今年50周年を迎えるイタリアのカーデザイン会社、イタルデザイン。“カーデザインの巨匠”、“車デザインのパイオニア”と呼ばれるジョルジェット・ジウジアーロが創業したデザイン会社は半世紀をかけて、誰も見たことのないような曲線美と考えたこともないような機能性を擁する〈一歩先の車〉を考案してきた。数十年先の車を創造する“車の預言者”に、2018年、未来の車と移動のかたちを問うてみる。
デロリアンにスーパーカー、大衆車。50年カーデザインを牽引したデザイナー
SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシン「デロリアン」にマセラティやアウディの「スーパーカー」、フォルクスワーゲン・ゴルフといった「大衆車」に、トヨタ、マツダ、いすゞやダイハツなどの「日本車」。カーデザイン界の重鎮、ジョルジェット・ジウジアーロ率いるカーデザインの名門・イタルデザインが過去50年に設計、エンジンをかけてきた車たちだ。先月、日産自動車と共同開発したプロトタイプ車も「かっこよすぎる」とカーマニアたちを沸かせたばかりである。
イタルデザインの真髄にあるのは、創設者ジウジアーロのバックグラウンドだろう。1938年にイタリアに生まれ、美術学校に進学。車のスケッチがデザイナーたちの目に止まり、青年時代は大衆車の代表格であったフィアットや画期的デザイン工房ベルトーネなどのカロッツェリア(自動車の車体をデザイン・製造する業者)を渡り歩き、車の視覚的な審美眼と自動車製造の知識を磨く。68年に独立、イタルデザインを創設する頃には大衆車と高級車どちらの特性をも理解し、考えを形にできるようになっていた。初期の頃には、前後対称の“六角形ボディ”が斬新だったスズキのキャリイをデザイン。80年代には“パッケージングの鬼才”の異名さながら、室内空間をたっぷり取りながらもユニークな車体を実現したフィアットのパンダを設計。さまざまなライフスタイルにハマる量産車を生み出しながらも、近未来からやって来たかのようなスバルのスポーツカーにドアが縦開きになるアルファロメオなど、もはや芸術作品の域に達した車を創造する。イタルデザインはジウジアーロの両刃使いを引き継いできた。
デロリアン(DeLorean、1981)。
フォルクスワーゲン・ゴルフ(Volkswagen Golf、1974)。
若かりし頃のジウジアーロ。
2018年、50周年の節目には「ネクスト50フィロソフィー」というイニシアチブを発足、これからの社会を見据え「未来の交通・移動(mobility)とサービス」について積極的に考えていく意思を示している。数十年前から常に未来に目を向けてカーデザインをしてきた彼らが考える「未来の車」を知るべく、HEAPSは今回、同社デザインチーム室長のフィリッポ・ペリーニ氏に取材した。
ミニバン、カーシェア用。未来の車を“無意識に”予知してきた
数十年前からカーデザインの前線を走ってきたイタルデザイン。しかし「私たちのプロトタイプのなかには、発表当時こそ『前進的すぎる』と批判的なものさえありました。しかし、後にその価値が“再発見”されたのです。『メガガンマ』『カプスラ』『ビガ』がそのいい例でしょう」
メガガンマは、1978年にトリノ・モーターショーで発表されたプロトタイプ。客席と荷物もおける広々とした空間、フロントエンジンが一つの箱に収まる“車の歴史上初のワンボックスカー”といわれている。これが後に普及するミニバンのモデルとなった。
メガガンマ(Megagamma、 1978)。
1982年のカプスラは、モジュラー構造を導入した革新的なコンセプト。エンジンやドライブシャフト(駆動軸)、ブレーキ、予備車輪など基本部品を搭載したシャシー(枠組み)の上に、目的別の車体や機能を付け替えられる。つまり1つの“土台”が、乗用車からレッカー車、救急車、ミニバスなどの産業車になり得るという、いわば用途・外見“着せ替え”カーだ。近年国内外の自動車メーカーが設計に着手しているモジュラーデザインを、30年前から考えていたことになる。
カプセラ(Capsula、1982)。
そして、1992年のビガ。現代人、どこかで見覚えがないだろうか。20年以上前に発表されたコンセプトカーは、「“カーシェアリング”という言葉が作られる前にデザインされたカーシェアリング用車です」。“2000年代の車”をテーマにデザインされた、コンパクト・合理的・エコフレンドリーな4人乗りのキューブ型電気自動車だ。アーバンライフに適うため車体はウルトラコンパクト。都市中心部での交通渋滞を解決するために「駐車場で乗りこみ、他の駐車場で乗り捨てる」いわばカーシェアリングの概念を含んでいた。
ビガ(Biga、 1992)。
「イタルデザインは、『人々が欲しがる車、必要とする車』を知るための市場分析や人口統計分析などは一切行なっていません。それは実際にそのもの(車)が存在しない限り、人々が何を求めているかを知ることはできないと思うからです。ですので、私たちのカーデザインに必要なのは、自らの〈テイスト〉と〈直感〉です」。しかし「それはときにアタり、ときにアタりません。発表当時は、ジャーナリストたちもこれらの車の意義を理解しておらず、作られた目的よりも外部のデザインばかりに目を向けていました。でもいまの時代なら『鋭い直感が生んだ車』として理解されますね」
フィアット・ウーノ(Fiat Uno、1983)。
フィアット・パンダ(Fiat Panda、1981)。
