「香港のクィアのための場所はどこにある?」LBGTQの児童書が禁じられた都市で。3人がつくるクィアジンの移動式図書館

170冊を集めたポップアップの小さなライブラリー。一日限り、数日限りと期間は決まっているけれど、「行ける場所がある」こと。
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いまから2年前、香港の公共図書館で、LGBTQをテーマにした10冊の児童書が本棚から姿を消した。国際都市であり、いたるところにゲイサウナが点在するまちで、だ。

それを受けて登場したのが、「クィアのためのスペース、必要じゃない?」というクィア三人組の移動式図書館。自分たちで世界から取り寄せた170冊のクィア関連のジンを並べる。ネットで誰でも購入できるなか、移動式の図書館をやる理由を、彼女たちに聞いてみる。

禁止された本の内容は?

 ここ2年で、同性婚カップルが異性婚カップルと同等の待遇を認められたケースもあるなど、香港でもLGBTQと社会の歩みは変わりつつある。が、「法的にも社会的にも香港はLGBTQへの認識が遅れてると思う」。出版物にも、まだまだ厳しい目が向けられている。2年前に香港の公共図書館から「LGBTQをテーマにした10冊の児童書」が本棚から消えたときにも、反同性愛団体の強い抗議があった。以来、一般公開は禁止になったまま。要望があった場合のみ、貸し出しが許可される。

 禁止された1冊は、2005年に出版された「And Tango Makes Three(アンド・タンゴ・メイクス・スリー)」。恋に落ちた2匹の雄ペンギンが飼育員の助けをかり、家族を作るという物語。数々の賞にノミネートされた人気作品だった。
 これを疑問視したのが、香港を拠点に活動するアートキュレーターのケイトリン(25)とインディペンデント出版物を扱う個人出版者のビアトリクス。クィアである2人は、児童書が禁止されたのと同年の2018年の9月に、クィアに関するジンを専門に扱う図書館「Queer Reads Library(クィア・リーズ・ライブラリー、以下、QRL)をつくった。本棚に並ぶのは、170冊以上のジン。すべてクィアに関する内容だ。全国のポップアップイベントやジンフェスを巡る「移動式の図書館」として活動している。

 それに共鳴したジンメーカーのレイチェル(22)が、昨年からチームに正式加入。現在3人で運営している。保守派から反感を買うかもしれないなか、あえてはじめた理由って? ネットで誰でも購入できるなか、図書館をやる醍醐味ってなんだろう。


一番左からビアトリクス、レイチェル、ケイトリン。

HEAPS(以下、H):図書館から児童書が消えたとき、どんな反応があったんでしょう。

Q:激しく反応したのはやはりクィアコミュニティ。ソーシャルメディアでの拡散だけでなく、クィア団体「Planet Ally(プラネット・アリー)」は、抗議や啓発を行う#FreeMyLibraryキャンペーンを実施。それから同時に、50校を超える地元の学校に状況を知らせ、LGBTQ関連の本を各校に寄贈するBooks for Kidsキャンペーンにも取り掛かった。結果、多くの学校が本を受け入れてくれた。

H:実際、LGBTQ関連の本を必要とする学校があったということだ。

Q:個人的には、政府が公共に相談することなく禁止したことに不満を感じてる。LGBTQの子どもやクィアを家族に持つ子どもたちにとっての、“ポジティブに知る機会”が奪われてしまった。自己形成をしていく時期にとって、大切なものなのに。

H:香港のクィアシーンは、いまどうなっているんでしょう。

Q:性別や年齢、階級や人種に関わらず、香港には多くのクィアがいる。でも、まだまだクィアへのステレオタイプがあって、「ゲイ男性は女性口調」「(ドラァグみたいに)派手」「レズビアンはみんなトムボーイ(ボーイッシュ)」とか。このステレオタイプも、男性が基準になっている気がする。あくまでこれは私たち個人の意見ね。香港全体のLGBTQについてではなくて、実際に私たちが知っていることとして。

H:香港はゲイサウナが人気のイメージがあります。

Q:うん、香港のゲイサウナシーンは文字通りベリーホット。でも、こうしたゲイ男性のためのスペースはあれど、他のクィアのためのスペースはまだまだ少ない。香港は世界で最も家賃が高いといわれていて、音楽べニューやコーヒーショップといったコミュニティスペースを開くことが難しい。


H:なるほどなあ。制度とか他の動きに関してはどんな変化があるんだろう。

Q:香港では2年前から外国人の同性婚カップルの家族ビザ申請の受付を開始したり、2008年から毎年プライドパレード*が開催されてる。だけど、同性結婚はまだ非合法。台湾の女性初総統ツァイ・インウェンとは違って、香港政府はLGBTQへの支持を正式に表明したことがない。

それから、2003年にLGBTQスターのレスリー・チャンが、2018年にLGBTQシンガーのエレン・ジョイス・ルーが自殺してしまったこと。これによって「クィア=メンタルヘルスやばい」の偏見が確立してしまった。私たち「Queer Reads Library(クィア・リーズ・ライブラリー、以下、QRL)」の設立のきっかけになった、2年前の公共図書館でLGBTQをテーマにした10冊の児童書が本棚から消えたこともそうだし。法的にも社会的にも、香港はLGBTQへの認識が遅れていると思う。

*プライドパレード10年目だった昨年は、デモのため中止に。

H:図書館での禁止はなされたものの、LGBTQ関連の書籍を扱う本屋や雑貨屋は普通にあるんですか?

Q:もちろん!「Nose In the Books(ノーズ・イン・ザ・ブックス)」「Bleak House Books(ブリーク・ハウス・ブックス)」「Art and Culture Outreach(アート・アンド・カルチャー・アウトリーチ)」などなど。クィア本や雑誌を販売するインディペンデント書店はたくさんある。でも、クィア専門の本だけを扱う店というのはなかった。

H:そこで3人が設立したのが、クィアに関するジンを専門に扱う「クィア・リーズ・ライブラリー(QRL)」ってわけだ。名前にライブラリーってあるけど、これは店を構えて無料で本を貸し出す図書館ではないんだよね?

Q:従来の図書館ではなく、ポップアップの移動式図書館にした。家賃のこともあって、商業の店舗を構えるのは大変だし、移動できるということはいろんな場所で展開できるという利点だと捉えたから。
ジンフェスやアートブックフェアなんかのイベントで不定期に運営するのがおもな活動。昨年半ばまでは販売や配布もしていたんだけどそれは終了しました。読書会やディスカッション、インスタレーションにより集中したかったから。



H:さて、QRLの本棚に並ぶのは、170冊以上のクィアに関するジン。どうしてジンを選んだんでしょう?

Q:いま、香港のインディペンデント出版のシーンが活動的でとてもおもしろいんです。ジンだと、一つのトピックが音楽やスケートボードにファッションなど、他のサブカルチャーと交差もすることも魅力。さまざまなバックグラウンドを持つ素晴らしいイラストレーターやライターたちの作品が、ジンを通してたくさん見つけられます。
それから、ワークショップもひらけること。昨年は、香港で3つのワークショップを開催しました。香港国際写真フェスティバルと協力して、ジン作りに関するワークショップはとてもたのしかった。ジンを作ったり読んだりすることで物事を新しい視点から見ることができるし、クィアのアイデンティティをみんなと熟考できるいい機会になった。

H:自分たちの私物も含めてラインアップとしているそうですね。ジンはどうやって集めている?

Q:取り扱うジンの多くは、アーティストに直接会ったり、ジンショップやアートブックフェアに出向いたり、ミートアップに参加したりして入手します。それから、私たち、いろんな国にクィア友だちがいて。おかげで世界中のクィアネットワークからジンを集めることができます。あとはインスタのDM。私たちから連絡することもあるし、アーティスト側から連絡が来ることも。

オンラインでクィアジンを買うなら、おすすめはアジアを中心に世界のクィア系ジンや本、グッズが揃う日本の本屋「Loneliness Books(ロンリネス・ブックス)」と、クィア系ジンを取り扱うブルックリンの出版プラットフォーム「Gender Fail(ジェンダー・フェイル)」。


@queer_reads_library

H:ジンの選定は、3人で分担してるんですか?

Q:特に決まってないんだ。そして私たち、2019年の夏までは香港で一緒に活動してたんだけど、いまはビアトリクスは香港、レイチェルはバンクーバー、ケイトリンは台北とバラバラ。普段は、遠隔でやりとりしてる。三人が出会った場所、活動をはじめた場所として正式な拠点は香港としているけど、その土地でそれぞれがいまできることに取り組んでいる感じ。

実はいま、バンクーバーでのQRL始動に向けて、レイチェルがカナダを拠点とするアジア系クィアアーティストたちからジンを収集中。QRLはカナダではどう歓迎されるのか、いまからワクワクしてる。

H:ジンを選ぶときは「この月はこのトピック」みたいに、時事に合わせて工夫したり?

Q:選定は定期的にやるというより、自然の流れに任せているかな。たまたま見つけてそれがいいものだったら取り扱うという感じ。もちろん取り扱う前に、ジンにはしっかり目を通す。これまで取り扱いNGだったジンはない。

H:ひとくちにクィアといってもいろいろな人がいますよね。それぞれたのしめるものが必ず見つかるような選び方は心掛けている?

Q:みんなの要望に応えることって難しい。だから、それは不可能とわりきりながら、新旧問わず、テーマは遊び心があるものからシリアスなものまでと、なるべく幅広いものに触れられるキュレーションを心がけている。各国からジンを取り寄せることも大切だと考えます。お客さんがQRLを通して、自分の地域で手に入れられるローカルなものだけじゃなく、ひとつの場所を越えてさまざまな(クィアに関する)ことにアクセスできるようになるから。

H:推しの一冊を教えてください。

Q:最近入荷した、恋愛と友情がテーマのイラストコミック「I Like You(アイ・ライク・ユー)」。

H:客層はやはりLGBTQが多い?

Q:お客さんは性別も年齢もバックグラウンドもさまざま。誰がクィアで誰がクィアじゃないかわからないくらい。最近は、アジアにおける青年期のアイデンティティやセクシュアリティについて探求しているジンを手に取るお客さんが多い気がするんだよね、最近。だから、意識的にアジア人クリエイターが作るクィアジンを取り扱うようにしている。



H:LGBTQ保守派からの批判ってありました?

Q:批判はまったくなし。唯一もらったのは、障害者や広東語を話せない人でもアクセスしやすいイベントにしてほしい、とのお願いくらいかな。

H:ジンを購入するだけならどこでもネットでもできちゃう。QRLが、わざわざ図書館をやる醍醐味ってなんなんでしょう。

Q:QRLをはじめる前から私たちが思っていたのが「香港のクィアのためのスペースってどこにあるんだろう?」。そこへの私たちの応えが、QRL。ポップアップだから一日限りだったり、数日間だったりと期間は決まっているんだけど、それでも「行ける場所がある」「過ごせる場所がある」。リアルタイムで会って、話して、新しい友だちをつくる。これって、オンラインでジンを購入することではできないじゃない?
クィアが作るジンを手に取るとこは、新聞で同性婚の記事を読むよりも、年に一度のプライドパレードを見るよりも、クィアについて知れる効果的な手段だと思う。QRLはただの「クィアジンが置いてある図書館」ではなく、クィアたちがプレッシャーなく訪れられる「安全で、居心地の良いコミュニティ」でありたいな。

Interview with Queer Reads Library

All images via Queer Reads Library
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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