディアンへとなる道。
M:うちの両親は逆に応援してくれた。僕は30代までいわゆるまともな職に就いていたし、逆にやりたいことが見つかってよかったじゃない、って言ってくれた。両親二人ともスタンダップコメディがどんなものかを理解してくれていたし。ちなみに僕は、いまはライター兼ジャーナリスト業もやっているんだ。
F:うちも! 僕の両親は、より良い生活のために米国に移住したんじゃなくて、“父の転勤で仕方なく来た”から、典型的タイガーママでは全然なかったんだよね。僕も、コメディ・セントラル(コメディ中心の米国ケーブルテレビチャンネル)に勤務しながら、パートタイムでマーケティングリサーチの仕事とオンラインメディアのバズフィードでの仕事を掛け持っている。
H:2人が知り合ったのは6年前。どんな出会いだったんでしょう。
F:マイクに出会ったとき、僕は彼に一目惚れしたんです(ドラマチックなナレーション風)。
H:(笑)
F:うそうそ。当時はね、コメディアンとして名を馳せるには、オープンマイクをこなしてなんぼだったんだ。
M:ジョークの飛ばし方もまともに知らない僕らみたいな若手は、とにかく場数を踏みまくって学ぶのが一般的だった。やればやるほどに観客の笑いのツボを肌で感じ、そして自分のスタイルを確立していくという。
F:ニューヨークのコメディシーンって、世界でも1、2を争うほど巨大。当時、マンハッタンのコメディクラブでは毎晩オープンマイクが開催されていた。いまではアジア系コメディアンを見ることも増えたけど、その頃ステージに立つアジア系といえば、相当なレア者だった。
H:ほぅ。
M:それもあって、自分は頭一つ抜きん出てやろうとアジア系はつねにアジア系に対して闘争心バチバチで。仲良くなるなんてありえない時代だった。でもアジア系がステージで話すネタはしっかりメモっていたという。
F:僕はそんな張り詰めた空気に疲れて、次第にアジア系と絡むようになったんだ。で、自然とマイクと意気投合。週1、2回カフェでアイデアを出し合ったり一緒にショートフィルムを撮ったりするようになって。
M:会話のなかでいつも盛り上がっていたのが、「アジア系のあるある話」。そこに自分たちの考察を交えてジョークを考えてワイワイやってたんだ。その辺りからかな、ポッドキャストをやってみたいと思いはじめたのは。
F:僕、昔ミュージシャン活動をしてたんだ。だから基本的なオーディオ機器は持っていて、それを使って録音してみてさ。
H:そしていまに至るというわけか。
F:当時は米国のコメディでアジア系がスポットライトを浴びる機会なんてなかった。だから、アジア系に特化した番組があってもおもしろいんじゃないかって。
M:そもそも、僕らが話すアジア系あるあるって、爆発力のある、度肝抜かれるおもしろさでは決してない。アメリカ人は言わずもがな、アジア系ですらどうでもいいと思っていることが多いんじゃないかな。でもね、そんなどうでもいい話を小一時間ひたすらに喋り倒すことが、一周まわっておもしろいんだよ。
H:ポッドキャスト第1話のテーマは「炊飯器をキッチンに置かせてくれない恋人へのジレンマ」でしたね。
F:僕が非アジア系の彼女と同棲中に感じた「台所に炊飯器を置かせてくれない」彼女への苛立ちを、熱く語った回だね。マイクのジャーナリスト目線も交えてやたらと凝りながら。ぶっちゃけ、こんな話どうだっていいじゃん(笑)? 炊飯器を何度置いてもどっかにおいやられる、とかさあ。
H:確かにどうでもいい内容をつらつらと語ってました(笑)でも自分もアジア人なんで、白米の重要性には深く共感しましたよ。番組を開始した2018年、二人が知っている範囲で、他にもアジア系に特化したポッドキャストってあったんです?
F:『アジアン・ノット・アジアン』とはコンセプトが違うけど、アジア系女性3人が配信するライフスタイル系『アジアン・ボス・ガール』があったくらいかな。いまでは「アジアン ポッドキャスト」でググれば大なり小なりたくさんヒットするよ。
M:最近は、ただアジア系であることをテーマにしただけのものでなく、政治やアイデンティティーに斬り込んだ、より深い内容の番組が増えてきている傾向にある。
F:そんななか『アジアン・ノット・アジアン』のブレない軸は、どうでもいい話を冗談混じりでただひたすらに喋り倒すこと。
H:それがリスナーにウケてるんでしょうね。気張らなくていいというか、ちょっとおもしろい友人の世間話を聞いているあの感じがいい。ところでフミとマイク、どっちの方がアジア人っぽい?
F:ははは、いいねその質問。
M:いいよいいよぉ〜。
H:(照)
F:“アジア人っぽい”の定義によるね。「両親の母国語を流暢に話す」を定義にするなら、僕。「米国のアジア系アメリカ人文化に興味がある」を定義にするなら、マイク。
M:非アジア系からすると、僕ら2人は同じに見えるかもしれない。でも僕らって年齢差もあるし、バックグラウンドも違う。思考や性格が、まるで対照的で。このお互いの違いが、番組を一層おもしろいものに仕上げていると思ってる。
H:これまで話してきたあるあるネタは「芸者の刺青を入れたがる白人」「いつの間にか廃れたKARATE(空手)人気」「パンダエクスプレス(米国発中華料理チェーン店)の新メニュー」「タイガーママについて」、「日本発の学習塾KUMONの魅力」「スタンダップコメディでのアジア人観客の反応」などなど。これ全部、実体験からなんですよね。
F:そうそう。どれも日常で気づいたり、友だちから聞いたり、ニュースで見て気づいたり考えたりしたこと、とか。
M:ちなみにこれまでで一番人気のあるあるネタは、断トツでデートとセックスの回。
H:「ホットなアジア系男性キタッ!」や「人種を超えたデートって最&高!」「デカいイチモツ好き白人女性のパワー」なんかですね。結構際どいテーマありますね、番組のタイトルだけを見たら苦情きそう(笑)。リスナーやフォロワーには、アジア系が多いんですか?
F:ラテン系やアフリカ系もいるけど、やっぱりアジア系が圧倒的に多いかな。あ、もちろん白人もいるよ。年齢層は20代から30代。ちなみにインスタグラムのフォロワーは6割が女性。コメディショーに来るお客さんも女性が多い。なんでだろう?
M:女性ゲストが多いからじゃない? リスナーから貰うフィードバックは大体ポジティブなものばかり。でもたま〜に批判的なのもある。「それ、どうかと思います」的な。そんな時はちゃんと内容を理解し、次回のエピソードの参考にさせてもらう。それでも文句があるのなら、そのそのリスナー自身が聞かないという判断をすればいいだけの話。
H:デートやセックスの回も含め、もう133話も続いてる。ネタが尽きてしまうことってないんですか?
M:収録するたびに「これが最後かもしれない」って思ってる…ってのは冗談で、僕らがより深くアジア文化に入れ込めば入れ込むほど、拾えるネタは増えていく。2年もやっていると、だんだん要領も掴めてきた感じ。逆に尽きることなく、というか。
F:最近ではポッドキャストの人気も高まってきて、マネージャーを雇うほどに成長できたんだ。お互いポッドキャスト以外でのコメディの仕事も忙しく、僕らのコメディアンとしての視点が広がってきたのも大きい。いい意味で、2年前の僕らとは違うからね。
H:配信開始した2018年から、それぞれの年で大きなトピックってありました? たとえば、今年ならコロナのアジア人ヘイトクライムやブラック・ライヴズ・マターに関するマイノリティの存在なんかがあったりして。
M:2018年は確実に『クレイジー・リッチ!』。この映画がエンターテイメント業界にあたえた影響はかなり大きかったから。2019年は(今年の米大統領選の予備選で、政治未経験ながらでネットで支持を集めた)アジア系の民主党アンドリュー・ヤン。
H:個人的に「日本で“I LOVE YOU(愛してる)”をいうのは、よっぽど深い関係間か死に際だけ」、「マイクが思う、日本人が両親と会話するとき」「日本人の謝り方」といった、日本のネタにやはり親近感が湧く。
M:一度しか日本に行ったことがないんだけど、そんな僕が思う日本人の特徴…
その①、物事を直接的には伝えず、遠回しに相手に気づかせる。
その②、皮肉を言う文化がない。
H:特に①、よくわかってらっしゃる(笑)
M:あと、これは日本人の特徴かはわかんないんだけど、フミは笑えないくらい最悪の事態が起こると、話題に出さずしばらく黙りこくる。
F:(爆)
M:そして自分のタイミングで笑いに昇華できたところで、やっと切り出す。
H:それはフミの性格かも(笑)。ところで、「アジア系のメンタルヘルスについて」といった、真面目なエピソードもありました。2020年の世界の自殺率ランキングでは、韓国が2位で日本が7位。にも関わらず、アジアでは家族間で悩みを打ち明けることに居心地の悪さを感じてしまう節がある。こうしたヘビーでタブーなトピックを、ジョークをもって話してみたのはなぜ?
F:そもそも僕ら、メンタルヘルスをヘビーでタブーなトピックだと思わないんだよね。ドラマや映画でもセラピーのシーンが多くあるように、米国ではもうタブー視されることがもうない。セラピーって立派なセルフケアの一部になった。
M:確かにアジアに住むアジア人は、親もしかり、友人に相談することすらも躊躇してしまうかもしれない。親の時代だとセラピーなんて考えられなかったかもしれないけど、ぼくらの時代ではもう普通のこと。スタンダップコメディって、居心地の悪いもんなの。でもやればやるだけ自信がつく。メンタルヘルスも同じで、話す機会が増えれば増えるほどタブーではなくなる。笑いを機にまずは会話をしてみるって、いいこと。
H:ごもっともです。
M:ちなみに韓国では、シーン自体はまだ大きくないけど、スタンダップコメディがじわじわと人気らしい。ある女性コメディアンは、ハラスメントのネタに切り込んだとか。ちなみに、ベトナムにスタンダップコメディは、ない。
F:前にウーマンラッシュアワーの村本が、石垣島を二分する陸上自衛隊配備計画の矛盾に切り込んで賛否両論あったじゃん? 日本ではお笑いに政治を持ち出すのはまだまだタブーな風潮があるけど、これも同じで、どんどん話していくことでタブーではなくなっていくんじゃないかと思う。
H:では最後に。今後、挑戦したいことを教えてください。
F:いまは自主隔離で遠隔収録だけど、それまではマンハッタンにあるフードホール、キャナル・ストリート・マーケットの一角で収録してたんだよね。今後は自分たちのスタジオを確保したいし、著名ゲストももっと招きたいし、なんならポッドキャストから飛び出したい。西海岸にもファンがいるから、ロサンゼルスやサンフランシスコでもショーをするのもいいね。
M:自粛が完全に開けるまでは、ユーチューブでバーチャルショーなんてのもいい。経済が完全に再開したら、ショーに遊びに来てね〜!
Interview with Fumi Abe and Mic Nguyen
All Photos by Phil Provencio
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine