食物は育たないといわれた僻地で農業〈北極パーマカルチャー〉。ゼロから育てる“島の食生活”

沈んでばかりの太陽に、石と岩ばかりで土もない島。育たないはずの作物を育てる、シェフの10年。
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年間の3ヶ月間、太陽が姿を表さない北極の孤島。“食物は育たない”といわれた秘境の町で、ほとんどゼロから手作業で食のエコシステムを築く「ポーラー(北極)パーマカルチャー」を実践するシェフがいる「僕らは外に頼らなくても生きていける。自分の食べるものは、自分で確保する」。町への移住から10年、まだまだ挑戦中という彼とスカイプを繋ぎ、短くも長い今日までのストーリーを聞く。

雄大な自然と、島民たちのヒドい食生活

 ノルウェーのさらに北、人が住む最北端の島・スヴァールバル諸島。その島最大の町ロングイェールビーンを、米国人シェフ、ベンジャミン・ビドマーが訪れたのは2008年のこと。3月から10月の観光シーズンに、現地のホテルのシェフを務めるためだった。


シェフ、ベンジャミン・ビドマー。スカイプを繋いでくれた。

 当初は契約期間が終われば島を去るつもりだった彼が、この町に居着いたのには理由がある。「この島独特の魅力に惹かれてね」。ロングイェールビーンは多国籍な町だ。米国や日本を含む多くの国籍の人がビザなしで滞在することができ、また働くことも可能。スヴァールバル諸島の人口約2,600人の8割がこの町に住んでおり、住民の国籍は数十ヶ国にもなるそうだ。

 一方で、長く住めば住むほど、「この孤島の食や、エコロジーへの意識の低さには、驚かされた」という。それは、この島が本来「人々が雄大な自然を求めてやってくる場所」だからだ。その雄大な自然と裏腹に、島民の生活はエコやサステイナビリティとは程遠く「食料は輸入に頼りっぱなしで、食料廃棄物は海に捨てる。非常に環境負荷の高いことをし続けてきていたんだ」。島民が口にする輸入品は収穫から時間が経っているだけに、届く食材の品質は低い。その粗悪さは「本島で需要のないものが、ここに送りつけられているんじゃないかと疑ってしまうくらい」。

 さらに、天候が荒れれば島に食料は届かない。スーパーの青果物がすっからかん、なんてことも少なくない。そんな状態なのに、食材の値段は本土より高い。「島民が食べ物の何にお金を払っているかって、ほとんど運送料だよ」。どうにか自給自足に切り替える術はないのか。こうして、島の新参者ベンジャミンの挑戦ははじまった。

ミミズの輸入に一年半。島民に受け入れられない日々

 肝心な島はというと、石と岩ばかりでそもそも土がほとんどない。そんな場所で食物を育てるのに、まずは土を必要としないハイドロポニック(水耕栽培)を試した。しかし、彼はすぐにもっと良い方法があると気づく。肥料をわざわざ輸入しなくても、この島には海に捨てられてしまうたくさんの食料廃棄物があるじゃないか。「それらを集めて堆肥化(コンポスト)すれば良いんだ」。選んだのは、ミミズを使って有機ゴミから栄養価の高い腐植土を作る「ミミズコンポスト」だ。コンポストに適した「シマミミズ」を島に輸入する許可を政府に申請したところ、「承認がおりるまでに一年半もかかったよ。まぁ、待った甲斐があったからいいんだけれどね」。
 2015年には、温室を作る材料をアラスカから取り寄せ、50平方メートルドーム型のD.I.Y温室を完成させた。外の気温がマイナス15度を切るようになると、ドームの中にさらに小さなテントを設置して、その中の気温10度を維持。寒さに強いものは、気温マイナス5度前後のドーム内で育てているそうだ。


これが、そのドーム型D.I.Y温室。

 主には、マイクログリーン(種子から育てた若芽野菜)、トマト、バジル、チャイブ、玉ねぎ、 エンドウ豆、コリアンダー、香辛料などが収穫されており、それらを、島内のレストランやホテル、個人宅へと販売。「収穫物を入れたダンボールのトレーは、回収して再利用。古くなったら堆肥塚に投入すればミミズが食べてくれます。ミミズが出した糞は肥料として土に混ぜる。こうすることで、ゴミを出さない循環を築いています
 
 島にとって有益なとこをしているにも関わらず、当初は、食に関心のあるシェフ仲間や一部の環境意識の高い人たちを除いて、多くの島民からは理解を得られなかったと話す。コンポストのために生ゴミを集めると「ゴミを集めるなんて変だ、汚い」と文句を言われ、温室を建てると「あんな掘っ立て小屋、すぐに吹き飛ばされるに違いない」と笑い者にされた。いくら多国籍な町とはいえ、島国根性は最北の町にも存在していたようだ。

