ハイファッションの細部を“折る”父と息子。繊維を読む指先、並べるうつくしいひだ。受け継がれた100年のプリーツを知る工房へ

作ってきた“うつくしいひだ”、7300キロメートル。いろんな人が駆け込む、プリーツの職人親子。
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多数のブランドやデザイナーが最新コレクションを発表し、およそ1週間にわたってファッションショーを開催する年2回のファッションの祭典〈ファッションウィーク〉。この時期になると、尋常でないくらい忙しくなる工房がある。制服のスカートやカーテンでおなじみ〈プリーツ〉を手作りするプリーツ職人の工房だ。

ランウェイで揺れるプリーツから、ハイファッションの細部で個性を放つプリーツまで。あらゆる服に几帳面な間隔でうつくしく並ぶ“ひだ”を刻む、数少ないプリーツ職人のブレない指先を見学。

ハイファッションに“ひだ”を刻みこむ。プリーツ職人親子の工房

 制服のスカート。カーテン。ブラウスのディテール。存在感はそうなくとも、日常生活のなかに溶けこんでいるのが「プリーツ」という装飾。アコーディオンのようにうねる、ギザギザのヒダヒダだ。歴史をさかのぼれば、紀元前3000年ごろに古代エジプトの王や王妃の衣服にあしらわれていたそうな。

 ところ変わって、21世紀のニューヨーク・ガーメント地区。服飾産業の工場や、布・パーツの問屋が並ぶ“アパレル産業の中心街”として確立したものの、近年は地価の高騰によりその多くが移転を余儀なくされている。「ガーメント地区衰退」の悲しい報せが流れるなか、アパレル以外のビジネスが多く入るビルの4階で、いまもファッションビジネスに従事している工場がある。服飾のプリーツ加工を専門に手がける「インターナショナル・プリーティング」。レバノンからの移民親子、レオン・カラジャン(父)とジョージ・カラジャン(息子)が、カラジャン家に100年近くにわたって受け継がれるプリーツの技術を服に施す現場だ。ちなみに、父レオンがこれまでプリーツを施してきた布の全長は、800万ヤード(約7,300キロメートル)。日本とオーストラリアの距離より少し長いくらいだ。 


父、レオン・カラジャン。

息子、ジョージ・カラジャン。

 カラジャン家の主な顧客は、コーチやカルバン・クライン、アレキサンダー・ワンといったハイファッションブランドに、ナイーム・カーン、クラウディア・リー、アディアムといったローカルのデザイナーズブランド、服飾・ファッション専門学校の学生。彼らがデザインするランウェイのモデルが纏うパンツから、カスタムドレス、ハイファッションブランドのコレクションまでのプリーツをカラジャン家が請け負う。

「125年前、レバノンで祖先が織物業をはじめました。その後、祖母が〈プリーツ加工〉をはじめたんです。当時、プリーツは目新しいトレンド。珍しいものだったから、注文が殺到した。レバノンの平均月収ぶんを祖母は1日で稼いでいましたよ」。そう話すのは、織物業5代目、プリーツ業3代目というジョージ。「父は、年端もいかぬうちからプリーツを学んでいました」。プリーツ職人になるためには2通りがある。「プリーツ職人の家に生まれる。または、プリーツ工場で修行する」。父と息子は、もちろん前者。職人見習いとともに、几帳面な間隔でうつくしく並ぶ“ひだ”を布に刻みこんでいる。


@internationalpleating

世に出ている9割が、おなじ種類のプリーツ

 カラジャン家の奥深きプリーツの世界に足を踏みいれる前に。まずは、知っているようで知らないプリーツの基礎について説明しよう。

 プリーツには、基本的には3つの〈折りのスタイル〉と〈型の形状〉がある。

 まず、折り方には、1、もっとも一般的な蛇腹型のアコーディオン、2、箱状に折りこまれたボックス、3、一方向に畳んだワンウェイの3種類がある。
 形状は、1、ストレート(一直線)、2、サンバースト(扇型のような)、3、Aラインの3種類(厳密に言うと他にもあるとのこと)。この折りのスタイルと型の形状をさまざまに組み合わせることによって、何パターンものプリーツの折り方ができるというわけだ。



「世にあるプリーツの9割が、サンバースト・アコーディオン。一番簡単なのは、ワンウェイの折りですね。逆に、複雑なのはサンバースト・ボックス」。最近だと、“ファンタジープリーツ”と呼ばれる、混みいったデザインのプリーツに興味をもつブランドもあるとか。「個人的には、シンプルなプリーツが好きです。いろいろ入りくんだ模様の“クレイジーなプリーツ”は、正直あまり好きじゃない」

 プリーツの作り方については、プリーツ加工機を使うマシンプリーティングと、手折りをしてスチームボックス(蒸気室)で熱するハンドプリーティングがある。

 いずれの作り方でも必要となってくるのが、布にあてがう「紙製のプリーツの型」。重しを使って、一ひだひとひだ手で折っていく。「腕のいいプリーターは、自分たちで自分たちの型を作るもの。いまのプリーターのなかには、この型の作り方を知らない者も多い」。ひと昔前までは、ガーメント地区にはいくつものプリーティング工場があったそうだが、そのほとんどはシャッターを閉めた。現在でも「プリーツ業を営む人たちは、ちらほら点在していますが、私たちと同じ質を保つことはできない。ほど遠いです」



顧客はデザイナーからお母さんまで。急ぎの案件は24時間以内

 カラジャン家の工房は、プリーツ加工機がガッシャンガッシャン音を立てて折っていくだけの無機質な“工場”ではない。ファッションブランドやデザイナー、学生たち、それに「お母さんたちも。本当に、誰でもみんな」が、プリーツ加工の依頼をしに来る。

