伝統から「僕ら・私たちのいま」へ。1000年ぶりにがらりと変容〈信仰心も、スタイルも大切〉な、若きムスリムのための礼拝マット

信仰心はあるし、伝統も守りたい。でも、その枠のなかで、創造的に自由を求める。若きイスラム教徒のアイデンティティは、宗教にもあるし、デザインにもある。
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祈りを捧げるときに床に敷く「マットのデザイン」に、選択肢が少ない。伝統的な模様のマットか、よくある縞模様のシンプルなマットの二択しかない。自分用の礼拝マットを新しく探していた一人のムスリム女子は思った。「伝統を残しつつ、“いま”なデザインのマットがあったらな、って」。

近年「信仰を守りながら、いまの自分たちのカラーを出していこう」という動きが、若い世代のイスラム教徒のなかで起こっている。ヒジャブ*を自分たちらしく着こなすムスリム・ファッションの次は、礼拝用のマットを“いま風にアップデート”だ。

*ムスリム女性たちの頭を覆う布。

現代のムスリムデザイナー「“いかにも”だった伝統的デザインを“いま”に」

 ムスリム。イスラム教徒のこと。日本にいると遠く感じる彼らの存在だが、その数は約17億人。世界の約4人に1人がイスラム教徒、という計算になる。サウジアラビアからインドネシア、米国まで、さまざまな国で生活する彼らだが、その全員に共通する重要な義務の一つが「礼拝」。授業中でも仕事中でも旅行中であっても、おこたることは許されず、夜明け前・昼・午後・日の入り・夜の1日5回、聖地メッカに向かい「ひざまずき・ひれ伏し」を5分から10分ほど繰り返す。いかなる場所にいようとも、神聖なる祈りの空間をつくるのが、床に敷く「礼拝マット」だ。

 モロッコ、中央アジア、インド北部と、主にイスラム教徒の多い地域で、伝統にのっとり作られてきた礼拝マット。多種多様にあるものの、一般的な素材は、絹や綿。デザインは、幾何学模様や花柄、アラベスク(唐草模様)、メッカのカアバ神殿やモスク(寺院)といった、イスラム教のシンボルをあしらったものが主流だ。そして、マットの模様に欠かせないのが「尖ったアーチ型のモチーフ」。モスクなどのイスラム建築に特徴的な“先のとがった尖頭アーチ”を表現している。礼拝者は、この先端をメッカの方向になるようにし、祈りを捧げる。


 いままでの伝統的な模様も好きだけど、こんな新しいデザインもいいんじゃない? 信仰に生きる自分が毎日使うもの。“いま”の自分たち、自分たちの生活と息の合うものが欲しい——。ブルックリン在住のデザイナーでイスラム教徒であるマイラは今年4月、イスラム教徒のためのライフスタイル・ブランド「Niyya(ニヤ)」を創立。若い世代のイスラム教徒のために、現代っぽいデザインの礼拝マットを作る。

 いまっぽさとは、その色づかいとアブストラクトなモチーフだろう。ちょいとマティスのタッチを彷彿とさせる。アラビア語を連想させる抽象的なストロークやイスラム教の聖なる色とされる「緑」が散る、モダンでカラフルな仕上がりだ。よく見ると、従来の礼拝マットのお決まり「尖ったアーチ」も健在。 「“いかにも“だった伝統的なデザインをいま風に一新させると同時に、いままで見慣れてきた要素も残したかった。なので、アーチをそのままデザインに入れておくことは重要なポイントでした」。柄は、イスラム教の瞑想状態に紐づく「Tahara(タハラ:浄化)」、「Sabr(サブル:忍耐)」、「Dikhr(ディクル:記憶)」、「Salaa(サラア:祈り)」の全4種を用意している。

 機能性も改善。従来の持ち運びできる礼拝マットは、薄い布地やプラスティックで作られていることが多く、タイルなどの硬い地面に置くとき、ひざに痛みを感じることが多かったという。「私たちのマットは厚みがあり、やわらかい。それに、簡単に洗って乾燥することもできます」。サイズも少し長めにしてあり、長身の人や子どもを抱いて祈る母親にも対応できるという。





モダンなデザインゆえ、礼拝以外の使い勝手もいい。たとえばインテリアとして部屋に飾るも良し。夏はビーチや公園で敷物がわりに使うも良し。
冬はスカーフやショールとしても首に巻くも良し。そして礼拝の時間になれば、ささっとマットに早変わりと、1枚で何役もこなしてくれる。

若きムスリムたちが実践する「伝統・信仰を守りながら、こうありたい」

 数年前、ある動画が、みんなの「イスラム教徒に対する固定概念」を変えた。それは、ヒジャブを纏うムスリム女子たちがスケボーを乗り回し、足を大胆に組んでアイスクリームを食べる映像だった。信仰を重んじ戒律を守りながらも、自分たちの好きなファッションを取り入れ、ビジュアルで各々の“クール”を表現した若いムスリムたち。彼らは、自身を「ミップスター(Mipsterz、ムスリム+ヒップスター)」と呼び、伝統だけに捉われない自己表現を自由におこなった。

 また「肌を隠さなきゃいけないムスリム女性はファッションとは無縁」というステレオタイプを破るイスラム教徒たちも。肌の露出をおさえるというルールを守りつつ、好きなスタイルは我慢しないという精神だ。

 ニヤはイスラム教で「意図」を表す。「私の意図は、若い世代のムスリムが、自分の信仰に誇りをもって祈り、アイデンティティを表現できるようなプロダクトを作ることです」。イスラム教徒として、信仰は守る。いまを生きる“自分”として、クールでいたいし、ライフスタイルも保ちたい。いまのムスリムたちのそんな“素直な意図”を、新たな礼拝マットは現代に優しい色合いで敷いていく。

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All images via Niyya
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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