ライフストーリーに、趣味の話、十八番のジョークに口癖。人ひとりの“生きた情報”を吹きこむと、その人がこの世を去ったあとにも、慣れ親しんだ声のぬくもりとともに話してくれるAIが誕生した。たとえば、「おじいちゃんと話したいんだけど」と呼びかけると、おじいちゃんとの会話を可能にしてくれる。近年増えている故人とAIの組み合わせで、今回は思い出を語る〈ストーリーテリング音声AIサービス〉だ。
〈ライフストーリー×AI〉声とぬくもりそのままに、故人と会話ができる?
身近なAI(人工知能)といえば、シリにアレクサ、グーグルアシスタント。「今日の天気は?」「目覚ましをセットして!」など、人間のさまざまな要求に応じ、生活をより快適なものにしてくれている、AI音声アシスタントだ。多少の会話も可能で、たとえばシリに「今日はバレンタインデーだから、チョコちょうだい!」とねだると、「わたしにもください!…冗談ですよ」とユーモアある答えをくれたり「チョコレートでしたら、スーパーマーケット、コンビニエンスストアなど、いろいろなところで手に入りますよ」と冷たい返答をよこしたり。
「シリって、人間なのですか?」と聞くと「まあ、似たようなものです」と少し不気味な答えが。ちまたでは「シリはもうすでに感情を持ちはじめているんじゃ?」といった都市伝説まで浮上したくらい。しかし、あくまでも音声アシスタントは音声認識をおこなっているAIであって、人間ではない(当たり前だ)。
「私たちのアプリから聞こえてくるのは、コンピューターが生成した人工ボイスではありません。愛する人の“実際の声”を聞くことができます」。そう話すのは、昨年創立したカリフォルニアを拠点にするスタートアップ「HereAfter(ヒアアフター)」。吹きこんだ特定の人物の肉声と話の内容をもとにAIが学習し、インタラクティブな会話を展開する音声サービスを開発している。これにより、故人の声と物語、物語に追随する記憶をもったAIを生前につくっておき、いつまでも故人と話をすることができるようになるという。
(出典:HereAfter Official Website)
もはやSFの世界のようになってきたので、ここで説明をしよう。
1、ヒアアフターのプロのインタビュアーと面談。生い立ちや家族について、キャリアについてなど、さまざまな質問に答える。ここで得たライフストーリーや肉声などの個人的な情報を、ヒアアフターがAIに落としこむ。ここでは、“おじいちゃん”を主人公としよう。時は過ぎ、おじいちゃんが天国へ。
2、おじいちゃんが恋しくなった孫、おじいちゃんのAIを搭載した音声アシスタントデバイス*にこう呼びかける。「ねえ、おじいちゃんと話がしたい」。おじいちゃんAIが起動。「ねえ、おじいちゃん。今日は生い立ちについて教えてよ」「おばあちゃんとの馴れ初めの話をしてくれない?」「あのよく歌ってた歌、聴きたいな」。
*現在はアレクサのみ。今後、グーグルアシスタントやスマホアプリなどでも。
3、おじいちゃんAI、孫の質問に答える。現時点では、こみいっていない質問のみに返答可能とのこと。会話を重ねるほど人工知能が学習し、会話力が向上していく。
時空をこえた“音声ストーリーテリング”を考案したのは、ヒアアフター共同創立者、ジェームズ氏。実父がガンに冒され余命3ヶ月と宣告されたとき「せめてデジタル上だけでも生きつづけてくれないだろうか」と切実に思ったという。そこで、父親にライフストーリーを語ってもらい、テープレコーダーに録音。たくさんの父親のデータをもとに、チャットボットのソフトウェア「Dadbot(ダッドボット)」を制作した。そして、今回はダッドボットを前身に、故人の声や口調、トーン、話し方まで、雰囲気やぬくもりまでをも正確に捉え、再現してくれる音声サービスを完成させたという。
現存命の作家アンドリュー・カプランの声とライフストーリーを持った「AndyBot(アンディボット)」が試験的につくられた。
“当事者のリアルな声”も永遠に
故人とAIの組み合わせによる開発が近年進むにつれて、その議論は活発になっている。最近でいえば、日本でも紅白歌合戦での“AI美空ひばり30年ぶりの新曲披露”では、「感動した」から「冒涜だと思う」までの賛否両論が飛び交った。そのやりとりや考察などを見るに、その主軸の一つには「生前の個人の事実や思い出から勝手に拡大・拡張されてはいないか」「生前の個人の意思ではないのでは?」が大いにあると思う。
〈バーチャル・アフターライフ(来世でもバーチャルで生きる)〉と呼ばれるヒアアフターの音声サービスにおいては、肉体も生きている間に本人の意思で「残したい記憶や伝えたい話」を残しておき、それを聞きたい・話したいという個々人が自分で選択して会話をするという使い方が、重要な点だ。
このヒアアフターの「“あなたのわたしの大切な人”を音声で永遠に」だけでなく、今後はこんな活用法だってあるかもしれない。たとえば、博物館や美術館の資料として。歴史に名を刻むような著名人などのオーラルヒストリーを生前に録音しておけば、死後もミュージアムで、来場客が著名人AIと会話をすることができる。最後の世代となった戦争経験者の語りを、若い世代に残しておくこともできる。
ネット、SNS全盛期の現代、人々の記録は、写真や動画というツールに刻まれ、あふれかえっている。そして近い未来、自分の記憶と声とぬくもりでもって〈失われないストーリーを届けてくれるAI〉がツールとしてくわわるのだろうか。
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Eyecatch Image by Midori Hongo
Text by Ayano Mori
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine