米国のミレニアルズと呼ばれる現代の若者(現在の20~35歳くらい)は、「ナルシスト」「甘ったれ」など、何かと揶揄されることが多い。そこには必ずや年配者からの苦言が含まれていて、どこか日本の「ゆとり」や「さとり」批判と通ずるものがある。
パッと見「ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク」、中身は風刺
そんなミレニアルズを題材にした「Millennials of New York(ミレニアルズ・オブ・ニューヨーク)」が面白い。フォトブログ「Humans of New York(ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク)」のパロディー版と言われている、それと出会ったのは2015年の夏のこと。フェイスブックで友人がシェアしていたのがきっかけだった。
フォーマットがそっくりなその二つだが、中身は大きく異なる。読む人の心の機微に触れる、もはや道徳の教科書にしても良さそうなノンフィクションのイイ話が多い「ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク」に対し、「ミレニアルズ・オブ・ニューヨーク」は、ニューヨークの若者の自意識に溢れた思考やライフスタイルを滑稽に描いたフィクションだ。
笑いほど、その国の文化と密接に結びついているものはない。
たとえばこうだ。
ザ・パーティーガール:
「みんな私のことをリア充だと思ってる。だって私は、流行りのミュージックフェスティバルのチケットはいつもゲットして、インスタグラムに載せているから!けど、実際フェスには一度も行ったことない。インスタにのせた後、チケットは転売しているの」
他州からニューヨークへやってきました、白人の女の子:
「私の両親が知っているニューヨークは、犯罪だらけの危ない街。だから私は『セントラルパークのすぐ近くにある、アッパーイーストサイド(高級エリア)のスタジオアパートに住むことになったと言って彼らを安心させたの。けれど、実際に私が住んでいるのは、ブッシュウィックにある、窓すらない地下アパート。しかも4人の男性とシェア。彼らは全員ブルガリア人のDJで、なぜか名前がみんなイバン。
近々、両親が私を訪ねにNYに来る予定。だから、Airbnbで架空の家を見つけないといけないし、そのためにお金貯めなきゃ。
だから、いまは個室じゃなくて、イバンたちが脱ぎ捨てたジャージの山の中に埋もれて寝ているの。意外と心地良かったりするの。
エクスタシーとボルシチかなんかの悪臭を除けばね」
など、見てくれと思い込み、それと現実のギャップを描いた「ミレニアルズあるある」。
「すべてフィクション」だった。なのにディスカッションは白熱
また、こんなのも。
白人でストレートの男性:
「僕は自分のことをフェミニストだと思う。女性の社会進出には肯定的な考えを持っているし、男性と同等の賃金を与えてやってもいいと思う。それに、若くて綺麗な女性政治家だったら、いてもいいんじゃない? 僕は女性の大統領だってアリだと思うよ、太ってなかったらだけど」
白人のストレートと思しき男性(社会の階級、権力構造のトップに君臨する人種)が飄々と「上から目線で、平等を語る」傲慢さが滑稽。
白人男性、ビジネスパーソン:
「ホワイトプリバレッジ(White privilege:白い肌であるだけで優遇されること)、なんてもはや存在していないでしょ。
僕だって、酔っ払っている時に何回か警察に呼び止められたことがあるし、彼らの僕に対する態度は極めて威圧的だもん。
先週末だってさ、僕はメッチャ酔っ払ってて、冗談で警官のピストルを抜きだそうとしただけなんだ。それなのにその警官は、怒っちゃってさ。
『あまりにも非常識な行為だ』って僕を本気で罵ったんだ。その後、僕を家まで送り届ける間も、ずっと威圧的な態度だったんだよ」
自身のそのストーリーこそがホワイトプリバレッジであることにも気づかず、いけしゃあしゃあとよくもまぁ…という面白さ。自分の周りがすべて、という思い込みと視野の狭さ。
当然、こんな投稿には、「お前みたいな、視野の狭い奴がいるから社会はよくならないんだ!」「お前がもし白人じゃなかったら、酔っ払ってなくても逮捕されるだろうし、ピストルなんか抜きだそうとしたらその場で撃ち殺されるぞ」などの批判コメントが相次ぐ。
しかし、これらのストーリーはすべてフィクションである。開始から10ヶ月ほどがたったいま、ファンの多くは「作り話である」ということを分かった上で楽しんでいるが、未だそれに気づかず本気で憤慨する人も少なくない。いずれにせよ面白いのは、作り話だからといって、「なーんだ!」で終わらないところ。
ポストのLike数は2万強、シェア件数は4,000以上。コメント欄には、フェミニズム、ホワイトプリバレッジについて、白熱のディスカッションが行われており、良コメントには100以上のLikeがつく。「素通り」できない何かがあることは間違いない。
ストーリーを書いているのもミレニアルズ。
これらがすべて作り話だとすれば「一体、誰が書いているのか」と「ポートレイト写真の若者たちが誰なのか」が気になる。
作者は、若者を中心に人気のオンラインニュース「Elite Daily(エリート・デイリー)」に勤務する”ユーモアライター”、Connor Tole(コナー・トール)とAlec MacDonald(アレック・マクドナルド)の二人。
左がコナー、右がアレック
彼らに会うために、マンハッタンにあるElite Dailyのオフィスを訪ねると、そこには、極めてカジュアルな格好でパソコンに向かう、見渡す限りのミレニアルズ。同社社員の「平均年齢は27-8歳」という、二人ももちろん20代後半のミレニアルズだ。
本業の傍ら、昨年15年の夏に面白半分で「ミレニアルズ・オブ・ニューヨーク」という Facebookページを開設したところ、あっという間にシェアされ広まったと話す。
投稿写真に写っているのは「ほとんどが同僚。休憩時間に外でサクッと撮影している」とコーナー。「毎回、酷いことを書いているだけに、僕らのことを信用してくれる人じゃないと、なかなか出演を頼めない」と笑う。
真面目に怒らず、風刺でノーブルな振る舞いがスマート?
発足から1年足らずで、フェイスブックページのファン数は314,208、インスタグラムのフォロワー数は「69k」まで成長。今年は動画も開始し、さらなる注目を集めている。
自分たちミレニアルズを滑稽にこきおろすコーナーとアレックだが、「ミレニアルズはアメリカ史上、最高に賢くて、政治にも積極的で、クリエイティブな出来の良い世代だ」と自負する。つまりは、自信があるからこそできる自虐ネタということか。
ネットやSNSに溢れる自意識や承認欲求。それらをえぐって掘り出し暴きつつも、「それらの自意識を忌み嫌うことで優越感を感じている自分たち」を客観視。ちゃんと気づいていますよ的な、頭の良さがある。その上で自分たちを笑いの種にしている、よくできた二次構造の批評なのだ。
世間の馬鹿者を、真正面から真面目に批判するものには、いまいち力がない。真面目であるほど弱りやすい、というパラドックス。
何はともあれ、「ミレニアルズ・オブ・ニューヨーク」の唯一にして最大の目的は、笑いを誘うこと。「それ以上でも、それ以下でもない」と、二人は余裕の笑みを浮かべるのであった。
Millenials of New York
FB:Millennials of New York
Instagram@millennials_of_newyork
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Photos Via Millennials of New York,
Interview Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi