増加する「大卒、オフィスデスクから農場へ」。畑に持ち込む新たなビジネス、“高学歴農家”たちの農業改革

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「キツい・汚い・危険」の3Kイメージがこびりついていた“農業”。しかし昨今は、若者が農業回帰。田舎暮らしをスタートする人も増えるなか、農業は「新3K(カッコよくて、感動できて、稼げる)だ!」と、高齢化が叫ばれた一昔前とは一転、畑に明るい光が差しこみつつある。

所変わって米国でも、近頃こんなニューカマーが農業界をいい意味で騒がせているらしい。「高学歴」「元都市居住者」「農業未経験」の若者たちだ。専門家たちはこの高学歴若者の就農が「従来のフードシステムに大きな衝撃をあたえうる」と口を揃えている。

次世代農家の7割は「大卒」

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Photo by al ghazali

 大学卒業して社会人生活幕開け。数年で「さてと、そろそろ違う仕事しようかなあ…」なんてのはもう珍しくない。しかし、わずか数年でサクッとデスクワークにおさらばし、レール変更して農園に向かっていく高学歴な若者たちが増加しているというのだ。脱サラして農業、もちろん前の世代にもあったが、おもしろいのは「ファーストキャリアから数年後の自然な転職先に農業が食い込んできた」ということ。そしてその彼ら、農業に転職すると、当たり前のように「ローカルに根ざしたオーガニックでサステナブルな食の生産」に注力しはじめる。これが「従来のフードシステムに大きな衝撃をあたえうる」といわれる一つ目の要因。

 米国農務省が行った2014年の調査によると、07年から12年までの間で、25歳から34歳(ミレニアル世代)の農業人口が2.2パーセント上昇。数字だけみれば「たったそれだけ?」かもしれないがだが、35歳以下の就農数が増加をみせたのは、過去1世紀のあいだに今回を含めたったの2回。他世代の農業人口が2桁減となるなか、若者農家は大躍進中*だ。さらに、およそ7割のミレニアルズ就農者は“大卒”であることがわかっている。

*ちなみに、カリフォルニアやネブラスカ、サウスダコタなどの州では、“ミレニアルズ農家一年生”の割合が20パーセント以上増加している。

デスクから農場へ。大胆なキャリアチェンジ

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「若者の就農が急増中!」なんてのは、アーバンシティの屋上でガーデニング、コミュニティ菜園でご近所さんとトマトづくり…といった話で耳ダコだが、今回に関しては「農業界のゲームチェンジャー」と囁かれる高学歴農家、彼らは都市での企業勤務からフルタイムの農家に完全転職。実際にどんなキャリアチェンジがあったのか、みてみよう。

カレッジ卒32歳女性、旧友二人と女だけの農場経営

カレッジ卒業後、ホームレスシェルターや、コミュニティサービスなど社会奉仕活動に従事していた彼女。活動の中で農業と出会いインスパイアされ農家修行。2015年に引退農家から購入した耕地で、女性のみで運営される農場を経営している。

勤務地「法律事務所→屋上農場」26歳女性、大キャリアチェンジ

元々、環境保護活動に携わりたいという思いがあった女性だが、大学卒業後の数年間は法律事務所で働いていた。しかし「一日の大半を屋内のデスクワークで費やし体を動かさないのは、私には向いてない」と大胆なキャリアチェンジを決心。現在は、屋上農場で手を土で汚す毎日だ。

エリート街道35歳男性「農家になるなんて考えてもみなかった」

名門大学で社会学を専攻。卒業後は農業とは一切繋がりのないエリート街道を進んでいた。だが、ある時、“動物・作物を育て、地球環境にも優しく人々の食卓に食材を運ぶ農家のすばらしさに気づき、これは“天職”だときっぱり退社。農場インターンを経験し、現在はテキサスで畜産農業を営む。

大と小の間、農業界の隙間を担う“高学歴・次世代農家”

