“不安になったらクッキーを焼く”現象。精神科医も認める「お菓子作りは、現代人にとってマインドフルネスです」

なんだか最近「クッキー焼きました」「今日はケーキ作りに挑戦」のポストが増えた友人がいたら、彼・彼女は心が疲れているのかもしれない。
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「料理をしているときは無心になれる」「やらなければいけない課題があるときに限って、なぜか何かを料理したくなる」。一度は耳にしたことがあったり、実際に感じたことがある現象だろう。なんだかソワソワしているときや心が荒んでいるときに、料理や掃除などの作業をしたくなる、あの症候群だ。

その親戚のようなものなのだろうか、昨年の冬頃からストレスを抱える若者たちが「お菓子作り」に走っているという。ストレス解消のための糖分補給? インスタグラムに載せたいから? はたまた小麦粉会社の策略か?

クッキーやパイでストレス緩和「不安だからお菓子作り」増加中

 答えを言ってしまおう。「お菓子作りをすることで、リラックスできるから」が理由らしい。やっぱり、料理をするとリラックス・ストレス解消できるから、のお菓子バージョンといういうことのよう。
 これにて記事終了…とは悲しいので、もう少し、いやしばらくつき合ってほしい。これ以上の理由も出てくるかもしれないし。なんで料理じゃなくてお菓子作りなの? ってところもある。

 昨年の年末ごろから、「アングザエティ・ベーキング(Anxiety Baking)」という現象がトレンドとして噂されている。アングザエティとは英語で「心配、不安」のこと。ベーキングは、オーブンを使ってケーキやクッキー、パイやパンなどを焼くこと。「不安だからお菓子作り」とでも訳したらいいか。心配や不安を抱えた現代人、特にミレニアル世代の若者たちが、ストレス解消のためにクッキーやパイ、ケーキ、ブラウニーをせこせこ作っているという。

 あるメディアが作った造語が一人歩きしているんだろうと斜め見をしたものの、人気司会者スティーヴン・コルベアがホストを務める米CBS人気深夜番組でも紹介され、過呼吸になりながらお菓子作りをするコントが放映されたりと、「不安だからお菓子作り」は、お茶の間にも紹介されている模様。

 ここまで大々的に取り上げられる現象とあって、気になるのは「みんなそんなに不安やストレスを抱えているの?」。そうらしいです。米国精神医学会の調査(2018)によると、米国人の40パーセントが「2017年に比べて、より不安を抱えていた」という。その前年の同様の調査では、「16年に比べて、より多くの不安を抱えていた」米国人は、36パーセント。つまり、心になにか不安を感じている人口が、年々多くなっているということだ。くわえて、45パーセントがストレスが原因で不眠だという結果もある。不安の種としては、政治的混乱や学生ローン返済などの借金、不安定な職、過労などがあげられていた。

「お菓子作りはマインドフルネスだ」

 心配性たちのお菓子作りとは、実際にいかなるものなのか。

 例としてあげられていたのが、ボストン在住のEコマースビジネスをしている女性(28)。大学生のころからベーキングは趣味らしいが、多忙な社会人となったいまでもオフの時間をお菓子作りに費やすようだ。好きな理由は、「作りはじめと作り終わりがあり、そのなかでもの作りがたのしめる」から。また、普段は頭を使う仕事のため、手を使ってなにかを作ることが新鮮とのこと。毎月新しいケーキを考案して実際に作ることを1年の抱負にした。

 この女性はストレスフルな仕事のオフでベーキングをたのしんでいることから、心配性たちのお菓子作りというよりは、趣味のようにもとらえられる。もっと深刻なのが、35歳の女性の場合だ。彼女は毎日が不安で仕方がない。休憩をしようにも深呼吸をしようにもソーシャルメディアにとめどなく流れてくるネガティブなニュースに心が落ち着かない。その心を穏やかにするために、お菓子作りをはじめた(それが彼女にどれだけの効果をもたらしたかは不明)。


