「思わず有名になっていた」ということは、このご時世少なくない。たとえば寝ている間に、セレブにインスタでフックアップされていたり。
父と、周りの友人のために作っていたシャツが、思わず人気となりビジネスとなった「Peels NYC(ピールズ)」もそのうちの一つだろう。ただ、ここの若きデザイナーは「僕はゆっくりがいいんだよね。一気に成長して欲しいと思ったことないな。だって爆発的にドンッて売れると、なんか不安になりそう」。頼りないようで、その実、頑なに自分のスタンスを崩さないスタイル。昨今ではちょっと珍しいデザイナーだ。
父のために作ったシャツから、ブランドへ
見た通りのハンサムで、身長は優に180センチ越え。それなのに、ジェローム・ピール(Jerome Peel)は謙虚というか自信満々でないというか、そのギャップに思わず空気が緩んだ。この間まで日本に行ってたんだけどさ、と切り出し「女の子に全然話しかけられなかった。僕が白人だからかなあ」と言う姿は、ルックスが魅力的な分もあいまってなんだか不思議な浮世離れを感じさせる。
いまから約1年半前、塗装屋である父のために、実際の作業着に刺繍パッチを施しオリジナルのワークシャツを作ってプレゼントした。気に入ったから自分用にも一着。周りのスケーター友だちが欲しがると、作って配った。
「まさか、こうなるとは全然想像してなかった」とは、友人らがそれらをインスタにあげたところ、思わずそのシャツの存在が知れ渡ったこと。さらに翌年2016年には、モデルの普段着としてあらゆるインスタアカウントでお披露目される。インスタ経由の「そのシャツ欲しい!」のダイレクトメッセージはどんどん増えた。アパートの地下で作っていたが、インスタグラムでは間に合わなくなったところで、オフィシャルのウェブサイトを立ち上げ本格的にビジネスにした。
これが最初のワークシャツ。
Peelsの刺繍パッチと、カスタムできるパッチを実際のワークシャツに施してくれる。
ジェロームは自分の名前(Jerome)を入れている。
“昔から人と被るのが嫌いだった。6、7歳から人と靴が被ったことないよ。
名前を入れられるからPeelsの服も、被ったことない。
あ、でももしマット(Matt)って名前だったら被ってたかも。”
「そこから、Vogue(ヴォーグ)はじめたくさんのメディアに取り上げてもらったけど、“大爆発!”ってほどの人気が出たわけではないし、ビジネスを劇的に変えたわけでもない」とジェローム。とはいえ、以前は1週間に1件ほどの注文が1日に数件入るようになったのだから着実に成長しているし、早い方であるのには間違い無い。一貫して控えめな発言には、取材中に彼が何度も繰り返した「成長はゆっくり。長く続くこと・続けることが大切」が根づいているからだろう。
セレブが着てくれるかは「興味ないかなあ」
はじめた当時はシャツだけだったプロダクトラインも、Tシャツ、スウェットにロングスリーブシャツ、ジャケットと揃う。が、注文が入れば、パッチと刺繍を施し、発送までをすべて自分でやる。SNSでのプロモーションも全部自分でやり、ビジュアルも基本的には自身で撮影する。今後も自分の手を通らずに買い手のもとに届くようなビジネスは「望んでいない」。どれだけ売れるかよりも、「どれだけ長く続くか、の方がよっぽど大事」と繰り返す。「僕の父親も、30年ずっと塗装業を営んでるんだよ」。
撮影にはこのカメラを使っている。
なので、現在の常套手段である「セレブに服を送って着てもらう」ことも「インスタフェイマスにダイレクトメッセージする」ことも、ジェロームは一切しないという。セレブに着てもらって“名売れ”することにも興味は無く「それよりも、自分が尊敬する人に着てもらいたい」。父さんも近所の人のために長年のお得意さんのために仕事しててさ、と、再び父の姿を語った。これまで、マーク・ゴンザレス、クロエ・セヴィニーなどがピールズを好んで購入しているが「向こうから注文してくれたんだ。自分が尊敬する人が心から欲しいと思ってくれたのがうれしい」と顔をほころばせた。
数あるワークウェアブランドの中でピールズの立ち位置とは、への返答は「リアリティのあるブルーワーカーウェア」。「君、作業員? 仕事終わり? って間違えられるのが理想」だそうだ。
別に行かなくたって誰にも怒られないけど、週7日勤務。
最近、自宅とは別にオフィスを構えた。一人なのに勤務は週7日。「父さんも、いつ電話しても仕事してるんだ」。父親のように毎日コツコツと自分のペースで働きたい、と言う。「自分のペースというのはサボる、とかじゃないよ。“楽しみながら、ベストを尽くせる自分のペースを保つ”ってことね」。
ジェロームは、ブルーワーカーたちがいかに格好いいかという話になると思わず熱が入る。日本滞在中に特に気に入ったものを話していたときのこと。「餃子は最高だね。あ、あとさ、清掃員の服に警備員の服、最高だった。それから何より、工事現場の人の、あの蛍光ライン?が入った服。あれ、超格好いい」。
ブランドネームを自身のファミリーネームにしたのは「父親に捧げたいブランドだから」。ジェローム・ピールのブレない自分のスタンスは、日々人知れず汗を流し、誰に褒められることなくも手を抜かずに働くブルーワーカーである父への尊敬が、どんな場所へ到達しようと毎日の作業着のごとく変わることがないからだ。
Interview with Jerome Peel from Peels NYC
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Jerome Peel
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine