「最後まで聞けたことがありません! ありがとう!」(★★★★★)
「声のトーンも話の内容も、すばらしく、つまらない。グレイト・ジョブ!」(★★★★★)
褒めているのか、けなしているのか。いや、これらレビューは最上級の褒め言葉だ。なぜなら〈話がつまらなすぎるゆえに人気のポッドキャスト番組〉だから。この番組では、「リスナーの関心を引かず、感情を一切刺激しない」を徹底すればするほど人気上昇、という不思議な現象が起きている。
“よく眠れる番組”は、リスナーを「盛り」と「釣り」で煽らない
月平均ダウンロード数は300万以上、評価は5つ星中4.6。人気ポッドキャスト番組「Sleep With Me(スリープ・ウィズ・ミー)」の最大にして唯一の魅力は、「よく眠れること」。
「リラクゼーション音楽やメラトニンサプリなど、いろいろ試したけど、これが一番」(★★★★★)
ここ数年、「不眠」は世界の大人たちの“共通の現代問題”だ。米国では毎年成人の約4人に1人が不眠症にかかるといわれている。この問題を打破すべく、“大人の読み聞かせ”ならぬ、語り部がお話をしてくれる「睡眠アプリ」も多数登場。そのなかでも「スリープ・ウィズ・ミー」は、とにかく「眠れる」「不眠に効く」と高評価だ。不眠に悩む現代人の“駆け込み寺”として、ファンを増やしている。
どうしてそんなによく眠れるのか? 番組ではアンビエント音楽を流すわけでも、催眠術の呪文を唱えるわけでもない。瞑想やヨガの先生のように「こうしましょう」「ああしてみましょう」と誘導もしない。声の調子もいたって普通。中年男性が、自分の頭にふと浮かんだ空想について、そして今日は何時に起きて、何を食べようと思って、それから何をして…一人でとりとめのない話をしつづける。オチなどない。言ってしまえば、それだけの番組である。ただそれだけの番組”が、睡眠・リラクゼーション系アプリのランキングでは必ず上位にランクイン。つまるところ、語り手の話がつまらなすぎて「眠れる」というわけだ。
メディアやストーリーテリングの主流が「リスナーや視聴者、読者を煽る“盛り”と“釣り”の手法」を取るなか、「スリープ・ウィズ・ミー」は徹底的に逆行する。それなのに、いま旬のマットレスブランド「Casper(キャスパー)」やウエディングサイト「Zola(ゾラ)」もスポンサーにつけ、定期購買者の数も急上昇。定期的に開かれる“オフ会”も人気のようで、参加者はパジャマや枕持参で足を運んでいるらしい。自宅のお手製放送室から週に1本のペースでエピソードを更新するホストの“スクーター”さんに、つまらないポッドキャストで人を眠りへと誘うその手口と、つまらないからこそ人気であり続ける番組に“フルタイム”で従事する彼のお話を聞いてみた。
HEAPS(以下、H):はじめまして、スクーターさん。本名は“ドゥルー”さん。
Drew(以下、D): そうです。番組では、“スクーター”という名の架空の人物をやっています。
H:番組開始は2013年。最新版は816エピソードと、かなり多作ですね。なんでもここ最近、日中の仕事を退職されて、このポッドキャスト一本で生活をされていると聞きました。
D:ポッドキャストをはじめた頃は、図書館員でした。番組の内容は、仕事のあとや休日に考えていた。ライターになるのが密かな夢だったので、自分で思いついたストーリーを文字にしていく作業はたのしく続けられましてね。そのあと、自宅の一角をレコーディングスタジオにして…。といっても、ノイズと音の反響を防ぐためにブランケットでカバーしただけの、簡易なものですが。おかげさまで、昨年からフルタイムのポッドキャスターになりました。
H:そうして、不眠に悩む現代人を眠りにつかせる。ドゥルーさん自身も長年、不眠に悩んでこられたそうですが。
D:はい。小学5年生の頃からずっとです。眠れない日が続くと、今度は眠れなかったらどうしようという不安が、就床時刻が近づくにつれて高まります。すると、明日の学校のことが心配なり、それで余計に目がさえてしまう。大学生になってからは、お酒を飲んでみたりしていろいろ試しましたが、どれもいまいちで。そんなとき、とあるコメディ・ラジオ番組を見つけたんです。そんなに、おもしろくはなかったんですが、なぜかリラックスできて、気がついたら眠れていた。それで思ったんです。不安や心配ごとから気を逸らすことができれば、眠れるんじゃないかと。
H:眠ることに集中するのではなく、あえて気を紛らわす?
D:そうですね。あくまでも僕の場合はですが、眠ろうと真剣に努力をするから、眠れないと不安になる。眠りとまったく関係のないことに気を取られている状態の方が眠れます。ただ、気を取られる対象は「取るに足りないこと」でなければなりません。政治や環境、経済といった、リスナーの人生に大きく関わるような刺激の強いトピックは避けるようにしています。
H:そのルールって、リスナーからのリクエストなんですか?
D:いいえ。僕が作りました。「リスナーの感情を一切、刺激しない」「リスナーの関心を引かない」のがルールです。なので、「スパイダー(蜘蛛)」「スネーク(蛇)」「エア・プレイン(飛行機)」「マネー(お金)」といったワードも使いません。あとは「アイスが溶ける」とかも、リスナーに氷河が溶けるシーン(つまり、温暖化問題)を想像させて悩ませてしまう、そして眠れなくさせてしまうかもしれないので、使わないようにしています。
H:気を使っていますね。それにしても、番組の毎エピソード、実話とも創作話ともつかないような、とりとめのない話をされていますよね。たとえば、「“スキムミルク(脱脂粉乳)”って、普通の牛乳に水をくわえただけのものだよね?」のような思いつきの発言や、トレーダージョーズ(米国のスーパーマーケット)に行ったという話ではじまり、サンドイッチを2つ作ったという話で終わるエピソード。
オチのない話とはいえ、毎回、必ず違う話を60分以上もしていますが、ネタが尽きないのがすごいです。1エピソードあたり、どのくらいの時間をかけて作っているんですか?
D:だいたい20時間くらいでしょうか。ストーリーを下書きして、録音して、編集して。いまは外部エディターを二人つけています。なので、以前よりクオリティも向上したのではないかと。おもしろすぎず、つまらなすぎない、絶妙なラインをキープするのがポイントです。
H:へえー、しっかりフローを設けて制作しているのですね。社会現象にもなったテレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』*のエピソードについて話しているシリーズがありますが、あのドラマって、誰かが誰かを殺したり、裏切ったり、激しめの濡れ場があったりと、かなりドラマチックで刺激が強いじゃないですか。
D:だから、難しいんですよ。暴力的な話はできないし、「殴った」とも単語も言えない。性的な話もアウト。でも、劇中で起こったことを話さなければならないわけです。だから、たとえば〈シリアスな口論から暴力に発展したシーン〉だと、こんな感じになります。
「Aは『◯◯◯』と言った。すると、Bは、『違う、違う、違うんだ』と反応する。Bの表情は悲しそうというか、ちょっと怒っていたのかな。なんていうか、『冷蔵庫を開けてみたら、食べようと思っていたリンゴがなくなっていたときの顔』っていうか。犯人が誰かはなんとなくわかっているけれど、そんなことより、食べたいものがないことの方が悲しいっていうかさ。違うか。それより、Bの服装を見ていたら、昔の『△△△』って映画を思い出したんだけどさ…(続く)」
*ジョージ・R・R・マーティンによるファンタジー小説シリーズ『氷と炎の歌』を原作としたHBOのテレビドラマシリーズ。シーズンが進むごとに視聴者数・視聴率ともに上がり続け、平均視聴者数1840万人という歴史的快挙を遂げた。
H:だいぶ、ぼんやりさせていますね。そして、話がそれる。いえ、台本もあるし、そらすと言った方が正しいか。声に抑揚もなく、話すスピードも一定なので、登場人物の感情の起伏が、まったく見えない。シリアスさも皆無ですね。比喩(“食べようと思っていたリンゴがなくなっていたときの顔”)も効果的に使われているというよりかは、むしろ、そのぼんやりさで、余計にストーリーがわかりにくくなっているような(苦笑)。
ところで、ボーナス・エピソードの特典つきの有料会員が増えているそうですね。無料版でもじゅうぶん眠れるのに、さらにボーナス・エピソードを聞くすごいですね。ちなみに私は開始20分、最初のイントロで寝落ちていることがほとんどです。