Vector Graphics by Vecteezy.com

「お菓子作りが不安を和らげるのに最適だ」といえる根拠はどこにあるか正直疑いたくもなってしまうが、それを裏づける専門家の声もある。レシピ本も出版しているベーキング専門家によると、「お菓子作りのベーキングは現代のプロフェッショナルたちにとても効果的です」。パソコンベースでの仕事が多い現代人は、体や手を動かすことで生まれる満足度や平穏な心を忘れがち。ベーキングをすることでこのような精神的な満足が得られることを指摘する。また、バーチャルの世界と関わることが多い現代人にとって、できあがったもの(お菓子)が自分の手のなかで実際に触ることのできる物体であることも新鮮らしい。

 さらに、コロンビア大学の精神医学教授も、こう口添えする。「ベーキングはマインドフルです。マインドフルネスは、いまその瞬間に自分自身に向かい合うこと。すでに過去に起こったことやこれからの未来に起こることを考えずに、です」。マルチタスクをせず、生地を作るゼロベースから呼吸を整え、いまの自分の動きに集中。クッキーの型をとるだけ、また生地をこねるだけの反復行動もマインドフルネスの領域に似通っている。この効果が予想されることから、“処方箋”としてベーキングを薦めるセラピストもいるらしい。

“不安”世代。郵便局にも行けない謎の症候群まで

 不安な人たち以外からも、ベーキングへの視線は熱いようだ。ベーキングのスキルを競い合う英国の番組『グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ』や、ネットフリックスで配信中のリアリティーショーでスイーツ作りが苦手な参加者がプロの作品の再現にチャレンジする『パーフェクト・スイーツ』なども、視聴者を集めている様子。なんで料理じゃなくていま、お菓子作りなのかは正直はっきりとした理由はわからないが、近頃ベーキングへ興味を持つ機会がそもそも多いからというのはあるかもしれない。
 
 不安症とクッキー、ケーキ、パイ。なんだか深刻さが霞みそうだが、お菓子作りに心の癒しを求める世代の心の闇は深そうだ。というのも、先月ネット上で話題となったのが、オンラインメディア・バズフィードの記者が書いた『ミレニアルズはいかにして“燃え尽き症候群世代”となったのか』。
 記者がいうには、最近のミレニアル世代は「シンプルでたやすい日常の“やること”ができない」。仕事のタスクや旅行の計画などはできたとしても、日々の雑務ができなくなる人が増えているという。たとえば、期限までに提出しなければいけない書類を発送できず締め切りが過ぎてしまったり、郵便局に行って発送する予定だった小包が1年間も部屋の片隅に残されていたり(記者はその現象を、“郵便局不安症候群(post office anxiety)”と命名していた)。社会での生活にストレスを抱えるぶん、日常のしなければいけない用事にやる気がなくなってしまう(たんなる“めんどうなことは後回し”の不精、無気力とは違うのか?)。それを、「ミレニアルズは燃え尽き症候群にかかっている」からだ、と記者。


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 学生ローン返済などの負荷や2008年の経済危機など金銭面での不安や、ソーシャルメディアに左右される心やセルフブランディングへの強迫観念症、メールやスラックなどコミュニケーションテクノロジーの普及によるオンオフ曖昧化…さまざまな要因が絡み合って、現代のミレニアル世代を燃え尽きさせている、という話だった。

 生地をこねるところから、オーブンから取り出すまで無心になれるクッキーを焼く時間は、不安をいったん傍における時間なのかもしれない。ベーキングに限らず、爆音ヘッドホンでひとりメタルをしたり、朝に5キロ我武者羅に走ったりするのでも、同じ効果があると思うがなあ。少しモヤモヤな終わり方になってしまったが、クッキーでも焼いたらスッキリするかもしれない。

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Eye Catch Illustration by Anna Sasaki
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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