「たのしく食べている人に罪の念を持たせる」行きすぎたヘルシーフードトレンドについて、不機嫌なシェフと一問一答

なにが、アングリーシェフを“アングリー”にさせているのか。
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ここ数年でしばしば話題にのぼる、“怒れるシェフ”がいる。ツイッターのプロフィールによれば、「Frequently angry.(しばしば怒っている)」。ブログでは「食の世界の虚偽や見せかけ、馬鹿らしさを暴露する」という使命を掲げている。いったい、食の世界のなにに怒っているのか。

怒っている原因を知りたいです。

 なかなか気難しそうで、厨房で怒号を放っていそうなイメージの“怒れるシェフ”、呼称は「The Angry Chef(ザ・アングリーシェフ)」。身元を暴くと、ミシュランレストランなどでも勤務経験済みの熟練のプロのシェフで、現在は大手食品製造会社の開発に携わる英国人の男性。

 彼の怒れるツイッター(@One_Angry_Chef)とブログ(「The Angry Chef」)をのぞくと、想像よりは穏やかだが、まあまあ怒っている。ツイッターでは、食に関する情報をリツイート。『フライドポテトやハッシュブラウンを週に2、3日食べると早死にする』という記事に対する批判ツイートや、『加工食品のなかには自然食品よりも健康なものがある』という記事のリツイート、『菜食主義はコロナを防げるわけではない』という記事のリツイートなど。
 ブログでは「すべての加工食品が悪いわけではない(要はバランスだ)」「砂糖は悪者ではない(多すぎるのはダメだが、要はバランスだ)」「“ヘルシーフード”、“アンヘルシーフード”なんてものはない(健康的な食べ方とは、要はバランスのことだ)」と述べている。要はバランス。それは、その通りだと思う。

 アングリーシェフを怒らせるのは、最近の健康ブームやウェルネスカルチャー…そのものではなく、その流れにのって広められ煽られた、根拠もない過度な健康や食の情報のこと。
 ソーシャルメディアの爆発的な拡大やインフルエンサーの台頭により、昨日聞いたこともなかったヘルスハック(最近だと「快眠に良いレタスウォーター」)やパワーワード(「デトックス」「クリーンイーティング」など)が拡散され、セレブリティの薦めでヘルス関連のプロダクトが流行り、ヘルス関連メディアが毎日新しい情報をアップする。そんな世の中で蔓延する、本当かどうかわからない信憑性の低い情報やそれらが氾濫する状況に、アングリーシェフは食業界のプロフェッショナルとして怒っている。間違っていたり、根拠のない情報を洗い出し、自身のブログやソーシャルメディアで発信することを通して「食にまつわるみんなの罪悪感や羞恥心を取りのぞきたい」という。アングリーシェフの意見や見解は彼の経験や考えに基づいたものだが、これまでに学者や栄養士から良い評判をもらっているという。

 アングリーシェフが怒っていることをもっと探るため、アングリーシェフとのアングリーな一問一答。昨今の、健康やエコ、エシカル観点から生み出されるようになった「食に対する羞恥心」という得体の知れないモヤモヤについても聞いてみた。


ザ・アングリーシェフ。

HEAPS(以下、H):ある記事で、自分のことを「不機嫌な年寄り(grumpy old man)」と呼んでいましたが、年寄りじゃないじゃないですか(ビデオ通話で取材)。

Angry Chef(以下、A):まあ相応に年取っていますけどね。多くのシェフに比べたら年は食っています。中年ですかね。でも、確実に不機嫌ではあります。

H:昔から食のプロフェッショナルとして勤務されているそうですが、いま、なにに怒っているのでしょうか。

A:僕は生化学の学位ももっていますし、栄養についてかなり知識はあります。そしていまは健康的な食品開発にも関わっています。そんななか、数年前に「クリーンイーティング」というダイエットトレンドがあったことや、インスタグラム上でたくさんの若いインフルエンサーたちが、ヘルシーな食生活について話していました。それ自体はいいことだと思うのですが、もっと詳細に見てみると、栄養学的観点から、彼らがなにもわかっていないこと、そして彼らの話には間違っているものや誤解を招きかねない情報があることに気づきました。また「この食品は毒だ、有害だ」のような人々の恐怖や心配を煽るような情報は、食をこよなく愛するシェフとして怒り心頭でした。

