いまでこそサガミといえばコンドーム、コンドームといえばサガミだが。20年前は独自のブランド商品を持たず、そりゃあそうだが無名だった。
それがいまでは、日本中の成人男性にその「世界最薄」の存在を知らしめ、日本にとどまらず世界まで名を轟かせつつある。そこまできた。
その仕事には、常に一人の男の存在がある。裏ドンと呼びたくなるほどの仕事人はヒザワさん、入社2年目から社長の無茶ぶりに応えてきた人物だ。
前回は世のメディアに全然でていない相模ゴム工業の四代目社長、大跡一郎氏に取材をした編集部。今回は、もうそのまんま「どうやってサガミを有名にしたんですか?」と、疑問をぶつけた(根掘り葉掘り聞いたから長いぞ)。教えて、ヒザワさん。
HEAPS(以下、H):ヒザワさん、はじめまして。本日はマレーシアからお電話つないでいただきありがとうございます。今日はいろいろ質問しちゃいます。
ヒザワさん(以下、ヒ):今日はよろしくお願いします。
H:さっそくですが、相模ゴム工業(以下、サガミ)に入社した経緯を教えてください。コンドーム会社に入ろうって、なかなかレアかな、と。
ヒ:それが僕、ロックバンドをしていまして。できるだけ残業がなくて家から近いところで働きたかったんですよ。
H:え、では「サガミで働くぞ!」という意気込みではなかった? ちなみにどんなバンドでしたか。
ヒ:はい、全然です。とかいいながらももう20年以上いちゃってますね。ハードロックで、ギタリストでした。
H:ザ・バンドマンです。そしてサガミさん、入ってみたら楽しかった。
ヒ:そうですね。やっぱり社風が自由なんですよ。言いたいことを言えて、みんなでこう意見を言い合う。まあ僕の性格もあるかもしれませんが。
H:営業企画室室長、営業管理部部長を兼任され、マーケティング業務を担当したのち、現在はマレーシアの子会社で社長に。そこまでにのぼりつめた経緯をお聞きしても?
ヒ:はい。ただ、僕の社歴、ちょっと変わってて。
H:はい。
ヒ:1年の研修を終えてから、いままで上司がいたことがないんですよ。研修終わって、「営業企画室作るから、お前やれ」って。社長が。
H:え? 新入社員に? それで室長に?
ヒ:はい(笑)。室長っていうか、最初はひとりでしたけど。全然のぼりつめてない(笑)。
H:無茶振りすぎませんか?
ヒ:そうですね。で、じゃあやりましょう、となったんです。そこからもう17、8年経ってから、新しく営業管理部つくるから兼任しろって言われて。で、3年ぐらい前に今度はマレーシアの子会社で社長やれって。それでいまマレーシアにいるんですよ。
H:そこでやりましょう、となるヒザワさんがすごい。つくられたばかりの部署で、しかも上司もいない。すべて手探りで進めてこられたんですか?
ヒ:その頃サガミはまだOEM(他の製薬会社にコンドームを作っていた)だったんですが、それを180度変えたい、というのが社長にはあった。この頃から、サガミオリジナルの構想はあったと思います。だから、やるべきことの道すじは見えていました。
H:なるほど。そのための企画室だったんですね。
ヒ:自分たちのコンドームを売っていかなきゃならない。商品を売り込まなければいけない、という使命があった。だからできましたね。
H:いまでこそ有名なサガミさんですが。当初はどうやって商品を売り込んだんですか?
ヒ:まず力を入れたのは消費者調査です。それでわかってきたのが「消費者はブランドを認知していない」ということ。それどうして買ったんですか? という質問に対して「前買ったから」「安かったから」「目立つところにあったから」という答えが返ってくる。
そうすると、薬局に置いてあるぶんだけ販促、購買になるわけですね。営業力=シェアになる、そういう市場環境というのがわかりました。
H:となると、それってなかなかひっくり返すチャンスのないところですよね。売れているところが薬局の棚を確保できて、そうなるとまたそこの商品が売れていく。キリのないループのような。
ヒ:まさにそうです。でもそこで思ったんですよね、「じゃあ有名なのを作ればいい」と。
H:それでサガミオリジナルが。
ヒ:日本市場のナンバーワンにする、という会社の意思がありました。時間も資金も相当かけて、社運をかけていた。当時はよくわかっていなかったんですけど(笑)。それから、この頃からもう一つ思うところがあったんです。
H:はい。
ヒ:当時、まあ20年ぐらい前ですね、この頃はコンドームという言葉を人生で何度使うだろうか? というくらい、表に出てこない存在だったんですね。
コンドームっていうのは、望まれない妊娠を避ける、性感染症を予防するもの、で。そのセックス商材を、日用品に持ってきたかった。
そうじゃないと、いつまでも小さい沼の中でメーカーがシェアを取り合っているだけになる。有名になれば強いし、そしてコンドーム自体を日常に浸透させたい、そう思ったんです。
H:ブランドを有名にするためにはどういった取り組みをしてきたのでしょう。
ヒ:コンドーム会社がやらなさそうなことばかりしてきました。クリスマスに独り身がクラブに集まるイベント『さびしんぼナイト』をつくったり、毎年夏にキャンペーンガールを選んでメディアをまわったり。あとはテレビとか媒体の自主規制を取っ払ったりとか。
H:実は私、大学の時に一度だけさびしんぼナイト参加しました。サガミさんがやられているとは知らず。思い切ったことばかりされてきた。そしていま、サガミオリジナルはナンバーワンブランド。
ヒ:ありがとうございます。
さびしんぼナイト。こんなに人が集まる。Photo via 相模ゴム工業
H:そこから、商品だけでなくサガミのブランドがバシッと見えはじめたのって、2009年のLOVE DISTANCE(ラブ・ディスタンス、実際の遠距離恋愛カップルが10億ミリの距離を走った)からかな、と思います。やはりブレイクスルーだった?
ヒ:それまではまず商品とブランドの認知、で、今度はそこから自分たちのメッセージをコンドームを通してどうやって伝えていくか、という新しいステージになります。逆に言えば、ナンバーワンブランドになったからこそできることが出てきた。
H:どういったコンセプト、またディレクションのもとに進められて行ったのか教えてください。
ヒ:まずは、リサーチで世界のコンドームのCMとかいろいろ見てみたんですね。そうすると大抵が「セックスをコミカルに扱って笑いを取る」か「エイズ・性感染症の危険性を伝える」というものだった。で、もう一度コンドームについてじっくり考えてみたんです。
H:ほうほう。
ヒ:「オレの彼女、性感染症かもしれないからコンドーム着けとくか」っていう人が果たしてどのくらいいるのかな? と。確かにエイズをふくむ性感染症の予防はコンドームの使用目的のひとつですが、私はこれが本筋じゃないな、と感じていました。コンドームは「愛し合ってるカップルが、安心して愛し合えるもの」でなければならないと思ったんです。
H:はい。
ヒ:ちょっと余談なんですけれども。
H:気になります。
ヒ:さびしんぼナイトの初めの頃、説教臭いことをやったんですよ。アーティストにコンドームの使用を説いてもらったり、エイズ患者の数が増えているよというグラフをトイレに貼ったり。
H:教育、啓蒙ですね。いまのイベント内容と全然違います。
ヒ:そしたら、恐ろしいほどシーンとして。そういうアプローチは効かないって、あれで肌でわかっていた。かといって、ちゃかちゃかッと笑わせるというのも違うしやりたくない。人と同じことも嫌だ。
そこと、本質を考えたらここだった。コンドームは、カップルが愛し合うための道具。愛し合う二人の真ん中にあるものにしよう。それがLOVE DISTANCEになった。
H:そして、見事、カンヌ国際広告祭で金賞。その次のキャンペーンとなるのが、今回の、地球上73種類の動物の求愛行動を集めて図鑑にした、「ACT OF LOVE〜愛は行動するもの。〜」。これ、着想から4、5年かかったそうですね。
ヒ:LOVE DISTANCEを超えるもの、となるとなかなか「これだ!」というものがなくて。愛、というテーマを変えずに、そしてさらに壮大に、と、やはり本質的なところから考えていたら、動物まで行っちゃったんです(笑)。
▶︎「ACT OF LOVE〜愛は行動するもの。〜」
H:愛し合うことを一番本能的に、素直に行っている生き物です。
ヒ:そう。5年前くらいに、日本のセックス1万4000人の性の調査をしたんですよ。そしたら20代男性の4割が童貞。性体験って極めて個人的だから、自分に照らし合わせて考えるしかないけど、「信じられない!」って。
H:20代の4割って、会社にも何人か童貞の方がいるということなのか…。
ヒ:でも、みんなに興味ないの? と聞くと「セックスやりたい!」っていうんですよね。人間って頭がいいからいろいろ考えて理由を作っちゃう。うまくコミュニケーションを取れないんです。たとえば、「好きだって言ったらそれがSNSで広まっちゃうんじゃないか」とか余計な心配をする。そうすると、まずアプローチができなくなる。
H:実際に、私の友人も意中の女の子をデートに誘ったらそのスクリーンショットがLINEのグループで晒されていました。
ヒ:人を好きになったり、愛し合うことを悪いことだ、という人って誰もいないのに、難しいと思っちゃう、葛藤しちゃう。行動に至るまでに難しいプロセスがある。そこが変だなあ、と。もっと素直にシンプルになってみたらいいのに、と。
H:そこで、動物にいきついた。
ヒ:人間も動物も同じ本能を持っていますから、動物の素直で誠実な求愛行動を見て、みんなに愛し合うこと、愛することの大事さを考えてもらえるんじゃないかなと思ったんです。
H:驚くべきはそのアイデアから、73種類の動物までに及んだことです。
ヒ:(笑)。実はこれ、最初の時点では限界を決めてなかったんです。で、73種類が限界だった。もちろんもっと動物もいますしそのぶん求愛行動もありますが、「わかりやすい、おもしろい」と見せられる限界が73種類だった、ということです。
H:すべての動物の求愛行動にキャッチーなフレーズがついていますよね。「チームプレイで攻める恋」「熟女は若いオスが好き」「盗んででもプレゼント」「掃除上手はアピール上手」とか。人間にも置き換えられるからおもしろい。それに、図鑑といいながら、かなり読みやすい文章スタイルでまとまっています。
