「返信すら数ヶ月待ち」を数分へ。運命を握る“正しい情報と迅速な返信”を、98%の難民たちへ〈難民のためのチャットボット〉

スマホ浸透率90パーセント超えのシリアで。SNSチャットで「すぐに返信がくること」が、最初の希望になる。
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世界では108人に1人、2秒に1人が戦争や迫害から逃れるために、故郷をあとにしている。しかし、他の国で定住するなどの長期的な解決策にいたるのは、そのうちわずか2パーセント。根本的な原因は、「正しい情報にアクセスすることすら難しい」から。
その現状で、未来に自由と希望を求める98パーセントの「難民」に向けて開発されたのが〈難民チャットボット〉だ。スマホのチャットで、人工知能が難民が欲しい情報をすばやく教えてくれる。

メール返信◯ヶ月待ちはもうなし。その日に情報が届く〈難民チャットボット〉

 難民ボートが沈没し海岸に打ち上げられた男児の写真に、ヨーロッパに押し寄せたアフリカからの難民問題。難民危機から4、5年経つものの、いまだ故郷を追われる人々は、世界中に約7,000万人存在し(国連難民高等弁務官事務所、2019年)、その数は過去70年で最多。このうち、母国から避難し、自分の国籍国から保護を受けていない難民は約2,500万人だ。

 自分の命と安全を守るため、国の外へと逃れる難民たち。しかし、亡命や再定住に関する必要な情報にアクセスし法的援助を得るのは難しく、第三国への再定住・社会統合*・自主帰還**といった長期的な解決策にいたるのは2パーセントにとどまっている

*少数者が差別や排斥を受けることなく、他の人々と同様の権利と責任をもって参加できる社会の構築を目指すこと。
**難民が自由な意志と情報にもとづく決断で、安全と尊厳をもって 出身国へ帰還すること。


(出典:Marhub Official Website

 まず、情報を得るためのウェブサイトはわかりづらく、誤った情報や詐欺も横行しているという問題点がある。それならば、と、難民をサポートする人道支援団体に助けを求めるが、規模の大きい団体になればなるほど、取り扱う難民の数が増え、対応が遅れる。基本的な法的情報に関してをメールで問い合わせをしても、数ヶ月返信を待たなくてはならないのもよくあることだという。電話で数時間保留にされたという体験談や、ギリシャで足止めを食らったあるシリア難民は「38の団体に連絡したが、返事はなかった」という例も。助けを得られない焦りや混乱から、密航業者(正規の出入国手続きを経ずに他国に渡航することを手伝う違法業者)に頼った結果、詐欺や危険な目にあう難民も後を絶たない。

 難民がおちいるこの悪循環を解決しようと、カリフォルニアのスタートアップ「Marhub(マーハブ)」が開発したのが、難民に素早く正確な情報を伝え、法的支援に繋げるためのチャットボット「Mona(モナ)」。チャットでメッセージを送るだけで、法的支援の種類や受け方、第三国定住の手続きなど、難民に実用的な情報をAIを介してすぐに返信してくれる。提供される情報は、マーハブとパートナーシップを結ぶ国際難民支援プロジェクト(IRAP)によるものなので、信頼性も高い。


スタートアップ画面。

英語とアラビア語に対応。

年齢や性別、国籍などの基本情報を入力。

第三国定住の手続き情報を得るため、生年月日も提供。

第三国定住の手続きのために連絡すべき団体の情報を教えてくれる。

 モナのチャットボットは、現在、イラク、シリア難民向けにフェイスブックメッセンジャーとチャットアプリ・テレグラムにて利用可能だ。「信頼できる情報とサービスを、すでに使用しているプラットフォームから、必要なときに即座に得られることが重要でした」。創設者の一人で、難民問題の現状を探るためギリシャやレバノンへ現地偵察に赴いたサラ氏は話す。

 これまで3,000人以上の難民がモナを利用しており、評判も上々だという。米国に住むあるシリア難民は、レバノンで立ち往生していた両親のことをモナに相談したところ、再会までのステップを教えてもらった。また、心臓病を患う難民の女性が「手術が必要である」ことをモナにチャットで伝えると、モナは難民支援団体に彼女のケースを報告。結果、彼女には第三国への再定住の資格があると認定された。

半数以上は18歳未満の子ども。難民98%の未来のために

 モナのチャットボットに助けられているのは、難民だけではない。多くの難民ケースを抱え、てんてこ舞いの難民支援団体もだ。73ヶ国で2万5,000人に法的支援を提供しているという前述の国際難民支援プロジェクトも、チャットボットのおかげで支援のスピードアップを図る。「チャットボットを通して、難民個人の状況をすばやく把握できる。これにより第三国定住や、家族の再会を実現するスピードも上がるのではと期待しています」と話す。

 マーハブは今後、モナによる情報提供だけでなく、現金の援助や労働許可の申請、仕事探しのサポートにも注力し、2022年までに中東とヨーロッパにいる200万人の難民を支援したいと意気込む。「世界中の難民の数は過去20年で2倍に増加しました。この傾向は今後も続いていくと予想され、目を背けることはできなくなります」。

 難民のうち、半数以上は18歳未満の子どもたちだ。避難の途中で保護者とはぐれ、子どもが自ら難民認定申請をおこなうこともあるのだという。いつも使っていたチャットアプリを使い、これまで数ヶ月待たなければならなかった返信をすぐに得られる。たった数分で信頼できる情報が届くこと、相談への応えがくることこそ、先の見えない暮らしへの確かな光だ。難民チャットボットは、98パーセントの難民の現状と、未成年の難民たちの未来を、まずは足元から照らそうとしている。

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Eyecatch Image by Midori Hongo
All images via Marhub
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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