シャーー、シャー、シャーー。
小部屋に響く、聞きなれないその音。正体は、サーフボードにやすりをかける音だった。
「見た目に美しい曲線を描くサーフボードは、性能もすばらしい。もちろん、それだけってワケじゃないんだけど」。
そう言って一瞬、口元をほころばすと、彼はまた、視線を「曲線」へと戻す。
ブルックリン在住のサーフボードシェイパー、Christopher Williams(クリストファー・ウィリアムズ、以下、クリス)。美しい曲線の向こうに、陽に焼けた美しい顔。これ以上のアングルがあるだろうか。
西海岸にはない、東海岸のサーファーの意気込み。
ブルッリンのグリーンポイント地区にある倉庫街。そこに、白を基調にしたアートギャラリーのような空間が姿を現したのは昨年、2015年末のこと。『Union Surfboards(ユニオン・サーフボーズ)』。一目瞭然の、サーフショップである。
とはいえ、街によくある「サーフ」や「海」をテーマにした、お洒落なセレクトショップとは違う。「うちは、カスタムメイドのサーフボード作りからはじまったショップです」。
「シティには、サーフボードを売っている店はあるけれど、作っている店はない」。言われてみれば、確かに。
しかし、だ。ブルックリン=モノづくり、アルチザンのイメージが定着したとはいえ、「さすがにサーフボードづくりは違うんじゃない?」「ロッカウェイとか、ビーチタウンでやるならわかるけど…」。そんな懐疑的な声が多かったという。
一般的に、波を愛するサーファーたちは、都会より、海の近くに住む傾向があり、そもそも、アメリカで「サーフ」といえば、西海岸である。(ニューヨークのある)東海岸にもサーフスポットはあるが、「波の質、頻度、どれをとっても西海岸のそれとは比にならない」。
だが、「だからこそ、東海岸のサーファーの姿勢は、より献身的」とクリス。彼自身も含め、都会に住みながら海に通う「いわゆるアーバンサーファーと呼ばれている人たちは、『ま、明日でもいいか』ではなく、『今日くる波に、絶対に乗る』という意気込み」なのだと。
良質な波を求めて旅に出るサーファーもいれば、大都会に根を張りながら、波を求めて生活するサーファーもいる。東海岸の乗りにくい波を相手にするアーバンサーファーたちが欲しているのは、「より自分のカラダと技術に合ったボード」。そう気づくのに、時間はかからなかった、とクリスはいう。
「アーバン・サーフ」には、迷わない者たちがよく似合う。
サンフランシスコ出身のクリスが、ニューヨークへやってきたのは約2年前。大学では経済学を専攻し「ニューヨークへ来る前は、金融業界で働いていた」という異色のサーフボードシェイパーだ。サーフィンに目覚めたのは15歳。以来、「学校や仕事が終わると、海へ直行する生活を続けてきた」と話す。
ボードを自分で作れたらいいのに。「毎日使うから、よく壊れる。モノによるけれど、だいたい1枚700-800ドル。高いんだよね」。そんな時「君が僕にサーフィンのトリック教えてくれるなら、ボードの作り方教えてあげるよ」という、気のいいシェイパーのおじさんに出会った。「彼と一緒に作ったのは2枚だけだけど、コツは掴んだ気がした」。以来、「あくまでも趣味程度に」ボード作りを継続。「今年で4年目かな。これで食っていこうなんて、考えたこともなかったけど」と、なんだか嬉しそうだ。
そんなクリスとタッグを組み、ブランドディレクターを務めるのは、クリスの大学時代の友人で、ニューヨークのデザインやファッション業界に精通しているCharlie Porter(チャーリー・ポーター、以下、チャーリー)。
人気サーフセレクトショップSATURDAYS SURF NYC(サタデーズ サーフ ニューヨーク)でのキャリアがある彼は言う。
「アーバンサーフをテーマにしている点は同じだが、セレクトショップではなく、サーフボードを作るアルチザンの店という切り口であることによって、新たな可能性に出会えた」と。
勝算よりも「いける気がする」が、引きつけるモノ。
やった者勝ち。とはこういうことなのか。「ブルックリンの人気エリア住みながら、サーフボードを作って、ビジネスできたらなぁ」。そんな夢を描いた人は、いままでにもいたはずだ。
ただ、「実行に移す人がいなかったのは、需要と供給が合ってないと思われていたから。正直、最初は僕も懐疑的だった」と、チャーリーはいう。
けれど、「このエリアほどデザインに対して高い感度を持っている人たちが集まっている場所もなかったし、感度の高い人たちの目に触れやすいところに存在する利点は、やっぱり大きい」。そう確信したのは、この場所でブランドを立ち上げた後のこと。やはり人は、自分の目で見たものをより強く信じるのである、と。
彼らの存在に興味をもったのは、サーファーだけではない。クライアントには「ヴィクトリアシークレットやコーチなど、ファッション系も。最近はデザイナーズブランドからの依頼が増えている」。カタログ撮影のプロップや、ショップのインテリア用にと、カスタムメイドのサーフボードの需要は、「波乗り以外のフィールドにもあった」と、ワクワクが止まらない様子である。
確かな根拠などなくても、「なんとなくうまくいく、できる気がする」。これだけで引き寄せられる運というは、やっぱりあるのかもしれない。無論、その運に乗れるか否かは、その人の実力ありきだったりするが、「今日くる波には絶対乗る」。それがアーバンサーファーだ、と言っていた彼らだけに、当然、向かってくる波にも運にも乗るわけで。そのメンタリティ、東海岸アーバンサーファーの真骨頂。
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Photos by Shino Yanagawa
Text by Chiyo Yamauchi