actoflove.jp
ヒ:学術的すぎてもダメ、エンタメすぎてもダメ。そこを意識しましたね。
H:LOVE DISTANCEも「最後まで見ないとコンドームのプロモーション動画とわからない」でしたが、今回のACT OF LOVEも「最後のページまで見ないとサガミさんのキャンペーンとわからない」。
ヒ:はい。
H:図鑑の最後のページまでこまかく見る人って少ないと思うのですが、これはあえてやられたのでしょうか。
ヒ:あえて、やりました。
H:ここも詳しく教えてください。
ヒ:性体験って、十人十色。やたらと人と共有しないじゃないですか。そうすると、コンドームに対しての見方もそれぞれ違ってくる。だから最初にコンドームが出てくると、印象が決まっちゃうんです。そのあといくら伝えようとしても、第一印象を切り崩せないで終わってしまう。最初から「コンドームです!いまからこれやりまーす!」って言われてもねえ。
H:となると、コンドームという商品を押していくものではない。ここに難しさもありそうです。
ヒ:これはコンドームの特性というか、面白いところでもある。いくら「薄い!香りつき!液いっぱい!」とか商品をガンガン押してもダメ。だけどこれは逆に、最後にコンドームが出てきたら「なるほど!」「やられた!」とできる商材でもあるんですね、同時に。
H:だからこそ、ブランドのストーリーが非常に印象に残る。ACT OF LOVEではコンドームすら出てこず、さらに高度な印象を受けました。
ヒ:営業から「お前ふざけんな」っていう意見はいっぱいありました(笑)。これは、いまナンバーワンにいるからできたこと。2、3番手で追いかけたらできないですね。
H:「みんなが愛し合うことについてを考えてくれたら」とおっしゃっていましたが、この「みんな」は、英語版もあり、世界規模。やはり、狙うは世界?
ヒ:そう。ここはもう、世界です。世界中の人にサガミオリジナルを使ってもらうという目標がありますから。特にサガミオリジナル0.01mm(ゼロゼロワン)は、もっと世界のたくさんの人に使って欲しい。もちろん、日本はもういいやじゃなくて、日本でありきで、です。
H:すでに50ヶ国以上で販売されていると思いますが、これも難しそうだな、と。国ごとに販売・販促戦略を変えつつも、一貫したブランドメッセージを伝えなきゃいけない。
ヒ:まさにそこが課題ですね。なのでいまは各国のディストリビューターと「どういった文句」がいいのかを考えています。これも、やっぱり国ごとに全然違います。
H:たとえば?
ヒ:日本とまったく違うなあという例では、フランスです。使用状況がまったく異なります。夫婦・カップルでの使用はほとんどないんです、彼らはピルを使う。
H:となると、使う間柄が本命同士ではない?
ヒ:ワンナイトだったり、ビジネスでの使用ですね。同性愛の方々にも使われます。使用環境が全然違うので、サガミの0.01mmを「世界最薄」を売りにすると、「そんな薄くて危ないの使えない!」となる。それくらい使用環境が違うんです。
H:興味深いです。
ヒ:なので、それぞれの国にあったメッセージを探しています。アレルギーになりませんとか、感触がいい、体温が伝わる、とか。でもそうすると、ど真ん中にならない。ニーズが決められちゃうから。そこは苦戦しているので考えていきます。世界の有名コンドームブランドにしたいですから。
H:常日頃から、コンドーム、そして愛を表現する、ということについて考えているヒザワさん。最後に、そんなヒザワさんにとって愛を一言でいうと?
ヒ:「素直に行動するもの」ですかね。ACT OF LOVE〜愛は行動するもの。〜的なところです。
取材協力:樋沢洋(ヒザワ・ヒロシ)
プロフィール
1993年相模ゴム工業株式会社入社。以来一貫してコンドーム・マーケティングに携わる。カンヌ国際広告賞の他、One Show、D&AD、CLIO、ADFEST、ACC、TIAA、文化庁メディア芸術賞など、国内外での受賞多数。好きなものは日本酒、競馬、巨人軍。座右の銘は「人生、面白いか面白くないかのどっちか」
Sagami
Photos by Takuya Wada
Text by Sako Hirano
Edit:HEAPS Magazine