Tシャツ、マグカップに大量プリントされた世界一有名なロゴ「I♥NY」に、奈良県のゆるキャラ「せんとくん」。オアシスやブラーなどのバンド、映画『トレインスポッティング』が率いた90年代英国カルチャールネッサンス「クール・ブリタニア」。世間にこびりついた古いイメージを払拭・刷新、時にはしぼんだ経済を活性化・文化再興。「私たちの国・都市はあなたの想像以上にこんなに魅力的なんですよ!」とアピールする「国家ブランディング」の例である。
そしていま、“誰も聞いたことのない街のブランディング”が盛んと聞く。ただし、無名都市においてはロゴやキャラクターをつくるだけではあんまり意味がない。知名度が限りなくゼロに近い国家・都市のブランディングとは?
無名地域の「アイデンティティ発掘、観光促進、ブランディング」
「国家ブランディング*(nation branding)」という概念は、「その地域のイメージやアイデンティティをもう一度洗い出し、外に向けてアピールしていこう」というマーケティング戦略のこと。ブレア元英首相が政策として掲げ、官民が協力し促進した英カルチャー再興運動「クール・ブリタニア」や、政府も巻き込んだ韓流ブーム、アニメ・漫画などサブカルを推した「クール・ジャパン」、ドイツの自国スローガン“アイデアの地(The Land of Ideas)”はその例だ。まちおこしも近年盛んで、地元町工場や伝統工芸職人が若手デザイナーと共同でものづくりや限界集落の特産品eコマースなど、国や都市を一つの“商品”とみなし、十人十色のプロモーションが世界中で打ちだされている。
そこで近年注目したいのは、その国家ブランディングにおいて「これまで手つかずだった都市や街」でのプロモーションだ。タタールスタン共和国、バシコルトスタン共和国、クバーニ人民共和国、エレバン、リペツク、プリモルスキー・クライ…。地球上に本当にあるのか状態の地(実際に存在する)だが、彼らにこそブランディングは必要。前代未聞の地を多く顧客に抱え、ブランディング、観光促進、アイデンティティ探しを手助けするスタートアップ「インスティチュート・フォー・アイデンティティ(略してインスティッド)」の創設者ナターシャ・グランドに、現代の国家ブランディング術を探る。
*1990年代、政策アドバイザーのサイモン・アンホルトが生み出したコンセプト。下敷きには、国家ブランド指数(対象国を「文化」「国民性」「観光」「輸出」「統治」「移住・投資」の6分野で評価した指数)がある。
「“温かい人々に豊かな自然に歴史、おいしい食”— はもう二番煎じです」
国のロゴを手がけるデザイナーや街のキャッチコピーを考えるコピーライター、マーケティング会社、観光局、PR会社。これまでも、無形で捉えがたい国家・都市をブランディングする組織は存在していた。「2000年初期にはたくさんのロゴが生み出されました。しかし、ロゴはヴィジュアルコミュニケーションの一つにすぎず。『たんにロゴデザインを変えるだけでは、なにも変革できない』とみんなわかってきたのです」
“ロゴ新調でイメージ刷新”、“とりあえず食を推せばみんな食いつくんじゃ?”、“やっぱりパンフの表紙には緑豊かな自然でしょ”。右へ倣え、な無難な手探りブランディングをしていた彼らを、インスティッドはこう斬る。「『私たちの街には温かい人々、豊かな自然、おいしい食、重厚な歴史があふれています。ぜひ来てください!』は、もう二番煎じです」。もはや豊かな自然にあたたかく出迎えてくれそうな地元民、という見せ方は溢れすぎてそれこそ差別化できなくなった。では、どうするか? “べき”に則って無理に「見せたい」土地のイメージをつくろうとするからどこかの模倣になってしまうのであれば、「正直にその街の姿」を見せてみよう。ブランディングやマーケティング畑出身でない彼らの新しい国家ブランディングは、「街のアイデンティティ探し」から。「私たちはその街の“人格”を突き止めます」
道端のばあちゃんと会話、小学生のお絵かきからはじめる「新型・国家ブランディング」
インスティッド流、国・都市の人格探し。それはシンプルに「実際その地に赴いて、地元民ととにかく会って話してみる」。「2週間から1ヶ月の滞在で、ひょっとしたら現地人が一生のうちに会う人数以上の地元民に会っているかもしれません」
これまでだと、両手で数えられるほどの役人や関係者と「さて、プロモーション案はいかがしましょうか…」に止まっていたかもしれない。しかし、インスティッドが出会う人々は、政治家に商業関係者、観光局員はもちろんのこと、アーティスト、ジャーナリスト、博物館の学芸員、歴史家、さらには農家、チーズ工房職人、道端でレースを編んでいたおばあちゃんまで。「会話では『あなたの地元をどうプロモーションしたら良いのですかね?』とは聞きません。暮らしはどうですか、何か気になっていることなどありますか、など世間話するのです」
ある時は、地元学校を訪問し生徒に白紙を渡してこう投げかけた。「自分の国を車に喩えて描いてみよう」。すると「10人中8人は、同じような車を描いてくるんですよね。その場合は、どうして似ているんだろう? と話し合う。高校にも行って、街の価値について討論する。先入観が少なくフレッシュな視点を持つ若い世代とのワークショップは大事ですね。あと、私は現地で毎回ヘアカットにも行ってみます」
市井の人々との膨大な会話から共通項を洗い出し、核となる街の性格を絞り出す。たとえば、タタールスタン共和国は「もてなしの国」。ホスピタリティ精神に溢れたリーダーシップ格の野心家が多い。シベリア付近バイカル湖地方も、厳しい天候の影響もあって、能動的なタイプ。比べて、人口約50万人・旧ソ連“鉄鋼の街”リペツク民は、無垢でソフトな性格。それは食にも反映されているようで、郷土料理も辛さなど刺激もなく、それでいて味がない訳でもないとか。他にもアルメニア国民はクリエイティブ、ベラルーシの首都ミンスク民は合理的なエンジニアタイプ、など。一概には言えないにしろ、文化や歴史、国民性などの多視点から玉ねぎの皮を剥くように芯に向かって具体的な人格を暴いていくのだ。「私たちは“キャリアアドバイザー”といったところですね」
冷蔵庫マグネットより“ニット帽”。「ありふれた日常」も立派な商品
緻密で地道な草の根調査で集めてきたデータを具体的なプロモーション案へ調理。タタールスタンの場合は、お土産にも地元民の普段使いにもなるグッズラインをつくった。「冷蔵庫マグネットでなく、現地の若者も身につけたくなるようなモノをつくりました。そこで、同国民の性には、抽象的なコンセプチュアルなものより実用的なプロダクトの方があう、とも判断しましたね」。“何層にも重なった歴史”をコンセプトに模様をデザイン(インスティッドのヒアリングに同行したアートディレクターやデザイナーが担当)し、iPhoneケースやニット帽、Tシャツ、スニーカー、バックパックに。野心的な国民性は“大胆な色使い”として落とし込んだ。
現代の旅行者にとって一番大事なのは「オーセンティシティ(リアルさ)です」。昔なら「旅行どこにする?」と旅行代理店でパンフレットをかき集めたが、いまは 「#地名」でインスタをチェック。公式観光ガイドブックの一枚より、地元民がスマホで撮った日常の一枚が気になる。少し前に話題になった、パリのこれまでのイメージを覆すビデオ*もその例といえる。
*“エッフェル塔&道端のアコーディオン弾き&カップルジュテーム”のベタ甘砂糖コーティング版パリの観光ビデオではなく、移民の屋台にスケーター、地下鉄ミュージシャン、セーヌ川で釣りするおっさんなどリアルなモザイク都市パリを映した自主制作ビデオ。
「ニューヨークタイムズの広告枠やCNNニュースのCM枠を買うのは一昔前の戦略です」。しかし未だにお堅い政府関係者や観光局は“昔ながらの観光ポータルサイトを作らないと”と取り憑かれているという。「そんな彼らに『いえ、もうポータルは流行ってないんですよ。観光客も観光地巡りより、地元民と同じ食を食べ、同じ店に行きたい。現代人は旅にも“リアルさ”を求めている。あなたの街のありふれた日常が立派な商品になります。自信を持って、一緒に“ライフスタイル”を売っていきましょう!』と諭すのが私たちの仕事です」
最近の若者は、メジャーな観光地よりマイナーな秘境好きな節があると聞く。「某旅行団体の調査によると、露→仏、英→スペインにと先進国間の旅行が多かったのに比べ、最近では先進国の3分の2はマイナーな国に旅行するとのことです」。“未知の地のブランディング”は、創成期にして黄金期かもしれない。
Interview with Natasha Grand of INSTID
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All images via INSTID
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine