「将来、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」。これは、1968年にアンディ・ウォーホルが発したあまりにも有名な言葉である。
あれから約45年以上の年月が過ぎ、当時のウォーホルの言葉を体現するかのようなアーティストが現れた。「今日は僕の誕生日。ヌードセルフィー大募集!(セルフィーを送ってくれたら)君を有名にしてあげるよ」。そうスナップチャットで発信したら「24時間以内に、500枚以上のヌードセルフィーが届いたんだ」。届いたヌードセルフィーをスクリーンショットし、紙に転写。それを「アート」としてニューヨークのギャラリーで展示したところ、それは大いに炎上し、売れに売れた。ここまで読めば目立ちたがり屋の単なる“当たり”に思えるが、そうではないらしい。
「僕はいま、自分の生きている時代がなにを求めているのかを見定めて、求められているものを的確に提示しただけ。『売れるアートには法則がある』としたら? その法則にしたがってみればいいんじゃない?」
素顔も本名も丸出しで大胆な社会風刺。で、稼ぐ。
アーティスト名は 「The Most Famous Artist(最も有名なアーティスト)」。この冗談のような名前にピンときた人もいるのではないだろうか。インスタグラムのフォロワー数は16.4万人。“最も”かどうかはさておき、実際、フェイマスな人物である。なんでも、あの風刺の天才・覆面アーティストのバンクシーから「お前のこと、みているぞ」と直々に手紙をもらったこともあるらしい。
The Most Famous Artist, Matty Mo
ちなみに本名はマティー・モ(Matty Mo)。冒頭のおふざけは、 昨年7月、自身の31歳の誕生日に行ったアートプロジェクト「ハッピーバースディ」の一幕だ。今年3月に行われた大規模アートフェア『アーモリー・ウィーク』と同時期に彼がニューヨークで展示したヌードセルフィーは飛ぶように売れた。興味深いのは、アートコレクターやキュレーター、ギャラリストなどアート業界の人間が、実際に彼の展示会に足を運び、作品を直に観て、理解し、購入したということ。
購入者は作品をこう評価している。「アンディ・ウォーホルやリチャード・プリンスがそうしたように、優れた現代アーティストはその時代の世相を反映したアートを創ってきた。時代を象徴する革新的な道具を利用してね。彼の作品は、それらに負けず劣らずなハイレベルなものだと思う」。
一方、彼に「アートをどう見ているのか」と尋ねてみると、「現代アートは、スタートアップと似ている。データ分析力と直感。この二つを押さえていれば売れる」という答えが返ってきた。
え、シリコンバレーの天才だったんですか?
実は、マティーがアーティストになったのは最近のこと。たった4年前までは、シリコンバレーの人間、つまり「西海岸のみんなが忌み嫌う、調子にのった典型的なテッキー(テック業界の人)だった」と自嘲する。
スタンフォード大学在学中に、クラスメイトとネイティブ広告プラットフォーム「シェアスルー(Sharethrough)」を立ち上げたのを皮切りに数々のスタートアップに着手。特に長けていたマーケティングスキルを武器に、「ワイルドファイアー(Wildfire:2012年にグーグルに約350億円で売却)」への投資など、20代にしてエンジェル投資家としてかなりの手腕を振るっていた。「稼いだものが勝ち」。そう信じて疑わなかったが、2013年のある日、とある粗相から人生は急転。奈落の底へと突き落とされた。
パートナー企業にお金を出してもらったインド旅行でのこと。ビーチで泥酔し、素っ裸になってしまったところを当時の友人に録画され、その動画はインターネットで一気に拡散されてしまった。業界での信用はガタ落ち。仕事をすべて失った。
失意のどん底で、彼はあることに気づいた。「僕がもし、CEOや投資家ではなく、アーティストだったら、裸になったって誰も驚かないしピーヒャラ言わない。むしろ、自己表現という解釈になるわけで…。なんだ、アーティストって、超自由じゃん!」
現代アートは、スタートアップと似ている
こうして「僕はアーティストとして “生まれ変わった”」。言い方を変えれば、あの挫折がなければ、「最も有名なアーティスト」になることもなかった、とも。
資本主義のアート界ではヒエラルキーの上の人が「売れるもの」や「価値」を決めきた。しかし、いまはソーシャルメディアの時代。たとえ、業界の底辺にいる「無名で僕みたいに絵なんかろくに描けないアーティスト」でも売れる作品を作ることは可能だと彼は実証した。
それでは、ソーシャルメディアをうまく使えば誰でも「フェイマス」になれるのかと問うと、答えは「ノー」。
「それもスタートアップと一緒。いい線まで行ける新サービスは増えたけれど、Airbnbみたいな成功や、誰もがスマホにダウンロードする神アプリになれるのは一握り」。そう語るのは、彼が自身のアート活動だけでなく、アーティストを支援するインキュベーターでもあるからだ。駆け出しのアーティストが陥りがちな失敗を避けるよう助言をしたり、活動場所を提供、また、パートナー企業や投資家とのパイプ役も担っているという。
芸術家というより、徹底した戦略家。「時代に一致すること」がすべて
アート業界のインキュベーターといえど、「感覚的にはエンジェル投資家だったときと同じ。何がヒットするかを吟味してサポートしているわけだから」。彼がバズらせて巣立ったアーティストには、フォロワー数は103Kの双子姉妹アーティスト「カプラン・ツイン(THE KAPLAN TWINS)」などがいる。裸になった姉妹に挟まれながら一晩一緒に眠った子ども用のおもちゃをインスタグラムで333ドルで売るアートプロジェクト(ちなみにすべて即完売)をプロデュースしたことなどを見ていると、彼はアートの価値の転倒を楽しんでいるのではないか、という印象を受ける。
2016年のアートフェアでは、こんな実験を行なった。初日は、いちアーティストとして普通に入場。関係者に「僕、アーティストなのですが、来年参加させてもらえませんか?」と話しけたが、にべもなく断られた。だが翌日、自身のアート作品として、10万ドルの札束(本物)を10個作り、透明のバッグに入れて入場すると周囲の反応は一転。「君のアート作品(札束)を撮らせて欲しい」という来場者が殺到。ついにはイベント主催者までが現れ、一緒に仕事をしましょうと、彼に名刺を渡したのだ。
「ところで、君の名は?」と尋ねるお偉方に対し、「The Most Famous Artist(最も有名なアーティスト)だ」と言って去るマティー。
この意表を突いた実験動画はネットで拡散され、彼を本当に「最も有名なアーティスト」に押し上げる結果となった。不覚にも、私もこの動画をみてつい彼をフォローしはじめたのだが、気になるのは…
「ぶっちゃけ、アート好きですか?」
「好きだよ。時代に呼応した作品も、何かひとつの抽象的なテーマに従って現代アートをやってる人の作品も。村上隆も超リスペクト」と話す一方で「好かんのは、アート業界のあり方。業界のトップが “いいね” といったアートが売れ、権力者ばかりにお金が入るシステムとか、エスタブリッシュメント。僕が戦っているのはそこだ」と。
人を突き動かし、考えさせるのは、シンパシーではなく怒り、なのかもしれない。彼は彼のやり方で、つまりインターネットという道具を最大利用して、売れる「作品」や「アーティスト」を作り出し、凝り固まったアート業界にぽっかり大きな風穴を開けてしまった。それは人々の感情を刺激した。アートの価値ってなんなんだ、と。憤り、希望、笑い、不安など、様々な感情を喚起した。「アートって本来、それができてナンボのものでしょ?」。こういう彼のアティチュードが、またフォロワーを増やすのはいうまでもない。
しかるべき時にしかるべき場所にいること。それが彼の存在証明なのだろう。彼が一貫して優先するのは「現在」だ。過去の伝統は価値を持たないし、未来に託するような普遍性も求めない。ある意味、刹那的であるからこそ、アートの世界でも時代の本質に深く到達できたのではないか。または、刹那的であることが、現代の本質なのかもしれない。
Interview with The Most Famous Artist, Matty Mo
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All images via Matty Mo
Text by Chiyo Yamauhi
Content Direction & Edit HEAPS Magazine