 日米問わず昨今の話題にのぼるのは、大規模化を進める企業型農業(勝手なイメージでいうと、農薬をバーっとヘリコプターで撒いているような)と、小規模農業(作物を一つひとつ大事に育てコミュニティに近い地方ローカル農業)という「農業の二極化」だ。農薬などを使い効率性とコスト削減を優先し大手チェーン店に出荷する“大”の農家と、コミュニティのニーズに寄り添いつつも大規模農家の影で消えゆきつつある家族経営の“小”の農家。この中間を今後担っていくのではないかと期待される農業人材こそ、高学歴の次世代農家たちだという。

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Photo by CloudVisual

 その要因は、まず先述した「オーガニック・エシカル・サステナブルへの精通」。彼らの多くは都市生活時代からそれら概念に日常レベルで触れてきたため、現代の消費者が追求する食の価値観や都会人の購買層の需要を農場にも持ちこむことができる(それ以前に自らもオーガニック&無農薬信者だ)。
 そして、「大卒でビジネス系畑出身者はビジネス術も心得ている。そして、みな一様にテックサビーである」こと。テクノロジーを農業に持ちこんだ好例といえば、「Square Roots(スクエア・ルーツ)」。都市部の駐車場に設置した貨物用コンテナで、テクノロジーを駆使して生産の効率性を高めた野菜づくりを進めながら、若手都市農業起業家の育成プログラムも用意。マーケティングやブランディングなどの農業ビジネスの成長ノウハウも教授。ビジネスとテックスキルを生かした農業が育ちつつある。

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スクエア・ルーツ。市部の駐車場に設置した貨物用コンテナで、土・農薬・殺虫剤を使用せずに水と養液(有機溶剤)、LEDの光をあたえ植物栽培している。

 作り手としてもそうだが、次世代農家たちは売り手として販路を自分たちで見つけてくるのも強みだ。「自分の野菜を置いてください!」と直接店に売り込み、仲介業者を通さずに自らの流通経路を拓く。
 現に、すでに若手農家たちはフードハブ」という共同体を結成。大規模農業で生産された作物の価格や競争に対抗できるよう、個々の小農家を集め、流通やマーケティングを助けあう。大量生産された大農家の収穫物は、大きな倉庫やトラックで一気に保管配送され(コスト削減)、最終的に大手チェーンの棚に並ぶ。一方で、小農家は手間暇かけて作物を収穫するものの、大きな倉庫もなければ大きなトラックもなく、保管配送にもコストがかかり、価格はそのぶんつり上がる。
 それを解消すべく、若手農家たちや非営利団体がフードハブを結成し、複数の小規模農家の物流管理をまとめて担い、丹精込めてつくられた作物を大きなスーパーの棚やレストランの厨房へと運ぼうとしているのだ。彼らはタイミングもいい(というか見極めての転職か)。大量消費社会の権化ともいえる「安さで勝負」の米国大手小売チェーン・ウォルマートも年々高まるローカルフード需要に、ついに(というかやっと)関心を示している。前出のカレッジ卒の女性ファーマーにも、大きなオンラインスーパーと取引の話があるという。

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Photo by Jerry Kiesewetter

 エシカルやオーガニックとは縁遠い大規模農業と、安さ重視の大手スーパーの流通にはリーチしづらかった小規模農業。その隙間を埋める成長株が、オーガニック&エシカル重視でアーバン心を兼ね備え、市場拡大にも動く大卒の次世代若手農家たちだ。この新しい農家層の市場規模が今後拡大すれば、食の質・透明化のこだわりを引き継ぎながら、大手サプライヤーへの流通経路が確保できると期待できる。それら野菜が大衆スーパーに並びさらに生産拡大していけば、既存の大量生産の野菜との価格も縮めていくことができる。
 今日明日でおいそれといく話ではないが、それはいずれ、生産・流通から市民の胃袋までの消費までを含めたフードシステムの変革となる。農業界でも、作るだけでなくそのシステムを変えるようなゲームチェンジャーはしっかりと現れていた。

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Text by Shimpei Nakagawa edited by HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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