H:怒ってきましたね。

A:たのしく食べている人たちに罪の念を持たせるような状況に怒っているんです。疑似科学*や科学的な情報を歪曲して伝えていることにも腹が立ちます。そこで、「アングリーシェフ」と名付けた匿名のキャラクターを生み出して、知人向けにブログを始めました。

*科学的で事実に基づいていると主張しているにもかかわらず、科学的方法と相容れない言明・信念・行為。

H:それがあなたの「食の世界の虚偽や見せかけ、馬鹿らしさを暴露する」ブログですね。

A:アングリーシェフは“キャラクター”なんですけれど、実際に自分がシェフの仕事をしているときにはよく口汚く罵り言葉を漏らすこともあるので、おもしろいですね。ブログを読んだ知人たちが共有し、英国でかなり知られるブログになったんです。その後、新聞や雑誌に取り上げられ、著書も出版するに至りました。


著書『The Angry Chef: Bad Science and the Truth About Healthy Eating。

H:数年前にブログをはじめたころ、特に怒り心頭だった「食に関するウソ」はどんなものでしたか。

A:その頃、英国でインスタ上でとても有名だった“クリーンイーティング”ブロガーがいました。彼女の手がけた料理本はジェイミー・オリバーやデリア・スミス(両者とも英国の有名料理家)の本より売れたくらいです。僕自身、興味を持ちまして、食業界のカンファレンスに彼女の講演を聞きに行きました。彼女は食や健康について話をしていたのですが、それがいい加減な話で。

H:ちなみにどんな話でしたか。

A:アルカリ性ダイエットの話でした。このダイエットは、ナンセンスです。

H:アルカリ性の食品を多く摂ることで、体内をアルカリ化(体内の酸性度を低く)し、体のpHバランスを整え、体重を減らしやすくするというダイエットですね。専門家たちの多くが「科学的根拠はない」と唱えていたものでもある。

A:講演を聞いている参加者も、僕と同じような考えを持っていると思ったのですが、実際はそんなことはなかった(信じているようだった)。とても心配になりました。

H:「クリーンイーティング」というのも、ヘルスコンシャスな人々のトレンドワードです。可能な限り自然に近い食品を摂取することで、加工食品・添加物は避ける、オーガニック食材を選ぶ、週に数回は植物由来の食品を摂るというもの。これについては、どう思いますか。

A:好きになれない言葉ですね。クリーンなんて、まるで“ダーティな”食べ物があるのだろうと想定させるような言葉。汚染された食べ物がある、そういう考え方は食べ物関連のワードとして嫌な感じです。

H:アングリーシェフは「食にまつわるみんなの罪悪感や羞恥心を取りのぞきたい」とも言っています。たとえば深夜にカップヌードルを食べてしまったときに感じる、健康や自分の意志の弱さに対しての「罪悪感」というのはわかるのですが、食べているものに対しての「羞恥心」というのは、アンヘルシーな気持ちですよね。最近だとマクドナルドなどのファストフードを食べることに「羞恥心」を感じる人もいると聞きます。

A:あまり昔の社会にはなかった感覚かもしれないですね。最近のヘンテコな現象だと思います。フードカルチャーへの熱中やダイエット業界にも繋がる話なのでしょうか。

H:“クリーン”をふくめ、自分の健康や環境にいいものを消費することが良いとなるにつれ、その逆のものが不必要に悪にもなっていく。食が豊かになった時代ならではの“特権”と見ることもできますね。できる限り体に良い食事を摂るというのは、人類が生存や健康のためにおこなってきたことだと思いますが、ダイエットトレンドになると度が過ぎる節がある?

A:健康的な食べ方というのはいつもありました。近年は、情報へのアクセス、共有が爆発的に広がりをみせ、ソーシャルメディア上で繋がりが強いコミュニティが増えています。なにかが流行るとインフルエンサーの影響もあり、極端な動きをみせている。たとえば最近だと「肉しか食べない」コミュニティがありますね。これはヘルシーではない。壊血病(ビタミンCの欠乏による疾患)になる恐れもあります。また、極度の食事制限をすることで孤立したライフスタイルになってしまい、社会的にもヘルシーではない。

H:そういえば、つい数日前に「肉を食べることが心臓系の病気のリスクを上昇させる」という記事を見かけました。 

A:そりゃ、チーズバーガーだけ食べていれば健康的な食事とはいえませんし、だからといって、ケールやキュウリばかり食べていても健康的な食事とはいえない。

H:あなたがよく言う「要はバランス」ということですね。

A:ここで出てくるやっかいな話が「栄養学」です。栄養学はあやふやな科学でとても複雑。実際の人間を対象に実験しないとわからないことも多いです。たとえば、肉を多く摂ると不健康だ、という実験の場合、結果として「不健康」と認定された人の原因が「肉」だったのか「生活スタイル」だったのかなどが不明瞭。長期間にわたって人体実験することもできないし、たとえ動物実験をしてもそれらは動物なので、人間とは違う。

H:一人ひとりの体質や持病、疾患なども関係してきそうです。先ほどの「クリーンイーティング」のほかにも、体内に溜まった老廃物や毒素を排出し、心身の健康を戻す「デトックス」などのトレンドワードが毎年出てきますが、引っかかるワードやトレンドはありますか。

A:「デトックス」は嫌ですね。体のなかから毒素を抜きだせる食べ物なんて、ないと思っています。ナンセンスです。デトックスというワードは、いまやダイエット関連のサイトだけでなく、スーパーマーケットなどいたるところに見受けられますね。あとは「スーパーフード」。

H:「一般的な食品より栄養価が高い食品」のことを指すワードです。チアシードやキヌアなど、一時期すごく流行ったフードや、コールドプレス・オーガニックバージンココナッツオイル、スピルリナ(約30億年前に出現した小さな藻)、アマランサス(南米原産のヒユ科の雑穀)など聞いたこともないような食品が、多くの記事で「スーパーフード」としてリストアップされています。

A:“スーパー”な食品なんてないですね。たいてい値段も高く手に入りにくいものです。あとは、炭水化物を悪者扱いする人々のことが心配です。低炭水化物ダイエットは、特定の人たちには効果があると思います。ただ、ジャガイモやパスタ、米などの炭水化物を悪者と決めつける必要はないんじゃないでしょうか。そういえば「パレオダイエット」というのもありましたね。

H:旧石器時代の狩猟採集型の食生活を取り入れた食事法のことで、穀物と豆類は食べず、肉、魚、卵、野菜、果物、ナッツなどを食べるスタイルですね。

A:旧石器時代の人々が食べていたものを食べるというコンセプトは、むちゃくちゃだと思います。だって、その頃の人々の寿命は25歳くらいでしたでしょうし。

H:また最近では、TikTok上でヘルス関連のトレンドが生み出され拡散されている印象があります。快眠を誘うというレタスウォーター(レタスに沸騰させたお湯をかける)や、ニキビや肌の赤みを抑えるというクロロフィルウォーター(植物や海藻などに存在する緑色の天然色素を混ぜた水)を聞いたことがあります。

A:どちらも聞いたことないです。もちろん多くの人に知られているのでしょう。そういえば、数年前に「セロリジュース」が流行りましたね。別にセロリが悪いわけじゃないです。ただ、セロリだけ、ってことですよね。セレブリティのグウィネス・パルトロウによってプロモートされたMedical Mediumという人物がいて、彼からセロリジュースのトレンドが生み出されました。彼は、食や健康についての情報は、精霊からあたえられたものだとかなんとか、話していました。

H:それは胡散臭い(笑)。

A:でも、フォロワーにはたくさんのセレブリティがいるんですよね。

H:そしてそのセレブリティたちを信じるフォロワーがたくさんいるんですね。つかぬことをお伺いしますが、ツイッターのプロフィールには「しばしば怒っている」とありましたが、どれくらいの頻度で怒っていますか。

A:まあ、ときどきですかね。実際、とても穏やかな気性だと思います。週2、3回くらいでしょうか。

H:多いのか少ないのかわからない頻度ですね。アングリーシェフのブログでは「こんなことに怒っている」という怒りのリストがあります。

・ダイエットやレシピ、食材などの健康上の利点を、非科学的な根拠で主張すること。
・食品製造メーカーが自分たちの製品について間違った健康に関する情報を表示すること。
・シェフやブロガー、フードライターたちが大げさな自意識を持つこと。
・食の世界に存在する、ありとあらゆる偽りの情報。
・ジャーナリストやメディアが、間違ったあるいは信ぴょう性に乏しい食情報を報道すること。

最近の怒りは?

A: 2、3年前の話ですが、ベーコンと大腸癌には関連性があるという研究結果が発表されました。ベーコンを食べることで大腸癌になる可能性が高くなるというデータは間違っていませんし、二者に関連性は存在します。研究結果は「どんな人でも、大腸癌になるリスクは6パーセントある。もしベーコンを毎日2枚食べると、大腸癌になる確率は7パーセントある」というものでした。ベーコンを食べることで、大腸癌になる確率が1パーセント上昇する、ということがいえますね。

H:はい。

A:これがメディアを通して伝えられたとき「ベーコンを食べることで、大腸癌になる確率が18パーセント上昇する」となりました。

H:なぜそんな数字が?

A:絶対リスク*ではなく相対リスク**で出した確率で、つまり語弊のある情報を流していたことになります。ショッキングな数字を見出しにつけた方が読者の注意も引けますし。絶対リスク(1パーセント)ではなく相対リスク(18パーセント)の確率を示し、ショッキングな数字の方を強調することは、ジャーナリストだけではなく、自分の研究結果を世に出すために研究者もやってしまったりします。

*ある状況が個人、あるいは集団の健康に影響をあたえる確率。
**ある原因の影響により、その個人のリスクが何倍高まるかを示した確率。

H:情報の受け取り手が、メディアの報道や調査の結果を鵜呑みにしないようにすることも大切になってくるのでしょうか。

A:それはかなり難しいことですよね。すべてのことを合っているかどうか調査できませんし、そんな時間もない。僕はたまたま食科学に興味や知識がありますが、それでもすべての情報を掘りさげて調べることはできない。最近では、このような怪しい情報に引っかからないための「5つの、6つのルール」みたいなものを作ってみようと思っています。


アングリーシェフの素顔公開。

H:信ぴょう性のない健康の情報でも信じてしまう人間の心理は、どんなものなんでしょう。

A:まず、人々はシンプルなことを好みます。「どんな食事が健康に良いのですか」という質問に「グルテンや砂糖は食べてはいけません」というシンプルな答えが返ってくるとわかりやすくていいんです。それに人々は古代のものに魅力を感じます。昔はいまよりよかったという懐古主義ですね。祖父母世代のような食生活をするのがお薦めです、と言えば…。

H:そうかなと思ってしまう。パレオ・ダイエットも、この懐古主義から来ているのかもしれない。アングリーシェフが考えるヘルシーな食生活とは、どのようなものでしょうか。

A:よく聞かれる質問ですね。まあ、砂糖を悪者にはしたくはないですが、あまり摂らないようにはしています。でも、幅広くさまざまな食べ物を摂れば良いわけで…。とにもかくにも、健康に良い食事というのは、科学的な観点からいったん離れてみて感じる、人を人を繋ぐものや人生の大切なときに共有されるものではないでしょうか。そのように愛する者たちと食をたのしむことで、真の健康となるのではないでしょうか。

H:物理的なことより、心理的なこと?

A:「炭水化物は食べられない」「パンはダメ」「この食べ物はNG」なんて言うことによって、たのしい気持ちが死んでしまいますからね。もちろん病気などの理由で食べられないことはありますが、そうではなく、たんに「ウェブサイトに書いてあったから」などという場合です。

H:アングリーシェフが食に対して怒っているとき、心を鎮めるために食べるものはありますか。

A:典型的な英国人の答えですが、ティーとビスケットです。

Interview with The Angry Chef

All Images via The Angry Chef
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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