マセラティ(Maserati 3200)。
アズテック(Aztec、1989)。
アスピッド(Aspid、1988)。
ロータス・エスプリ(Lotus Esprit、1972)。
マンタ(Manta、1968)。
ブガッティ・シロン(Bugatti Chiron、1998)。
アルファロメオ(Alfa Romeo、2002)。
地上と空の境界線を曖昧にする〈移動としての車〉
カーシェアリング用車やモジュラーカーがイタルデザインの過去ならば、彼らの“現在”は「空飛ぶ車」だ。目下進行中のプロジェクト「ポップアップネクスト」では、アウディと仏飛行機メーカー・エアバスとタイアップ、地上と空を移動できる乗り物を共同開発している。
これは30年前に発案されたモジュールを応用したコンセプト。母体となる2人乗りのカプセルに走行用のカーモジュールを結合すれば地上用の車に、飛行用のフライトモジュール(ドローンの形態)を結合すれば航空用のヘリコプターのようなものになる。フル電気稼働でフルオートメーション、最大の目的は「通勤者を“運転”から解放し、彼らに自由な時間をあたえたいのです」。
進行中のプロジェクト、ポップアップネクスト。
イタルデザインが完全自動化の移動手段を想像していると同時に、世界の道で車の自動化は着実に加速中だ。「現時点ではすでにレベル2が実現されている。5、10年先にはレベル5の車が走っていると予想します」。
レベル2とは、人間による運転を必要とする部分的な運転自動化(加速・操舵・制動などの一部操作をシステムが行う)のことで、実際にメルセデス・ベンツやボルボが公道試験済みだ。ちなみにレベル3は、ドライバーが継続的に安全確認をする必要がなく、場合によってはハンドルやブレーキから離れることもできる条件つき自動運転。アウディがAIコンピュータを採用し今年発表している。最大値にあたるレベル5は、人間による運転が不要な完全自動運転。イーロン・マスクがCEOを務めるテスラは、昨年から近い将来レベル5を実現すると明言している。またトヨタ自動車が2020年の東京五輪・パラリンピックで、選手や大会関係者を運ぶ車両としてレベル4の完全自動運転車「イーパレット」を導入することも発表した。
「ドライバー不在の車となれば、乗客が各々の車中の時間を過ごすことができますよね。未来の車をデザインするには、新しいダッシュボードに新しいインフォテインメント*を設ける他、車同士、あるいは車と別のインフラが結合することも考慮して内部と外部を設計しないといけません」。だんだんと現在の車の形からかけ離れていくような気がするが。「しかし絶対に変わらないのは、人間の身体に搭載された『次元』です」。人間は誕生したときから縦・横・奥行きのある3次元だ。2次元に戻ったことも4次元になることもない。「なので人間の『車体に乗り込む』という行為自体は不変です」
*インフォメーション(情報)とエンターテインメント(娯楽)の語を組み合わせた造語。車載システムで情報(主に経路案内や道路交通情報)と娯楽(カーオーディオ、車載DVD、TVなど)を提供する。
「未来においても車は“車”であり続ける」
知り合いの車好きたちと未来の完全自動運転社会やカーシェアリングを話題にすると、彼らは口々に「そんなのおもしろくない」「自分で運転するたのしみが奪われる」とこぼす。確かに“移動”という機能に加えて、“運転することのスリル”や“車を視覚的に愛でる歓び”を享受する車好きにしたら、画一的な未来の車社会は確かに味気ない。「若者たちが車の所有に興味を失っているのは確かですし、移動するサービスと捉えているところも大きい。しかし、さまざまな車の種類や異なる目的はそのまま存在し続けると思います。未だに車好きは多いですし、スポーツカーは“大人のためのおもちゃ”のままとして愛される。ですから、未来においても車は“車”であり続けると思うのです」
所有としての車、また共有としての車が混在する未来に必要な車のデザインとはなにか。「個人が所有する車は、車への情熱を伝える“コミュニケーション手段”として役割を残します。なので、ドラマチックなデザインにする必要がある。その一方で、ポップアップネクストのような“サービスカー”は、人々の移動が目的であり所有するための車ではない。だからデザインは個人のテイストに見合う必要はなく、“民主的(democratic)”であるべきなのです」
イタルデザインは、ネクスト50フィロソフィーの一環としてミレニアルズ世代を対象に「未来の都市での“移動手段”」をテーマにしたコンテストを開催している。「コンテストでは未来の“車”ではなく、未来の“移動”をテーマにしました。“移動”は近い将来、たんなる“交通手段”以上に広い意味をもっていくでしょう。私の考えでは、車は“モノ”です。電話にカメラ、カレンダー、ビデオゲーム、世界と繋ぐテレビ、ラジオ、ネットが一つになったスマートフォンと同じ、どのように使うのかによってそのコンセプトは変わるのです」
Interview with Filippo Perini, Head of Design of Italdesign
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All images via Italdesign
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine