「拡散のしやすさ」が絶対のチャームポイントのジンだ(たいていは)。軽いので配送のコストも下げられるというのと、持ち運びが楽なため、いくつかの冊数を常に保持していて友だちに配ったりもできる、とか。「私は、こういうのが好きな・興味アリの・社会運動をしている・人間です」ということをよりユーモアに富んで伝えるのにジンは最適で、コミュニティでの詳しい名刺がわりとしてもよく使われるため、やっぱり“持ち運びやすい”はチャーミングなのだ。
「初めてのジンはマーメイドがトピック」という、アイルランド在住の若きジンメーカー、アナ・マーも、今回のジンづくりではとりわけ拡散を狙っている。流通も省いてより簡単に拡散できるように「私にファイルを要求するのもアリ。プリントして、あなたの生活するエリアで拡散して」。インクはグレートーン一色、A4の両面印刷で作りやすさも簡易化した。
ところで、アメリカのとある州では“読みまわし”で伝説化したジンもあり—限定部数だけしか作らずにまわし読みで数万人に届けた—そのジン、それから25年同じテーマでビジネスをまわしている(これについてはまた今週に詳しい記事を出す予定)。アナのジンの話に戻ろう。今回、普段よりもとりわけ持ち運びやすさと拡散のしやすさについてピントをおいたのは、そのテーマのため。『Let’s Talk About Choice(選択について話そう)』、彼女の住むアイルランドでは、人工中絶を禁止*する現行憲法の廃止をめぐっての住民投票を5月に控えている。投票前にそれぞれが考えつつ、周囲と「どうしよっか?」という会話を起こし、話し合える機会をジンを媒介してつくろうと考えた。
1983年に住民投票で成立した修正第8条により「まだ生まれていない者の生存権を認めている」。女性の生命が危険な場合のみ中絶が認めれられているが、強姦や近親相姦、胎児異常などの場合は中絶が認められない。
拡散においていえば、SNSで広めるという選択肢がまっさきに指一つで取れるわけだが、「慣れ過ぎていることだとサッとできてしまうから、ある程度の没頭が生めない。作り手側も、一瞬の共感で書いたりシェアするのではなく、一つのことについてジンを作りあげるまでの時間に何度も考え、頭の中を行き来させながら考えを研磨していく。読み手もそうで、冊子を開いて、文字を読んで、自分で考えを巡らせる。大切なことを伝えて共有していくにはジンがいいと思っているの」。昨今のハッシュタグのムーブメントも、風船のように簡単に膨張だけして「ってか、このムーブメントってそもそもなんだっけ」と、拡散のスピードと理解の歩幅のズレがとんでもないこともある。今回のジンには「そもそもアイルランドにどうして人工中絶禁止が成立したのか」の過去の流れや関連する事件などもまとめて、それぞれが考えやすいようYES/NOフローチャートも用意した。
即席の共感ではなく「いち個人からの潜熱あるレスポンスが得られるかどうか」の方が大事だと思っている、という。重過ぎず軽過ぎず、最適に届けるための形をした今回の小さな小さなジン。投票当日まで、お守りのようにポケットに差し込んでいる女の子たちが多くいるかもしれない。
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Photos via Anna Mar
Text by Tetora Poe
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine