世界で3000万回再生された“モンゴル匈奴(フンヌ)ロック”。馬頭琴×喉歌×大自然〈ミュージックビデオが見せた伝統と現代〉

今年のロックシーンにドカンと衝撃をあたえた、モンゴル発・ビジュアル最強バンド「The HU」。自らが敬うチンギス・ハンのように、世界の覇者となるか。
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「観ていておもしろいバンド」というのがいる。グロテスクなマスクをかぶったスリップノットや、戦に行くかのような鎧に歌舞伎メイクのKISSなどの、肉体増強系。スーパースローモーションやトリックアートで毎回凝ったミュージックビデオに挑戦するOK GOや、ミュージックビデオがアニメーションのゴリラズなどの、MV最強系。

そのどちらの要素も兼ね備えているバンドが、モンゴルからやって来た。武将のような衣装に、馬の頭の装飾が施された伝統楽器。MVは、一大スペクタクル映画オープニングさながらのモンゴルの雄大な大草原。「モンゴルが忘れた伝統と文化」を力強く表現し、原点回帰の大切さを見せる。

モンゴルからやってきた〈伝統×現代〉を体現するロックバンド、The HU

 昨年、世界のメタルシーンに激震が走った。「ベテランメタルバンド・スレイヤーのお別れツアー」や「ベビーメタル、日本人女性アーティストとしてビルボードで史上最高位を記録」などのニュースもあった。が、最たる一撃は、メタルバンドなのにエレキギターを持たないモンゴル出身メタルロックバンド「The HU(ザ・フー)」の登場だろう(英ロック四天王の「The Who」ではない)。

 ザ・フーを観る者は、2度、度肝を抜かれる。1度目は、その風体や音楽性だ。チンギス・ハンを彷彿とさせる伝統的な装いに、レザーをあしらった独特の衣装。エレキの代わりに奏でるは、馬頭琴、トプショール、口琴といった伝統楽器。デスヴォイスの代わりに轟かせるは、地鳴りのような力強い伝統歌唱法・喉歌(ホーミー)*。

*低い声と高い声を同時に出す歌唱法。

「ヘビーメタル×モンゴル伝統音楽」の異色サウンドにくわえ、2度目の度肝は、ミュージックビデオ(MV)の視覚的インパクトと再生回数だ。颯爽と馬で駆け抜ける遊牧民と、レザージャケットでハーレーを乗り回す無数のバイカーたちがモンゴルの草原に集結する圧巻の『Wolf Totem(ウルフ・トーテム)や、現代で日常生活を送るメンバーが突如モンゴルの自然に立ち、荒涼の崖で2弦のトプシュールを奏で、砂漠地帯でモリンホールを鳴らす壮大な『Yuve Yuve Yu(ユヴェ・ユヴェ・ユー)は、それぞれユーチューブで2541万回、3,652万回(2/4現在)。ライブ映像など彼らの他の動画に対しても、圧倒的な再生回数となる。



 歌うのは、自然への愛や、歴史・文化を築いてきた祖先を敬う心、英雄チンギス・ハンなど、モンゴルの現代人が忘れてしまった原点について。音や衣装、ミュージックビデオで「東洋文化と西洋文化」「伝統文化と現代文化」を融合し、原点回帰を促している。

 モンゴル人へのメッセージと思いきや、ザ・フーの音に世界中の耳がしびれた。インスタグラムには、MVにあわせてギターを弾くオーストラリアの少年の動画が投稿され、ユーチューブのコメント欄にはスペイン語・ロシア語・スウェーデン語が並び、ファンは南アフリカやトルコ、ポーランド、コロンビアにまで広がる。全曲モンゴル語にも関わらず、ここまで国外ファンを作れる大きな一因は、モンゴルの伝統と現代をビンビンと発する視覚的なインパクトだろう。

 昨年、モトリー・クルーなど有名ロックバンドが所属する米レーベルとも契約を交わし、今年には英国・欧州ツアーを予定している。駆け抜ける豪壮ザ・フーを逃すまいと、米国全土でコンサートツアー遂行中の彼らを電話で直撃した(メンバーは英語ができないため、マネージャーが通訳。途中から誰の発言かわからなくなってしまった)。メンバーのガラ、テムカ、エンクシュ、ジャヤに、モンゴリアン・メタルバンドが視覚的に世界に見せつけるモンゴルのリアルと原点回帰について唸ってもらおう。


匈奴(フンヌ)ロックバンド、 The HU。

HEAPS(以下、H):先日のブルックリン公演に行きました。バイカー風のイカつい男たちから、年配の音楽好き、いまどきの若者、キッパー(ユダヤ系男性の帽子)をかぶった青年まで、カオスなファン層を沸かせていましたね。2016年に首都ウランバートルで結成されたザ・フーですが、モンゴル伝統音楽とロックを融合するというアイデアは、どこからわいてきたのでしょう?

Gala(ガラ、以下G):僕たちのプロデューサー(モンゴルの有名プロデューサー、ダシュカ)が以前からあたためていた構想だったんだ。昔、喉歌の発祥の地であるジャルガラント地域を旅していたときにアイデアが浮かんできたらしい。祖先に捧げる美しい曲のために「喉歌とロックを組みあわせたらどうだろう」と。

H:発想が広大ですね。そして、首都ウランバートルの音楽学校に通っていたあなたたちをスカウトし、2016年にバンド結成。モンゴルは、ソ連影響下の社会主義時代(〜1992年)にロックをはじめとする西洋の音楽が禁止されていた。その時代を経て、いまではラッパーやポップスターを輩出していますが、ザ・フーのような「伝統音楽×ロック」は珍しいのでしょうか?

The Hu:「伝統音楽×ロック」。僕たちはこれを「フンヌ(匈奴*)ロック」と呼んでいるんだけど、ザ・フーは世界で初めての「フンヌロックバンド」なんだ。

*中国の秦・漢時代にモンゴル高原で活躍した遊牧騎馬民族。


ガラ。

ジャヤ。

エンクシュ。

テムカ。

H:世界初のフンヌロックに、世界中の“耳”がくぎづけになりました。MVはバイラルになり、あのエルトン・ジョンがラブコールを送るまでに。国外の反応は凄まじいものでしたが、モンゴル国内の地元の人たちは「伝統音楽×ロック」に、どのような反応を示しましたか? 音楽を雑多に聴く若い世代や、筋金入りのハードロック/ヘビメタファンがおもなファンなのでしょうか?

Enkush(以下、エンクシュ):僕たちのファンには、キッズもいれば、90歳のおじいさんもいる。ヒップホップ好きだっている。僕たちの音楽はなにもロックファンだけのものじゃない。リスナーに境界線はないんだよね。
そもそも、バンド名の「HU(フー)」はモンゴルの語根*で「人間」を意味する。なぜこの言葉をバンド名にしたかというと、僕たちの音楽を届ける相手というのは、みんな(人間)だから。僕たちのサウンドはロックに聴こえたり、時にはポップに聴こえたり。誰にでも聴きやすい音楽なんだ。

*単語を構成する要素のうち、意味の上でそれ以上分解できない基本的な部分。

H:音楽だけでなく、ザ・フーはMVでも万人を惹きつけていますよね。再生回数2,000万回を上回った『Wolf Totem』のMVでは、モンゴルの大草原にバイカーが集結します。このビデオにはどんな想いや意味が?

G:MVでは、馬にまたがった古のモンゴル騎兵と、“鉄の馬”(バイクのこと)にまたがった現代のモンゴルバイカーが登場する。どんな国・地域に生まれたとしても、祖先や歴史、自然に敬意を払い、愛することが大切、というメッセージが込められているんだ。

H:雄大な自然を背景に、伝統(騎兵)と現代(バイカー)が共存するシーンは、世界の人たちを視覚的に刺激したと思います。バイカーらキャストもたくさん。さぞ大きなプロダクションだった?

G:制作期間は、1週間くらいだったかな。あのバイカーたちは、みんな僕らの友だち。彼らの全面バックアップがあってこそで実現した撮影だったんだ。

H:もう一つの代表曲『Yuve Yuve Yu』のMVでも、伝統と現代の融合を感じました。最初のシーンでは、現代生活を送っているバンドメンバーの姿が映しだされてますよね。都会のカフェでスマホをいじっていたり、家でビデオゲームに没頭していたり、テレビを観ながらポップコーンを頬ばっていたり。ひとたびアパートのドアを開けると、山や湖などモンゴルの大自然が広がり、メンバーが颯爽と演奏をする。

G:あのMVでは、自然と歴史と人間の繋がりを見せたかった。自然を大切にして、自然を理解して、守ること。これが、僕たちがつねに伝えたいメッセージだ。

H:モンゴル語で歌うザ・フーにとって、モンゴル語を理解できない世界各国の人々にメッセージを視覚的に伝えられるMVは、とても重要な役割をしているのかと思います。MVがもたらすパワーについては、どう感じていますか?

Jaya(以下、J):MVは、僕たちの音楽に欠かせないもの。僕たちにとってビジュアルは、音楽と同じくらい重要なものなんだ。いま君が言ったように、僕たちはモンゴル語で歌っている。もちろん、字幕をつければ理解はできるだろう。けど、その字幕の言語(英語)でさえ、理解できない人もいる。
MVで映しだされる美しい風景を通して、自然の美しさを世界に見せたい。いまの社会は、問題だらけでしょう。そんな社会に、まずは自然を守ることの大切さをもう一度伝えたいんだ。あと、『The Great Chinggis Khaan(偉大なるチンギス・ハン)』のMVでは、チンギス・ハンがたんなる兵士や征服者ではなく、“発明家”だったことも表現したんだ。彼は、はじめて国際的な郵便制度や外交旅券などの制度を導入した時代の先駆者でもある。僕たちは、これらのメッセージを歌うだけでなく、ミュージックビデオを通して伝えたい。




H:そして、バンドの風体— 衣装や伝統楽器でも「伝統×現代」のメッセージを体現している。

The Hu:僕たちにとって衣装は、バンド結成時からとても重要な要素だった。プロデューサーのダシュカと相談しながら決めたデザインで、ある有名デザイナーに頼んで作ってもらった特注もの。100パーセント・モンゴルの伝統デザインでもないし、100パーセント・西洋のデザインでもない。僕たちの音楽のように、衣装にも、東洋と西洋が混ざりあっている。

H:歌のみならず、MV、衣装でもってモンゴルの伝統と現代のリアルを体現しているザ・フー。2019年の4月、モンゴルの外務省から文化使節に任命され、モンゴルの文化を世界に伝えるミッションを授かったと聞きました。また、他のインタビューでも「若い世代をインスパイアしたい」と語っている。ザ・フーが、MVやステージを駆使して世界に視覚的に訴えたいこと、また目指すことを教えてください。

The Hu:モンゴルだけに関わらず、いま世界中の若い世代が自国の歴史や伝統を忘れかけている。彼らにもう一度、忘れかけているものの重要性を思いおこさせたい。あと、たとえば『Wolf Totem』では戦について歌っているけど、なにも戦を賞賛しているのではない。その状況下にある問題をどう認識し受けいれることで、苦難を乗りこえ、勝者になれるかについて歌っているんだ。いまの時代が抱える障壁に打ち勝つ、というメッセージをMVを通して届け、若者を励ましたい。





H:ザ・フーの影響からか、最近モンゴルでは伝統楽器に興味を持つ若者が増えているらしいですね。

The Hu:そう。僕たちの音楽に触発されてなのか、多くのモンゴルの若者が伝統楽器を手に取っているみたいなんだ。

H:伝統と現代の融合が、衣装やMVを飛びこえ、リアルなモンゴル社会の若者の原点回帰に繋がっている。ザ・フーの最強ビジュアルは、社会にも大きな震動を轟かせているんですね。

Interview with The HU






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Photos by Esteban Haga
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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