ちょうど1年前、長渕剛が観客10万人を前に、9時間半で44曲を熱唱するという前代未聞のライブを開催。「剛、スゲーッ」なんて思っていたら、先月、それを超えるとんでもない強者が現れた。
噂によればその男、なんと229時間ぶっ通しで客を踊らせ、ギネス世界記録を塗り替えたらしい。しかも一瞬たりとも眠らずに、だ。
そのDJ、10日間一睡もせず
アフリカの巨大都市、ナイジェリアはラゴス出身のDJ、Obi Ajuonuma(オビ・アジュオヌマ)が叩き出したのは、「10日間(229時間)ぶっ通しでDJプレイ」というギネス世界新記録。6月22日から7月2日の10日間、地元の「サオ・カフェ・ラゴス」にて決行された。
これまでのDJプレイの世界記録は、2014年にポーランド出身のDJ、Norbert Selmaj(ノーバート・セルマジュ)が樹立した200時間。すなわちDJオビ、今回の挑戦で世界記録を29時間も上回ったのだ。
休憩はとれた。1時間に、5分だけ
ギネスが設定した、めぼしいルールは以下5つ。
・1時間につき、5分の休憩は可
・プレイ中は、常にフロアで誰かが踊っていること
・1度プレイした曲は4時間プレイ禁止
・曲を10秒以上止めてはいけない
・医師による健康診断とマッサージは必須。睡眠不足を補うビタミン剤の服用も可
ふむ。健康面への最低限の配慮はあれど、DJとして怠けることが許されない厳しいルールのもと行なわれた模様。普段はラゴスを拠点に活動する彼だが、なんとDJ営業でニューヨークに短期滞在中との朗報をキャッチ。「時の人だもの…」と半ば諦めていた取材。が、奇跡的にアポを取り付けることに成功!
取材場所は、ミッドタウンにドンとそびえる一流ビル。最上階にあるオフィス(というか、ただの溜まり場)で、怖そうな兄ちゃん達とチルしているDJオビを発見。「ワッツァップ、ヨー!」のノリに少し戸惑いつつも、当時の話を聞いてみた。
HEAPS(以下、H):ギネス世界新記録更新、おめでとうございます!その後、しっかり寝てますか?
Obi Ajuonuma(以下、O):サンキュー!あぁ、あれからはぐっすり寝てるよ。
H:今回はDJ営業でニューヨークに。
O:そう、DJしに来た。普段はナイジェリアのクラブやフェスでプレイしてる。せっかく世界記録を塗り替えたんだ、こうやって世界でプレイするのは当然のことさ。
H:まず最大の疑問。なんで10日間ぶっ通しでDJしようと?
O:ある日、ラジオで「アフリカ人DJが世界記録に挑戦」ってのをたまたま聞いて。その時「DJでも世界記録に挑戦出来んのか?」って驚いた。結果そのDJの記録は4日間。俺、連続12時間プレイを数日続けたことがあったから4日間なんて余裕だと思った。だから「俺がその記録を超えてやるよ!」って。何で10日間かって? 去年、DJ活動10周年だったからさ。
H:そんな無謀な挑戦、誰も止めなかったんですか?
O:誰〜も。そもそもみんな、俺が本気だと思ってなかったらしい。「そっかそっか、頑張れよ〜」って軽い感じ。で、コツコツ準備を進め出したら「こいつ本気だ」ってびっくりしてた。
H:(笑)。準備、記録に向けて、特別なトレーニングなども?
O:10日間眠らないためのトレーニングなんてないよ(笑)。唯一準備したことといえば、曲をダウンロードしまくったことくらいかな。ヴォーカルハウスとディープハウスを200〜500曲ずつ。
H:挑戦中、休憩は1時間に5分だけ。どんな生活サイクルだったんでしょう?
O:最初に12時間ぶっ通しでプレイして、1時間の休憩をとるスタイルを続けてた。歯磨きして、シャワー浴びて、洋服を着替える。ご飯はオートミールやフルーツ、ジュースで簡単に済ませてた。そんなことしてたら仮眠をとる余裕なんて全然なくって、ガチで一睡もしなかった。ソファに座って目を閉じてたら、仲間に「ほらはじめるぞ!」ってドアを叩かれてDJブースに戻る。
でもこの1時間休憩のせいで、2日目に血圧が急上昇しちまってね。医者には「4時間プレイして20分休憩に変更しろ」って怒られちゃったよ。
H:食事もまともにとれなかったとは。幻覚とか見えちゃったり?
O:プレイしてたカフェは一階だったんだけど、俺が二階にいて、友達に一階に下りようぜって言い続けてたらしい。あと一瞬、意識だけ叔父の家にいたよ(笑)。
H:大分ワイルドですね。諦めようとは思わなかったんですか?
O:そりゃ何度も思ったさ!俺、夜型だから、特に朝は辛かった。一睡もせずに毎日朝日が昇るのを見てたら、みんなの顔がぼやけて見えだして、自分がどこにいるのかもわからなくなってた。特に3日目を過ぎたとき、まだあと一週間あるって思ったらゾッとしたよ。
でも諦めなかったのは、仕事人間だった親父の「やるなら最後まで諦めるな、絶対にやり通せ」っていう言葉。親父はナイジェリアで有名なテレビ司会者で、彼の影響もあってエンターテーメントの世界に入りたいとDJを目指したからね。
あとは、応援メッセージを書いたふせんを貰ったり、毎日誰かが踊りに来てくれたり、予想を超えるサポートがあったから。達成できたのはみんなのおかげだよ。
H:フロアには、たくさんのお客さんが遊びに来ていたようで。
O:DJ仲間や尊敬する大御所アーティストは仕事の合間に顔を出してくれたり、普段クラブに来れないスクールキッズは週末に親と一緒に来てくれたり。なかには朝、シャワーを浴びに帰る以外、ずっと一緒にパーティを盛り上げてくれたお客さんもいて。もう、本当、感謝しかないよ。
H:あのぅ、素敵なお話の後に申し訳ないんですけど…お手洗いはどうしてたんですか?
O:このタイミングで聞く(笑)?そりゃ大変だったさ。フロアのお客さんには、俺が曲に乗っているように見えてたかもしれないけど、実は必死に我慢してただけ。休憩と同時にトイレに駆け込んでたよ。
H:ペットボトルにやっちゃいました?
O:4回ほどね(照)。
H:フィナーレはドレイクの「One Dance」で飾ったらしいですね。
O:そう。チャートを独占したこのダンスチューン、ラストにぴったりだと思ってね。それにフィーチャリングしてるシンガーのウィズ・キッドは同じナイジェリア出身だし。
H:終わった瞬間の気持ちは?
O:達成感といったら、もう。
同時に疲労は最高潮。終わった後はすぐに病院送り。
H:え!
O:実は、挑戦が終わった後に知ったんだけど、なんでも異常に不眠状態が続いたあと眠るとそのまま起きないことがあるんだってさ。だからちゃんと目を覚ますか見張っててもらう必要があったんだ。
H:えっ!死と隣り合わせの挑戦だったってことですか!
O:そういうこと(笑)俺だって知ったときは驚いたさ!その後、気を失うように眠りについて、12時間後、ちゃんと目が覚めた。
H:ホッ。世界記録を更新した今、もの凄い注目を浴びてますね。
O:全てが変わったよ。ブッキングとインスタフォロワーの増えっぷりは異常なくらい。世界中の違う言語で、この挑戦が取り上げられてる。それで再認識したよ、「スゲーことやってのけたんだな」って。
H:ズバリ次の目標は?
O:お金を稼ぐこと(笑)。記録を更新したからって、ギネスから賞金は貰えない。でもいままで以上に、世界中でプレイするチャンスを貰った。「世界新記録」に頼るんじゃなくて、自分のDJスキルとナイジェリアのサウンドを世界にしっかり見せつけたいね。それでナイジェリアのDJシーンが盛り上がれば、言うことなしさ。
H:ちなみに、前回の記録保持者から連絡とかってありました?
O:それ皆に聞かれるんだけど、ないよ。一緒にプレイできたらいいなとは思うけどね。
H:個人的には「バックトゥバック(2人のDJが左右のCDJを使い、交互に曲をかけること)」で1ヶ月っていう挑戦希望です。
O:オー、メーン!2人で別の世界新記録をつくれってか? うーん、多分やらない(笑)
H:じゃあ、1人で再挑戦しろって言われたら、やります?
O:…すぐにはやらない(笑)229時間を上回らなきゃいけないんだろう? うーん、まぁ数年後、頼まれたらやろうかな。親父が「Anything is possible(何だってできる)」って言ってたしね!
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Interview Photos by Hayato Takahashi
All images via Obi Ajuonuma
Text by Yu Takamichi