サードウェーブコーヒーという言葉が割と浸透した頃、今度は「ネイバーフッド型」が口端に上っている近年。
日本でも、スターバックスが展開しはじめた「ネイバーフッドアンドコーヒー」が話題を集めていている。
ネイバーフッド型、平たくいえば「地域密着型、ご近所さんのためのカフェ」。美味しいコーヒーをゆっくりできる空間で提供する、ということなんだろうが、新たな決め手みたいなものはあるのだろうか?
“コーヒーと空間はセット”派
最近のニューヨークでは、グラブ&ゴーできるスタンド型コーヒーショップも人気なのだが、美味しいコーヒーは空間とセットで楽しみたい派もまた根強い。
「ご近所さんがゆっくりとコーヒーを楽しめて、くつろげる場所」、つまりネイバーフッド型カフェとして長年定評のあるカフェ、Sweetleaf(スイートリーフ)を訪ねることにした。
白黒のストライプの軒がなんともモダンなその店は、近年土地開発が著しいクイーンズ地区ロングアイランドシティの一角に佇んでいる。
“ちょうどいい”サービスでお迎えします
平日の昼前にもかかわらず、お客さんはひっきりなしに出入り。
ヨーロッパ調のアンティーク家具を揃え、築約200年のクラシカルな外観に合わせた内装にし統一感を出す。
音楽好きにはたまらないのが、このカフェのBGM。よくあるようなお洒落なジャズやボサノバなどのカフェミュージックではなく、オーナーの趣味であるハードロックやヒップホップ(取材当日はヒップホップデュオOutKastのアルバムが流れていた)の選曲と、かなり個性的。
店内の奥には、ちょっとレトロなレコードルーム。コーヒー&音楽ラバーな地元民に、好きなレコードをかけながらゆっくりとコーヒーを楽しんでほしいという粋な計らい。
さすが、ご近所さんがゆっくりと、そして楽しみながら居られる空間作りを徹底している。ふむ、空間作りにこだわるカフェであれば、ネイバーフッド型カフェといえるのだろうか。
「ヘイ、ジョン!アメリカーノね」。常連さんにはそう呼びかけるバリスタたち。また店内でくつろぐお客さんの邪魔にならないようBGMの音量も気遣う。
コーヒーは、「アートとサイエンス」のブレンド
と、ここで「コーヒーと空間」の、コーヒーの方の説明。「うちは、最高のコーヒーを生み出すために、アートとサイエンスのブレンドなんだ」と話すのは、オーナーのリチャード・ニエト(Richard Nieto)だ。
ここでいう「アート」とは、美味しいコーヒーを提供できるか否かという「センス」のこと。
たとえば、豆を選ぶセンス。豆は基本的に季節によって品質が変化しやすい。エチオピアの豆なんかは、夏には新鮮で美味しいが冬になると味が落ちる。
なので同店では、年二回の収穫を通して年中安定した質の高いコーヒーを淹れることができる、コロンビア産の豆を選ぶ。
そして、センス(アート)によるセレクトを下支えするのが「サイエンス」の力。季節だけでなく、豆は刻々と変化していくため「データに基づいたコントロールが必要」。
時間の経過や温度の変化、天候などで豆の品質は変化していくため、その豆にとって最適の品質を維持できるよう、焙煎する温度や空調などにも気をつける。
コンピューター制御された焙煎機を使用し、その豆は何度(℃)でクラック(生豆が焦げはじめ、パチンパチンと音をたてること)しはじめるのか、時間はどうかを「その日の豆ごとに」に細かく記録・数値化し、モニタリングする。同じブランドの、同じ袋の豆だから、というわけにはいかないのだ。
つまり、「アートとサイエンスのブレンド」の正体は、特別新しいことではなく、日々の最高の味を保ち続けること。シンプルな姿勢と取り組みだ。
“コミュニティ”あってのカフェという存在
Sweetleafがオープンしたのは8年前。右も左もわからぬコーヒービジネス界に足を踏み入れて1号店をオープン、いまではブルックリンも含めて計4店舗を構えるカフェチェーンに成長させたリチャードだが。「美味しいコーヒーを淹れること」は独学で習得したそうだ。
というのも、最初に着手していたのはコーヒー豆の卸売業。卸業をするにはまず美味しいコーヒーとは何かを知るべきと、コーヒーの起源から美味しいコーヒーの作り方などをブログなんかを読み漁って調べていた。「気がつけば美味しいコーヒーを作ることそのものに夢中になっていた。その時にはもうお金のことなんかどうでもよくなっていて、自分の手で最高のコーヒーを淹れることに力を注ごうと思ったよ」
いまでこそ土地開発も進み、高層アパートやバーや店も増えてきたクイーンズだが、オープン当時はがらんどうだったという。「誰もクイーンズで新たなビジネスをはじめようとはしなかった。いつもマンハッタンかブルックリンだったんだ」
それでもクイーンズにこだわったのは、クイーンズがリチャードの“ネイバーフッド(近所)”だったから。
クイーンズ生まれクイーンズ育ち、数十年働いてきた場もクイーンズ。人一倍愛する地元にカフェをつくった彼は言う。
「レストランだってコミュニティが集まる場所だけど、毎日は行かないだろう? スーパーマーケットもコミュニティの一部だけど、話し込んだりリラックスはできない。カフェならコミュニティの人が毎日来るお馴染みの場所になれる。カフェが成り立つのも、そんなコーヒーを求める“コミュニティ”あってのこと」。展開する4店舗それぞれの場所でネイバーフッドカフェとして愛されるのは、コミュニティへの素直なリスペクトがあるからだ。
ご近所カフェの真髄は、「基本に忠実に」
地域に愛され、かつ個性を大事にできるコーヒーショップは、まずはその場所、そして地域民のことをよく理解しておかなければならない、とリチャードはいう。
コーヒーや、店に関する細かなことに気を配れる誠実さに加え、「ブランド対個人」ではなく「個人対個人」の関係が築ける空間を提供できるコーヒーショップこそ、コミュニティの居場所になれる。
日本でスイートリーフのような地元に馴染みあるコーヒーショップを考えてみると、思い浮かぶのがいわゆる「昔ながらの喫茶店」。居心地の良さの中には、変わらない味がある。
つまるところ、ネイバーフッド型と新しく注目されているスタイルだが、その本質は別段新しいことではない。目新しさやブランド力、突飛なスタイルというよりも、日々の暮らしの中で“最高に美味しいコーヒー”を提供してくれる、基本に忠実なコーヒーショップこそが「ネイバーフッドカフェ」なのだ。
だが、基本に忠実でい続ける裏には、地道な努力と真面目な姿勢があった。シンプルだからこそ貫くのは難しい。それができるのはひとえに、コーヒーとコミュニティへのひたむきな愛があるからだ。
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Photo by Kohei Kawashima
Text by HEAPS, Editorial Assistant: Satoru Yoshimura