 彼らの誇るべきサービスは、顧客とのコンサルだ。「顧客が求めているプリーツの種類を聞きこみます。すでに完成イメージをもっている人もいれば、こちらからアドバイスをする場合もある。必要であれば、型から作ることになる」

 繁忙のピークを迎えるのは、年に2度のファッションウィークだ。「注文が左から右へ流れるように怒号の勢いで入ってきます。赤いタグがつけられているのは“急ぎ案件”で、24時間以内に仕上げなければいけない。午前2時、3時までの残業なんてザラですよ」。

 ブランドによって、シーズンごとにプリーツ加工したい服の注文量も異なる。「いい洋服を作るブランドは、カラジャン家の提供するサービスが必要です。ニューヨークにあるハイファッションブランドが、ここに集まってきます。顧客のデザイナーたちからも、私たちのプリーツが入った服がそのシーズンで一番よく売れると、よく言われます」

 自信120パーセントのジョージだが「納期に間に合うかは、いっつもヒヤヒヤしてますよ」。それこそ、顧客が欲しいプリーツ製品には無理難題も多い。が、顧客のためには惜しみなく骨を折る。父レオンの言葉を借りれば「なんでもやります」というカラジャン家、難件も請け負ってしまう。一番難しかったプリーツ注文は、意外にも服ではなく「全長4メートルの垂れ幕」。とあるビルディングのロビーに吊り下げるための垂れ幕だったと思いかえす。「完成まで1ヶ月かかりました。プリーツを4メートル直線に折るのって、難しいんですよ。あとは、6メートルのウェディングベールも大変だった。(型を作るため、紙に)線を引くことさえままならない」。6メートルの布は、作業用テーブルの長さを越えてしまっていたという。



プリーツ専用機では、プリーツ専用の紙と紙の間に、製品やパーツになった生地を置き、(ひだ)プリーツをつけていく。
機械で通過する際に熱セットするので、紙からはずすと出来上がり。

「ゴミ箱の表面からインスピレーションを得ることだってあります」

「もう目が悪くなってしまってね。いつも誰かの手助けが必要なんですよ」と、助手の隣でプリーツの型に指を這わせる父レオン、いまでも毎日朝9時から夜8時までご出勤(年齢は「口にするのもおそろしい」とのことでわからず)。
 良質なプリーツを仕立てるには「繊維についての知識をしっかりと持っていること。繊維に正確な温度をあたえること」が、とても大事なことだと強調する。

 一見してもわからないが、繊維には粒子配列や密度などがあり、それによってどのように裁断し、どの方向にプリーツを折るかが決まってくる。「たいてい、布に触れるだけでどっちの方向に折れるかがわかります。布をちょっとつまんでみて、どんな反応をするのか試してみたり。プリーツは、科学です」。

 質のいいプリーツは、折り目がしっかりとついているもの。大量生産のものには、繊維の特徴を無視したがために、よれたり曲がったりと“低品質プリーツ”ができあがることもしばしばあるという。「高いテクニックを備えるデザイナーやパタンナーでさえ、このプリーツ工房では、入学初日といったところです」。



 折り方の種類は、カラジャン家の工房から日々生み出されている。「折り方のアイデアはどこからか? 自然界にある物体や形。ゴミ箱の表面からインスピレーションを得ることだってあります。ただ、他のプリーターと違うところは、型を作るときから、服の完成形を思い描いていることです。無作為に型を折ることはしません。型紙を折っているときは、服のことを考えています」。

 父レオンも。「毎週、なにか新しいものを作らなければいけない。注文があってもなくても」。新しい折り方を試してみるときは従業員さえをも工房から追い出して、父子だけで徹底的に内密に。


若い世代のデザイナーたちがもつ、現代の“プリーツ感覚”

 プリーツが果たす役割は二つ。一つには、見た目のうつくしさ。プリーツスカートが動くと、思わず目も動いてしまう。「プリーツは、とてもうつくしい動きをします」。二つには、機能性。プリーツは、広がりがあるので動きやすい。

 先述の通り、世に出ている9割のプリーツは同じ種類で、プリーツに“トレンド”はないという。しかし、最近、少し変化が。「若い世代のデザイナーは、新しいものを求めています。みんなと同じでは嫌といいますか」。もう少し詳しくお願いします。

父の世代のデザイナーたちは、みな“一貫性”を求めていました。100着のスカートを注文したとしたら、すべてが同じであってほしい。裾(すそ)は均等に、布目の方向はまっすぐに。すべてのひだは完璧に。しかし、若いデザイナーのなかにはこんな注文をつけてくる人もいます。『“失敗”しちゃってください。プリーツのすそが均等でなくてもいい。1着1着違うのがいいんです』。失敗が、その服のストーリーになるから、ってことですかね」。プリーツ職人が誇る“正確さ”をまったく無視した、いまの世代のプリーツ感覚。

「父にこのことを伝えたら、最初はショックを受けていました。“失敗”を修繕しようとしていましたね。でも、若い世代はこう考えているんだよ父さん、と伝えると『ほう、そうか。新しい世代だね。新しい考え方なんだね。オーケー』 って」

Interview with Leon&George Kalajian


「Pleating: Fundamentals for Fashion Design」

プリーツについて多くの人に知ってもらおうと、1冊まるまるプリーツに捧げた本も出版。独自のコードを作り、世界ではじめて“プリーツを言語化”した。たとえば「AC48P」。これは、「アコーディオン・サンバースト、折り目は48」と読む。「G25mm」は、「25ミリのボックス・プリーツ」。「プリーツの種類を指す独自の言語のおかげで、プリーターたちは、より正確なコミュニケーションを取ることができます」

Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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