 いや、単純に島国根性といって片づけるのは雑すぎる気もする。それまでずっと、天候に左右され、外に頼らないと生きていけない暮らしを盲目的に続けていた島民に、突然「僕らは外に頼らなくても生きていける。自分の食べるものは自分で確保できるんだよ」と、180度異なることを説いても、そう簡単に賛同を得られるはずがない。

 島民たちには、生活の基盤である「食の自給自足、自分たちの食べ物のオーナーシップを持つことの大切さ」や「この温室になんの意味があるのか」を、イチから説く必要があった。温室で作った野菜を見みせることで「この島でも食物が育つ」と信じてもらい、輸入した野菜と食べ比べてもらうことで「味の違い」を知ってもらう。そして、こんなに美味しいものが、島への運送費用がかかっていないぶん輸入品より安く買える。そんな選択肢があることを、地道に伝えているのだという。なんとも根気のいる作業を、彼は、たった一人で「時々、中高生の2人の息子たちの力を借りながら」やっているのだというからすごい。


  

困った時のSNS。島の外からの助け舟

 「すぐに吹き飛ばされるに違いない」と笑われた温室は、いまも同じ場所で持ちこたえている。問題は、温室の強度ではなく、今年の9月までの土地の使用期限が迫っていたことだった。
 
「延長したい」と行政窓口に問い合わせても、なぜか返答を渋られる。途方に暮れたベンジャミンは、ソーシャルネットワーク上で状況を発信。すると、ノルウェー本土のファンが「この人に問い合わせたら良い」と後押しをしてくれた。結果、すぐに延長許可が降り、彼の温室はギリギリのところで存続が決まり、難を逃れた。実際、島民よりも外の人の方が、知恵を貸してくれたり、寄付をしてくれたり「反応が良いですね」。だからこそ、外に発信し続けることは、温室を維持することと同じくらい大切だと話す。

 もちろん、最初は鈍い反応を示していた島民にも、少しずつ意識の変化が見られるようになった。温室を使った「北極パーマカルチャー」が始まって以来、島で唯一のスーパーマーケットでオーガニックコーナーが年々拡大していたり、古いキャンドルをアップサイクルして新しいものを作ったりする人が現れたり、諸島内の別の町の住民から「うちの地元にも同じ温室を作りたい」という声があがったり。小さな変化ではあるが「手応えを感じている」という。


Photo by Francisco Mattos
夜の温室。神秘的だ。

 いまベンジャミンには、新たに取り組んでいることがある。食料廃棄物をはじめとする有機ゴミを資源に、クリーンエネルギーを作り出すバイオガス発電だ。仕組みは、有機ゴミを発酵させて可燃性のバイオガスを取り出し、そのガスでガスエンジン発電機を回すというもので、温室を温めたり、電力として使用することができる。
   
 かつて、スヴァールバル諸島は炭鉱の町だった。石炭と同じように、有機ゴミはエネルギーに変換できる。石炭も有機ゴミも、どちらも島に存在する資源。しかも、有機ゴミは石炭と違って、高いお金を払って地面を掘らなくても手に入るものだ。
 

「ここでできたら、どこでもできる」という希望

  
「パーマカルチャーを実現したい」といっても、その知識や技術を磨くだけでは物事が進まないところに難しさがあるという。「聞いたことのない法律や、煩雑な手続き抜きが阻まれたり」。また、島には「妙に厳しいルールがあるわりには、海にゴミを捨てるといった違法行為が見過ごされている」など、政界と財界の癒着なのか、複雑な問題も絡んでいるようだ。
 こういった問題のせいで、せっかく進んでいた計画がストップしてしまったケースもある。温室で育てていたうずらの卵だ。卵は、鮮度うんぬんの前に、壊れていない状態で届く
ことが少ないため、それを島内でまかなおうというのはなかなか意義のあることだった。しかし、本土政府から「ペット以外の目的で島で鳥を飼育するのは違法だ」との通達が届き、うずらたちを手放さざるを得なくなったそうだ。

 北極での生活はただでさえ過酷だ。それにも関わらず、「不可能」といわれた北極でのパーマカルチャーに彼が情熱を注ぐ理由はただ一つ、「こんな悪条件の僻地で実現できれば、世界中のどこでも可能であることを証明できるから」。
 
「北極でできるなら、きっと私たちにもできるはず」と、世界の僻地に住む一人でも多く人々をエンパワメントするために、ベンジャミンは北極の秘境で未来への挑戦を続けている。

Interview with Benjamin Vidmar, Founder of Polar Permaculture

Photos via Benjamin Vidmar
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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