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  • Jul 14, 2017
20年間、旨い早い安い「ブルーカラーの大衆食堂」。マンハッタン、親父さん一人の極小・厨房物語
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マンハッタンはコンクリートジャングルだ。街を歩けば工事現場に遭遇し、道の角から脇から鉄と鉄のぶつかる音が聞こえてくる。それだけ工事するモノがあるということは、それだけ早朝から汗水垂れ流す肉体労働者たちがいるということだ
そりゃ金融のエリートだってアート界の天才だってこの街の構成員。でも、フィジカルに支えているのは、誰よりも早く起きて頑張るブルーカラーたちなのではないかなあ。今回は、縁の下の力持ち、労働者たちの胃袋を20年間満たしてきた、ある小さな隠れ家のような大衆食堂のハナシ。

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ビル裏・貨物用エレベーター前にある食堂

 その食堂を偶然見つけることができた人は、運がいいか、かなり街歩きが上手いか。場所はマンハッタン・ミッドタウンのガーメント・ディストリクトと呼ばれる区域で、19世紀からショールームや洋服の生地屋、ボタン屋などアパレル関係の卸売り問屋が連なっていて少々乱雑。そこの宝くじ屋の隣に、穴場の食堂「El Sabroso(エル・サブロッソ)」だ。

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イエローキャブのクラクションに通行人のお喋りにとガヤガヤ喧騒にまみれている表と比べ、店内は薄暗くひんやり。

 地下にあるというわけでもなく、一見さんお断り、というわけでもない。容易に見つけられない理由は、ビル裏口の奥まったところにあるから。もう少し詳しくいうと、貨物用エレベーターの前にあるのだ。カウンター席に一台のテーブルしかない簡素な店では、エクアドルやペルーなど南米庶民のご飯を労働者価格で提供している。エル・サブロッソはスペイン語で「旨い」単純明快、旨い安い食堂だ。

 カウンターの端っこに無造作に置かれたテレビからはまくし立てたスペイン語が流れてくる。なんだか、中南米のどこか片田舎のタベルナ(大衆食堂)にいるような錯覚…。カウンター奥で前傾姿勢をとりながら黙々と鍋やトレイ、こんがり焼けたローストチキンと向かいあっているのが食堂の親父さん、トニー・モリーナ(Tony Molina)。白エプロンに無骨な表情が絵になる、エル・サブロッソの店主だ。

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親父さんのトニー

20年間、朝4時起きで5時間かけて仕込む

 その日もありふれた平日、時計の針は11時を指していた。「あと30分くらいで客が来る」とトニーはこちらに一瞥もくれず、料理する手を止めない。月曜から金曜は毎朝4時に起きて、6時には小さな厨房に入る。たった一人で、この20年間ずっとだ。

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 40年ほど前に南米・エクアドルから「もっといい人生を送るため」ニューヨークへ渡ってきたトニー。当初はホテルのレストランで皿洗いをしていたが、そこでドミニカンガールに出会いヒスパニック料理を教わり、やがて自分のレストランビジネスをはじめたいと1996年にエル・サブロッソをオープン。ちなみに、彼の前からここには同じようなヒスパニックフードの食堂があったらしい。その昔、この界隈には織物工場の作業員などラテン系の労働者がもっといたから。

「忙しいのが好きなんだ。だからマンハッタンが好き。この仕事でも正午から午後1時半までの繁忙時間帯が好きさ」と、朝からじっくり焼いたチキンの香ばしい匂いが染みついてそうな前掛け姿で、トニーはやっとニカっと笑った。

「安い、早い、旨い」の正解方程式

 エル・サブロッソの看板には、“desayuno(デサイウノ、スペイン語で朝ごはん)”と書いてあるのに、朝ごはんはないらしい。ラテンらしいテキトウさか(もちろんいい意味で)。オフィス街から人がいなくなりはじめる午後4時30分には閉まるので、昼飯専門というわけだ。

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 お客さんは11時30分あたりから来店しはじめる。カウンターに並行して列をなしても、回転が早いため決して並ぶ前から諦めたくなるような長蛇の列になることはない。ローストチキンかポークを選び、お米にサラダ、豆が添えられ6ドル(684円)ぽっきり。日本では牛丼や定食がワンコインで食べられることも珍しくないが、ここニューヨークではそうはいかない。「サラダ10ドル」が普通の街だ。

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店の看板メニュー、ローストチキン。
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これまた人気、ローストポーク。
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チーズのエンパナーダもみんな大好き。
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エクアドルとコロンビアのソーダ。駄菓子屋の炭酸のような懐かしい味がした。

とにかく安いのがいいよな」と近くの工事現場で働くお兄さんは、30分のわずかな昼休憩中。ランチスペシャルを掻きこみ「じゃあな」と、英語がおぼつかない移民の労働者仲間とともに仕事場に戻っていった。「毎日このいい匂いを嗅いでいるから、それだけで腹一杯になっちまう」と言うこのビルのエレベーター作業員のおじさんは、トニーに「よっ」と挨拶をしてから通り過ぎ、その脇では若い工事現場の兄さんが持参のタッパーに注文したご飯をよそってもらっている。
 テーブル席でスマホ片手に黙々とフォークを口に運ぶ人も、カウンター席でトニーとぽつりぽつり言葉を交わしながら食べる人も、持ち帰りでそそくさ店を後にする人も、トニーの食堂には「安くて早くて旨い」から通う。竹を割ったように簡朴である。

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親父さんの食堂は、いつも労働者の味方

 昼時の食堂で、プラスチックの椅子に腰掛け、労働者たちと肩を並べてトニーのご飯を食べた。その日は雨だったが、お客の足は絶え間ない。気づいたのは、トニーの食堂にはベタベタした接客サービスだったり、余計な“飾り”がないこと。トニーだって「お客とのつき合いか? 時間があるときは喋ったりするけど、忙しくてあまりゆっくり話せる時間もないよ」だ。

 食事だって、オーガニック食材だけで作られたヘルシーフード、見た目も美しい盛りつけ、ケールにキヌアに…なんて流行り、はっきり言ってトニーの食堂ではどうでもいい。いい意味で時代に無頓着でマイペース。食って腹を満たし、店の人や相席した人とちょっとだけ適当に喋って、仕事に戻っていける気軽さに、まどろっこしい配慮は要らない無機質さ朴訥な親父さんに、プラスチックのフォークとぺなぺなの皿20年続く小さな大衆食堂の実直だ。

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「俺の食事を気に入ってくれるのは嬉しいね。ずっと食堂は続けていきたいね。だから毎日ここで働くからね」。働き者が求めているものなんてわかってるさ! と胸を張り、ほらしっかり食ってけよ! と皿を差し出す大きな手。20年もの間、トニーの大衆食堂が労働者の胃袋を支えてこられたのは、トニー自身が一番の働き者だからだ。

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El Sabroso
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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