第5話「分け与える余力ある人が、もっていない人を助けるしかないんや」パンデミックと日本のムスリム【後編】|香川県モスク建立計画、祈りのルポ

香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う。
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「香川県にモスクをつくろうとしているインドネシア人がいる」

その噂を聞いた数週間後、私は香川県のx市にいた。グループのリーダーと会い、家にあがったその日から、当初の想定よりもだいぶ重く、深く、そして親密に、計画の渦中に身を置くことになった。これは、香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う現在も進行中のルポルタージュだ。

第4話は、パンデミック下で目の当たりにした、ムスリムたちの在り方とコミュニティ。前編はこちらから。

パンデミックで見えた、ムスリムコミュニティの底力

 さて、ついに会議がはじまる。一体、誰を助けるというのだろうか? 香川県の技能実習生たちが職を失った情報はなかったのだ。

「留学生たちがバイトをできなくなって、お金がなくて困ってるんですよ。日本に来る留学生は親がお金持ちに見られがちやけど、そうでもない人が多いんですよ」

 香川県には日本語学校があり、インドネシア人の学生が14人も通っている。彼らは学費や生活費を賄うため、コンビニや飲食店でバイトをしている。ちなみに豚肉を触る心配のない回る寿司が人気のバイト先だ(留学生の場合、1週間に20時間のバイトは可能)。だが、コロナのおかげで飲食店の経営は軒並み厳しく、就労時間が極端に減ってしまった。技能実習生よりも先に影響を受けるのは、社会的な保障のない留学生なのだ。

 すでに十分な寄付が集まったので、食品を買い寮に持っていく作戦なのだそう。なにを購入するかの打ち合わせだったが、こんな時期によく他人を助けるなあと感心する。それにしても、集まることが禁止されているいま、どうやって寄付を集めたのか? いかにして留学生の現況を知ったのだろうか? と疑問が次々と頭に浮かぶ。私は、留学生とフィカルさんが一緒にいるのを見たことがなかった。

「KMIKのコミュニティーのメンバーが『留学生が困ってる』ってSNSのグループチャットで教えてくれたんや。ほら、インドネシア人を見つけたら声をかけて登録してもらうっていってたやろ? それで連絡してみたら、バイトが減って困ってるって」

 よく覚えている。KMIKとはフィカルさんがリーダーを務める香川県のインドネシア人コミュニティー。香川県のインドネシア人の家族という意味の、インドネシア語の頭文字をとったものだ。初めてこの家を訪れた2019年の3月頃は、ちょうどKMIKができたばかりで、メンバーを増やそうとしている最中だった。駅のホームや、街で見かけたインドネシア人に声をかけ、KMIKの存在を伝え、連絡先を交換していると言っていた。私はそれを聞いて「なんと非効率なんだ」と感じた。それに声をかけられたインドネシア人は、気味悪がるんじゃないかとさえ思っていた。まさかこのように機能するとは。

 その地道な日々のたまものであるKMIKは、SNSのグループへの参加者だけで300人ほど。そこに「留学生が困っているので、寄付を集めています」と投稿すれば連絡網が力を発揮し、情報は瞬く間に拡散され、寄付をする余裕がある人はKMIKの銀行口座へ振り込む(ちなみに、2021年はパレスチナへの寄付をコミュニティー内で募ったが、1か月で22万円集まった)。

 この時はコロナの影響もあり寄付はそこまで集まらなかったが、東京にある国内最大のインドネシア人コミュニティーが、ザカートの一部を寄付してくれることになった。ザカートとはイスラム教の義務の一つで、困窮者を助けるための喜捨。富を分配するための税金のようなものだ。財産に余裕があれば一定比率の金銭や現物を支払うのだが、貨幣での支払いは年収の2.5パーセントと決まっている。社会の差別と貧困を抑制し、他人の幸福に関心をもつ社会をつくることが目的とされる。行政が管理するものではないので、知人などで貧している人がいれば直接渡せばいい。または、近所のモスクの管理者にあずけると、彼らは地域で貧している人の情報を把握しているので、必要な人へ渡してくれるのだ。

 地域のコミュニティで、集金から分配までの作業をすべて行っているのである。すごい。ザカートはいつ支払ってもいいし、何回かに分けてもいい。なので地域にモスクがあれば、ザカートも集めやすくなるのだろう。そうか、このためにもモスクは必要なのだ。

 会議はすぐに終わり、集めた寄付でコメ、パン、鶏肉などを購入して渡すことが決定した。そしてフィカルさんが代表して、学生たちの寮へ行くことになった。そこで、さらなるムスリムの教えの深さを、私は目の当たりにする。


パンデミック前、集まれていた頃。

おそるべし。ムスリム式、善意の循環システム

 打ち合わせから数日後。フィカルさんとKMIKの女性メンバーが、近所のマルナカというスーパーで食品を買い込んで14袋に平等に分けて、学生たちの寮へと向かった。

 瀬戸内海沿いの小さなアパートの1室で、学生たちが集まって待っていた。学生たちはまだ若く20代だ。異国の地で迎えた突然のパンデミックで起きた金銭的な不安は隠せない様子だったが、これでしばらくは飢えることはないだろう。感極まった様子で感謝を述べる留学生を見て、私まで誇らしい気分になった。

 その後、みんなで写真を撮った。無事に食物を渡すことができた証拠を、寄付してくれた人や団体に見せるためだ。フィカルさんは実に得意げな表情で、充実感に包まれている。

「これ貯金ね。いいことしてたら、絶対神様は返してくれるからな」とほくほく顔だ。おお、なんて便利なシステムなのだ。人助けは貯金になるのか。

「もし私が仕事をなくして困ったら、誰かが助けてくれる。だからパンデミックでもそこまで心配にならないのかもね」

 なるほどなあ。人を助けることで神様が喜んでくれるから、善行は自らの命を守るためのものでもあるのだな。善意と安心がよどみなく循環するシステムが構築されていて、それが当然の社会で生きてきたから、善意は必ず帰ってくると信じている。だから自然と共助が起きるのだ。

 この時期、日本中のムスリムコミュニティーがひっそりと助け合っていた。
 東広島のモスクは寄付を集め、仕事を失ったインドネシア人のために手分けして弁当を家まで配って回った。一軒一軒自転車で回り、ドアノブにかけるという方法でだ。徳島のムスリムコミュニティーでは、香川県と同じように困窮する学生へ寄付を集めた。プトラ君たちは、日本在住のインドネシア人介護コミュニティの中で寄付を募り、物資不足であえぐインドネシアの病院へ防護服を送った。

 ちなみにこの善意の循環システムは、ムスリムのためだけに発動されるわけではない。東日本大震災、熊本の震災、岡山の洪水の際も多くのムスリムコミュニティが寄付を募り、募金してくれた。

1万円への感謝を語る。つかの間の笑いと、かすかに覗いた心

 さて、善行も終わり満足げなフィカルさん。私まで徳を積んだ気になっていた。久々の爽快感につつまれた私たちはフィカルさんの車で、Ⅹ市へと向かった。

 私は、貴重な瞬間に立ち会えたことに感謝していた。パンデミックなどの非常時でしか見えないムスリムの姿だっただろう。彼らは非効率な方法で形成したコミュニティを頼りに、ひっそりと助け合うことで依存を高め合っていた。それは、聖なる依存だ。
 このコミュニティの形成力と、共助の方法は日本人が学ばなければいけない部分だろう。フィカルさんにその要領を聞いてみると、「うーん、難しいなあ。モスクでたくさん教えられたけど、言葉にするんは難しいわ。助け合うのが当たり前の環境やったからなあ。子どもの頃から困っている人をいつも探すように、教えられてきました」と言う。

「インドネシア人も自分から助けてほしいとは言いにくいから、周りの人が会話の中で聞き出してこっそりモスクの代表に教えるんです」

 よく日本人は助けてと言えないというが、インドネシア人もそうなのか。その方法や感覚を、子どものころから信仰や習慣を通して体で覚えていったのだろう。土着の文化も影響しているはずだが、そのあたりも含め、もっとコミュニティについて掘っていきたいなあ。あー、フィカルさんの実家と、近所のモスクを訪ねてみたい。いまはとても叶いそうにないけど。

 そんなことを考えていると、フィカルさんは「自慢するわけじゃないけどな、こないだ、12万円をインドネシアの兄へ送金したよ。800kg分のコメを購入して近所で仕事を失った人に配ってもらったんや。これがイスラム教の考え方ね」と言う。誇らしさを必死で押さえている表情なのである。
 彼の地元はその日暮らしの生活者が多く、働きに出られなくなると即貧困に陥る。しかし政府や行政は汚職まみれで補償金をもらえるとは、鼻から期待していないので、助け合うことが必要だった。

「分け与えられる余力がある人が、もっていない人を助けるしかないんや。子どもの頃からそうしてきたから、日本にいてもやることは変わらないね」

「ところで疑問なんですけど、なんで日本人は、国から10万円ももらって、政治家に文句言ってるんですか? 私、めちゃくちゃうれしかったよ。私が日本にきてすぐに、総理大臣が1万円くれたのをいまでも覚えてるね(多分、2008年の定額給付金のこと。実際は1万2千円)。感動してしばらく使わないでおいてたよ」とフィカルさん。
 言いたいことはたくさんあるが、まあ確かに。この男、時々深い言葉をいう。批判はもちろん必要だが、感謝抜きに批判だけすれば、感情論となりそりゃあ不信関係に陥る。痛いところを指摘されたことで、ちょっと悔しくなり総理大臣の「おうちで歌おう」事件への不信を伝えると「あー、なるほど。でもインドネシアの政治家はもっとひどいよ。嘘と汚職ばかりね」と言う。

 私が日本の失策を教えると、フィカルさんも負けじとインドネシアの失策を嘆くという謎の争いが続いた。私が最後に出した切り札は、マスク2枚だった。まだ届いてもいないし、不良品が多いと聞いていた。

「マスク!? プププ。安倍のマスクね。知ってるよ」 と吹き出すフィカルさんに、私はチャンスだと、畳みかけた。
「ブラジルの大統領は、サッカーボールを配ったらしいよ」
「わははは! それも知ってるね! いやー、冗談みたいね。どこの国も大変ね」

 なぜだかわからないが、2人で涙を流すほど腹の底から笑った。

「ああ、こんなに笑ったのは、久しぶりやわ」と呟くフィカルさん。
 その時、彼が抱えていた不安を見た気がした。いくら鷹揚に構えているとはいえ、仕事の行く先も不透明。家族もいる。自国の友人や家族のことも心配なはずだ。祈りはすべての恐怖を取り除いてくれるわけではない。私たちは、等しく同じ状況で生きているのだ。

「いやー、モスク計画はどうなるかなあ? こんな状況じゃあ、難しいかもなあ」と、力なく彼はつぶやいた。窓の外には光を失ったゴーストタウンのような街が、瀕死の状態であえいでいた。

Photos by Shintaro Miyawaki
Text by Daizo Okauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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