「南ア・スラムで踊るバレエ」。スラムキッズがトゥシューズで挑む、貧困地区の明日

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Township(タウンシップ)。欧米では郡区・町区のことを指すこの言葉、アフリカ大陸最南端にある国、南アフリカでは少し違う意味で使われる。
「元・非白人居住地域」。かのアパルトヘイト(人種隔離政策)時代に指定された、“黒人専用の居住区”、になるのだ。
現在でも無数に点在するタウンシップは、黒人率が100パーセント、都市部に比べ貧困率や失業率、犯罪率が高く開発も遅れている。

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Image via Miville Tremblay

いわゆるスラムと化し、生活環境も劣悪を窮めるその地区で、キッズたちがいま夢中になって踊るものがある。民族舞踊でもブレイクダンスでもない。「クラシックバレエ」だ。

月750円の“スラム”バレエクラス、開講中

 “人種隔離政策時代が残した負の遺産”・タウンシップの近頃の日常風景に、タイツやレオタードを身につけバレエ練習に励む少年少女の姿があるという。舗装されていない土の道、錆びたトタン屋根の家の傍で。

 スラムとバレエ。この端と端の両者を引き合わせたのが、ヨハネスブルグに本部をおくバレエカンパニー「Joburg Ballet(ジョバーグ・バレエ、以下ジョバーグ)」だ。彼らは、2012年からキッズバレエプログラムを開始、格安の授業料でスラムキッズたちにバレエを教えている。

Joburg Ballet School in performance 2015_3_Photo courtesy of Joburg Ballet

「私たちの目的は、恵まれない地区の子どもたちにクラシックバレエというパフォーミングアーツを紹介し、将来の夢や進むキャリアの可能性を広げてあげることです」とは、ジョバーグのバレエダンサーで、プログラムコーディネーターのKeke Chele(ケケ・チェレ)。

 国内にあるバレエスクールの平均月謝が2500ランド(約2万円)に比べて、ジョバーグでは90ランド(750円)と破格の値段。ヨハネスブルクのブラムフォンテーン地区にある本校に加え、近郊のタウンシップSoweto(ソウェト)とAlexandra(アレクサンドラ)に分校を設け、6歳から16歳の子どもたち、およそ250人にバレエトレーニングを提供する。

Joburg Ballet_Keke Chele_Photo Lauge Sorensen
バレエダンサー/プログラムコーディネーターのKeke Chele(ケケ・チェレ)

バレエを知らない子どもたち

「タウンシップの子どもたちは、バレエの存在すら知らないのです」

 南アフリカでは、ここ4、5年で徐々にバレエが浸透してきてはいるものの、ヨーロッパやアメリカ、アジアに比べると確立はまだまだ。シングルマザーの家庭が多く、中には両親が不在で年金に頼る祖母と暮らしている子もいる。スラムではバレエの舞台のチケットなんて、そう簡単には買えない。

 バレエを知る機会のない子どもたちのため、ジョバーグのダンサーたちはソウェトとアレクサンドラにある各小学校を巡業、30分のショーを開催する。

Joburg Ballet Senior Soloist Kitty Phetla on a School Visit_Photo Lauge Sorensen_Med Res

「大きな舞台やホールで踊る必要は全くありません。校庭にあるサッカー場の草の上でも、駐車場のコンクリートの上でも私たちは踊ります」

 初めて目の前でバレエダンサーたちが舞い踊る姿を見た子どもたちは目を輝かせ、手を叩きアンコールの合唱。終わった後には、決まって「私たちの学校にもバレエのクラスがあったらいいな」との声があるそうだ。

Kirstel Jensen_Youth Day 2016_Roodepoort Theatre_Pic Bill Zurich_Med Res

黒人が、そして男子がバレエを習うということ

 バレエダンサーと聞いて肌の白い可憐な女性ダンサーが思い浮かぶように、バレエの伝統は常に白人文化の枠の中にあった。2年前には米国の名門カンパニー「アメリカン・バレエ・シアター」で、75年の歴史で初めてとなる黒人女性プリンシパル(トップダンサー)が誕生したが、まだまだ「バレエ=白人の踊り」というステレオタイプがあるのが現状だろう。

 そして、バレエの世界で少数派なのが男性バレエダンサー。ジョバーグのクラスでも女子7人につき男子は1人の割合だ。

Joburg Ballet School_boys at the barre_Photo courtesy Joburg Ballet

「タイツを履いてしなやかに踊る男子は、他の子たちに“ゲイだ”とからかわれることが多いのです。バレエが好きなだけで幼い少年がゲイと言われてしまう。ジョバーグでは、生徒のセクシャリティについてもきちんと尊重し、アイデンティティをも育んであげるようにします」。

 そう話すケケ自身も、30歳の黒人ダンサー。生まれはタウンシップだ。「小さい頃、バレエダンサーになりたいと親に打ち明けたとき、彼らは不安顔でした。黒人男性でもバレエダンサーとしてプロのキャリアを積むことができると説得する必要があったのです」。

 タウンシップのバレエダンサー、特にバレエ界のマイノリティともいえる黒人男子ダンサーたちは、人種、性別といった問題だけでなく、お金のかかるバレエ文化に立ちはだかる「貧困」という障壁を乗り越えなければならない。

Joburg Ballet School_young dancers in class_Photo courtesy Joburg Ballet

 それでも、ジョバーグの少年たちはポジティブだ。男子生徒になぜバレエが好きなのか聞いてみると、「バレエでは正直な自分になれるんだ。誰もぼくのことをとやかく言わないし」。その子の答えにバレエで自信を得た自分と重ね合わせることができた、とケケ。

「レッスンでは、女も男も、白人も黒人も関係ない。みんなバレエダンサー。教えるものは、バレエだけではありません。生き様まで教えるのです」

トレーニング後に切り開かれる、キャリアの可能性

 放課後、宿題を詰めた鞄を背負い込み生徒たちはバレエ教室へ向かう。週に2〜4回、1時間半のレッスン。11ヶ月のプログラム終了後、秀でた生徒はオーディションを繰り返し、上級者向けのコースに進むことができる。

「生徒の親から届けられる『うちの子、近所の子たちにもバレエを教えているのよ』との声。バレエを通して子ども同士の交流が生まれると聞くのが嬉しい」

Joburg Ballet School in performance 2015_2_Photo courtesy of Joburg Ballet

 毎年、年度末の発表会では各タウンシップの生徒たちが集結。学校側も親たちのためにバスを手配し、1年間の成果を披露する。

 全プログラムには8つのレベルがあり、すべてのコースを終わらせるには8年という年月と、格安とはいえそれなりのお金もかさむ。「生徒たちがプロのバレエダンサーになることが、もちろん本望です。しかし、たとえ5人しかプログラムを卒業できなくとも、バレエを通して自尊心や規律を身につけ、パフォーミングアーツに触れることで芸術文化を開拓していって欲しいですね」

Joburg Ballet Satellite Schools_young dancers from the development progamme in performance_Pic courtesy of Joburg Ballet

 卒業生の前に広がるキャリアには、ダンサー以外にもマネージャーやコスチュームデザイナー、メークアップアーティスト、アートディレクター、照明やサウンドなどプロデューサーもある。

 タウンシップのバレエ教室で汗を流す子どもたち。性別や人種、社会的地位という、大人にとっても大きすぎる壁を乗り越えようと、トウシューズの足を一歩前に踏み出していく。

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Joburg Ballet
Joburg Ballet School in performance 2015_Photo courtesy of Joburg Ballet

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Photo Courtesy of Joburg Ballet
Text by Risa Akita

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