ただ出会うより「ちゃんと話したい」。かつての“聖域”、バーやクラブより夕方6時の「編み物会」に集まるマイノリティたち

バーやクラブでのスモールトークよりも。編み物しながら、ぽつぽつとマイペースで親密な会話を求める男性たち。
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男性たちの「社交場」として、みんなで集まって編み物をする集まり「ニッティング・ナイト」が人気だ。かつてクィアの男性たちにとっての社交場といえば、「ゲイバー」「クラブ」などもっぱらが夜の場。「僕たちは、本音で話せる親密な会話、その出会いを、必要としていました。編み物は、人と人をも編みあげていくものでもあるんです」。
お酒を飲みながら、ではなく、明るい部屋でマイペースに会話できるこの会には、ただ新しい人と出会うのではなく“より親密になれる場所”を求めて、人が集まっているという。

「先生」不在。お金もとらない。編み物教室というより、あくまでもお茶会

「編み物をしながらの会話の魅力? それは、会話中にアイコンタクトをとり続けなくていいこと。それでいて、相手が自分の声に耳を傾けてくれているのはわかるんです。僕は編み物をしながらの方が、かえって会話に集中できるような気がします」 


左が取材に応じてくれたルイス・ボリア(Louis Boria)

「ガイズ・ニッティング・ナイト(Guy’s Knitting Night)」の主催者、ルイス・ボリア氏はそう話す。毎週木曜日の夕方6時から、ブルックリンの小さな毛糸屋さんで開催されるこのニット会は「自分のことを男性だと思う人たち」を中心とした集会だという。だから「メンズではなく、“ガイズ”ですね。編み物に興味があれば誰でもウェルカムですよ」。その言葉通り、この毛糸屋の店長をはじめ、数人の女性の姿もある。ひとり、またひとりと「いつものメンバー」が増えていく中で、気がづくと、さっきまで店内の毛糸を物色していた女性の来店客も集会の輪の中に混じっていた。  
  

 ガイズ・ニッティング・ナイトの発足は昨年の1月。下は15歳の少年から、上は60代と年齢層は幅広く「だいたい10〜15人、多いときは20人ほど集まる」という。発足の動機については「僕のようなマイノリティ(少数派)が参加しやすいニット会を作りたくて」と話す。      
 いわく、ニューヨークの編み物愛好者の規模そのものは小さくない。一人でたのしむ「ソロニッター」に、編み物を職業や公に向けたアイデンティティとする「パブリックニッター」までさまざまいる。が、「ニット界のマジョリティ(大多数)である女性、特に白人を中心としたものなんですよね」。
 それはそれでいいんですが、と前置きし「僕が変えたいのは、いまの社会にある『編み物=フェミニンなもの』という見方です」と話す。
「僕のように、男性で、有色人種で、クィアで…。いわば、米国で一般的な編み物のイメージ(女性、白人)からは、やや遠い見た目の愛好家もいる。そういったニット界の少数派にとってのコミュニティを作ることで、編み物へのイメージを変えていきたいんです」。   
 ボリアのニット歴は「11年」。いまでこそ編み物界の有名人となり、上述のようなコミュニティを主催したり、地元の子どもに編み物を教えるようになったが、ほんの2年前までは「ずっと一人でやっていました。そもそも編み物をみんなで楽しむという概念はなかった」という。  



 彼が“時の人” になったきっかけは、2017年の冬。いつものように仕事帰りの地下鉄で編み物をしていたところ、たまたま乗り合わせた乗客がその様子を写真に撮り、フェイスブックに投稿。すると、その「アーミージャケットに髭面の男性が、地下鉄で黙々と編み物をする姿」は、瞬く間に広がった。いわゆるバイラルとなり、彼は一夜にしてニット界の新スターになった。“一夜にして”というもの、向かいの座席に乗り合わせた人というのが、有名なブロードウェイ女優だったのだ。

 以来、彼のもとには「あなたの自分らしく生きる姿に勇気づけられた」といった、主に男性ニッターたちからのメッセージが次々と届くように。これを機に、上述のような「編み物を通じて社会を変えたい」という“ニット・アクティビスト”としての自覚が芽生えたと話す。  
 私たちが初めて訪れた昨年の8月は、編み物をするには季節外れにも思えた。だが、愛好家たちにとって季節は関係ないようだ。集まった人々は、自前の編み物ポーチからスティックを取り出し、スカーフや帽子、バンダナなど、それぞれの創作物に慣れた手つきで網目を増やしていた。

 中には編み棒や毛糸だけでなく、ワインボトルやクッキーを持参する人も。「みなさん、お好きにどうぞ」「あ、はじめまして」「その毛糸いいじゃない」と和気藹々。その雰囲気は、ボリアを「先生」と仰ぐ編み物教室のような集まりではなく、それぞれの作りたいものを、それぞれのペースで進める、なんともフランクな「お茶会」のようなものだった。



 実際、参加者はこの集まりを「クラス」や「習い事」とは呼ばない。あくまでも自由参加のコミュニティで「みんな好きな時間に来て、2、3時間ほど団欒して、自由解散という感じです」。
 会話の内容はというと、先週話したことの続きだったり、その日の仕事のことだったり、週末のプランについてだったり、家族のこと、恋のこと、健康のこと、純粋に編み物のことだったり——「もちろん、未成年がいるときはR-15、R-18を意識しますよ!」。

 また、初対面の人もいるからといって、必ずしもポジティブな話をする必要はないという。「聞いてほしい不安や愚痴があれば聞きますし、解決策を求めている人がいれば、みんなで意見を出し合ったりします」。つまりは「ここは、ジャッジメント・フリー・ゾーン」。各々のスキルや人気度、社会適応能力を測る場所でも、競い合う場所でもないという。  

「新しい社交場」と「より親密な関係」への欲求

 クイアにとっての社会からの「ジャッジメント・フリー・ゾーン」、それはかつて、ゲイバーやクラブだった。それは、彼らにとっての社交場であり聖域。そこで恋をし、友情を育んだ経験のある人々は、この街に少なくない。
 だが、時代は変わり、文化も変わった。多様性の見本市のようなニューヨークに限っていえば、LGBTQの聖域は、かつてのような限定的なものではなくなった。見方を変えれば、聖域の「域」の部分が広がって増えたぶん、「聖」が持っていた濃度や意味合いは薄まったようにもみえる。 

「新しい社交場」に対して、「より親密な関係」の欲求があることは、いままでにも何度かヒープスで取り上げてきた。ただ建て前の話をするよりも、「もっとちゃんと話したい」。そんなふうにより親密さを求めているためか、新しい社交場は、同じ悩みや、同じ趣味、同じ思想など、より内面的なものを基軸に形成される傾向がある。特に、男性の間でのその欲求の高まりは、年々増しているように思う。  
  
 ボリアと参加者たちに「編み物をしながらの社交」の魅力について尋ねると、こんな応えが返ってきた。

「編み物は両手を使うので、スマホいじりの防止になる」
「飲み過ぎ防止にもなる。クラブやバーでの社交だと、手持ちぶさたでついつい飲みすぎてしまう。ナーバスなときは特に」
「編み物好きにとっては、やっぱり作品を見せ合えたり、アイデアを話し合えるのがいい」






       
 以前、ニューヨーク・タイムズ紙は「クラブやバーでの上っ面のスモールトークに辟易しているニューヨークのゲイたちが、他の出会い方を探しはじめている」と述べ、その一つとしてガイズ・ニッティング・ナイトを紹介していた。
    
 ボリアは「編み物は、インクルーシブなんですよ」と話す。「年齢や性別、国籍が関係ないのはもちろん、収入も問いません。高価な毛糸はどこまでも高価ですが、安い毛糸はひと玉10ドル(約1000円)しません。帽子1つならそれだけで作れてしまいます。バーで飲むワイン一杯よりも安い。編み物は、安価な趣味にも、高価な趣味にもなり得る。それでいて、一緒にテーブルを囲むこともできるんです。ここは、ジャッジメント・フリー・ゾーンですからね」。

 そういえば、ブルックリンといえば、クラフトブームがあった。石鹸やキャンドル、ジャム、シロップなど「自宅で手作りした〇〇」に、ぬくもりを前面にだす叙情的なキャッチコピーを添えて、スモールビジネス化する動きが相次いだ。あの頃の「クラフト・コミュニティ」にはどこか、昨日今日はじめた趣味をもビジネスにしようといった、なんとも言い難い前のめりさがあったように思う。だが、同じブルックリンの編み物というクラフト・コミュニティでも、そのメンタリティはここにはない。ニットを通じた集まり、「コミュニッティ」。それは、どこまでも純粋に、編み物を通じた社交場なのである。

Interview with Louis Boria

Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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