D:ありがたいことに、会費収入は月にだいたい50万円くらいにはなるので、なんとか運営を続けられています。僕のリスナーには大学生が多いので、大学の学期スケジュールによって、アクセス数が変動するんですよ。夏休みなどの休暇期間は下がりがちで、学期がはじまるとまた伸びる。ただ最近は、ポッドキャスト業界において全体的に新規のリスナーが増えいて、いまや、米国では5人に1人がポッドキャストを聞いているって話ですからね。僕の番組にも新規のリスナーが増えているので、数年前に比べて、浮き沈みの波はなくなってきています。
H:「スリープ・ウィズ・ミー」は、睡眠・リラクゼーション用のポッドキャストお薦め5選、10選に必ず入ってますもんね。新規の流入が多いのも、うなずけます。なにより「リスナーの関心を引かず、感情を一切刺激しない」を徹底した結果、有料会員が増えているというのは興味深いですね。
D:僕は、睡眠の専門家でも、セラピストでも、グル(指導者)でもない。いうなれば、眠れぬ夜の「バディ(友だち)」です。僕はこの番組を、“大人のためのベッドタイム・ストーリー”だと言っていますが、ストーリー自体には意味もオチもありません。そのことはリスナーもわかっているので、気が楽なんじゃないですかね。
効果を実感するために一字一句、聞き逃さないようにしようといったプレッシャーもないでしょうし。大切なことを聞き逃したかも、最後まで聞かなくては、などと心配する必要は一切ない。眠れたらラッキー、眠れなかったら「自分には合わない」。それだけのことです。
H:確かに、番組中は眠りの話はおろか「マインドをクリアにしましょう」とも「緊張を解きほぐしましょう」ともいいませんよね。
D:僕自身、そんなことを言われたら、余計眠れなくなりますから(笑)。このポッドキャストでは、僕なりの「セーフ・スペース(安全な場所)」を作ったつもりです。
ここでは「新たな気づき」や「知識」を得る必要はありません。「眠る」のも「リラックスする」のも、あくまでもオプションです。別に、そうしなくてもいいんです。リスナーは、本当にただ聞き流せばいいだけ。何も感じなくていい。気づかなくていい。たのしまなくていい。寝てもいい。眠くならなくてもいいんです。
とまあ、なかなかぼんやりと取材が終了。米国では西海岸を中心に「スクーターの話を聞くオフ会イベント」も定期的に開催されていて、会場に来たドゥルーさんの話を聞きながら寝る催しだそう(寝なくてもいい)。ニッチながらもコアなファンを集めているそうだ。ストーリーテリングのイベントというのは近年よくある。たとえば一般人の“赤裸々体験談”を聞きそのストーリーに共感し合う「The Moth(ザ・モス)」。ひたすら生スクーターのおもしろくない話を聞いて眠りに落ちるオフ会というのは、やはりそれらと毛色は違う。話を聞く・共感する、というストーリーテリングの醍醐味を、一切必要としていないのだから。
本来であれば、こんなに内容のないポッドキャストを聞けば、時間の無駄だと思うかもしれない。だが、現代のいわゆる“良質なコンテンツ”にはかすりもしないこのポッドキャストが、眠れない大人たちを救っている。耳を傾けても傾けなくてもよく、リラックスしてもしなくても、眠っても眠らなくてもいい。そう言われると、不思議かな、リラックスできる人は少なくないだろう。そんな事実に、「効率的に」「なにかを得なくては」、つまりは無意識にも「自己を更新しなくては」という呪縛にとらわれた、生真面目な現代人の心の病を映し出しているようにも見えてくる。
Interview with “Scooter”
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Eyecatch Image by TETORA POE
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine